公衆電話 3
車から公衆電話までおよそ10m、ルミ子は足元を気にしながら慎重に進んだ。子供の霊はとにかく走り回ることが多いので、つまづく恐れがある。しかしルミ子の場合、そのまま蹴り飛ばしてしまい、最悪の場合、消滅させてしまうかも知れないため、膝下の肌に神経を集中させていた。時折、冷たい感触が足元を覆う。この土地の「こだま」だろう。心霊スポットには恐怖心のこだまが溜まりやすい。小さなこだまも集まれば霊になるし、呪いに利用される場合もある。ルミ子は私欲のために人を呪う存在を知っている。そのために今回のような本物の心霊スポットは早急に除霊をする必要があった。
「よしよし、落ち着きなさい」
まだ姿を現さない幽霊をあやすようにルミ子はつぶやいた。間もなく公衆電話に到着すると、扉に手を触れて何かを念じ始めた。
「ハァーーーッ!!」
ルミ子が叫ぶと同時に公衆電話を中心に円状の衝撃波が走った。周辺のゴミや小石は綺麗に吹っ飛んでいってしまった。ナナセの待つ車も大きく揺れていた。少し驚かせたかも知れないと心配しながらもルミ子は振り向くことなく公衆電話のドアを開け、中に踏み入った。
「周辺の小さなこだまは除霊できたわ。あとはこの中ね」
よくある緑の公衆電話は塗装が薄くなっており、年季を感じさせた。電話の上で一匹の大きな蛾が死んでいる。電話ボックスの中の薄暗い明かりは埃を乱反射して不気味に光っていた。ルミ子は少し怪訝な顔をしながら受話器を手に取り先ほどと同じように力を込めて念を送った。
プルルルル
プルルルル
「はい、ルミ子よ。坊や、出ておいで」
ルミ子は上を見上げながら電話に応答した。子どもの姿は無いが、確かに近くにいることが感じ取れた。でてこい、と心の声で語りかけると電話ボックスが少し揺れた。何かが電話ボックスを叩いているのだ。ドン、ドンと音が鳴り響く。音は足元から徐々に上に上がっていった。ルミ子は音を頼りに視線を合わせていき、それがルミ子の頭上を越えそうな高さまで来ると電話ボックスの壁をドン、と叩いた。
「見ぃつけた」
どちらが幽霊なのかわからないセリフを吐いたルミ子は、壁をもう一度強く叩いた。その振動で電話の上にあった蛾の死骸は地面に叩きつけらればらばらになった。電話ボックスの外では子どもの足が寝転がった姿勢で静かに浮かび上がっていた。
「いたずらの時間は終わりよ坊や。帰りましょうか」
ルミ子は電話ボックスから出て子どもの霊に接触をしようと試みた。が、ドアが開かない。直後、子どもの足が立ち上がり徐々に全身が実体化してきた。小学生くらいの男の子だ。ルミ子が事前に調べていた周辺の事故や事件の調査では、30年以上前に炭鉱内での事故が確認されている。被害者には子どももいた。しかし、今目の前にいる子どもの私服にプリントされている戦隊ヒーローは去年のものだ。幽霊とは生前の記憶である。つまりこの霊はごく最近のものであるということなのだが、近年では肝試し以外に人が訪れることが無いこの場所で子どもが死んだなどという事故や事件はなかったはずだ。この子は一体どこから来たのだろうか。考え込むルミ子をよそに子どもは再び電話ボックスを叩き始めた。
ドン、ドン。
子どもの霊。恐らく不慮の事故で亡くなり死んだことに気付いていない。子どもの霊は割とあちこちに移動するが、自身が亡くなった場所からそう遠くに行くことはない。やはり周辺で事故があったが、まだ見つかっていないのだろうか、それとも……。
ドン、ドン、ドンドン。
子どもの霊は口を大きく開けながらこちらを見ている。笑っているのだ。口の中は墨汁でも飲んだみたいに真っ黒だった。ルミ子は気にせず考え事に集中していたが、次第に大きくなる壁を叩く音に苛つきが積もっていった。
「うるせえぞクソガキィ!!」
ルミ子の剣幕にビビったのか、子どもの幽霊は壁を叩くのを止めた。ルミ子は霊を睨みつけていた。
「やっぱ、直接聞くのが早いわね」
ルミ子はもう一度ドアを開けようとしたが、やはり動く気配がない。ルミ子は溜息をつき、拳を握りしめた。
「ねえ、最後に聞くけど、ここから出してくれる気はないの?」
子どもはルミ子の質問に笑顔で答えた。
「プルルルル」
その瞬間、まばゆい閃光が電話ボックスから弾け飛んだ。爆発音は遅れて周囲に広がっていた。電話ボックスは粉々に消し飛んでしまっていた。
「さあ、いらっしゃい」
ルミ子は子どもに手を差し伸べた。しかし子どもは手を取ることはなくルミ子をおいて走り去っていった。
「あ、待ちなさいよ!」
子どもの霊は道を外れ森の中へと消えていった。しかしルミ子はそれを許さず全速力で後を追跡した。平地なら10秒もあれば捕まえられたのだが、ここは山道。急な斜面や草木に足を取られるために、子どもの霊を捕まえるのは困難だった。およそ15分走り回ることでようやく子どもの霊を捕らえることに成功した。
「さあ、おとなしくしなさい。あなたの心を読ませてもらうわよ」
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