マフティア陥落

「た、隊長、司令部と通信が繋がりません!」

「西と北が、激しい攻撃に晒されているようです……」


 東門を守備する部隊は選択を強いられていた。司令部からの指示は何もなく、状況を問い合わせても答えはない。分かるのは、目視で確認する限り、西門と北門が激しい攻撃に晒されているということだ。


「なるほど。各城門の間に通信手段を設けなかったのが失敗か」

「そ、それは……」


 司令部に通信手段を集中させてしまった大きな弊害だった。司令部が壊滅した時点で、各部隊は完全にバラバラになってしまうのだ。


「し、しかし、どうしましょうか。我々は兵士を遊ばせているだけになってしまいますが……」

「クソッ。どうするべきだ……」


 全く状況が分からない。何をするべきかも分からない。だが、味方が一方的に攻撃されているのをここで指を咥えて眺めていられるほど、彼らは合理的な思考を持っていなかった。


「我々は北門、西門へ救援に向かうぞ!」

「「おう!!」」


 東門守備隊は攻撃を受ける城門へ援軍を送った。だが、それは完全にオーギュスタンの思う壷であった。


 〇


「ノエル様、魔女隊から偵察だと、東門の敵軍が分散しているようです」

「よし! 私達は派手にやるのが得意だからな」


 激しい爆炎や爆音が鳴り渡る様子は、遠目には激戦が行われているように見えるだろう。だが実際のところ、わざと炎や爆発を起こしているだけで、戦闘はそう激しいものではない。


 このような撹乱は、赤の国の軍勢の十八番である。


「敵は罠に嵌った! 行くぞ!」


 オーギュスタンがアルタシャタ将軍の目を欺く為に作成した見せかけの作戦。だが将軍の司令部が機能不全になった今、その大したことない作戦も普通に機能してしまうのである。


 もっとも、ノエルは市内であった一連の騒動については全く知らず、普通にオーギュスタンに言われた通りの作戦を遂行しているだけなのだが。


「全軍前進! 爆弾は私が吹き飛ばす!」

「「「おう!!!」」」


 ノエルを先頭に、ヴェステンラント主力部隊は進撃を開始した。


 ノエルは巨大な炎で地面を焼き払って地雷を片っ端から起爆させ、魔導兵は魔女の防壁に護られながら全力で道を駆ける。


 ルシタニア兵は機関銃や迫撃砲で反撃を試みるが、兵力を引き抜いた直後で火力が足りず、ヴェステンラント兵の通過を許してしまう。


「た、隊長! 敵の一応甚だしく、止められません!」

「これが狙いだったのか……」


 東門守備隊は、ようやくオーギュスタンの策略に気付いた。だが、既に手遅れであった。


「す、すぐに部隊を呼び戻しますか?」

「いや、もう、無駄だ。間に合わん」

「隊長、城門が破られます!」


 ヴェステンラント兵は早々に城門に到達し、破城槌で城門を叩き始めた。もうこれを止めることは不可能だ。


 そうして数分、城門は打ち破られ、魔導兵が市内に侵入した。


「これでは最早……」

「そうだな…………」


 市内に侵入を許した時点で、ルシタニア側に勝ち目はなくなった。未だにアルタシャタ将軍との通信は繋がらない。


「我々は降伏する。敵の指揮官に、我々はこれ以上の戦闘は望まないと呼びかけるんだ」

「は、はい……」


 東門は降伏した。他の守備隊も司令部とからの統制を失ったにも拘わらず、秩序を持ってヴェステンラント軍との交渉に当たった。


 戦闘はヴェステンラント軍の勝利に終わった。最早挽回の余地はない。後は、どう幕引きを図るかだ。アルタシャタ将軍はヴェステンラント軍の魔導通信機を使わせてもらうという残念な方法で全軍に正式に降伏を命じた。


 そしてヴェステンラント軍の最高司令官――赤の魔女ノエルとの交渉に当たることになった。


「――ノエル殿、私などとお会い頂き光栄です」

「ああ、そういうのはいいんだ。早く条件を教えてくれ」


 一応は最高司令官同士の会合だというのに、ノエルは全くそれらしい感じは出さずに部下と話し合うかのように応じる。


「ええ。我々はこの都市をこのまま無傷であなた方にお渡ししましょう。その代わり、我々全員がここから脱出するのを許して頂きたい」

「私達が圧倒的に有利なんだ。これからずっと面倒になるあんたらを、どうして逃がす必要があるんだ?」


 確かに今回、両軍の勢力は拮抗してはいない。ヴェステンラント軍がわざわざ交渉に応じる理由はない。


 まあ正直言ってその通りなのだが、アルタシャタ将軍は何とかノエルを欺いて軍団を生かさねばならない。そうでなければルシタニア軍はただでさえ貴重な戦力を失ってしまう。アルタシャタ将軍も、自惚れではないが、自分が失われる損失の大きさを自覚している。


「もしも我々をあくまで捕虜にしようと言うのなら、この都市を焼け野原にする用意があります。あなた方が把握している以上の兵力がここにはおりますから。特に港を失うのは、あなた方にとっても困るのでは?」

「そうなのか? ああ……じゃあ、分かった分かった。いいぞ。全員ここからとっとと去れ」

「の、ノエル様?」

「これでいいさ。私は無駄に人が死ぬのは好きじゃない」


 かくしてマフティアは、双方大した損害を出さずに陥落した。またルシタニア軍はほぼ無傷で脱出することに成功した。

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