苦境のルシタニア
ACU2313 2/9 ルシタニア王国 臨時首都マジュリート
「陛下、申し訳ございません。マフティアを失ってしまいました」
アルタシャタ将軍はルシタニア国王の前に跪いた。ガラティアから亡命してきた彼を受け入れてくれたルシタニアに、彼は恩を仇で返してしまった。
「いや、いいのだ。ここまで5年近く戦線を維持してきただけでも、我が国にとっては十分な偉業であった」
「私は将軍です。勝つことが仕事なのです。王国にとって非常に重要な都市であったマフティアを失ったからには、相応の罰を受けねば――」
「余にはそんなことをしている暇はない。貴殿には死ぬまで我が国の為に働いてもらおう。それが償いだ」
「陛下……承知致しました」
実のところ、これはアルタシャタ将軍を失いたくない国王が打った芝居ではあるのだが。このお陰で誰もアルタシャタ将軍の指揮に文句を付けることは出来なくなった。
「しからば、王国の進む道を決めねばなりません」
「……と言うと?」
話の流れは大体分かるが、国王は敢えて問う。
「我々はゲルマニアから運び込まれる武器によって戦線を維持して来ました。そしてその入口となっていたのがマフティアです。それが落とされた以上、我々は海への出入り口を失うこととなってしまいました」
「そうだな……ゲルマニアからの援助は厳しくなるだろう」
「では陛下、北方から援助を引き入れるというのはいかがでしょうか?」
「無理だろう。我々が辛うじて制海権を握っているのは地中海だけだ」
地中海を経由して物資を運び込むことは困難となった。大洋から物資を運び込むというのも、ヴェステンラントの強大な海軍に阻まれて困難である。
よってルシタニアは、これから独力で戦わねばならない。
「敵の狙い通り、と言ったことになってしまいましたな……」
「奴らが海岸沿いに兵力を展開しているのは、我々とゲルマニアの繋がりを断つ為であろうな」
「その通りかと、陛下」
ヴェステンラントは内陸の都市には目もくれず、北と南の海岸をひたすらに前進している。その意図は、ゲルマニアから運び込まれる多大な武器援助を断つことに違いない。
ルシタニアの産業は全体的に壊滅状態であり、自力で武器を製造する余裕すらない。この戦い、ルシタニア軍の勝機は極めて薄くなった。
「悔しいが、ヴェステンラントが一枚上手のようだな。奴らの補給は日に日に整い、我々の武器は日に日に失われていく……」
国王は頭を抱えた。彼が座るこの玉座にヴェステンラントの大公が座る日もそう遠くはないだろう。
「その件についてですが、陛下、フーシェ内務卿が反乱軍の中で善良な市民の弾圧を主導していると、調べが付きました」
「何? あのフーシェが? 死んだと思っていたが、あいつ……よくもぬけぬけと」
ルシタニア共和国で王党派への弾圧、粛清を悪辣な手腕で進めているフーシェ警察長官。国王の元で働いていたことを理由に罪のない人を次々と殺害している彼は、実は国王の大臣だったのである。
「あの男が敵対者を殺しているのならば、無理はない。我々に手を貸してくれる市民程度では、太刀打ちは出来ないだろう」
「ですね……事務仕事と保身にかけては右に出る者がおりませんから」
共和国において真っ先に殺されるべき人間であるにも拘わらず政権の中枢に居座っている時点で、彼の政治的な能力はある意味で証明された訳だ。
ヴェステンラント軍の後方を撹乱して進撃を遅らせようとする策は、今や潰えた。
「さて……どうしたものか。アルタシャタ将軍、何か案はあるかな?」
「我々には大きく分けて二つの道があるでしょう。一つは、敵に囲まれつつあるこのマジュリートを捨て、南西へと撤退し、ヌミディア大陸方面に撤退すること。半島の端っこに立て籠もり、少しでも時間を稼ぎます」
勝つことを完全に捨て、ルシタニアの端に立て籠もる作戦。ゲルマニアが何とかしてくれることに期待するだけの、ルシタニアとしては最悪の作戦だ。しかし唯一の現実的な作戦である――筈だ。
「やはりそれしか――ん? 二つと言ったな? もう一つは何だ?」
「はい。もう一つは、我が軍の機甲部隊を使い、伸びきった敵の戦線の側面を突くことです」
「こちらから攻撃を仕掛けると言うのか?」
「はい、その通りです。敵の補給線を我が軍で断つことが出来れば、勝機はあります。そしてそれが出来るのは、戦線が流動的になっている今しかありません」
「なるほどな……」
ヴェステンラント軍は南北の海岸沿いに進軍している。つまりは、その側面は薄く伸びきって脆弱である。こちらから攻撃を仕掛け敵の補給線を断絶すれば、ヴェステンラント軍を撤退に追い込むことも不可能ではない。
「我が軍に必要なのは、敵軍の防衛線を突破する機甲戦力と、分断した状態を維持出来るだけの兵力です。決して十分とは言えませんが、ここはあくまで我が国の領土。不可能ではありますまい。陛下、どうかご決断を。無論、退くというのも一つの選択肢ではあります」
「そうだな……」
迷っている時間はない。国王は決断を下した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます