起話 紅の叛逆者


「夜野君ってさ、写真、嫌いでしょ」


 唐突に投げかけられた質問に、煌は目を丸くする。

 写真。確かに、写真を撮られるのは好きでは無いが。


「どうしてそんなことを?」


 紅葉の質問の意図が分からず、煌は思わず聞き返してしまう。紅葉は卵焼きを美しい所作で口に運び、頬張りながら咀嚼しているところだった。ごくん、と飲み込むと、煌へと向き直る。


「私、気づいたんだけど……夜野君の写真って持ってないなぁ、って」

「あー……写真はできるだけ避けてるから、確かに少ないかも…」

「クラス写真とかも端っこにチョロって写ってるだけじゃない?だからさ、その……なんというか……思い出が欲しいっていうか……その……」


 奥歯に物が挟まったような言い方をする紅葉を見て、紅葉の言わんとしているところを察する煌。

 気が進まないが、紅葉が見せる珍しい我儘だ。叶えないという方が嘘だろう。


「……うまく写れる自信ないけど、それでもいいなら」


 そう小さく呟くと、紅葉の顔はバアッと明るくなり、いそいそと携帯デバイスで撮影の準備をし始める。デバイスを手を斜め上に掲げて自撮りのポーズをしながら待機し、期待の眼差しで煌を見つめる紅葉。それに溜息を一つついて、仕方なく射角へと入る煌。


「はい撮るよー……あ、もうちょっと近づいて」

「うえっ!?ちょ、あたっ、当たって……!?」


 控えめになっていた煌の体を強引に引き寄せ、紅葉はデバイスを持つ腕の角度を上げる。男らしいと言えば確かにそうなのだが、こうも引き寄せられて体が密着すると、大きくて柔らかいモノが煌の腕に押しつけられる。女性耐性のない煌は瞬く間に顔を赤面させるが、それに紅葉は気づかない。


「はい!チーズっ!」

「えっ!?あっ、えと、チーズ?!」




「懐かしいな。……いや、懐かしいっていうほど前じゃないか」


 暗い部屋の中。

 煌はベッドに腰掛け、デバイス上に浮かぶ一枚の写真を眺めていた。


 太陽のような晴れやかな笑顔の紅葉とは対照的に、ぶきっちょな笑顔で写真に写っている自分を見て、煌は苦笑する。

 本当に、写真というものは苦手だ。

 煌は写真の紅葉へと指を伸ばしかけるが、その指は半ばで止まる。


―――自分には、彼女に触れる資格は無い。


 デバイスの電源を切り、ベッドの上へと投げ捨てる煌。それに続いて、煌自身もベッドに倒れ込んだ。

 目を腕で覆い隠し、煌は暫く沈黙する。


「……そうだよな。これで、良かったんだよな。更科さん」


 その呼びかけに答える者はいない。


 暗くて冷たい部屋の中、少年の声は寂しく木霊した。




 時は、1日前に遡る。




 ***



「……夜野煌が起きたか」

「らしいね。部屋の扉の前で待機していた隊員にリーダーを呼べって言ったとか」

「分かった。今行く」


 叛逆軍の隊長に割り当てられた部屋でのやり取りを終えたのち、リーダー格の男とロアナは廊下へと出て、煌のいる部屋へ歩き出す。


「様子はどうだ」

「かなり取り乱した、ってさ。いつもに比べれば、のレベルらしいけど」

「……やはり、引き金トリガーは仲間の死か」

「なんだろうね。それも、ただの仲間じゃない。多分、あの子が言っていた、恋仲に近い人が死んでる」

「……そうか。それは、つらいな」


 苦虫を噛み潰したような顔をするリーダー格の男。何か思うところがあったらしい。

 その様子を横目で見て、鼻を小さく鳴らすロアナ。


「同情をかけるんじゃないよ。逆効果だ」

「分かってるさ」


 やりとりを終えると、煌に割り当てられた部屋が目の前にあった。見張り役に一言ねぎらうと、男はカードキーをかざす。短い電子音の後、シュン、と扉が開いた。

 その部屋には一切の光が無かった。シーリングライトも間接照明も点けられていない。窓一つないこの部屋は、夜の帳が下りたように真っ暗だった。


「遅れてすまなかった、こちらにも仕事があってな。それでは話をしよう。まずは電気から―――」

「一つ、聞かせろ」


 暗闇の奥。

 姿も見えない少年から、敵意剥き出しの声がかかる。

 その声は高校生にしては異常なまでにドスが効いており、ロアナの体は一瞬のみだが硬直した。


(なんて子だ。その歳で、ここまでの殺気を出すか)


 汗玉を一つ額に浮かべ、生唾を呑むロアナ。

 だが、リーダー格の男は怯まない。むしろ、堂々としている。


「なんだ。言ってみろ」


 部屋の奥に向かって男がそう言うと同時に、暗闇から少年の体が飛び出してきた。

 少年は男の胸ぐらを掴み、ゼロ距離まで迫る。



「―――どうして!あの能力のことを言わなかったッ!」



 ロアナは、煌の姿を見て絶句した。


 赤く充血した目。

 泣き腫らした瞼。

 唇に残る、噛み締めた跡。


 それだけなら、まだマシだったかもしれない。


 目を引くのは、その首。


 痛ましい擦過痕が、ありありと残っている。

 それは、煌が自分の首を掻き切ろうとしていたことを示していた。


「どうしてっ……俺が、あの役職ジョブだってこと、教えてくれなかったんだ!あんな力を持ってるって知ってたら、俺は、俺は……ッ!」


「…我々とて、これほどまでに早い段階での『覚醒』は初めてだ。本来なら、覚醒までに早くても4、5回はかかる。情報量の多さを考えれば、すぐ伝えるのは時期尚早だと判断したまでだ」


「ッ、でも!『無職』の意味ぐらい教えてくれたって良かっただろうが!詳細まで言わなくても、匂わせるぐらい……!」


「言っただろう。『覚醒』には時間がかかると。伝えたところで、どうせ意味を成さない情報だ。それともなんだ。使


「それ、は……」


 確かに、その通りだった。


 もし、リーダー格の男から「叛逆者リベール」のことを聞いていたとして、それが発現しなかったら意味がない。むしろ、それを最後の砦として考えてしまう可能性すらある。

 もし、煌自身が、自分は本当は強い役職ジョブだと知っていたら。

 道化師に追い詰められた土壇場の状況で、ワンチャンに賭けて囮になっていたかもしれない。その可能性に最初から縋ってしまったら、きっと取るべき行動が取れなくなる。もっと良い方法があったはずなのに、それに固執してしまう。

 つまり、生きるのに本気になれなくなる。

 あの時点での煌の原動力は、「自分が無力だから、その分みんなを頭を使って導こう」というものだった。無力でないと知っていたら、そうは考えなかったのではないか。


 取らない選択肢を残してしまうより、最初から選択肢を選べないようにしておく。

 成る程、理には叶っているかもしれない。


 そうだ。

 非常に、



「……ははっ」



 その時。


 プツン、と。


 煌の中で、何かが切れる音がした。



「そうだな。合理的になるのが、結局一番だ」


「……どうした、少年」


 男の胸ぐらから手を離し、フラフラと距離を取った煌を訝しみ、男は問いかける。


 煌が伏せていた顔を再び上げた時。


 



「取引だ。叛乱軍のリーダー」


 感情のこもっていない、淡々とした声で。


「こちらが提供するのは、『クレイドル』内の情報と、この体だ。悪夢ナイトメア症候群シンドロームの実験にでも好きに使え」


 ロアナは煌の変化に瞠目する。


 その瞳からは光が失われていた。


「ただし、こちらからも条件がある。『クレイドル』に関する情報と衣食住の提供と、対等な立場。従うんじゃない。協力関係だ。立場の上下は存在させない」


「……分かった。しかしまた、心変わりが急だな」


「勘違いするな。目的が一致したまでのことだ」


 そして、眉間をしかめて、煌は言い放つ。




「俺は、全ての処刑人エクスキュージョナーを滅ぼす。そのためなら、何でも利用する」





「な……」


 それは願ってもないことだ、とロアナは思う。

 が、それを目指すのは、修羅の道だ。


 実を結ぶまでが、果てしなく遠い理想。

 それを、まだ齢16の人間が、成し遂げようとするのか。



「いいだろう。要求を飲もう」


「はぁ?!何言ってんだい隊長!?」


「ならば、最初の情報だ。俺の名を教えよう」


 そう言うと、男は姿勢を正し、指先をピンと伸ばして、額に当てる。


 つまりは、敬礼をした。




「―――俺の名は、オズウェル・キルガーロン。叛逆軍リベリオンの隊長にして、総司令官だ」




 精悍な男は、目の前に立つ少年をしっかりと見据えて、そう名乗った。


「……なら、オズウェル。さっさと部屋を出て行け。必要以上に俺に干渉するな。もし契約を破ったら、俺は即刻寝返る」


「今のお前が寝返るとも思えんがな」


 部屋の奥へと戻っていく煌を見て、オズウェルも背を向ける。


「…一応は言っておく。お前が昏睡している間に、情報班が特定した」


「…」


「笠原玄二、宮園夢莉は悪夢ナイトメア症候群シンドロームによる死亡が確認された」


「……そうか」



 強調するように、少し声を張り上げるオズウェル。



。…それだけだ」



 そう言い残すと、オズウェルはロアナと共に部屋を出て行った。




 ***




「…今の、何だい。同情をかけるなって言ったじゃないか」


「何がだ。情けをかけたわけではない。情報提供をしたまでだ」


「はっ、よく言うよ。アタシが言ったのは、!単純に、更科グループの御令嬢だから情報が伏せられているだけだろう!それを、あんな希望を抱かせる言い方を……!」


「希望は必要だ。一縷の希望であっても、それだけで人間は強く在れる。…ましてや、夜野煌はまだ子供だ」


 ロアナと顔を合わせないまま、オズウェルは呟く。



「光を失うには、まだ早すぎる」



 それを聞いて、鼻を鳴らすロアナ。そこには、呆れを含んだ感情が些かばかり込められていた。



「偉そうなこと言ってんじゃないよ。



 オズウェルの返答はない。

 そこからは、廊下を歩く二人に会話はなかった。ただ、二人分の靴音が反響しているだけだ。続く沈黙はしかし、ロアナの携帯デバイスが鳴る音によって遮られた。


『俺の腕の中で眠れよ。ほら早く。/えっ、ど、どうしたの格好良過かっこうよすぎ君…!?あっ、ブラ外さないd』


「あぁ、着信音だ。解析班の情報が届いたな」


「…………なんだ。今のおぞましい着信音は」


「……? 美少年と美少女が一夜を明かすシチュエーションの音声作品の切り取りだけど……何か言いたいことがあるのかい?」


「え?……あぁ、いや、何でもない。そうだったな。そういう奴だな。お前は」


「いきなりどうしたんだい。変な人だね」


 残念なことに、廊下にはツッコミ役の人間が存在しなかった。


 硬直したオズウェルの情緒を置き去りにして、ロアナは内容をスライドして確認する。


「……なんてこった」


「? どうした?」


「解析班にね、を調べさせていたのさ」


「……西条音子、か」


「どうにも情報が無くてね。アタシがソースを見つけ出して、解析をさせてたんだけど……」


 目を少し見開き、オズウェルはロアナの仕事の早さに感嘆する。


 情報がない、というのは、基本的にある一つの事実を示す。


 それは、戸籍がない、ということ。


 五十年前の世界危機により、インフラは殆ど破壊されている。無論、戸籍情報や、それを管理するシステムも失われた。

 そのダメージの後遺症として、ある程度の回復を見せたインフラの中でも、未だに戸籍を持たない集団というのは一定数存在する。


 西条音子の情報が見当たらないのは、その戸籍を持たない集団の中にいるからだと思われていた。


 こうなると、生死の確認は難しくなってしまう。情報のベースたる物が存在していないからだ。

 そのため、散りばめられたピースを地道にはめていく細密な作業が必要とされることが多いのだが、彼女はそんな中で西条音子を辿れるソースを見つけたというのである。たった二日ほどで集まるというのは、実は神業に近かったりするのだった。


「それで?西条音子がどうしたんだ」


「……驚くんじゃないよ」


 ロアナはデバイスの画面を差し出し、オズウェルに見せる。


「デジタル化もされないような地方の雑誌で小さく載ってた、一枚のインタビュー写真だよ。そこに、西条音子の名前と顔が載ってる。コウが言ってた容貌とも一致してるさ」


「………待て。おかしいだろう。これは」


 いつも冷静なオズウェルの声が、驚愕で震える。


 そこに載っていたのは、13歳近くの一人の女子。


 煌が見た音子より幼くはあるが、それは、紛れもなく音子本人だった。


 が。




22




 西条音子。煌と同い年ぐらいの少女。



 しかし、記事が正しければ、西35




 年代が、合わなすぎる。





西


































「はー。めんどくさかった」


『お疲れのようだな。流石にお前といえど疲れるか』


「…あのさぁ、当たり前でしょ?いくら私でも、この作業は大変なんだから」


『……回廊ラインの修正、か』


「感謝しなさいよ?処刑人エクスキュージョナーのを違うのに繋ぎ直して、しかも一回断絶した回廊ラインを修復するなんて、一苦労なんだからね」


『…前者はそうだが、後者に関してはお前が招いた結果だろう。お前の独断によるものだからな』


「はぁ?しょうがないじゃん、見つかっちゃったんだから。大体、殺しちゃいけないなんて聞いてないし」


『……いずれにしろ、作戦の成功は絶対だ。報酬はきちんと払っているのだから、仕事はこなして貰わねば困るぞ』


「あーはいはい。やればいんでしょ、やれば。……ところで。彼、見つかったの?」


『無論だ。私を舐めるな』


「へぇ。じゃ、今すぐ攻め込まないのは何で?」


『……理由は分かっているだろう』


「まぁね」


『上には、言うな』


「…ま、こっちにも利がある話だし。鋭意努力するわ」


『……では、頼んだぞ』


「さっさと切んなさいよ。仕事はやっとくから」


『……』



「……」




「………」





「…………ふふっ」






「ふふふっ…」







「必ず……私が迎えにいくからね」









「待っててね」

























「コーちゃん♡」









『白』が、歪に笑った。







 ***



 これにて、一章は終幕となります。

 まだ本当に序盤に過ぎません。伏線はいくつか張っていますが、それが回収されるのは結構先かも。


 一章は、かなり鬱な描写が多かったと思います。作者もやりたくてやってるのではなく、煌を「主人公」にするために、やらざるを得ない、と感じたまでです。

 嫌な思いをさせてしまったら申し訳ないです。もしかしたら一章が一番鬱かも。これからはちょっと和らぎます。安心(?)して下さい。

 一章の段階で、多くの方々に見て頂きました。どうか、これからも愛読していただければと思います。作者も、一生懸命に更新をしていく次第です。


 それでは、そろそろ次回予告といきましょう。


 揺籃の眠り児は宵闇に踊る

 第二章 『黎明の紅』


 近日、公開予定です。

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