合言葉
愛子とは「おかしな子」だった。そう知らされていたからこそ、私はそう断言できた。ただ、これが何に対しての「愛子とは」なのか、私は知らなかった。
愛子は、よく私を縛ってくる。物理的にではない。精神的にでもない。ただ私はそれが必然であるかのように愛子に縛られるのだ。具体的に話すと、愛子と離れたいと思っても、愛子が記憶から消えることはないし、愛子は私の中に居続けるのだ。
「おかしな子。」
その言葉で、愛子は扉を開けてくれるのだった。扉の奥で、決まって座って私を待っている。私は愛子に縛られているから、どうしても毎日この扉を開けなくてはいけなかった。扉を開けて、他愛もない話をするのだ。
「そういえば、学校はどうなの?」
「まぁ、普通だよ。」
「へー。普通ね」
普通という言葉を愛子は何度か繰り返しぼやいている。悟っているのだろう。私が到底普通なんて”お言葉”を使っていいほどの存在ではないということを。
「私のことどう思う?」
「それは難しい質問だね…。」
この場所で愛子はいつも私を待っている、と思っていた。しかし最近私は気づいているのだ。この場所に踏み込んでいるのは、私だけではない。それどころか、私がこの場所に入り込めているのは、その、他の人のおかげだったりもする。
「だって、私が頼れるの、私の存在を認めてくれるの、あなたしかいないんだよ!!!」
声を荒げて言うと愛子は少し拍子抜けしたような顔をしてから、一度深呼吸して、言葉を選びながら話し始めた。
「まぁ、普通だね。よくいる。」
「ほんとに?私、普通にできてるの?」
「普通じゃないと持ってるのは、君自身だけだよ?」
愛子はそう言って私をじっとりと見た。その突き刺すような視線は、私をまるで心の奥深くまで見透かされるような気分にさせて、私は思わず愛子から顔をそらす。
「ふ、普通か…。おかしくないの?」
「だから、おかしいと思ってるのは君自身だけだよ?」
愛子のその言葉を聞いたきり、私は愛子に会うことができなくなった。理由はわかっていた。普通だということだ。愛子に会うには言葉が必要だった。そしてその言葉は私が発せるものでも、他の子が発せるものでも良かった。
「でも私は普通だから…。」
そうだった。私はとても普通で、普通なのが嫌だったから、だから私は愛子に自分を普通じゃなくしてもらおうと考えていたのだ。
「ちょっと、そんな所でぼーっとしてないで、掃除手伝ってよ!」
「そうだよ〜。あ!掃除終わったら、みんなでカラオケいかん??」
肩をとんと叩かれて、まるでそれが合図かのように、私は別の世界からこの世界に戻ってくることができた。
そうだ。
合言葉は「思い込み」だった。
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