第十五揺 傀儡の徒


「……は?」


 それが意味するところが分からなかった。


 死んだ?

 誰が?

 ……夢莉が?


「な、なんの冗談―――」


 現実味の無さすぎる情報で実感が湧かず、戯けたように言おうとして。


 紅葉と玄二の沈黙が、それが嘘でないことを物語っていた。


「……本当、に?」


 夢莉の死亡報告が冗談の類いでは無いことを、煌は確認する。


「……うん」


「―――ッ?! なんで!?治療能力があるだろ?!」


「…治療できなかったの」


「そんな…即死だったってことか?!あの人形が、それを…!?」


「煌、落ち着け。お前らしくねぇ」


 あまりの衝撃に取り乱す煌を、玄二は静かに制する。


「落ち着けって…これが落ち着いてられるか!宮園さんが死んでるんだぞ!」

「…分かッてる。を見ていない煌が簡単には信じられねぇのは道理だ」


 駄々をこねる子供を諭すように、玄二はゆっくりと、しかし筋の通った声で話す。


「だがな。

「……ぁ」


 玄二に言われて初めて、紅葉の顔を注視する。


 煌を、今にも泣きそうな顔で見つめる紅葉。その目は、涙で赤く腫れていた。

 暗くて見えづらかったが、充血してしまっている。それほどに泣いたのだろう。


「…ごめん。冷静じゃなかった」

「ううん、無理ないよ。私だって、泣き叫んじゃったからさ…」


 我ながら情けない、とでも言うように紅葉は呟く。

 情けなくなどはない、至って普通の反応であるとは思うが、煌には紅葉を励ます言葉が見つからなかった。


 空気に耐えきれず、煌は話題を変える。


「それで、治療できなかった、っていうのは…?即死の攻撃じゃないなら、毒とか…?」

「いや、そうじゃねぇ。

「起きる前に、って……って、ことか?」

「…そう。笠原君が起きた時点で、初めて鐘が鳴ったのを確認してる。ゲームは、始まってなかった」


―――どういうことだ。


 夢莉が死んだ、と言った。

 しかし、夢莉が死亡した後に紅葉が起きたということは、夢莉が死んだのはゲームがスタートする前。


 つまり、処刑人エクスキュージョナーが動き出す前だ。


 煌を除いて、ゲームは全員が起きている状態から、鐘の音を合図に開始され、それと同時に処刑人エクスキュージョナーが動き出す。

 それが『クレイドル』におけるルールであり、全員が起きない限りゲームはスタートしない。


 ならば。


「なんで、宮園さんは死んだ…?」


 処刑人エクスキュージョナーによる殺害以外で、プレイヤー側が死ぬ要因となるのは、自殺か、もしくは。


 


 そうだ。

 この場の状況をふまえ、質問をせねばならない事があった。



「更科さん……西

「―――」


 他プレイヤーからの他殺。


 それが実際に起き得た状態を、煌は知っている。


『うん。だから、ここでお別れ』


 そう言って、煌を殺そうとした人物がいたではないか。

『クレイドル』を誰よりも知り、誰よりも合理的で、それでいて冷酷な少女。


 西条音子。彼女の姿は、ここにない。


「……答えてくれ、更科さん。西条さんは、どこにいる」

「……っ、それは…」



 煌の言葉には自然と言葉に怒気が込められ、紅葉はびくりと肩を震わせた。

 音子の名を出した瞬間の紅葉の態度を見れば、夢莉が自殺でなかったことくらいは分かる。


 おそらく、他殺だったんだろう。


 そして、音子を疑わざるを得ない材料も、あったのだ。


「…その反応を見る限り、西条さん、最初にいなかったんじゃないですか」

「…あはは。さすがだね。そんなことも分かっちゃうんだ」

「俺の方が起きるのは遅かッたが、紅葉が起きた時には、音子はいなかッたらしい」


「だが」と、続ける玄二。


「状況的に、アイツが殺したとは考えづらい……そう断定できるぐらいには、ひどい有様だッた」

「…? それはどういう…」


 下を俯き黙ってしまった紅葉に代わり、玄二が説明を始めた。


 音子が殺した訳ではない。

 その理由として、第一に、音子が夢莉を殺す必要はない、ということ。

 音子が仲間を思いやっていたのは知っている。


『みんな、いい子達なんだ』

『みんなを、危険には晒さない』


 煌を殺そうとした時、音子は確かにそう言った。

 あの言葉が嘘であるとは思えないし、嘘であったとしても、やはり夢莉だけを殺す理由が分からない。


 そして、夢莉殺しの犯人が音子でないと断定できる最も大きな理由が、「夢莉の殺され方」だった。


「殺され方…って」

「……俺達が夢莉の死体を発見した時、9

「な……?!」

「その下には、誰かが地面を踏み抜いた跡があッた。考えるに、ンだろうさ」


「まだ音子がやったと言えるか?」というような表情で、玄二は煌を見つめる。


 9メートル。いくら音子が身体能力2倍とはいえ、脚力だけでは届くことはできない距離だ。しかし、地面の破壊痕からは、そうやったとしか思えない。


 音子はやっていない、と考えるのが自然。

 だが、疑問は残る。


「だとしたら、誰がやった?」


 処刑人エクスキュージョナーでもない。音子でもない。

 ならば、夢莉を殺したのは誰だ。

 現状からは、恐ろしいほどの身体能力の持ち主、とだけしか分からない。


 それに、音子が殺していないとして、なぜ音子は最初からいなかったのか。


 状況を紅葉達に説明する訳でもなく、何も伝えずにその場を去った。その理由はなんだ。


「…憶測はいくつか立つけど、どれも信憑性に欠ける、か…」


 夢莉を殺した犯人の特定は、現段階では厳しい。


 犯人がまだステージのどこかにいるなら、それは不安要素ではある。だが、判断材料が少な過ぎる今、どうすることもできないだろう。


(…冷静になれ、夜野煌。この際、宮園さんの死の謎は後回しだ。現在、すべきことを考えろ。優先順位をつけるんだ)


 顎に手をあて、思考に耽る煌。


 1分ほどした後、まとめた考えを結論として紅葉達に伝えることにした。


「…今、やるべきことはポータルを探すことです。犯人探しは、どうしようもないでしょう。材料が少な過ぎる」

「音子は探さなくていいの?」

「クレイドルから脱出するには、結局ポータルを使用します。最終的には合流できるんですよ。話をするなら、脱出した後でいいと思います」

「…3時間ずッと逃げ切る選択肢もあるだろ」

「オッタマゲッコンゲームなら3時間乗り切れると思うけど…」

「まぁその可能性もありますね…あとオッタマゲッコンゲームって本当に何?」


 音子が言っていた、ちょいちょい出てくる謎ゲームの名は、どうやら他のメンバーにも浸透していたらしい。

 3時間潰せる一人用ゲームとか、一体なんなのか。気になるので、あとで聞くとしよう。


「とはいえ、事情を聞くことより、逃げることの方が優先です。ポータルを探すのが第一ですよ」

「…ま、そうだな。意味わからンことは全部後回しだ。早速行動するぞ」

「うん、わかった」


 煌の意見に頷き、腰を上げる紅葉と玄二。


 その二人を見て、煌は目を細めた。


 夢莉といた時間は、煌にとっては長いものではなかった。

 精々が2時間程度。それでも、命をかけたゲームで共に戦った仲間として、煌は彼女の死に少なからずショックを受けている。


 初対面にも関わらず、玄二から煌を擁護してくれた彼女。

 大きな怪我を負っても、必死に堪えていた彼女。

 歳を間違えられ、自身の低身長を嘆いていた彼女。


 どれも、煌の中には鮮明に焼き付けられている。


 煌ですら、これなのだ。さらに長い時間を過ごした彼らが、彼女の死でどれ程の悲しみを感じているかは、想像もつかない。


 それでも、悲しむことを後回しにして、前を向こうとする。彼らは、それを是とした。


―――なんと立派で、なんと哀しい姿なのだろう。


 この『クレイドル』において育てられた死生観。それは、大切な仲間の死を悼むものでもあり、かつ、その死すらも不必要なものだと切り捨てられるものでもある。


 生きるために、悲しみを捨て置く。


 それを強制させるのが、『クレイドル』。


 そう。

 この世界は、どこまでも残酷なのだ。

 それを、煌は再認識する。


 これは、ただの夢では終わらない。


 最悪の、悪夢だ。




 ***




「――現状は?脳波に異常はないか?」


 中央にベッドが配置された空間。


 医療機器を含めた多くの機械がある部屋に、一人の男と女が入ってくる。


「今のところはありません。時々数値のブレが観測されますが…『覚醒』に足るものでは無いかと」

「そうか」


 モニターを見ていた男が答えると、入室した男の方がベッドに横たわる人物に近づく。


 黒髪に、やや童顔とはいえ、整った顔を持つ少年――夜野煌は、そのベッドの上で寝ていた。


 頭にはヘルメットを被り、電極のパッチが額などに貼られている。ヘルメットからは多くの配線が引かれ、それぞれがモニターに繋がれて、画面上で煌の神経パルスといった脳波、体温や心拍数などの計測数値を映し出している。


「ところで隊長。『あの事』、言わなくて良かったんですか?」

「…あぁ。今のところは役立たない情報だ。持っているだけ無駄だろう」


 やや顔をしかめて寝ている煌の顔を見つめながら、男は数刻前の会話を脳内にリフレインさせていた。




『これは?』

『今日以降はこの装置を付けたままで寝てもらう。私達はクレイドル内の映像は観測できないが、そこにいる人間の脳波なら観測できる』

『そりゃそうでしょうけど…つける意味は?』


 謎の機械の前で戸惑う煌。いきなり付けるには怪し過ぎるので、気が引けるのも無理はないだろう。


悪夢ナイトメア症候群シンドロームに罹患していると分かっている人間自体珍しいんだ。自覚症状が無いからな。脳波だけでも、私達にとっては一攫千金の情報だ』

『そこで、この機械の出番と…』

『そうだ。これを付けていれば、装着者の神経パルスを計測できる』

『正直つけたくないけど……まぁ、家賃程度に考えておきましょう』


 ベッドに横になり、煌はヘルメットを頭に被る。ヘルメットといっても、頭全てを覆う形ではないし、そこまでの不快感は無い。

 無いのだが。


『これ、死ぬほど寝にくい…』

『そうだろうな。クロロホルムでも一杯ひっかけておくか?』

『酒みたいに言わないでくれます?!』




 ……と、いうのが先程の煌と男とのやり取り。


 割とすぐに煌は寝てしまったが、それには『クレイドル』に関する様々な情報を伝えられたことによる、脳の疲労があったのかもしれない。


 煌と幹部達を集めて行った集会。


 そこで、煌は男達から情報の開示を受けた。


 それは3時間前の話だが、煌を見ている限り、かなり衝撃を受けていたように思う。その衝撃が尾を引いていてもおかしくない。


「なぁ、少年。君は今、どんな光景を見ているんだ?」


 モニター上で変動する数値を眺め、男は小さく呟いた。




 ***




―――場面はクレイドル内に戻る。



 薄暗い廊下を走る人影が三つ。

 無論、その影の正体は、先刻の部屋を出てポータル探しを開始した煌達である。


「……あ、そうだ。煌君」

「? どうしました?」

「また敬語に戻ってるけど、まぁいいや……記憶、あるんだね」

「記憶……あぁ、そうですね」

「あ?何のことだ?」


 首を傾げる玄二に、紅葉が説明する。


「煌君、現実世界でもクレイドルでの記憶を持ってるの」

「…はァ!?」

「ちょ、声が大きいです!」


 あまりの衝撃に思わず大声が出てしまった玄二と、それを諌める煌。


「どういうことだ?!記憶は引き継がれねぇんじゃ…」

「そのはずなんだけど……煌君は、学校で私に話しかけてくれて、その時……『クレイドル』って」

「そうなのか、煌?」

「……まぁ、そうですね。みんなが忘れてるなんて、思ってもませんでしたから、学校で聞いてしまいました」


 黒歴史を掘り返され、煌は気まずさを覚えながら話す。

 我ながら、あまりに迂闊だった。結果、学校で悪目立ちしてしまったのだから。


「ううん、ルールを言わなかった私に責任がある……本当に、ごめん。つらい思いさせたよね」

「い、いや、そんなことは――」

「嘘だよ。あの取り乱しようで、傷ついてないって言う方が無理がある」

「うっ…」


 紅葉にきっぱりと断言され、煌はたじろぐ。大丈夫なふりをするには、あの時の煌は動揺しすぎていたらしい。

 思い出すと、かなり恥ずかしいことをしている。


 屋上でひねくれて、好きな女性に膝枕されて、その前で泣きじゃくった。醜態と言って差し支えないだろう。


「お恥ずかしいところを…」

「そんなことない!」


 勢いよく煌の発言を否定する紅葉。彼女らしからぬ剣幕に、煌と玄二は驚く。


「…私の為を思って、クレイドルのこと、言わないでくれたんでしょ?」

「……それは」

「煌君の優しさは、すっごく嬉しい」


「でもね」と、紅葉は真っ直ぐに煌を見据える。


「それでも、私は真実を伝えてほしい。煌君が今、どこにいるのかは知らない。でも、会えた時には、必ずクレイドルのことを私に言って」

「で、でも…」

「私は、好きな人に寂しい思いをされることの方が、真実を知るよりもずっと辛い」

「―――」


 好きな人。

 そのフレーズに紅葉も煌も若干照れるが、それが彼女の本心であることは、煌にもよく伝わった。


「…分かった。本当に、いいんですね?」

「…うん」


 にこり、と小さく笑って、紅葉は首を縦に振る。


 …そこまで言われてしまったら、仕方があるまい。


 今現在、煌は叛逆軍に軟禁されている状態だ。次、いつ彼女に会えるのかは見当もつかない。


 だが、もし再び会えることがあったなら。

 その時は、紅葉に真実を伝えよう。


 現実の彼女が、煌の言い分を信じてくれるかは分からない。もしかしたら、『クレイドル』の中での紅葉との考え方の違いから、真実を伝えたことに憤られる可能性だってある。

 でも、彼女がそれを望んだなら、煌はそれに応えるのみだ。


―――それが、愛する女性に対する正しい行動だと思うから。


 話が一区切りしたかと思った時、紅葉が独り言を溢す。


「でも、そっか…覚えてるんだ…」

「は!なンだ、浮かねぇ顔だな」


 意味深に呟く紅葉に、やや乱暴な口調で尋ねる玄二。

 もしかしたら、煌と紅葉の会話で蚊帳の外にされたことに怒っているのかもしれない。


「あ、ごめん…別に…」

「歯切れ悪りィな、きッぱり言えよ」

「……笠原君はさ、『私達の存在意義』って、考えたことある?」

「あァ?存在意義ィ?」


 額に皺を作って、紅葉の言葉の意味を理解しようとする玄二。少し考えるが、答えは見つからなかったらしい、肩をすくめて鼻を鳴らした。


「知らねぇな。俺は俺だ。意味わかんねぇよ」

「…私達は、今も必死に、生き残るために戦ってる。でもさ、現実に戻ったら、この辛さも、怖さも、痛みも、全部忘れちゃうんだよ」

「…何が言いてぇ」


 結論を迫る玄二に、やや遠慮気味に紅葉は話す。


「現実の私達は、『クレイドルでの私達』を忘れて、のうのうと生きてる。それなら、さ。

「…は?」


「だって、そうでしょ?

「「―――」」


 煌には、紅葉の感覚は分からない。


 だが、言っていることの意味は、なんとなく分かった。


 どれだけ『クレイドル』の紅葉達が頑張ろうが、生き残ることの恩恵の殆どを受けるのは『現実世界』の紅葉達だ。

 現実の紅葉達は、死生観も価値観も異なる存在。もはや、紅葉にとっては他人に近しい。

『クレイドル』での紅葉達の苦労も知らず、現実世界の紅葉達はのうのうと生を謳歌する。


 つまり、だ。

 紅葉は、憎んでいるのだ。現実世界の、普通の自分を。



「死も、本当の友情も知らない『現実の私』は、『ここの私』と全然違う…もう、他人だよ。なら、なんで私達は他人のために必死に戦うの?」



 殆ど他人と化した自分の為に、命を懸ける。


「私って、何?なんで、私は必死になってるの?…『私』は、『私』の道具じゃないんだよ…?」


 そう。

 それでは、『クレイドルの自分』は最早『現実世界の自分の道具』だ。


「…そうは言っても、生き残るためだ。仕方ねぇことだろ」

「そうだけど!…っ、でも……理不尽だ……」

「…更科さん…」


 現実世界に記憶を引き継げる煌が、紅葉を安易に励ますことはできない。

 下手な同情は、本人を傷つけるだけだ。


 三人の間に流れる沈黙。


 仲間の死など、様々なことが重なったことによる弊害か、その沈黙は重い。


 それでも、煌はなんとか、この空気を打開したかった。



 何か言おうと口を開いた、その時。




―――カタカタ。




「「「―――ッッッ!」」」


 背後から聞こえた乾いた音に、三人は体を強張らせ、咄嗟に振り返る。


 シーリングライトが照らす廊下の奥。



 木製の人形が、煌達の姿を捉えていた。



「――ッ!走るぞ!」


 玄二の声を皮切りに、煌達は全力疾走を始める。

 逃がすまいと、人形は四足歩行になって煌達を追い始める。


「どうする!?この先で撒くか!?」

「…っ、わからない…!このステージを知らない以上、何がこの先にあるかが…!」


 前回は、ステージのコンセプトが読み取りやすく、建物の構造が想像できた。


 だが、今回は違う。

 サーカス会場のようなものがあったものの、コンセプトは未だ謎だ。この先にどんな部屋があるかは、想像もつかない。


 最悪の場合、行き止まりの可能性だってある。


「っ、今はっ、走るしかないっ!考えるのは、その後だ!」


 紅葉と玄二も無言で煌の意見に了解し、ただひたすらに走る。

 背後から人形の四肢が軋む音がする。木製の人形だからか、球状の関節では音が出てしまうらしい。


「ていうか、何なんだ、あの人形…!?」


 四足歩行をしているとはいえ、とくに目立った特徴もない。足が速いわけでもなく、ただ煌達を追いかけてくるだけ。


―――そう、何もない、はずだ。


(なんだ…?何か、違和感が……)


 背後の人形を見ながら、えもしれぬ違和感を覚える煌。

 晴れぬ疑問と戦っていると、紅葉から声がかかる。


「煌君!出口だ!」

「…! ようやくか…!」


 走り続けて5分ほどか。


 ついに長く続いた廊下の先に、部屋の光が見えた。


(次の部屋に着いたら、行動を決めないと…!)


 あの人形を撒き切れるかの判断をしなければならない。


 その念を抱きながら、次の部屋に足を踏み入れた。




―――そこは、螺旋階段が並ぶ部屋だった。


 ピンクと黒のタイルから伸びた黒の螺旋階段は、天井を突き抜けており、それが多数連なる光景は、一抹の気味の悪さを覚える。


 だが、煌達にそれを気にしている余裕はなかった。


 なぜなら。




―――カタカタ。




「嘘、だろ」




―――カタカタ。

―――カタカタ。

―――カタカタ。

―――カタカタ。


 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ―――



 螺旋階段の上にいたのは、何体もの人形達。



 獲物の到来を悦ぶように、各々が歪な歯を鳴らす。



―――あぁ、そうか。


 煌は大量の人形を見て、違和感の正体を理解する。


 初めに気づくべきだった。


 先程、煌と玄二を追いかけてきた人形。


 そして今、煌達を追いかけてきた人形。


 


 人形は、複数体いる。

 おそらくは、ナイフが刺さっている位置が個別番号のようなもの。見た感じ、体に残る傷跡のどこかに、一体につき一つのナイフが刺さっている。


 つまり、人形は数体というレベルじゃない。


 人形の体躯に残っていた傷跡。


 その数だけ人形がいるのだとしたら、おそらく、何十体というレベル。



「どう、すれば……」



 煌達の能力では覆せない、絶望的な戦力差。




―――目の前が暗くなる煌の耳に、人形の歯音が響いていた。

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