第3章 第7話「メタモルフォーズ」

 ドラコの身体が、めきめきと音を立てて変形していく。身体が肥大化し、猿人兵から奪った服が破れていく。



 全身は、赤い鱗で覆われ。


 口は大きく裂け、大きな牙を備え。


 手足の爪は、鋭く硬く伸び。


 背中からは、一対の翼が。


 身体の後ろには、太く力強い尾。





 明らかに人間ではない姿に変わったドラコは、身体の調子を確かめるように、コキコキと首を鳴らした。


「さて、参ろうか」


「……トカゲの獣人だったなんて!

 でも、服を破ったのは失敗だったッスね!」


 猿人兵はそう叫び、テーザー銃を構えた。


「防電服がない今、電気の餌食になるッス!」


 猿人兵はテーザー銃の引き金を引いた。さすがに訓練を積んでいるのだろう、先端はドラコに向かって飛んでいき、正確に到達する。

 しかし、


「……ふん!」

「わわっ!」


 ドラコは自身のところへ先端の電極が届いた瞬間、強引に金属紐を引っ張った。

 予想外の力に猿人兵は銃を手放してしまう。


 銃は手繰り寄せられ、そのままドラコの手元へ。


「こんなもの、貴様が電気とやらを出す前に、破壊すればよい」



 そう言ってドラコは、銃口付近の金属紐を素手で引っ張り、引きちぎってしまった。



「そ、そんな……、象でも千切れないはずの金属紐を……」



 狼狽する猿人兵は、慌ててスタンブレードを構える。しかしドラコはゆっくりと歩いて距離を詰めた。



「……もう戦うに値しない。戦意が消失している」



 そう呟くと、一瞬で猿人兵の背後に移動。

 ソニアにしたの同じように、後ろの首筋に手刀を浴びせた。



「こ、こんな、トカゲ人なんかに……」



 そんなことを言いながら、猿人兵は倒れ去った。


「トカゲではない。竜人ドラゴニュートだ」



 そう言い放って、ドラコはまた【変身メタモルフォース】を唱える。

 すると、鱗や爪、翼などが身体に収まっていき、赤髪の青年の姿に戻っていった。全裸のあられもない姿であったが、脇に置いていた荷物袋から着替えを取り出す。ついでに猿人兵から防電服を脱がし、装備。



「さて、アレンたちを追いかけ……」



 言いかけたところで気付く。


「しまった」



 ソニアは壁にもたれたまま、すうすうと寝息を立てていた。


「起きるまで、移動できん」


 --------------


 先行して遺跡を進むアレン、タイガ、ナタリー。


「いちばん狙われるのはタイガだ。ナタリーさん、タイガの保護を最優先にしてください」

「承知した」

「おれ、だいじょうぶ」

「念のためだよ」


 走りながら、最低限の方針を共有する。少し進むと、


「……いる」


 タイガが前方の気配に気づいた。アレンたちもいったん歩みを止める。


「……三人か」


 ナタリーが人数を確認。


「アレン、どうする。私が先行しようか?」

「いえ、ちょうどいい魔法があります。いったん、俺にやらせてください」


 アレンはそう言うと、気付かれないように距離を縮めていく。


『裕也、頼むよ』

『おうよ』


 意識を集中していくアレン。


「水、風、土の融合。【水刃ウォーターカッター】!」


 ---------


 思い起こせば、三か月ほど前。

 アレンはいつものように、リッツの郊外で魔法の修行をしていた。だんだんとレベルの高い魔法を覚え始めた頃である。


『んー、大規模な魔法は難しいな』

『魔力の出力が足りてない感じがするぜ』

『少ない出力で、威力の大きい魔法とか、ないのかな?』

『そんなことできたら苦労しないんだろうよ』

『やっぱ、そうだよなあ』

『……いや、例えば、別の魔法で威力を補ったらどうだ?』

『別の魔法?』

『ああ。例えば、少量の水でも、勢いよく飛んできたら痛いだろ。

 少しの水を出すのは簡単だ。さらに、一瞬でいいから強い風で飛ばしてやったら?』

『そうか。やってみるよ!』

『いや、水は例えだからな!水を飛ばしたところで、多分無理だぞ!』

『えー、できる気がするんだけどなあ……』


 ---------


 水の刃が猿人兵たちに命中。防電服に亀裂が入る。


「ぎゃあ!」

「何だ、急に服が裂けた!」

「まずい、濡れてるぞ!」


 慌てる猿人達。


「よし!」

『……俺の世界のウォーターカッターは、あくまで至近距離の物を切るための道具だったはずだがなあ』

『ちょっと砂を混ぜると威力が上がるって、気付くまで時間がかかったよね』


 今までの鍛錬の日々を思い出すアレンと裕也。


『もう一回行くよ!』

『おう!』


 今度は走りながら近づき、肌が露出している顔面や服の破けたところを狙う。


「【水刃ウォーターカッター】!」


「ギャア、痛い、痛い!」

「何だお前は!……くそ、痛ぇ!」


「ナタリーさん、タイガ、今です!でもなるべく殺さないで!」

「おう!」

「わかった!」


 ナタリーとタイガも参戦すると、瞬く間に三人を制圧。


『電気は水を通るから、使い手が水にまみれてしまうと自分も感電してしまう。

 【水刃ウォーターカッター】はちょうどよかったな』

『うん。練習しておいてよかったよ』


 アレンたちは猿人兵から更に装備を奪い、奥へと向かった。


 またしばらく走ると、T字路に到達。


「……どっちに行きましょう?」

「どちらからも特に気配はないな」

「わん」

「じゃあ、とりあえず右で」


 悩んでいる暇も惜しいと、直感で右を選択。またしばらく行くと、今度は大きな広間に出た。

 すると、


「ビィーーッ、ビィーーッ、ビィーーッ」


 途端にサイレンの音が鳴り響く。


「この音は!」

『アルトリアの転移装置と同じ音だな!』


 アレンと裕也は、ようやく手掛かりが見つかった感触を得た。


『しかし、このサイレンは何だ?』


 裕也が呟くのと前後して、アナウンスが流れる。


「侵入者発見。侵入者発見。警備ロボを稼働します」

「警備ロボ?」

『おい、やばいかもしれん』


 首をかしげるアレンと、慌てる裕也。



 そこへ、真っ白な円筒形の何かが二体、こちらへやってきた。

 足の部分には小さな車輪がついており、それで移動している。

 胴体は円筒形で、二本の短い腕のようなものが付属。

 頭部は半球型で、胴体部分と内部でつながっており、目のような形の赤いランプがついていた。頭部はぐるぐると、周囲を伺うかのように回っている。


 二体のうち一体が、こちらに気付いたのか、頭部の動きをピタッと止めた。

 赤いランプはアレンたちの方を向いている。

 胴体にカパッと四角い穴が空き、中では青い光が段々と大きくなっていった。



『まずい、避けろ!』



 裕也の叫びに、思わず横っ飛びした瞬間。


 青い一筋の光が、アレンの元いたところを通過し、そのまま壁に命中。光が当たった部分の壁から、シューと煙が上がっていた。


『くそ、レーザー光線かよ!

 アレン、あれに当たったら、まず助からないぞ!』

『わかった!』

「ナタリーさん!タイガ!あの光に気を付けて!」

『おい、もう一体からも狙われてるぞ!』

「くそ!足に【部分強化エンチャント】!」

『おら!』


 アレンは足にだけ【強化エンチャント】をかけ、そのまま走り出す。普段よりも格段に上がったスピードで、何とかレーザーを回避した。


「【水刃ウォーターカッター】!」


 アレンはそのまま魔法で攻撃。

 しかし、警備ロボには傷一つ付けられなかった。


「ガウ!」

「【蛇剣】!」


 その隙に、タイガは一体の頭に噛み付く。ナタリーも、もう一方のロボに剣戟を浴びせた。


「……かたい」

「傷一つ付けられんだと!?」


 ところが、二人の攻撃も警備ロボには届かなかったようだ。


「ダメージが与えられない!?」


 警備ロボは何も言わず、こちらへ向かってくる。

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