第5章 第19話「バトルフェスタ①:一次予選開始」

 アレンは、王都郊外の草原行きの馬車に揺られていた。


 王宮でのヒヒマと四獣傑ギーグの対決から、早半年。いよいよ、バトルフェスタの一次予選が開始する。

 ヒヒマはもちろんだが、腕試しということで、仲間パーティーからも、アレンとヨウダイが出場してみることにした。


 ドラコはパス。


仲間パーティーの手の内全てを見せない方がいい」


 と考えてのことらしい。



 一次予選のルールは新聞で確認の通り、五対五のチーム戦。

 ただし単に勝った方が合格という訳でなく、十名に対し試験官が評価を下して合格者を選出する。


 チーム自体は参加者の中からくじ引きで決められ、アレン、ヨウダイ、ヒヒマは別々のブロックに。一次予選参加者の総数は五百八十四名とのことで、この結果は確率的に当然だろう。

 ちなみに前回大会の本選出場者は、一次予選は免除。そのため今回は、四獣傑を始めとする猛者たちはいない。そのことにアレンは内心ほっとしていた。


 馬車内にいるのは、アレンを含めて十二名。アレンのブロックの選手十名と、試験官二名だ。アレンは指輪で変装しているため、今のところ変に舐められたりしている様子はない。


『ヨウダイは、【変装ディスガイス】なしで参加するって言ってたよね。大丈夫かな……』

『まあ、おそらく猿人と思われてるだろうな。あいつは一見軽そうだけど、肝は据わってるから、大丈夫だろ。

 【変装ディスガイス】が変えてるのは見た目だけだから、実際の身体の動きと見た目にズレが生じるかもしれんしな。本気でやるとなると、その辺注意していられなくなるという気持ちはわかる』

『そうか』

『それより、自分のことに集中した方がよくないか?』

『うん、そうだね』


 やがて、馬車の動きが止まる。


 試験官は二人、どちらも狐人で、服装も容貌も、パッと見で見分けるのに苦労するほどよく似ていた。その瓜二つの試験官たちに先導されて、だだっ広い草原へ。足元には高さ二十センチほどの草が一面に生えており、近くには魔物も動物も見当たらない。



「さて、まずは通達の通り、ボディチェックをさせていただきます」



 一次予選については武器の使用は禁止と、試験要項に大きく記載があった。こちらに来て知り合ったサバンドールの住人たちによれば、これは毎回恒例のことで、一次予選段階では参加者同士の実力差が大きく、武器の使用を認めると、死傷者の数が大きく増える懸念があるという理由かららしい。


 試験官も参加者も、慣れた様子でボディチェックを済ませていく。



「……全員、問題ありませんね。それでは、事前にお配りしたゼッケンを着用してください」



 各選手には、受付と同時に、番号を振ったゼッケンが配られていた。アレンは378番である。ゼッケンに首と腕を通すと、胸元に大きく番号の部分が来る。

 全員の用意ができたことを確認して、試験官が更に続ける。


「それでは、一次予選の追加ルールをご説明します」



「追加だって?」

「聞いてねえぞ」



 若干うろたえる選手たち。



「五対五のチーム戦であることは事前にお伝えしていましたが、皆さんが奪い合うのはこのゼッケンです。ゼッケンが胸元から外れた時点で、その選手は競技から離脱。復帰は認めません。

 制限時間は六十分。予選開始から六十分後の時点で、ゼッケンの所持枚数が多い方のチームが勝利となります」



『これって、もしかしてチャンス?』

『ああ。正直、戦闘力そのものには自信がないだろう?』

『うん。ゼッケンを奪うだけなら、いけるかも!』



 試験官は更に続ける。



「試合開始前に三十分間、作戦タイムを設けます。その間の話し合いの内容は自由。話し合い以外のことをしても構いません。逆に、作戦タイムより前の話し合い等は禁止。

 とは言え、チーム分けは質疑応答を終えた最後に発表し、その後すぐに作戦タイム開始となりますので、話し合いのしようがないかと思いますが……。作戦タイム終了から十五分後に一次予選開始です。

 フィールドはこの草原一帯。場外はありませんが、先に発表の通り、合格者は我々試験官の評価に基づいて選出されます。遠方へと逃れることが評価に繋がるとは限らないということは、お伝えしておきます」



 そこで試験官は一息ついて、皆が話を理解しているか確認した。



「合格者の発表については、試合終了後に行う予定です。

 ただし評価に迷ったり、評価が拮抗したりした場合は、明日みょうにちとなる可能性がございますのでご了承ください。合格者は五名程度の予定です。

 残念ながら不合格となった方につきましても、全体の人数調整で、後日繰り上げ合格となる可能性がございます。そちらについては本日から三日以内にご連絡差し上げますので、受付の際申請いただいた連絡先にて待機をお願いします。

 三日以内に連絡がなかった方、または連絡がつけられなかった方は正式に不合格となります。


 さて、こちらからの連絡は以上です。ここからは質疑応答の時間です。

 皆様から何かございますか?」



 選手の一人が手を挙げた。



「合格の基準は?」

「お伝えできません。強いて言えば、それを含めて行動できるかどうか、も判断基準の一つです」



 別の選手も質問。



「チームとしての勝利条件は、時間切れ時点でゼッケンの所有枚数が多い方、でいいか?」

「はい、その通りです」

「そのゼッケンの枚数というのは、敵味方合わせてのもので、所有者はチームの誰でもオーケー?」

「はい」

「自チームから奪われたゼッケンを、相手から奪い返すのは?」

「問題ありません」

「ふむ……」



『げ、今の、超重要情報』

『ああ。今のは明らかに、事前に決めたルールだな。意図的に隠してたんだ。

 こういう情報収集ができるかどうかも評価に入っているかもな。

 となると、実は一次予選はもう始まっている……?』

『マジで!?』

『ああ。となるとそうだな、まずは――』

『あ、ちょっと待って』


 アレンは裕也が何か言おうとしたところを遮った。


『自分で考えたい』

『そうか』

『ええと、ゼッケン、ゼッケン……そうだ!』



 アレンも手を挙げた。



「すみません、いいですか」

「ええ、どうぞ」

「例えばゼッケンを燃やしてしまったりとかは?」

「問題ありません」

「その場合、ゼッケンの総数の扱いは?」

「あくまで形が残っているゼッケンの総数同士で争うことになります」

「なるほど。あ、そもそも、草原に火をつけたりとかは?」

「フィールドへのダメージは評価の対象外です。試験官がどうにかできますので、気にしないでください。もちろん、味方に被害が生じた場合は、相応の評価がつきますが」

「わかりました」

「それでは、他に何か質問のある方は?」



 また別の選手が。



「殺しはなしなんだよな?」

「ええ。大会規定にもありますが、相手を殺めてしまった選手は、その時点で失格となります。故意、事故問わずです」

「今回はチーム戦だが、チームへの影響は?」

「仮に死者が発生した場合、その実行者はその時点で失格。実行者のゼッケンについては相手チームへのポイントとなります。更に、失格者のゼッケンについても相手チームへのポイントとなります。ゼッケン自体は試験官が回収し、これらについては奪取は認めません」

「なるほど。実質二ポイントが相手に入ることになり、不利な展開になる、と」

「はい」

「わかったよ、俺からはもういい」

「承知しました。では時間も近づいております。次を最後の質問としたいと思います」



 試験官がそう言うも、追加の質問は出なかった。



「それでは、以降の質疑応答は認められません。いかなる質問にも答えかねますので、そのつもりで。

 続いて、チーム分けを発表します。


 チーム1。


 28番、ビルディア。

 115番、キャットン。

 263番、ダルゴ。

 378番、アレン。

 421番、エルキア。


 チーム2。


 89番、フラット。

 134番、ゴルグ。

 237番、ハイリス。

 355番、イリス。

 481番、ジェイコブ。

 」


 アレンはチーム1だ。必死で、出場者の顔と名前を覚え込む。



「それでは、チーム1は私、チーム2はあちらの試験官に続いて、移動をお願いします」



 アレンを始めとするチーム1の面々は、言われた通り移動を始める。チーム2の方を見ると、あちらは反対側に移動していく。おそらく、これからの作戦タイムの内容がお互いに漏れないようにという配慮だろう。



「さて、今から五秒後に三十分間、作戦タイムの開始です。五、四、三、二、一、始め」



 その合図で、まずはネコ科の獣人らしき人物が口火を切った。ゼッケン番号は28。



「とりあえず自己紹介くらいはしとくか。顔と名前が一致しないようじゃ、連携の取りようもねえ。

 かく言う俺は、豹人のビルディアだ。よろしくな。

 それとついでに確認しときたいのが、今ここで自分の手札をどれだけさらすか、だな。今は味方だが、今後は敵だ。下手に自分の情報を開示したくない奴もいるだろう、最初に意見を聞いておきたい。

 異論がなければ、とりあえず番号の若い順に頼むよ」



 ビルディアはそう言って、ゼッケン115番を身に着けている獣人を見た。



「そうだな。まず俺はキャットン、見ての通り鰐人だ。戦力についてだが……正直、共有する必要はないと思う。所詮急ごしらえのチームだ、複雑な作戦など立てても遂行できないだろう」


「263番、ダルゴ、カンガルー人。俺もそこの鰐人さんと同意見。例えば俺はカンガルー人だから、パンチ力とキック力には自信があるし、それを軸にした戦い方をする。

 だが、ここにいる奴らなら、それくらい言わなくても分かるだろう?それで十分だ」



 先の二人は立て続けに、戦力の開示を否定した。次はアレンの番だ。



「378番、アレンです。俺は、ある程度なら自分の力をここで話してもいい」

「ほう、と言っても、火の系統の魔法か何か使えるのは分かるよ」

「ええと、キャットンさん、ですよね?はい、さっきの質問でそれはバレてるのかな、と」

「使うのか?」

「いや、味方に被害を出さない術を思いつかないので、作戦に生かすほど大規模なものは厳しいです。個人で戦う時には使います」

「なるほど」

「でも、俺が皆さんに伝えたいのはそこじゃない。

 俺、補助魔法が得意なんです。この作戦タイムの間に、皆さんの身体能力を強化できます。若干身体の感覚は変わるかもしれませんが、パワーもスピードも一.五倍くらいにはなりますよ。

 それでとにかく、先手必勝でゼッケンを奪いまくりましょう。試験官も「話し合い以外のことをしても構わない」って言ってたから、ルールには抵触しないはず」


 その提案に、チーム1の皆の顔つきが変わる。


「それは……ありかもな」

「ああ。補助魔法の使い手はそんなにいないが、ここで出くわすとは、正直ラッキーだ」


 そんな会話がなされ、作戦タイムの後半は、【強化エンチャント】の確認に費やすことが決定された。

 そして最後の一人が話す。質疑応答の時に、ゼッケンのチーム内所有枚数について尋ねていた人物だ。


「カバ人のエルキアだ。戦闘能力については、まあ、反対者が多いみたいだし、私も開示は遠慮しておく。私からも一つ、簡単な提案がある。

 相手チームのゼッケンを奪ったら、できればバラバラに千切るなり燃やすなりしておこう」

「ほう、なぜだ?」

「単純な算数だ。この勝負、ポイントは「いかに自チームのゼッケンを増やすか」じゃない。「いかに相手チームのゼッケンを減らすか」だ。自陣のゼッケンが奪い返されては元も子もない。

 最終的に自チームのゼッケン数が相手より多ければいいんだ。

 無論、自チームのゼッケンが取られたら、優先してそちらを奪いに行くこと。

 まあ、相手もこちらと同じ作戦を取るようなら、その限りではないが。その場合は乱戦必至だな」


 エルキアの提案には皆も頷かざるを得なかった。



 そうして作戦タイムは残り十五分、半分を切ったので、予定通りアレンは全員に【強化エンチャント】をかける。


「おっ、こいつはいい!」

「ああ。単純な強化だが、シンプルな分強力だ。この勝負、行けるぞ!」


 補助魔法は割と好評だった。

 他にも目に部分強化などすべきか迷ったが、「自分の手の内をさらしたくない」という意見が思いの他一般的だったので、アレンもそれに倣って、補助は単純強化のみに留めることにする。



「それではこれにて、作戦タイム終了です!」


 試験官の声が草原に響き渡る。

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