thirteen

「実際どうだろう?」

「菜月さんほど魔法が使えれば、ポミュリン程度なんともないと思いますが、私が……なんのお役にも立てなくてですね……」

「エイミーさ、飛び道具とか持てないの? ほら、投げるの大変なら」


 エイミーは物に属性的なものを付与する付加魔法を得意としている。それを攻撃に用いようとすれば投げる物にくっつけるという使い方が自然だとは思うけれど、筋力が圧倒的に足りておらず、せっかくの魔法の効用が薄れてしまうというのが難点だった。それを補助するものがあればいいと思ったのだけど。


「あ。その手が。ありますよ。一度宿に戻ってもいいですか?」


・・・・・


 宿に戻って部屋に行くと、クローゼットの奥からエイミーが取り出したのが物々しいごっつい武器だったので、私は面食らって自分の額をばっちんと叩いた。


「こんなの隠し持ってた!?」

「ごめんなさい、隠してたわけじゃないんです。使わないので仕舞っていたのです」


 床にごろんと並べられたのは、弓矢、ボウガン、短銃と猟銃、火薬と弾丸。エイミーがこれを持つその姿が思い浮かばない――と思ったけれど、思い浮かべてみるとそこそこしっくりきたので、なにか謎の嬉々とした感情があった。


「山奥の出身なんです。両親は都生まれでしたが、父の仕事がお役人だったので、派遣された先の自治を任され、母はそれに付いていった形で、私が生まれたのは父の配属の二年後でした」


 武器の調子を確かめながら、エイミーがほとんど上の空で話す。


「農場もありましたが、肥沃な土地で、動物がたくさんいたので、狩りをよくしていたのです。だからこういう武器も使うことがありました。とはいっても、私は後ろに付いていっていただけなので、自信があるわけではありませんが――大丈夫そうですね。担げるだけ担いでいきましょう」


・・・・・


 竜巣を出て川の流れに沿って歩いていくと、前方に大きくはない橋が見える。たしかにその上には、巨大な獣が五匹も眠っているのが分かった。目視してみる人間の三倍は、想像していたよりもずっと大きい。


 ――どうしたものだろう。ある程度近づくと、その大きさは腰が引けるほどだった。とりあえずあそこからどかしてしまえばいいのだけど、攻撃を受けてパニックになった巨体を扱える気がしない。肉食動物なら食料でおびき寄せるとか古典的な方法があったのかもしれないけれど、あれはあいにく草食動物だ。この草原じゃお腹いっぱいが常だろう。


「ねえ、ポミュリンって食べられる?」

「ええ。狩りが大変なのであまり食卓に並ぶことはありませんが、美味です。鳥の胸肉のような」


 じゃあ、殺してしまうのも手か。頭の中で、火の魔法をあそこに撃ち込む想像をする。生きた動物をそのまま焼いた経験がなかったので、どことなく肝の冷える感覚があって、残酷な気もした。でも、食べるのも殺すのも、なんら変わりはないのかもしれない。退いてほしいのだって、人間のエゴだ。


 あそこにいれば迷惑がかかる。下手に追い出そうとすれば私たちが危ない、だからひと思いにやってしまわなければならない……。


 ――そう正当化を並び立てている時が、いちばん正義から遠ざかっていると感じる。だからといって悪いことをしているわけでもない。正義と悪は対義語ではなく、同じことの言い換えなのだ。ああ、だから――。


 だから魔法少女は言い訳をしないのか。


「エイミー、左のポミュリンを仕留めてほしいの。私が右端を仕留める。間に挟まっている奴らはパニックになるだろうけど、両端のに阻まれて簡単には動けないだろうから、そのうちに全部仕留めちゃおう」

「いい作戦ですね。そうしましょう。ボウガンに爆発を付与します。運が良ければ二匹くらいは同時に」


 頷く。エイミーも躊躇わないな。狩りをやってたんだから当然か。そう考えると――あの世界は死とかそれに類するものに関して、私たちに大してひどく過保護だった。そのくせ映画館に行けば溢れている大衆的なテーマでもある。引き付けて離さないのは離れられないからか、それでも嫌うのは死にたくないからか。家畜の死はドラマチックではないので映画にはならない。共感できる死でなければ誰も脚本を喜びはしない。食卓にステーキが並ぶことほど素敵なことはないが、誰もその横に牛の写真を並べてほしいとは思わない。燃えた遺体の残した骨の横には死んだ誰かを飾るのが常だというのに。人の死だから大切にするのか。死刑囚の写真を人はそう扱うだろうか。だとしたら、なぜ人は屠殺から目を背けるのだろう。同情も共感もない死を避ける必要とは。ああ、でも、愛の遺骨の横に、愛の写真を並べてほしくはなかったな。愛は生きていなければ意味がないから。家畜は死んで意味を成すから。


 私もそうありたいな。……そう、とは。どうありたいのだろう。


 準備を終えたエイミーが合図をすると、私もそれに返して、同時に魔法を詠唱して放った。大きな音がすると、目論見通り両端のポミュリンがびくともしなくなる。が、思惑通りにはいかなかった。間にいた三匹のポミュリンは大慌てで同じ方向へと飛び出し、倒れている仲間の死体の上を転がりながら越えていく。立ち上がると、その足の長さの異常さが分かった。アラスカで見られるヘラジカを連想させたけれど、それよりもずっと大きく、筋肉質だった。「ひとたまりもない」という表現がまず浮かんで、なにがどう「ひとたまりもない」のか考えるうちに、悪寒が走る。二匹がそのまま向こうへ逃げていくのが見えたと同時に、一際大きな角を持ったポミュリンが、攻撃者である私たちを見つけて、土を蹴り上げた。


「エイミー!」


 逃げよう、という前にエイミーが頷き、私の呼び掛けを勘違いして弓を構える。魔法の詠唱と同時に弓の鳴る音と共に矢が放たれる。


『――ダ・エブシオルプ』


 エイミーの放った矢は巨獣の脚の間をすり抜けると、向こうの草原に落ちる。対象をポミュリンにしか限定していないから、爆発魔法は発動しない。発動した瞬間のイメージもセットなのが発現の条件だ。見えていないところ、想像していないところへの魔法は撃てない。


 巨大な獣は直線でこちらへと、とどまらぬ勢いで向かってくる。その荒い息遣いと、躍動する筋肉まで感じられる距離まで近付くのに時間はかからなかった。魔法は複雑な条件を与えられれば与えられるほど、その文字と音の要求が複雑に長くなる。薔薇を薔薇と説明するのではなく、植物で、花で、赤くて、棘のある――と限定を繰り返していくのが魔法の詠唱だからだった。詠唱に時間がかかれば身体は吹き飛ぶ、けれど下手な魔法を撃って消耗しても意味がない。固い毛並みが揺れるのが、目で追える。


 エイミーも何度も矢を番え打ち込んでいたが、動く的に矢は思ったより無力だった。


『レ・デウ・フィレ』


 私が唱えると、ポミュリンの前面に炎の壁が立つ。優に人の高さを超える壁で牽制しようとするつもりだったが、無駄だった。その壁を、そのままの勢いで巨体が突き抜けてくる。私ともう目と鼻の先だった。が、巨体は突然方向を変えた。エイミーの方だ。

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