津輕との交渉
「伊達殿、これはどういうことなのだ? どうして朔がここに……」
「伊達殿は件の謀反の場にてわたくしを匿ってくださいました。その縁あって、今まで千代に居候させて頂いていた、という訳にございます」
「上杉の左大將であるそなたならば、伊達などに頼ることはないのではないか?」
「……お恥ずかしながら、わたくしは自ら率いる兵というものを持っておりません。今や、頼れるのは伊達殿だけになってしまいました」
上杉家の軍事において次官の立場である朔だが、その役割はどちらかと言うと参謀長などに近く、自分で独自の戦力を持っている訳ではない。主君である晴虎が死んだ以上、彼女に残された権限などないに等しかった。
「そういうことか……それは気の毒であったな。しかし陸奥守、こう言うのはなんだが、何故に朔を匿ったのだ? 貴殿を利することはないと思うが……」
「いいや、ある。朔は名前だけとは言え、上杉の総大将だ。天下を取るに当たり、いい大義になる」
「はい。わたくしも、その程度のことでしたら何なりとするつもりにございます」
晴政が朔を匿っている理由。それは天下取りに際して大義名分を得る為だ。朔の命令ということにしておけば、従わない諸侯を滅ぼす十分な理由になる。
「それを今出したということは……」
「ああ。これまでは隠していたが、これからは朔を前面に押し出して、天下取りを目指す」
「貴殿は本気か……」
「最初からそう言っているだろう。だから、貴殿も津輕と話を付ける時は朔の名を使うがいい」
「一応でも本人に聞かんのか……」
「わたくしは構いませんよ、南部出羽守様。わたくしの名くらい、好きなようにお使い下さい」
朔は伊達家にそれなりの恩がある。恩を返せるならば、名前を貸すくらい安いものである。
「しかし、これまでずっと隠していたのだ。今更になってその名を出して、大名共が信じるか?」
「誰も朔がどこにいるのか知らない。我らが言い出せば、信じるしかないだろう」
「そういうものか……」
最初に言い出した者が最も信用される者だ。それに、嘘にしては大胆過ぎる。恐らく諸大名は朔がいると信じるだろう。
「まあやってみるしかないな」
「ああ。津輕と上手く話を付けてきてくれよ?」
「儂を舐めるな」
「ふん、期待している」
かくして南部出羽守は津輕家の本拠地、
○
ACU2312 11/25 大八州皇國 蝦夷國 箱館城
津輕家の拠点はわざわざ海を渡った先の蝦夷地の南端、箱館にあった。南部出羽守は護衛に桐と少数の供廻りだけを連れ、遥々ここまでやって来たのである。
「津輕殿、久しいな」
「うむ。我らが会うことは元よりそう多くはない」
このぶっきらぼうな男こそ、津輕家の当主津輕蝦夷守である。
「それで、貴殿がここに来るなど珍しいが、何をしに来た?」
「少しばかり話をしようかと思ったのだ」
「話?」
「知っておるだろう? 我ら南部は伊達に降った」
「無論だ」
あれだけの騒ぎを起こせば誰にだって知れ渡ることだ。南部は一日と持たずに伊達に降伏したのだと。
「それで? 当家に落ちて来たとでも言うのか?」
「いや、逆だ。貴殿には伊達に手を貸して欲しい。そう頼みに来た」
「伊達の小間使いにでもなったのか?」
「……そうとも言える」
「愚かなことだ」
「何とでも言え」
とは言え津輕蝦夷守にとっても笑い事ではない。南部家が完全に伊達の傘下に入った以上、津輕と伊達は国境を接しているも同然なのだから。
「伊達は何を考えている?」
「伊達は……天下を取ろうとしている。奥羽の諸大名を一つに纏めた後に、北條や齋藤とやり合おうとしているのだ」
「天下だと? 馬鹿な。どうせそれにかこつけて、奥羽を自らの手中に収めたいだけであろう」
津輕蝦夷守は真面目に取り合おうともしなかった。だが晴宗は晴政の野望が本物だと知っている。
「いや、あやつは本気だ。伊達陸奥守はそういう男なのだ。それに、向こうには朔がいる」
「朔? まさか、長尾左大將か?」
「いかにも。その朔だ。伊達は朔を擁して天下に号令するつもりでいるのだ」
「それは驚いたな……。とは言え、当家が伊達に従うことはない。朔を総大将に立てるならば別だが」
「なるほど。貴殿の言うことももっともだ」
津輕蝦夷守も天下取りに手を貸すのはまんざらでもなかった。だが伊達の家臣となるというのは許されない。朔を総大将として彼女に従うという体裁を取るのならば許容範囲だが。
「では、我が主に話を通しておきましょう。朔にならば従ってもよいのですよね?」
桐はここぞとばかりに畳みかけた。
「ああ。左大將になら従うが伊達には従わぬと陸奥守に伝えよ」
「分かりました。直ちに」
桐は部屋を去って晴政と数分だけ通信を交わした。そしてすぐに戻って来た。
「随分と早いではないか」
「結論が出ました。これよりは朔が総大将になり、朔に伊達や南部が従うという体裁を取ります。津輕もそれに加わってくれますか?」
この一瞬で、晴政はそれを承諾したのだ。
「フハハ、よかろう。そこまですると言うのならば、我らが力になろう」
「ありがたきお言葉です」
「流石は陸奥守だな……」
かくしてたったの十日ほどで晴政は奥羽の大半を纏め上げたのであった。
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