始原の魔女イズーナⅡ
ACU2210 4/20 ノイエスブルグンテン 総督府
それから更に数日が経った。人を触れるまでもなく殺し、骨折を簡単に治癒したイズーナの強力な魔法を、多くの者が目撃した。そしてどこからか、植民地政府にもその情報は流れ着いた。
「総督閣下、このような風聞が流れているようです。いかがされますか?」
ゲルマニアの植民地総督、ヘルムート・アドルフ・フォン・ノイラートにも報告は届いた。
「ほう? ふむ……魔女がこの街にいる、だと?」
「はい。同じようなことを証言する者が複数おりますから、全くの出鱈目だとは思えません」
「分かった。魔女などこの世に存在しないが、それほどに強力な魔導士が存在するのならば、我らが獲得せねばならない。ゲルマニアの利益になるか――我々に敵対するのならば殺すまでだ」
「はっ!」
いずれにせよ、植民地政府はイズーナを捕縛することを決めた。ノイエスブルグンテンに数百名の兵士が送られ、複数の証言を元にイズーナの家を見つけ出した。それは極普通の、庶民が暮らす小さな家であった。
「いいか、くれぐれも無駄な喧嘩を仕掛けるなと、総督からのご命令だ」
「はい。分かってますよ」
味方に出来るなら味方にしたい。植民地戦争に明け暮れるゲルマニアとしては、イズーナは是非とも欲しい戦力であった。だからまずは友好的に対話を試みるのが総督の方針である。
隊長が家の戸を叩いた。
「失礼、誰かおりますかな?」
「……はい。どちら様でしょうか?」
扉の向こうから若い女性の声がした。
「我々は総督閣下により派遣された部隊です。あなたが強力な魔法を使えるという噂を聞きまして、真偽を確かめに来ました」
「それは本当です」
イズーナに言い訳をしたり隠したりする気はなかった。
「ほうほう、それはそれは……」
「それで、私に魔法があったとして、何をする気ですか?」
「総督閣下は、あなたに協力を望んでいます。昨今、ルシタニアやブリタンニアとの紛争は絶えず、帝国は戦力を必要としています。そこで、あなたのような強力な魔導士の力は是非とも欲しい訳です」
ヴェステンラント大陸の植民地を巡り、エウロパの列強は激しい戦争を繰り返していた。それにイズーナが加われば強力な戦力となることは間違いない。
ヘルムート総督の見立て自体は正しいものだった。だがイズーナにその気はなかった。
「申し訳ありませんが、あなた方に与するつもりはありません。あなた方の残虐な殺人に加担するつもりは一切ありません」
「これはこれは……我々がいつそのようなことをしたと?」
「知らないとは言わせません。あなた方がこれまで何百万の原住民を殺してきたか、兵士の方々ならご存じの筈でしょう」
「原住民ですか。はっ、彼らは生きていようが死んでいようが構わない。有色人種とは全て白人の奴隷となるべき生まれて来た人種なのですから」
「…………そうですか。そのような人に協力する気は一切ありません。お帰り下さい」
「そうですか。であれば、我々はあなたを殺害しなければなりません。あなたのような存在は帝国の秩序を乱しますから」
従わぬのならば消す。万が一にでも他国にその力を取られたら一大事だ。
「扉をこじ開けろ」
「お任せください!」
兵士達は乱暴に扉を蹴破った。木製の扉は簡単に破られる。そしてその中には、怒りも悲しみも映さない目をした小柄な女性が立っていた。
「すみませんねえ。これは総督からのご命令なもので」
「…………」
「撃てっ!」
前装式の小銃には弾丸と火薬が装填されている。数人の兵士が家の中に乱入すると、躊躇なく引き金を引いた。
だが、その弾丸がイズーナに届くことはなかった。
「何……? どう、なって……」
弾丸が宙に浮いて、静止していた。イズーナは力を込めるでもなく、埃を払うかのように弾丸を払いのけた。兵士達は見たこともない現象の前に恐れおののく。
「今すぐ帰れば殺しはしません。死にたいですか?」
「に、逃げろ……!!」
前に会った男達と同じように、この兵士達もたちまち逃げ出した。自分達が決して勝てないと理解して逃げたのだけは、賢い選択だったと言えるだろう。
しかしこれでイズーナは政府の敵となった。いずれもっと大規模な討伐軍が派遣されるだろう。ここで暮らしてはいられない。
「ヴァルトルート、アリーセ、シーラ、ルカ。これから遠くへ逃げます」
ルカはまだ生まれたばかりで、歩くことすら出来ない。唯一この状況を理解していたのは、長子のヴァルトルートだけだった。
「逃げるって、どこへ?」
「そうね……どこか、ここよりもっといい場所へ。さあ、行くわよ」
その日、ノイエスブルグンテンの住民は神の如きものを見た。
長さは3パッスス以上の巨大な翼を広げ、空高く飛ぶ女性である。また何人かの証言によれば、その背中には何人かの子供が乗っていたという。
イズーナはゲルマニア領を離れ、西へと飛ぶ。明確な目的もなかったが、比較的原住民に寛容な政策を取っている大八洲植民地を目指した。
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