絨毯爆撃の建議Ⅱ

「ふむ……あまり君らしくはない意見だな」

「申し訳ありません。確かに合理的に考えればカルテンブルンナー全国指導者の言うように民間人を殺戮するのも正解とは思うのですが……」

「そうか。まあ気持ちは分かる」


 民間人への被害を抑えたいというのはヒンケル総統も同じ気持ちだ。とは言え、そんな感情に基づいて国家を指導することは出来ない。


「ではシグルズ、何か他の案はあるのか?」

「はい。案はあります」

「聞かせてくれ」

「僕はカルテンブルンナー全国指導者とは逆に、敵の軍事施設への破壊に重点を置くべきかと考えます。敵の継戦能力を物理的に奪うのです」


 敵の軍事施設を徹底的に破壊すれば、ダキアが戦争を継続することは不可能になる。例え将兵の士気が高くても、だ。


「それは相手がゲルマニアなら成り立つ理論ではないかね?」


 その時、西部方面軍のザイス=インクヴァルト司令官が口を挟んだ。帝国一の策士には思うところがあるらしい。


「……と言いますと?」

「我々は武器弾薬を生産する工場、それを運ぶ線路がなければ戦うことすら出来ない。故にこれを破壊されれば、ゲルマニアは降伏を選ぶしかなくなるだろう。では、ダキアにとって破壊されたくないものとは何だね?」

「そ、それは……」


 簡単な事だと息巻いて答えようとしたが、シグルズにその答えを出すことは出来なかった。


「思い、つかないようです……」

「そうだろうとも。何故ならダキア軍は武器弾薬を全てヴェステンラントから支援されているからだ。彼らは手工業すら必要とせず、戦争を行うことが出来る」

「閣下の仰ることに間違いはないかと」


 軍事の全てを他国に依存するというのは国防上最悪の選択だが、ゲルマニアにとっては極めて厄介だ。その軍事力を撃滅する手段がないのだから。


「ではどうすればダキアを屈服させられると言うのだ?」


 総統はザイス=インクヴァルト司令官に問う。


「西部方面軍が口を挟むべきことでもないとは思いますが、唯一取れる選択肢は、ダキアという国を破壊してしまうことでしょう」

「……ダキアを破壊?」

「ヴェステンラントから送られてくるのは魔導装甲、魔導剣、エスペラニウムで、つまりはものだけです。これを国中に分配し、兵士を用意するには、国全体が纏まり機能している必要があります」

「それはまあ当然だな」

「ですので、この機能を破壊すれば、ダキアは戦争を継続出来なくなります」

「具体的には何を破壊すればいいのだ?」

「あらゆる都市を徹底的に破壊すれば、ダキアはその復旧で手一杯になり、戦争などしてはいられなくなるでしょう。それが唯一の手段です」

「それは――結局は民間人への殺戮と変わらないではありませんか」


 シグルズは少々抗議するように言った。都市を破壊するのはその市民を殺戮することと同義だ。


「ああ、そうだ。我々にはどの道、ダキアの民間人を殺戮する他に道は残されていないのだ」

「ダキア人の士気を削ぐ上にダキアの継戦能力を削ぐ……か。二つの意味で大量虐殺は有効ということだな」

「ご慧眼です、総統閣下」


 民間人を標的とした爆撃は効果的であり、かつゲルマニアが取り得る唯一の選択肢である。総統官邸の面々はその点では合意に達した。


「シグルズ、民間人への攻撃より有効な策はないようだ。分かってくれるか?」


 ヒンケル総統は頼み込むように言った。


「……分かりました。よりよい策は示せないですし、作戦には合理性もあります」

「分かった。では民間人への虐殺を――」

「ああ、少しいいですか?」


 シグルズはヒンケル総統の言葉を遮る。


「? 何だ?」

「先程から民間人への虐殺や殺戮などと言っていますが、やはりこの方法には何か名前を付けた方がよいかと」

「それもそうだな。毎回そんな風に言っていては意思の疎通に問題がある。で、名前の候補でもあるのか?」

「はい。絨毯爆撃というのはどうでしょう」


 シグルズが考えたのではない。地球で大昔に作られた単語だ。


「絨毯のように爆弾を降らせるという意味か」

「はい」

「いいではないか。ではこれより、民間人の殺戮を主目的とした爆撃を絨毯爆撃を呼ぶ」

「ありがとうございます」


 絨毯爆撃という呼称は問題なく採用された。


「さて、とは言うが、通常の爆弾で都市を徹底的に破壊するなど出来るのか?」

「それについては、私からー」


 三角帽子と外套を着こんだ女性、ライラ所長はのんびりとした声で言った。


「既に新兵器を開発しているのか?」

「そうです。こういう事態を見越して、多くの建物を焼き払う為の爆弾を開発しました。名付けて、焼夷弾です」

「焼夷弾……周りのものを燃やす爆弾ということか」

「そうです。爆弾の中に燃料を詰め込んで辺りにばら撒く爆弾なのです!」


 ライラ所長は誇らしげに言った。絨毯爆撃の為にしか使えないような兵器なのだが。


「まあ、元はと言えばシグルズな魔法を再現しようとしたものですけど」


 シグルズは何度か建造物を焼き尽くす爆弾を魔法で作って使っている。それを科学で再現したのがこの焼夷弾だ。


「シグルズ、ありがとー」

「それはどうも……」


 シグルズは苦笑いで応えた。

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