第十四章 殲滅作戦

ホノファー脱出

 ACU2310 3/29 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 ホノファー


 ノエル率いる騎兵隊がブルグンテンで地獄のような罠に嵌っていた頃、シグルズ率いる第88師団は動き出そうとしていた。


「改めて確認しよう。敵の兵力は合計でおよそ3,000。それはおおよそ均等にホノファーを取り囲んでおり、城門1つにつきおよそ750の兵が待ち構えていると見ていい。ただし戦闘となれば増援が来る可能性は高い」


 一見すれば簡単に突破出来るような気もするが、防御を固めたヴェステンラント軍の陣地への攻撃など、ゲルマニア軍には未だに経験がない。


 ゲルマニア軍が防衛側の時ですらゲルマニアの損害の方が大きくなるというのに、こちらから攻めたら一体どれだけの犠牲が出ることか。


「また、敵は我が軍を模倣して塹壕を構築しており、これを突破するには非常な困難が予想される」


 加えてヴェステンラントは塹壕まで掘っている。魔法を使えばあっという間にホノファーを取り囲む規模の塹壕が掘れるらしい。なんとも羨ましいことだ。


「とは言え僕たちはここから脱出するように命じられている」


 どうしてこんな羽目になっているのか。それはザイス=インクヴァルト司令官の命令のせいである。


「よって、何とかしてここを脱出しなければならない」

「いや、それはそうなのだが、結局はどうするのだ、師団長殿?」


 オーレンドルフ幕僚長は困惑した様子で尋ねた。シグルズは結局、何も新しいことは言っていないのである。


「安心してくれ。ちゃんと考えはある。やっぱり、これを使わない手はないでしょ」


 シグルズは機関短銃を持ち上げた。


「しかし、それは防御の為の兵器ではなかったのか?」

「確かに防御にも使えるけど、攻撃に使えないと誰が決めたんだ?」

「別に決めてはいないが、しかし、射程の短い機関短銃では、ヴェステンラントの魔導弩の前に一方的に撃たれるだけではないか?」


 機関短銃は人間が現実的に反動を制御出来るように反動を少なくしてある。だがそれは同時に射程が短くなることも意味している。塹壕の中なら問題にならないが、野戦でこれは致命的な弱点である。


 ゲルマニアの最新式小銃とほぼ同等の射程を誇る魔導弩の前には近寄ることすら叶わないのではないかと、オーレンドルフ幕僚長は危惧していた。


「まあ、結論から言うとそれを心配する必要はない」

「そう、なのか?」

「まあ簡単に言うと、夜襲をしかける」

「夜襲、か。それで何とか近づこうと?」

「そういう感じかな」

「雑だな……」


 しかしシグルズには明確な勝利への道が見えていた。第88師団はそれに全てを駆けることにした。ザイス=インクヴァルト司令官の命令に背いたら怒られるし。


 ○


「それでは全軍、陽動作戦を開始せよ」


 シグルズはホノファーに籠城している全ての師団に命じた。ザイス=インクヴァルト司令官の命令と言う形ではあるが、実質的にはホノファーの全面的な指揮権がシグルズに与えられたようなものである。


 時間は深夜。


 ホノファーの4つの城門から第88師団を除く師団が打って出て、ヴェステンラント軍と適当な銃撃戦を繰り広げる。


「シグルズ様、敵は真っ向から受けて立つ様子です」


 ヴェロニカは報告した。


 ヴェステンラント軍はゲルマニア軍が本気で反撃を始めたと勘違いし、全力で応戦を始めたようだ。


「それで、損害がそれなりに出ている様子ですが……」


 一部の指揮官は調子に乗ってヴェステンラントの塹壕線に攻撃を仕掛けているようだ。だが単なる力攻めで塹壕は落とせない。それどころか無意味に大きな損害を出していた。


「――分かった。全軍に再度通達。損害は最小限に抑えるように。攻め込む必要はない。絶対だ」

「は、はい」


 命令の本旨を理解しない独断行動に、シグルズは少々腹が立った。無意味に人が死ぬのは、シグルズは大嫌いである。


 その後もゲルマニア軍は適度な距離を取って牽制射撃を繰り返した。実際は殆ど効果のない攻撃であるが、ヴェステンラント軍から見たら絶え間ない攻撃を食らっているように感じられるだろう。銃声は偉大である。


「師団長殿、敵はすっかり食いついた様子だ」

「そうだな。じゃあ、そろそろ僕たちも動こうか」

「了解した」


 敵はこちらの陽動が陽動であることに気付いていない。なれば、動くべきは今である。


 ○


 その頃、ヴェステンラント軍の塹壕にて。


「クッソ、奴らいつまで嫌がらせをするつもりだ」

「ああ。本当にうるせえ」


 ヴェステンラントの前線の魔導兵は、薄々感じつつあった、どうやらゲルマニア軍に本気で反撃する気はなく、ひたすら発砲することによって精神をすり減らそうとしているだけだと。


 その証拠に、この辺りの兵士で死んだ者は誰一人いなかった。塹壕にこもっている以上、数発弾を食らった後に魔導装甲を修復すれば何の問題もないのである。


「こっちにも爆音の出る武器があったらよかったのにな」

「何かなかったか?」

「無いだろ。まあ精々、弩砲の風を切る音くらいだろうな」

「拳銃未満じゃないか」


 実際、弩砲という大型兵器の発砲音すら、ゲルマニアの小銃の発砲音にかき消される程度の音しか出ない。


 と、その時だった。


「ば、爆発!?」


 背中の方から爆音がした。何かと思って振り返れば、真っ暗な空が赤く染められていた。

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