第三十一章 終わりの始まり
激化する空襲
ACU2312 7/12 大突厥國 都
「殿下、空襲警報です。地下壕へお早く」
「……分かった」
ダキア大公国の東にある大突厥國。そこに設置されたダキア軍司令部に対しても空襲は始まっていた。
ゲルマニア軍は大突厥國を完全な敵と断定したらしい。連日爆撃機が飛来し、多くの民を殺している。
ここ二ヵ月程で、爆撃に対する基本的な対処方針は確立された。とは言っても爆撃機を攻撃する有効な手段は未だ存在せず、素早く避難を促せる仕組みを確立させただけだが。
しかも避難出来るのは極一部の特権階級のみで、一般市民には為す術がない。ただ爆弾が落ちてこないことを祈るだけである。
「突厥の民には申し訳が立たないな……」
「それは……確かに我らの戦争の為に彼らを巻き込んでいる訳ではありますが……」
ホルムガルド公アレクセイは暗い声で言う。大突厥國はダキアの首脳部を匿っているせいでゲルマニア軍の標的にされ、多くの民を犠牲にしている。正直言ってこの戦争で唯一の被害国だと言ってもいいだろう。
「……ダキア大公である前に、私は一人の人間だ。我らと関わりのない民が次々と死んでいくのは、見ていられない」
「そう言われましても……我らの力ではどうしようも……」
「なれば、オブラン・オシュに戻るしかあるまい。指揮機能を国内に戻さねば、突厥の民の苦しみは終わらない」
「……それは殿下の御意志と受け止めてよろしいですか?」
「ああ。もう散々だ。それに、私が戻ればダキアの士気も少しはマシになるだろう」
「はっ。それでは準備を始めます」
オブラン・オシュもまた空襲を受けている都市ではあるが、大公が政務を行うに最低限の機能は復旧している。
それに大公が国外から指示を飛ばしているよりは、自らも戦争の渦中に飛び込んだ方が諸侯の士気も上がるだろう。
ゲルマニア軍の空襲にある程度の効果はあった。だがまだダキアを屈服させるには至っていない。
○
ACU2312 7/18 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン 総統官邸
「何? ピョートル大公が帰国した?」
「はい。そして同時に、大突厥國への攻撃を即時中止するように、ダキアから要請が届いています」
リッベントロップ外務大臣はヒンケル総統にダキアからの要請を伝えた。
「ふむ。まあ受諾してよいのではないか? 我らにとって害はないだろう」
「大突厥國が我らの軍門に降る可能性が消えますが、それ以外は確かに不利益はありません」
「そんな可能性は最初からないようなものだろう」
「まあ……確かに」
大突厥國はヴェステンラントからダキアへの軍需物資を移送する唯一の経路だ。これを爆撃し続ければ、大突厥國にヴェステンラントと手を切らせることも出来たかもしれない。そうなれば魔法を失ったダキアなど一突きで崩壊しただろう。
もっとも、大突厥國はヴェステンラントの従属国のようなもので、裏切る可能性は最初から低かったというのも事実だが。
「我々も無用に犠牲を出すことは望まない。突厥方面の作戦は本日より中止だ。但し、ピョートル大公が大突厥國に戻った際は、爆撃を再開する。ローゼンベルク司令官、頼んだぞ」
「はっ。そのように」
まだゲルマニア首脳部は人間性を保っている。爆撃の被害を最小限に抑えたいというのは基本的な方針だ。
「しかし……ピョートル大公がダキアに戻れば、ダキア諸侯の士気も上がるかもしれんな」
「はい。今でも戦争を継続出来ているのに、ピョートル大公が前線で旗を振れば、更に戦争が長引くことは必至かと」
ローゼンベルク司令官の分析に反論する者はいなかった。そもそも君主が国外に亡命している状態で諸侯が纏まっている時点で奇跡のようなものなのに、それが戻ってきたらどうなるものか。
「空襲を続ければ敵が恐怖し戦争はすぐに終わるだろうというのは、机上の空論だったという訳か」
「それは……」
ヒンケル総統のその言葉は、ここ2カ月のゲルマニア軍の行動を全否定するものだ。流石のローゼンベルク司令官も言葉が詰まる。とは言え、そろそろ認めざるを得ない。
「恐らくは、総統閣下の仰る通りかと。空襲が始まった後に少数の貴族が我らに寝返っていますが、それは空襲などに関係なく自力で戦線を維持出来ないような者でした。空襲による効果は、今のところほとんど見られていません」
「しかし何故だ? 私はどうも納得がいかない。突然手の届かない空から爆弾が落ちてくるのだろう? 私がダキアの市民だったら、戦争終結の為に一揆の一つでも起こすぞ」
実際は一揆などの反戦運動は起こっていない。だがどうして起こらないのか、ヒンケル総統には理解出来なかった。
「申し訳ありませんが……私にも理解出来ません。既に千人以上の市民を殺害しているのに、ダキア人には我らに降ろうとする気配も見られません」
「東部の君にも分からんか……」
結局のところ、どうしてダキアが降伏しないのか、納得のいく説明はなされなかった。ゲルマニア軍はまたしても手詰まりに陥りつつあるのである。
そしてこれから益々ダキア人の士気が上がるかもしれないと考えると、気が遠くなる。
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