キーイ攻略戦Ⅲ

「軍団長閣下、敵の弩砲を破壊して来ました」


 シグルズはオステルマン師団長に報告する。


「よし。よくやった、シグルズ!」

「いずれは魔法に頼らず何とか出来るようにしたいものですが……」


 もしもシグルズが死んだらどうするんだという話である。この手段に頼りっきりでは帝国はいずれ行き詰まる。


「まあそう言うな。今勝てることが大事だ」

「――そうですね。国家の命運がかかっていますから」


 ダキアを早急に下せるかどうかはゲルマニアの存続に関わる大問題だ。手段を選んでいる余裕はない。


「それと、キーイの最高司令官であるルターヴァ辺境伯をとっ捕まえて来たんですが……」

「は?? いや、そ、そうか……」


 突然の報告にオステルマン師団長も言葉を失ってしまった。


「しかし……敵に何の動きもないと言うことは、奴らはそこまで想定していたってことだな?」

「はい。敵は最高司令官が失われた時は副司令官がその地位を継承するように定めていたようです。キーイ守備隊への影響は特にないかと」

「やけに近代的だが……まあ向こうの要人を捕まえるのは我が軍にとっての利益となることだ」


 辺境伯というのはゲルマニアでも4人しかいない極めて重要な貴族だ。軍事的には影響がないにしても、何か使い道はあるかもしれない。


「さて……それでは行こうか。全軍で突撃だ!」


 かくして総攻撃が開始された。


 〇


「敵は大人しいですね……」

「もう完全に引き籠もるのを選んだみたいだね」


 指揮装甲車に揺られながら、シグルズ達第88師団の首脳部はキーイへと近づいていた。


 先鋒を務めるのはやはりというか2個戦車大隊で、その片方は第88師団から出された部隊である。


 合計100両の戦車がキーイへと進行し、やがて城門に肉薄した。と、その時――


「敵の攻撃です!」


 天井をカンカンと叩く鋭い音。無数の矢弾が戦車大隊に降り注いだ。


「いつもとは音が違いますね」

「銃弾のようだね。ダキアに魔導兵はいないのか……」


 思えば、城壁を奇襲した時にも魔導兵はほとんどいなかった。まあ何であれ、よいことだ。


「となると……城壁を壊すことも可能か」

「確かに、そうかもしれませんね」


 魔導兵がいないのなら、魔女もいないかもしれない。だとしたら重砲で城壁を破壊し強行突破することも可能だ。


「ダキア人にゲルマニアの恐ろしさを知らしめるにもちょうどいいな」


 オーレンドルフ幕僚長も賛成してくれた。


「ああ。では早速、軍団長閣下に伝えてくれ」

「了解です!」


 という訳でヴェロニカはオステルマン師団長にシグルズの案を伝えた。オステルマン師団長はこの要請を快諾した。


「――流石はオステルマン師団長。話が早い」

「ですね……」

「じゃあやろうか。弾を徹甲弾に切り替え、砲撃を開始せよ」


 城に突入する直前で立ち止まり、戦車隊は一斉に砲撃を仕掛けた。数十の徹甲弾は旧時代の城壁にたちまち大穴を開ける。


 まあここまではいつも通り。問題はこの城壁が勝手に修復されるかどうかだが――


「直りませんね……成功です!」

「最高の展開だ」


 城壁は崩れたままであった。敵にはそれを修理する魔女がいないのである。一応は首都であるこのキーイにすら。


「となると、どこに飛行魔導士が消えたのかが気になるな」


 オーレンドルフ幕僚長は言う。魔女がいないのはB軍集団にとっては吉報だが、ゲルマニア軍ととっては凶報になるかもしれない。


「ああ。彼女らは無事に逃げおおせた筈なんだけど……」


 ダキアが最も守るべき都市はここの筈だ。であるのにここにいないというのは不可解である。


「まあいい。だったら、とっととキーイを落とそう」

「そうだな。このまま砲撃を続けさせるぞ」

「ああ。頼む」


 そのまま徹甲弾による砲撃は続けられた。途中からは第18師団も加わり、城壁の一角は20分程度で崩れ去った。


「ここまでしても降伏はしないか……」

「意気込みだけはあるようだな。どうする、師団長殿?」

「それを決めるのはオステルマン軍団長閣下だが――」

「シグルズ様! オステルマン師団長より、城内へ突入せよとのこと!」

「本当に判断が早いな……まあ、そうと決まれば迷うことはない。僕達も突入だ!」


 邪魔な瓦礫は徹甲弾と榴弾で雑に吹き飛ばし、ゲルマニア軍は突入を開始した。


 ダキア兵は魔法も持たず市街地での抵抗を試みたが、そんなものはゲルマニアの足止めにもならない。


 榴弾と機関銃はあらゆる敵を薙ぎ払い、ダキア軍は一方的に蹂躙されていった。わざわざ歩兵を前に出す必要もなく、戦車と装甲車――たったの2個大隊だけで全ては決せられた。


 城内に突入してから1時間ほどで、戦車隊は都市の中心部にまで到達した。そうしてやっとダキア軍は降伏した。客観的にみればものの数時間でキーイが陥落したという形になる訳だ。


「結局、何もありませんでしたね」


 ヴェロニカはなんとも言えない表情を浮かべて言った。本来なら喜ぶべき戦果だが、素直に喜べないのはヴェロニカだけではない。


「ここまでキーイががら空きとなると、北のA軍集団に兵を回したのか……それはマズイかもな……」

「そうなんです?」

「そうなんだ。ゲルマニア軍が戦略的に負けるかもしれない」


 戦争というのは、こちらが立てばあちらは立たないものである。

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