蘆名家の謀略
ACU2312 11/28 陸奥國 黑川城
蘆名家は陸奥國の南部にそれなりに広い領土を持つ大名だ。そして蘆名の領地を除いた陸奥と出羽の全てを伊達家が掌握したことで最も危機に晒されているのはこの蘆名家である。
伊達に従うのか抗うのか、蘆名下埜守は決定しなくてはならない。
「殿、津輕が伊達に降ったとのことです」
「……気骨ある男だと思っていたが、見た目と喋り方だけだったようだな」
「それと殿、伊達は長尾左大將を擁しているとのこと」
「左大將……奴は本気か」
蘆名下埜守はすぐに理解した。それを今世に出す意味を。伊達は本気で天下を取ろうとしているのだと。
「それで、いかが致しましょう。相手はあの朔です」
「ふん、朔など、今や何の力も持たぬ伊達の傀儡だ」
「とは言え……名目は名目ですし……」
武士にとって名目というのは非常に重要だ。実際の権力をほぼ失っても皇御孫尊が今なお絶対的に敬われているのは、正当な権力の最大の源であるからである。
「であれば、朔などよりも上杉殿の方が余程よいな」
「そ、それはつまり……」
「ああ。我らは曉に付く。伊達などに降るものか」
蘆名下埜守は伊達に従う気など毛頭なかった。その為には謀反人曉に付くこともやむ無しである。
〇
ACU2312 12/04 陸奥國 千代城
「ほーう。蘆名はあくまで我らに従わぬか」
蘆名家の動きは逐一晴政の耳に入っている。蘆名下埜守は先日、北條と本格的な同盟を結ぶべく、相模を訪ねたそうだ。
北條が動けば内地の上杉直轄領を治める齋藤も動き、いよいよ最初の決戦を挑むことになるだろう。
「それで伊達殿、蘆名を降す策はあるのでございますか?」
朔は期待の眼差しで晴政を見つめる。晴政は自信満々に告げた。
「何もない。我らには何の策もないぞ」
「……? ま、真にございますか?」
「いかにも。俺は津輕を落とすところまでは考えていたが、その先は知らん」
「……」
朔は縋るような視線を源十郎に向けるが――
「私に頼られても困ります。私は晴政様のご意志を実行するだけです」
「ああ、もちろん、俺にだって策はないぜ?」
「…………」
――本当にこの家にいて大丈夫なのでございましょうか……
全くもって裏切られた気分である。奥羽をほぼ統一したとは言え、敵はそれどころではない巨大な勢力。とても無計画に突っ込んで勝てる相手ではない。
「朔、私達はいっつもこんな調子よ。諦めなさい」
「桐様……それでは先日までの謀略は何だったのですか……?」
「晴政の思い付きね。今回はそのネタが切れたんでしょう」
「え……」
「まあ、そうとも言えるな」
「何と…………」
朔は絶望した。
「まあまあ落ち着け左大將」
「落ち着いてなどいられますか」
「北條はともかく齋藤など、兵を動かすに相当な時間が掛かるであろう。その前に戦支度を整えれば良い」
「それは……敵を陸奥に誘い込んで叩こうということにございますか?」
こちらから攻め込むならば、齋藤が用意を整える前に一気呵成に攻めるべきだ。そうしないということはつまり、本拠地に敵を引きずり込んで叩こうという作戦なのだろう。
「おお、よく分かったな。流石は俺が見込んだ女だ」
「……どうせ今思い付いたのでございましょう?」
「ああ。そうだが?」
「…………しかし、何故に?」
「北條くらいなら何とかなるが、上杉の馬鹿でかい領地を切り取るのは骨が折れる。ここらで一つ、奴らの軍兵を叩いておこうと思ってな」
「流石だぜ、兄者!」
特に何も考えていない成政は晴政を褒めちぎる。だが朔はまだ納得出来ていない様子。
「蘆名はともかく、北條と齋藤の軍勢は、相当な数になりましょう。いくら勝手知ったる陸奥で戦うとは言え、負けてはお終いではございませんか?」
「その程度の賭けに勝てねば、天下など取れぬ」
「賭けであるとは認めるのでございますね」
「ああ、そうだ。勝てば我らは一気に天下に近づく。負ければ我らはそれまで。簡単な話だ」
「……それは余りにも危のうございます。もっと堅実な策を選ぶべきです」
珍しく晴政の作戦に真っ向から反対する朔。国家の命運をそんな賭けに任せるなど、正気の沙汰とは思えなかった。
「案ずるな。もしも俺が負けても、お前は西国にでも逃げるがいい。嶋津辺りが拾ってくれるだろう」
「そういう話ではございません! その……伊達殿はわたくしの恩人です。それが危険に向かっているのならば、お止めするのがわたくしの恩返しにございます」
「俺は死なぬさ。優柔不断の北條と愚鈍な齋藤と意地っ張りの蘆名が揃ったところで、俺には敵わぬ」
「ですが……」
戦いは数だ。いくら晴政が優秀な武将だったとしても、数の差はそう簡単に覆すことは出来ない。
「安心なさい。こいつはやると言ったら必ずやり遂げる奴よ。あんたに心配されることなんてないわ」
「ええ。晴政様は決して無謀なお方ではありません。どこかに勝機を見つけ出すお方です」
「兄者なら何とかするだろう」
「皆様……」
「そういうことだ。黙って俺に着いてくるがよい! ふはははは!」
晴政は高笑い。無論、まだ何も考えてはいない。
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