eighty-seven
――クライネ! 王国きっての魔術師。エイミーの師であり、禁呪で罰を受け、その代わりに強大な魔力を得た、私以上の魔女。
閃光。私は雷鳴で応じる。違う色を帯びた殺意がぶつかりあって、花火のように弾けた。
「返事だっていつも要領を得ません。誤魔化し続けている。もっと理路整然としては。エイミーのように」
「……全員が好きな人になったら嬉しいよね」
私が皮肉めいてそう言うと、クライネは魔女帽と外套を投げ捨てた。白く染まった髪と獣の耳。そしてその瞳が私を睥睨している。
「そういう意味で言ったのではありません」
彼女の目は、私をじっと見つめていた。私のことが、心の底から憎いだろう。大好きなエイミーの愛する人であるのにも関わらず、歯牙にも掛けず泳いでいるように見える私が嫌いだろう。姫のこともあるし、ローゼとのこともある。王国はいまや私のせいで戦禍にあり、殺意には十分だった。
「クライネさん、どうして禁呪を使ったんですか」
私の問いにクライネの瞳が揺らいだ。彼女を油断させるためには、禁呪の話をずけずけとするのがいいと思った。そして実際それはある程度有効だった。
「――斎藤菜月、それを聞くのは」
後ろから声がして、私の身体が瞬間的に硬直した。氷より冷えた声を発するのが誰か、私にはすぐに分かって、そしてその人が背後にいることの危険性を本能がビリビリと震えて警告した。
「あなたが説明してからですよ」
『停滞せよ、ティーツェ!』
思わず使った時の魔法で、時間が停止する。振り返ればローゼの剣の柄が私の後頭部を捉えかけている最中だった。
焦燥した肺の呼吸を整えている間に、脳が重くなっていく。時間の停止は数秒と保てないらしかった。魔力に負荷が掛かりすぎているのを、耳の近くの痛みで感じた。私はすんででローゼの攻撃を避けて、時間がまた動き出した。
外したローゼが「あれ」と他人事のように呟く。
「当てたと思いましたが。なにしたの、菜月? 時間を止めましたか」
言いながらローゼは剣を握り直した。その微細な動きだけで、彼女はもういつでも剣を振れる。クライネと同様、敵に回していい人ではない。近接なら尚のこと、私は彼女には敵わない。灰色の瞳が光る。クライネのことも気にしなければいけない。この二人を同時に相手なんかみすみす無駄死にするようなものだ。
――けれど、そうしなければならない。ここで両手を挙げて投降すれば怪我もせずに済む。だがそれではダメだ。必死の抵抗、決死の覚悟、そして本当に死にかけて、王国の戦利品にならなければならない。
クライネの口元が動いた。
「私が死ねば! エイミーは一生あなたを恨む!」
言いながらクライネの元へ駆け出した。足元が悪くて何度も転びそうになりながら、その言葉だけで魔法の詠唱を止めたクライネの腕を掴んだ。その手を後ろに回して、背中に回りローゼと向き合う。
「クライネさんごと斬る? ローゼ」
「やぶさかではありません。魔法使いは私が嫌いな人種のひとつですからね」
ローゼは人質に怯まず、剣を弄びながらこちらへ歩いてくる。
「姫は傷心? 私を生け捕りにしろって?」
「残念ですが、菜月。ここに至っては私は姫の騎士でありません。国王の命で動いています。あの方に戦争をやる権限はないし、私情で敵を恩赦してやることもできません。国王は仰せでしたよ。生死問わず黒い魔女の首を持ち帰れ」
「逆らおうとしたでしょう、あの子は」
ローゼはうざったそうに顔をしかめて、立ち止まった。
「菜月、私も逆らった」
ローゼの言葉に、私の力が緩む。唖然とした。
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