イジャスラヴリ大空襲

 ACU2312 7/26 ダキア大公国 メレン


 参謀本部の決定に従い、東部方面軍はイジャスラヴリへの絨毯爆撃の準備を行った。


 イジャスラヴリは前線にほどよく近い大都市で、これまでもゲルマニア軍の空襲の半分以上がここに集まり、犠牲者の3分の1ほどがイジャスラヴリ市民である。


 そしてこれから一般市民を標的としたゲルマニア史上初の攻撃の標的となるのである。彼らに同情を覚えなくもないが、シグルズは腹を括った。


「爆撃機は12機か……足りるかなあ」


 ライラ所長は不安そうに呟いた。今回もライラ所長とシグルズが同じ爆撃機に搭乗して指揮を執る。


「まあ足りなければ何度でも爆撃すればいいだけですから」

「まあ、そっか」


 別に一回の空襲でイジャスラヴリを火の海にする必要はない。何度でも爆撃機を出撃させ、破壊し尽くすまでだ。


「ライラ所長、全機出撃の準備を完了しました」

「了解ー。じゃあ全機出撃!」


 メレンには仮設のものだが滑走路も整備されている。爆撃を始めた当初と比べればかなり快適に走ることが出来た。


 ○


 機械的な故障は起こらず、ゲルマニア軍が保有する爆撃機のほとんどである12機の爆撃機は、イジャスラヴリへと飛んでいる。夏に差し掛かって気候はかなり温暖になり、整備の手間が減ったのも嬉しいことだ。


「所長! 敵の迎撃部隊です!」

「おや、いつもより早く来たね」


 まだイジャスラヴリも視界に入らないうちに、ダキアの飛行魔導士隊が迎撃に出て来た。


 これほどの爆撃機を一気に飛ばすのは初めての事であり、ダキア軍にも警戒されたのだろう。とは言え、彼女らに何かが出来る訳ではない。


「うん。じゃあ対空砲火、開始!」

「了解です!」


 シグルズが手元の装置を操作すると、爆撃機の腹から8つの銃口が姿を現した。


 ライラ所長がこの短期間に施した最大の改造がこれである。ダキアの魔女が爆撃機を攻撃する能力があると分かった後、それを撃退する為に機関銃を設置したのだ。


 重量の関係で対空機関砲を設置することは出来なかったが、機関銃でも十分である。


「とっとと帰れ……!」


 爆弾を落とす為の覗き穴から魔女達の位置を確認すると、そこに向かって一斉に銃撃を開始する。一つの引き金で全ての機関銃が同時に発砲される仕組みだ。


「よし……撃墜2……」


 斉射を開始して数秒で魔女が2人墜落した。爆撃機は常に遥か上空から銃撃を行うことが出来る。それは銃弾を投げ落とすようなものであり、その弾丸の威力は地上で使う時と比べて非常に大きくなる。


 対空機関砲を使わずとも魔女を十分に殺せるのはそういう理由だ。


「敵が撤退しています」

「そりゃあ12機の対空砲火を耐えきれる訳がないって」

「ですね」


 整列して飛行する12機の爆撃機は、飛行する要塞のようである。それから繰り出される激しい砲火の前に、飛行魔導士隊は手も足も出なかった。


 ダキア軍のささやかな抵抗を粉砕し、爆撃機は悠々とイジャスラヴリへ向かった。


 ○


「イジャスラヴリ上空に入りました」

「了解。もうちょっと進んでから爆撃を始めようか」

「――了解です」


 ついに始まってしまう。この戦争をまだ理性的に保ってきた最後の枷を、ゲルマニア軍が引きちぎるのだ。


 今ならまだこの作戦を中止することが出来る。この場の指揮はライラ所長に委ねられている。


「心配そうだね」

「ええ、まあ。これが際限のない殺し合いに発展しなければいいのですが……」

「それはつまり、お互いの民間人を殺し合うことになるかもしれないってこと?」

「ええ。流石はライラ所長です」


 ヴェステンラント軍にはルシタニアやゲルマニアの市民を殺戮する機会があったし、今でもある。だが彼らは今のところ一般市民は保護する方針で戦争を続けている。


 しかし、ゲルマニア軍が民間人を標的にし始めたことで、ヴェステンラントもゲルマニアの民間人を標的にし始めるかもしれない。


 そうなればこの戦争は地獄に陥るだろう。


「まあ、そんなことを気にしててもしょうがないし、ヴェステンラントの魔女がゲルマニアに侵入することはないよ」

「そうだといいですが……」


 実際、国境線の塹壕は無数の対空機関砲で固められている。魔女達が塹壕を超えて工業地帯への攻撃に向かうとは考えにくい。


 もっとも、ゲルマニアがやったように予想もつかない新兵器を開発してくる可能性を排除することは出来ないが。


「っと、今考えるべきではなかったです」

「まあね」

「建物の密集した区域にまもなく到達します」

「分かった。じゃあ爆撃開始!」

「はっ!」


 焼夷弾の投下口を開く。そして市街地の上空で爆弾を投下した。


 これまでの空襲とは全く違い、初っ端から30個以上の爆弾を一気に投下した。そして一定の間隔で焼夷弾を投下しながら、イジャスラヴリを横切っていく。


「……取り敢えず、焼夷弾はきちんと機能しているようです」

「ふう。それはよかった」


 シグルズの眼下では多数の焼夷弾が赤橙色の巨大な炎を上げていた。焼夷弾は試験通りの性能を示し、周辺の建物を焼き始めたのである。

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