邁生群嶋奇襲

 ACU2312 12/11 邁生群嶋内海


「確かに波は穏やかなようね」

「そうですね……。これで酔わずに済みます」


 ヴェステンラントの船団は舞新羅を目指し、無数の島々の間を北上していた。甘粕蘇祿太守と朱雀隊の行動に特に不審な点は見られなかった。


「まあ、このまま大友を落としたら、いよいよ内地へと侵攻ね」

「ドロシア、今はこの場に集中するべきです」

「大友くらいすぐに落とせるわよ。心配する必要はないわ」

「私もそうだろうとは思いますが……」


 大友家は実のところこの大戦には呼ばれておらず、その戦力を戦前から完全に維持している。とは言え動員出来る兵は精々一万が限度と言ったところで、ヴェステンラント軍の相手ではない。


「まあ確かに、敵がどう出るかは分からないわね。海戦を仕掛けて来るか、或いは城に立て籠もるか」

「船で出てくるとなると、奇襲を喰らう可能性があるのでは?」

「まあそうね。大友領に入ったら警戒させる必要はあるかも」


 大友家はこの島々の北半分についてなら、この星で誰よりも詳しい。だからヴェステンラントの船団が奇襲に遭う可能性は十分にある。とは言えここはまだ甘粕の領内。警戒する必要はない――そうドロシアは思っていた。


「殿下! 敵です!!」

「は?」

「て、敵です! 敵が南から接近しております!」

「馬鹿な!」


 ドロシアとオリヴィアは甲板に出て望遠鏡で南を見る。その先には大友家の家紋が掲げられた数十の小型船がこちらに接近してきていた。


「取り敢えず迎え撃ちなさい! 一隻残らず沈めろ!」

「はっ!」


 相手は大した戦力ではない。冷静に応戦すれば問題はない筈だ。それよりも問題なのは甘粕蘇祿太守である。


「甘粕、どうしてあなたの領地の中で、しかも南から敵が来るのかしら?」


 ドロシアは剣を抜き、甘粕蘇祿太守の首元に向ける。しかし彼は動じなかった。


「恐れながら、大友の兵が我らの領地に潜んでいたのでしょう。我らの土地は広く人は少ない為、領地のことごとくを守ることは出来ぬのです。これについては、我らの不手際でした」


 大友勢が甘粕の領地に侵入して奇襲の機会を伺っていた。甘粕蘇祿太守はそう主張するのである。


「チッ……白々しい」

「お疑いになるのなら、その刀で私の首を刎ねればよいでしょう」

「……まあいいわ。この程度、埃を払うようなものよ」


 甘粕蘇祿太守の言葉は全く信用出来なかったが、ドロシアは剣を納めた。この程度の攻撃に恐れをなしたと思われたくはなかったからである。しかし、大友の攻撃も舐めていられるほどのものではなかった。


「ドロシア様、我らの船が次々と燃え上がっています!」

「何?」

「敵は我らの船団の間に入り込み、燃える砲弾を投げつけてきております!」


 小型船は大型船で構成されたヴェステンラント艦隊の隙間に次々と侵入している。そのせいで弩砲などの大型兵器を用いることが出来ず、反対に敵は四方八方に爆弾を投げつければ船が燃え盛っていくのである。


「焙烙玉でしょう。内海の海賊のお家芸です」


 焙烙玉は簡単な手榴弾である。人間が投げられる程度の大きさ、重さでありながら木造船に対しては極めて有効な効果を発揮する大八州の兵器だ。


「……どうすればいい」

「近づかれる前に沈める、或いは船を燃えぬように鉄で覆うくらいしか策はありません」

「もう手遅れじゃない」

「ええ。ですからこうなったら、敵船に乗り移るか、弓矢でじわじわと追い詰めていくしかありますまい」

「なら……いいのがいるわね」


 この事態をどうにかするのに最適な魔女がいる。


「シャルロット、行けるかしら」

「ふふふ、ええ、喜んで。奴らを皆殺しにしてくるわ」

「頼んだわよ」


 青の魔女シャルロットは黒い翼を背中に生やして前線へと飛んだ。


 〇


 大友の軍船に何かが落ちて来た。激しい衝撃に、船が前後に揺れる。


「な、なんだ!?」

「こんにちは、そしてさようなら」


 船首には獣のような目をして短刀のような長さの鋭い爪を伸ばした少女が立っていた。その体は既に血で汚れていた。


「貴様はっ!」

「あら、私を知ってるの? なら遠慮する必要はないわね」

「お前達、やるぞ!」


 大八州兵は手元に用意してあった弓を構えた。それは伊達陸奥守が考案した、鎖のついた矢を放つ弓矢である。それでシャルロットの動きを拘束することが出来れば勝機もある。


 武士は迷いことなく矢を放ち、数本の鎖がシャルロットを貫いた。


「その程度の数で私を押さえられると思わないことね」


 シャルロットは手足をトカゲの尻尾のように切り落として再生させると、その爪で胴体に突き刺さった鎖を切断した。あっという間の出来事に、武士達も動揺を隠せない。


「じゃあ、残念でした。あなた達の負けよ」


 シャルロットは近くにいた武士に飛びかかり、その胸を爪で貫いた。彼女の爪の前には鎧など無意味であった。


「このっ! こんな小細工に頼りはせぬわ!」


 武士達は刀を抜いた。だがシャルロットに勝てる訳もなく、刀は簡単にへし折られ、彼らは一瞬にして血祭りに上げられた。

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