オーギュスタンの策略

 ACU2313 2/4  ルシタニア王国 マフティア


「敵襲! 空から来るぞ!」

「空から? 馬鹿な奴らめ。やるぞ!」


 内門に詰める兵士達は対空機関砲の狙いを定める。その先には十数人のコホルス級魔女がある。


「照準よし!」

「撃てっ!」


 四つの機関砲を代車に束ねて操作を容易にした対空機関砲。機械的な作業として対空戦闘を始める兵士達。だが、魔女はなかなか落ちない。


「何だあいつら!?」「全然効いていません!」


 魔女達は高速で接近する。数門の対空機関砲は洗練された動きで魔女を追うが、一向に魔女が落ちる気配はない。機関砲弾が片っ端から弾かれているのだ。


 魔女達はその鎧の意匠が目で見えるくらいの距離まで近づいた。


「見たことのない鎧だ……あれは一体……」


 魔女は真紅に染まった荒々しい鎧を纏っていた。コホルス級が魔導装甲を纏っているのも珍しいが、その魔導装甲もこれまで見たことのない重厚なものだった。


「敵が、敵が来ます!」

「押さえられないか……アルタシャタ将軍に伝えろ!」


 懸命の努力にも拘わらず、ヴェステンラントの魔女隊は城壁を突破して市内へ突入した。


 〇


「何? 敵が侵入しただと?」

「は、はい! 敵の魔女はこれまでにない魔導装甲を纏い、我が軍の対空機関砲を弾き返していたとのこと!」

「これまでにない、ではないだろう。我が国においても一度だけ確認されたものだろうな」


 南北ルシタニアを分ける大山脈に建設されていた大防衛線。それを突破したのは、銃弾を尽く弾き返す魔導兵の群れだった。恐らくそれを装備した魔女が突入したのだろう。


 となると、誤報である訳ではなさそうだ。


「侵入されたからには、市街地で迎え撃つしかない。兵士を全て叩き起こせ! 市内に侵入した敵を――っ!」


 その時、爆音が響くと共に、アルタシャタ将軍の居室に眩い光が舞い込んできた。


「爆発か……やってくれる……」

「しょ、将軍、向こうでも爆炎が!」

「見境なし、という訳か」


 マフティアのそこかしこで断続的に爆発が起こり、街は真昼のように明るくなった。兵士達はすっかり恐慌状態に陥り、アルタシャタ将軍は何が起こっているか把握することすら出来なかった。


 だが、彼は兵士らに命令を下さねばならない。例え盲目にも等しい状態であったとしても。


「……総員、その場を死守。接近する敵を迎撃せよ」

「そ、それでいいのですか? 市内に敵がいるのですよ……? 城壁の守備隊を回しても……」

「敵は外からやって来た。これ以上中に入れる訳にはいかない。それに敵の狙いは我々の撹乱だろう。それに応じて防備を緩める訳にはいかない」


 アルタシャタ将軍は冷静だった。ヴェステンラント軍の狙いが、この混乱に乗じて攻め込むことであると。


「し、しかし、マフティアの民が……」


 そうこう議論している間にも各所で爆発が起こり、市民は逃げ惑っている。市内の混乱は増々広がるばかりだ。だがそれでも、アルタシャタ将軍は城壁の守備兵力を市内に回すことはなかった。


「見て目は派手だが、実際の被害は大したことではない。民に混乱が広がっているが、我々の障害とならない限りは放っておけ。障害となるのなら……排除するしかない」

「はい……」


 市街地には休憩中の部隊くらいしか残っておらず、対空機関砲でどうにも出来なかった相手とマトモに戦えるとは思えない。だが、城外の六万の敵兵の侵入を許すよりは遥かにマシだ。


 ○


「ノエル様、どうやら敵の守備隊に持ち場を動く様子はないようです。これでは攻め込むことは出来ませんね……」


 ゲルタは残念そうに眼鏡の縁を弄った。城内で騒乱を起こし守備隊を混乱させるオーギュスタンの狙いは失敗したかのように思えた。


「親父は何をやってるんだか」

「オーギュスタン殿下が失敗されるとは、珍しいですが……」

「ちっとは親父に悔しがる声でも聞いてやるか」


 ノエルは酔狂に父に通信をかけた。娘からの通信にはオーギュスタンは一瞬で応じた。


『どうしたんだ、ノエル? 何か、困ったことでもあったか?』

「親父、マフティアの敵は動かねえぞ? どういうことだ?」

『そうか……なるほど。どうやら私の作戦は失敗したみたいだな』

「……何を考えてる?」


 ノエルにはオーギュスタンが下手糞な嘘を吐いているのがすぐに分かった。恐らくこの展開もこの男の手の内にあるのだろう。


『いやいや、本当に私の作戦は失敗したよ。だから次の作戦を使おうじゃないか』

「……嘘が下手か?」

『私が愛しい娘に嘘を吐く訳がないじゃないか』

「だったら、作戦って何だ?」

『作戦は簡単だ。西門と北門に囮の部隊を配置し、敵を引き付ける。そして東門に配置した主力部隊を一気に押し出し、城門を突破するんだ』


 オーギュスタンらしくもない、何とも堅実でつまらない作戦。だがノエルはそのことをあまり気にしなかった。いや、何も気にせず指示通りに戦うのが一番という気がした。


「分かった。そうしてやる」


 ノエルは颯爽と通信を切った。そしてオーギュスタンの指示通りに軍勢を布陣させ、マフティアの防御に全く隙が出来ていないにも拘わらず、全面攻勢を開始した。

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