第一章 醒(めざめ) 中編


その日は散らかったリビングを片付けながら洗濯物を干したりして

いつもの日曜日を過ごした。



ーーーーそんな訳ない。



一頻りやることを終わらせたわたしは

昨日の現れた謎の鳥人間とその集団について調べる事にした。

晩御飯を手早く済まし、シャワーを浴び、

赤いタンクトップにオレンジ色の短いズボンと言うかなりラフな格好に着替える。

バニラのアイスキャンディーを舐めながら、大型端末を操作した。

国や研究機関が出している情報は当てにならない。

それなら信憑性が低いが誰でも書き込んで閲覧できる掲示板の類いがまだ頼りになる。


端末のネットワークソフトを立ち上げ、

検索ワードに來殀町(らいようちょう)と鳥人間と入力する。



ーーーー割りといろいろ出てきたなぁ。


検索結果をしばらく眺め、どこから見るのか目星をつけた。

地域パブリックボードにそれらしき書き込みを見つけた。



『鳥人間みたいなのでたぞ。

 お犬様、見たけどふらふらしていたぞ。大丈夫か?』



書き込みの日付は一昨日のものだ。

その書き込みに付いている返信を追いかけてみる。



『あれ?お犬様消えたぞ』



『お犬様の消えたところ調べに行ってみる。おれ、近所だし』


これが昨日の朝方のもの。

バニラのアイスキャンディーを噛りながら返信を次々読んでいく。



『報告よろしく!』



『ただいま。無理だ!!庭に女の子の下着が干してるから、 詳しく調べられない!』



『マジか!?』



『うん。 もし調べてみる現場を見られて、下着泥棒に間違えられるのは嫌だ! 』



『・・・・どうしよう?』



『家の人が早く気付く事を祈ろう』



『あの下着、干していた家、女の子の一人暮らしなんだけど・・・ ・』



『なんだって!?』



ーーーーやたら、盛り上がっているだが、

    お犬様と言う言葉が気になる。



『おーい。今見てきたけど、下着なかった。 庭には誰もいなかったぞ』



これがお昼過ぎと言うより

わたしが家に帰ってきた頃合いくらいの時間帯の書き込みだ。



わたしは更に追いかける。



『あの一人暮らしの女の子って、お犬様のクラスの子じゃね?』



この書き込みをみた瞬間、

噴きそうになった。



ーーーー落ち着け。落ち着くんだ、わたし。




因みにアイスキャンディーは

そのときまで食べきったので被害は皆無に近い。



『嘘ぉ!?あの女の子にあんな趣味があったとは・・・・』



『因みにどんな下着だったの?』



『有名ブランドのやつだな。色は赤のやつと青いやつと

 後、黒で蝶をあしらったやつ。

 多分この黒いやつはオーダーメイドじゃね?』



なんか下着談義が始まっている。

ーーーー人の趣味にとやかく言うな!!

    ほっとけ!!!!

 といいたいのは山々だが、そんなことをしたら、掲示板が盛り上がるだけなので、

 わたしは無視した。




『お犬様、女の子の家から出てきた!』



ここからは昨日の夜中だ。


『キタキター!!!』


『なんかあるのか』


『やべぇ!スゲー数きたぞ』


『お犬様、それこそ大丈夫か?』


『・・・・心配してたけどほぼ瞬殺だな』


『流石!お犬様だぜ!』


『また、女の子の家に入っていたぞ!』



ーーーーわたしは一言言いたい。

    この書き込みしている人たちは暇なのか!?



わたしは頭を抱えながら続きを追いかける。



『おお!出てきた!女の子の部屋覗いたな。 きっと話しているのだろう』



『ちょっと待って。つまり?』



『お犬様!おめでとう!』



『今日は酒が旨いぞ!』



ーーーーなんか結婚式会場みたいな雰囲気。

    と言うか、書き込みしている人たちの妄想大会だろうか?

ーーーーしかし、お犬様って?もしかして、················。

 文章の雰囲気からなんとなく、 そんな気がした。

 そして、わたしはあの不思議な夢が現実だったということを確信した。



わたしはその書き込みがあったパブリックボードのタイトルを確認 した。



『のら犬広場』


ーーーーのら犬?この書き込みしている人たちはのら犬ってことだろうか?


わたしは検索ワードで犬と入力しようとした。

それだと動物の犬がでてくるだろう。


ーーーーそうだ。犬と刀で検索しようっと



やってみると刀を持った犬の絵が出てきた。



ーーーー違うなぁ。

    うーん・・・・刀は無しにして・・・

    


頭の中でいろいろ考えを巡らせる。



「ティンカーベル!何があったの!?」


「うわっ!?」



わたしはいきなりのことで声をあげた。

端末のスピーカーからいきなり男の子の声が聞こえた。

ティンカーベルとはわたしのネットワークネームである。

わたしは慌てイヤホンマイクを端末に繋げて装着した。



ーーーー声の主はアラジンさんだな。

    こういう時に話しかけてくるなんて。何、考えてるのよ?


そもそも、あっちはわたしの状況を知る由もないのだが。



アラジンさんはネットのゲーム仲間の一人で同い年の男の子。

確かこの春近所に引っ越してきて、

学校は違うが近所の学校に通っている。

・・・・確かミドルユーロ出身と言ってたような気がする。




「どうしたの?びっくりしたんじゃない?」



「昨日から何回もメッセージ送っているんだけど返事がなくてさ・ ・・」



アラジンさんの言葉はばつ悪そうに言っているように聞こえる。



ーーーーそもそもチャットツール、

     自動起動にした覚えはないんだけどなぁ。



わたしは端末の設定を直しながら彼に声かけた。



「・・・で、何の用かしら?

  もちろん直接会うって言うのは無しで」



「あ?バレた?」



ーーーーあぁ、いわんこっちゃない。

    この人、彼女いるのになんでこんなことしたがるのかしら?

    わたしには理解できない。



おそらく何か目的があるのだろう。

わたしには何の目的かはわからないけど。



「やっぱり。わたしは忙しいの。じゃねー」



会話をさっさと切り上げてボイスチャットのツールを閉じる。

もちろん自動起動はしないように設定し直した。



ーーーーまさか、見られていたりするんじゃ?



タイミングがタイミングである。

なんか、 怖くなってきたので部屋のカーテンを閉める。



ーーーー意味はないのはわかっているけど。



念のため、ネットワークにあるメッセージを確認する。



ーーーーアラジンさんのばっかりだ。うんざりする。


流石に嫌気がさした。



同じゲーム仲間の一人であるアイさんにメッセージを送った。

アイさんは同い年で学校が一緒の人物だ、クラスは違うけど。

わたしはどんな人なのかよく知っている。



検索の話はカットしてアラジンさんから声かけられてきて困った

という内容のメッセージを送った。



しばらくして返事が返ってきた。



内容は簡潔に言うとそれは困ったわねと

いうわたしに気持ちに対して理解はしてくれる言葉。

そして、どこからか仕入れたわからないが、

アラジンさんと同じ学校の人が何人か行方不明になっているらしい。

この行方不明事件に関与している可能性があるので

アラジンさんには気を付けた方がいいと言う内容。

そして、自分以外の人物にも相談した方がいいとも書いてあった。

最適人物の名も挙げられていた。

その人物についてはわたしもよく知っている。

その人物とは、昨日わたしと時間を過ごしたあの人物である。


わたしは内容確認して返信した。

アラジンさんには改めて気を付けると言う内容と

その誰かに相談するのはちょっと難しいかもと返した。


ーーーー夜も遅い。そろそろ寝よう。

    明日、 学校で会うから大丈夫だよね?



わたしは部屋の明かりを消すと自分のベッドで横になった。



夜が明けて朝になった。

わたしは制服を着て朝の支度をしてライナーに乗って学校へいく。


学校に着くと同級生たちとすれ違っていく。

互いにおはようとかわすわたしと友人たち。

ずっと感じている違和感。教室に入るとその違和感の正体に気づいた。



ーーーー真人(シント)は来てないのだ。



わたしは自分の席に座って聞き耳を立てる。



一昨日のことについて、不服を感じる声やさほど気にしてない声。

両方聞こえてくる。



「くなちゃん、おはよう」


友人の一人が不意打ちで声をかけてくる。


「おはよう」


わたしは何気なく返す。




「どうしたの?難しい顔をして」


・・・・まずい。このままでは悟られてしまう。


「こないだのテスト、思ったより出来が悪かったからちょっと憂鬱なのよ」



「あっそっかー。流石くなちゃん、勉強熱心だもんねー」



「まぁーね」



そんな話をしていたら、先生が来て話が始まった。



ーーーーとりあえず、誤魔化せた。今日一日は平常心で過ごせますように。



そう、天に祈りながら先生の話を聞いていく。

先生の話によると先程家族の方から連絡があったそうだ。

その内容は、一昨日の夕方ごろに屋根裏部屋に倒れているところを発見され、

凄い高熱を出しているので3日間休むと言うものだ。




ーーーーおかしい。




一昨日の昼過ぎから夜までわたしは彼と一緒にいた。

記憶にも新しい。


休み時間に再び聞き耳を立ててみると妙な会話が聞こえた。



「なぁなぁ、先生はあぁ言っていたけどよ」



「おれ、見たぞ。昨日の朝方」



「あぁ、おれもおれも」




おそらく近所にすんでいるであろう男の子たちが顔を合わせて話をしている。



ーーーどうやら不信に思ったのはわたしだけではないらしい。

わたしは安心したと同時に頭に疑問がよぎった。



ーーーー何故、学校に来ないのだろうか?


いろいろ考えながら時間ばかり過ぎていく。

何事もなく、午前中の授業が終わり昼休みが始まる。

気楽に一人で食事を済ませ、

次の授業の準備しながらわたしは物想いに耽っていた。


「くなちゃん、今大丈夫?」


今朝、話しかけてきたクラスメイトが心配したのか

わたしに声をかけた。



「うん。いのりん、どうしたの?」



高山いのり、通称いのりんはわたしの家の近所に

住んでいる数少ない親しいクラスメイトの一人だ。



「これはうちのお兄ちゃんが見たんだけどー」



「話題の彼の事かしら?」



「そう、あいつ。身体能力検査の前の日、

 くなちゃんの家の周りを跳んでいたを見たんだってー」




ーーーーーそっそっちかー!!!!



「あのさ。それ、お兄さんの勘違いじゃないの?

 大体、忍者とかじゃないんだからさ。

 跳ぶとか有り得ないし」



我ながらに冷静に切り返した。

身体能力検査オールドーピングなら

出来る可能性は否定できないけど。



とりあえず、いのりん、

いや他のクラスメイト達に勘づかれないようにしなければ・・・・。



「やっぱり、くなちゃんもそう思う?

 うちのお兄ちゃんの勘違いよねー」



彼女は納得してくれたようだ。

そして、わたしは教科書を開きながら、その場をやり過ごした。







気が重い日が3日も続くと流石に疲れてきた。

ここ3日間はなるべく人と関わらないように細心の注意を払い、

放課後になればそそくさと帰宅する。


ーーーー怪しまれてないといいけどな

念のため、クラスメイトたちの話にも聞き耳を立てているけど

明日来ると言う保証はない。




明日になれば彼も来るだろうか?

そう信じたいところだが、なんか心に不安ばかり募る。

明日、長期休み前の登校日。

明日を逃すとしばらく学校は休みだ。



今日で億劫な日は終わりだ(と信じたい)。

ここ3日間、 端末に触れるどころか読書すらしてない。

家に帰ってやることと言えば最低限の家事とシャワー浴びて、 寝ることくらいだ。

気が重すぎて友人と会話すらままならない。

今何もする気はならないが、気晴らしくらいはしたい気分だ。



端末を置いてない方の机の上に置いてある小さな機械に手を伸ばし た。

今年の遠足で水族館に行ったときに何故かわたしの荷物に入れられていたものだ。

この機械そのものは海の中の映像をホログラムで

しばらく再生させるものでかなり高価なものだ。

これをお店で見た時あまりにも高過ぎて購入を諦めた。


確か、わたしが月々仕送りでもらっている生活費の半分以上の金額だ。

これがお土産を買った袋から出てきた時は流石に驚いた。

それどころか何かの間違いだろうと思い、

担任の先生に慌て相談した。

結論から言えばクラスメイトからプレゼントで誰からのものかはわからなかった。




ーーーーそんな得体の知れないものを有り難く

受け取ることにした わたしもわたしだが。



一回試しに使ってみてそれ以来触ってない。

気晴らしくらいはなるだろうと思い、 わたしはその機械のスイッチを入れた。



部屋の中が瞬く間に海の底に変貌した。

太陽の光が水面に差し込み、 小さな魚の群れがいくつかわたしの目の前を通り過ぎる。

図鑑でしか見たことがない美しい魚が優雅に泳ぐ。

ベッドの上で横になりながらうとうとし始める。

下半身が魚である筋肉隆々な美しい男の人魚がわたしの側を通り過ぎる。



そのままわたしは目を閉じた。



真っ暗な空間の中、声が聞こえる。


「・・・兄さん、何やっているんですか?」


「・・・疲れているんだ、息抜きくらいさせろ」


兄と弟の会話が聞こえる。

わたしは身体を動かそうとしたが動かない。

意識はあるがちょっと微睡んでいる。

会話をしているのは聞こえるが、何を話しているのかわからない。



「・・・兄さん、お願いだから化け物にならないでくださいね」


「大丈夫だ。と言うかオレを誰だと思ってる」



・・・・・・化け物!?



わたしはガバッと起き上がった。

ホログラフィーを流してそのまま寝てしまったらしい。



ーーーー今の兄弟の会話。

兄の方の声は聞き覚えがある。

間違いない!、真人(シント)だ!!

さっきのが仮に現実だとしたら・・・・



真人が化け物になってしまうかもしれない。

学校、休みだしてから今日で3日目。

近所に住んでいる川上くんや相河くんは

何も言ってないから大丈夫かもしれない。



ーーーー心配だ。気が気で仕方がない。

わたしに何かできる訳ではないが、行くしかない。

わたしはそのまま準備を始めた。




次の朝。

わたしは自分の席で不機嫌に頬杖をついてた。



「くなちゃん、おはよー」



「いのりん、おはよう」



わたしは不機嫌そうに言葉を返す。



「今日、機嫌悪いね。あれ?

 くなちゃんのカバンから、甘い匂いがするんだけど」



ーーーーーまぁ、予定通り。少なくともここまでは。




わたしはカバンから

小さい可愛らしい袋を取り出すといのりんに渡す。



「はい、どーぞ。昨日の夜、あまりにも荒ぶっちゃったから

 ついついね。他の友達と一緒に食べていいから」



「荒ぶったからお菓子作るって・・・・

 まぁ、いいや。くなちゃん、ありがとー」



彼女は自分の席に戻る。



機嫌が悪いのは寝不足だからである。

あの後、お見舞いの品と称して気合い入れて

お菓子なんか勢いで作ったのだ。

まぁ、パンケーキの基に所定の材料と蜂蜜を加えて混ぜたものを

型に入れてナッツ類をトッピングしてレンジで

温めた程度の簡単なものだが。



わたしは教室を改めて見回した。




ーーーやはり来てない。




幸か不幸かは定かではないが、

彼の席は昨日席替えでわたしの隣となった。

そこは空っぽの空間。わたしの心内のようだ。



そして今しがた来なかったのを見た時点は

わたしの心はとうに決まっていた。

あの時、言っていた彼の言葉。



ーーーー悪い夢になる



悪いことが夢になるのは構わない。



問題はあの夜、あの時間でさえも

悪い夢になるのだけはわたしは許さない。

それだけだ。わたしがずっと気に食わなかったのは・・・・!!!



昂る気を静め、改めて思考を走らせる。



ーーー今日は連絡事項を聞いたら帰れる。

更に長期休みに入るから多少様子がおかしくても

長期休みが開ける頃には忘れられているのだろう。



さぁ、動くのはここからだ。

まずは情報を集める。そこから始める。

今回は先生と言う最終手段もある。

優等生、隣の席だからとかなんとか言えば先生も黙るだろう、多分。





そして、時間が過ぎた。




教室でおしゃべりをし合うクラスメイトたち。

ふと隣の席に目をやると男の子たちが三人集まって話をしている。




ーーーーあれ?あの三人、去年肝試しでどっかの廃神社に行って、

何故かわたしの家の近くの公園で倒れていたのを

レスキュー呼ばれたんじゃなかったっけ?




真人と家が近所の相河君、少し身体が小柄な金城君、

ちょっと真面目そうな気がするけど、意外とワルな予感がする前澤君。

ちなみに前澤君はああ見えても男の委員長だったりするので

地味に質が悪い。



ーーーーやっぱり、そうだ!



わたしは確信した。



「舞月くん、今日も来なかったね」



「明日の肝試し、どうするの?」



「うーん。やっぱり、あの廃神社に行きたいよなー」



聞き耳を立ててみれば、聞こえる聞こえる。肝試しの計画!!

少なくともわたしはお断りだ。




「あの廃神社、あいつんちの近くだから

 なんか知ってるんじゃないかと思って誘おうつもりだったけど」



「でも今日もいないね?まだ、熱下がってないの?」



「くっそー!!!取って置きがあるから絶対誘えると思ったのに」



ーーーーこれだ!!!



わたしは立ち上がり、男子三人にズカズカと近づく。



「ちょっと、あんたたち、さっきから五月蝿いんだけど?」



明らかに喧嘩をふっかけいるような空気を漂わせながら

わたしは彼らに声をかけた。



「あれ?聖羅さんじゃん?聖羅さんも肝試し行こう!」




「誘われても行くわけないでしょ!

 あんなところ!!ホワイトローズ社の抹茶ラテ5本積まれても行かないわよ」



わたしは呆れながらに言い返す。

ここまでは予定通り。




「・・・・やっぱり」



ーそりゃそうでしょう。そもそも肝試しなんて大嫌いなんだから

 余程の事がない限りするわけない。



「それに今日来てない彼だって、きっと嫌がるに決まってるわよ。

 まぁ、もっともその秘策で来るって言うのが本当かどうか怪しいけど」




ーーーーー結構適当に言ったな、我ながらに。




それを受けて彼らはこそこそ相談を始めた。



ーーーー何かを話し合っているようだ。



意を決したのか、金城君が話を振ってきた。



「ぼくたちの秘密兵器について知りたいの?」



「そうね・・・・あんたたちのアイデアはとにかく。

 一体何で動くのかについては思っていたのかは興味深いわ」



彼らはわたしの顔をマジマジ見つめ出した。



「・・・お願いがあるんだけど、今日、暇?」



「肝試しじゃなければいいわよ」



ーーーー大成功!!!



しめしめと言いたくなる気持ちを堪えながら、

わたしは届け物を渡すことを引き換えに

彼の家の場所を聞き出した。



ーーーーゴトッ




わたしの机の上に抹茶ラテ5本(しかもすべてグランディサイズである)が

入った袋が置かれた。



「いやぁ、悪いわねぇ」


わたしは思わず笑みがこぼれた。



「わざわざ行ってもらうんだから気にしないで」



「はい、ブツと交通費用のチャージカード。

 あいつの家、結構遠いから。後、包みの中身は絶対見ちゃダメだよ」



「わかってるって。どーせ、スケベ写真かなんかでしょー。見ないから大丈夫」



わたしは厳重に包まれた何かをを受け取りカバンにしまいながら応えた。



「んじゃ、行ってくるわね」



「道中気をつけてー」


「合間に報告よろしく」


「気が向いたら肝試しにもきてね」


それぞれの言葉に後ろ髪を引かれながらわたしは意気揚々と教室を出た。



勢いに乗りそのまま校門を抜けようとすると

二人の男の子が目についた。


ーーーー5組の和泉君と同じクラスの川上君だ。


二人とも中肉中背で、 髪型がスポーツ刈りなのが川上くんで

独特のウェーブヘアの方が和泉くんである。

・・・・気持ち和泉くんの方が鍛えている気がするが。


二人は箒を持って校門の周りを掃除している。

委員会か何かの仕事だろう。

 明日から長期休みなのにご苦労なことである。



「あれ?聖羅さんじゃん?久しぶりー」



和泉くんがわたしに気付き、声をかけた。

和泉くんに合うのは以前所属していた委員会の仕事以来数ヶ月ぶりである。


「和泉くん、久しぶりー。委員会の仕事?」



「まぁね。聖羅さんは?」



「真っ直ぐ帰ると言いたいとこだけど、 今から大事な用事があるのよ」



「大事な用事?」



和泉くんは目をぱちくりさせた。



「うん。今から今日も来てないやつのとこに行くのよ」



「・・・なるほど」



和泉くんは察したのか納得した顔をした。



「ちょっと待った!今の話、どういうこと!?」



近くで掃き掃除をしていた川上くんが声を荒げた。



「川上くん、どうしたんだい?驚いたじゃないか」



「和泉くん、今の言葉の意味、わかっているの?」



「・・・当然。おれは女の子の味方だから応援しかできないけど」



「そういう意味じゃなくて!!!

  ・・・相河のやつ、 家が近いといえども知らないのかぁ・・・」



川上くんは頭を抱えながら言葉を絞り出てきた。



「え?どういうこと??おれ、わからないんだけど?」


和泉くんは川上くんの話を理解できない。

当たり前だがわたしも理解できない。



「川上くん、どういうこと!?説明して」



「あれはテストが始まる前の日くらいの夜の話だ。

  あいつがいきなりオレの家を訪ねてきたんだ」



川上くんは話を続ける。



「隣の家に住んでいる三歳くらいの女の子と一緒にいたんだ。

 事情聞いたら廃神社に迷い込んで出られなくなっていたから

 保護して家まで連れてきたんだけど、

 その子のお母さんが発狂しているから一緒に来てくれと

 頼まれたんだけど・・・・

 あれ?二人とも聞いてる?」


川上くんの話を聞きながら思わずため息が漏れそうになる。



「・・・なんて、カッコいいんだ。おれも見習わないと」



「川上くんもいい人だよね。

 疑われるかもしれない友達を助けようとして、

 なんか熱い友情の物語になりそう」



「・・・・って二人ともそういう問題じゃない!!!

  あの辺りは危ないの!!

 あの女の子、 ここ最近よくそこに迷い込んでたし!!」



「・・・ってさ、仮に危ないって言われても、

 おれは止めることはできないよ。と言うか、 川上くんは止めれるの?」



和泉くんの言葉に川上くんは顔を歪ませた。

そして、和泉くんは続けた。



「例え、一緒に行ったとしても結果は変わらないよ。

  ここは笑顔で見送ることをお勧めするよ」



「和泉くんは聖羅さんが危険な目に遭ってもいいっていうの!?」



「大丈夫。彼女には幸運の女神様がいつも微笑んでくれるから」



和泉くんは不思議なことを言っているが、

わたしは不快感だと思わない。

なんか、 良いことを言っていて

いつも現実になってしまうような不思議な感覚である。



「聖羅さん、まさか和泉くんの言葉、真に受けてるの!?」



「まさか?でも、うそとかじゃないのは確かかなと。

 実際、 前も同じこと言われていいことあったし」


わたしはそう答えると続けて言った。



「んじゃ、行ってくる」



わたしは学校を出た。


学校を出るとライナーに乗って最初の目的地である繁華街に向かう。

ライナーの最寄りだと30分位かかるが

バスだと10分もかからないらしい。



お腹も空いた事だしバスの時間まで半時間ほどあったので

近くの商店で買い物をして、そのままバスに乗り込んだ。



ーーーなんだかんだでいろいろ買ってしまった。

パンの類いは持ちが良いので便利なのだ。

念のためリサイクルボトルのジュースも何本か買い込んだし。



バスに揺られながら荷物の整理をしていると、

昨日カバンに入れた巾着袋が目についた。



昨日の夜、リビングで見つけた狼か狐を彷彿させる黒い陶器制の人形。

わたし個人が買うものなら布製のぬいぐるみだ。

陶器でできた動物の人形なんてまず買うことはないしもらった覚えはない。

リビングを片付けたときに出てきたのだ。

すぐに出せるように巾着袋に入れたままスカートのポケットにしまいこんだ。

今日、このまま会うのだから、もしやと思って聞くしかないだろう。


わたしは考えながら、バスが目的地に着くのを待った。



バスを降りるとまずはデバイスのツールで地図を開き、目的地まで経路を。確認する。




ーーーーうわぁ・・・・近くに曰く付きの廃神社がある。

通らないように道をしっかり確認しないとなぁ。



「こんにちはー。お姉さん、

 この辺では見ない人だね。なんか用事あるの?」


いきなり声をかけられた。

声の主はわたしより少し幼い少年だった。

短く切り揃えられた黒髪で、目をクリクリしている愛らしい少年だ。

身長もわたしより小さい。

今日から夏休みなのか、半袖のシャツと短めのズボンを身に纏っている。




「あら?こんにちは。わたしはクラスメイトに会いに来たの。

 舞月真人(まいつきしんと)っていう男の子よ。

 因みに踊りの舞でお月さんのつきで舞月っていうんだけど」



「あれれ?偶然かな??ぼくも舞月っていうんだ。因みに名前は麻人(あさと)」




ーーーーまさかの噂で聞いた弟!?



「わたしは、聖羅くなせ。

 もしかして、わたしはあなたのお兄さんに

 会いに来たってことになるのかしらん?」



「うん!そうだね!真人っていうのはぼくの兄さんの名前だね。兄さんに何の用?」


ーーー嘘ぉ!!?こんな可愛らしい弟がいたの!?

どちらかと言えば母親に似たのだろうか?



「お届けものとちょっと、個人的な用事・・・

 あっ、今のはあなたのお兄さんには内緒ね」



「ごめん。兄さん、今日朝から出掛けているんだ」



ーーー朝から出掛けている??学校では見てないけど



「そうなの?上がってお兄さんのお部屋で

 待たせていただこうかしらん?」



「なんだったらぼくが案内するよ!!」



「大丈夫大丈夫。デバイスもあるし、

 友達に地図も書いてもらったから大丈夫。じゃーね!」




わたしは目的地まで勢いよく駆け出した。



ーーーーまぁ、案内してもらわなくても大丈夫だろう。




この考えが甘かったことに後程気付くことになる。





しばらく歩いていると、不気味な気配を感じた。

ふと気配の方に目をやると、なんか昼間なのに不気味な雰囲気が漂う神社。

ここに神様いるの?と聞きたくなるような気分になる。



ーーーーここが言っていた廃神社か!?

でも、おかしい。ここを通らないように避けていたはず。

何故?なんで、こんなところにいる。



わたしは道を間違えたと思い、慌て戻りもう一度目的地に向かう。



しばらくするとまたもや不気味な空気。



ーーーさっきの神社だ。


もう一回道をもどり、再び目的地に向かう。



しかし、しばらく歩くと見えるのは件の廃神社のみ。



ーーーーどうなってるの!?




背筋が寒くなった。

急いで道をもどり、最初のバス停辺りにいこうと駆け出した。




しばらくするとまたもや不気味な廃神社。



ーーーーどうなってるの!?



デバイスで現在位置と地図を確認する。



ーーーーデバイスに電波が入らない。現在位置がわからない。



頭の中が恐怖で一杯になる。

神社の方から不気味な視線を感じる。

危険を頭で認識する前に全力で走り出した。

しかし、身体が上手く動かない。




右足のふくらはぎを捕まれる感覚を覚える。

身体が転がり、そのまま引きずり込まれる。




「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」



少しでも抵抗するべく声をあげるがむなしく響いた。



引きずり込まれ、身体が宙に浮く感覚を覚える。

凄い高いところから落ちている!!



「いやぁぁぁぁ!!」 



混乱のあまり叫び声しかあげられない!

誰か!!助けて!!



ーーーーウワァーオン



動物の吠える声が響く。

わたしの身体を何かふわふわものがキャッチした。

そしてゆっくり降りていく。



真っ暗の空間の中、やや冷たい地面に座り込む

何があったのか理解できない。



ーーーウォォン



動物の唸り声みたいな音が響いた。



・・・・・・近くにいる主を探せ・・・・



一瞬そんな風に言われた気がした。

周りを見てみると真っ暗で本当に何も見えない。

今感触わかることはカバンをしっかり持っていること、

わたしは座り込んでいることだけだ。

まず、胸ポケットの感触を確認した。

どうやらデバイスはポケットにしまっているようだ。


まずは胸のポケットにしまってあったデバイスを取り出す。

少し操作はしてみたものの、当然電波が入らないから助けは呼べない。



ーーーー真っ暗だし、不気味な気配はするし、どうすればいいのよ・・・・?




そう言えば主を探せって言われたんだ。

この主って言うのが人間なのかそうでないのか・・・・



悩んだところで解決するわけがない。後悔したってどうにもならない。

確か、わたしのデバイスにはちょっとした懐中電灯として使えたハズだ。

周りを照らしてこの辺りを探険するのがおそらくベターな選択肢だ。



デバイスを操作して周りを照らす。周りを見回そうとした瞬間、首の後ろに冷たく固い感覚。




「ーーーー灯りを消せ。死にたくなければな」



後ろから聞こえる静かな男の声。わたしに突きつけられた刃の主だ。

わたしはデバイスを胸ポケットにしまい、両手を自分の肩の位置まであげる。

抵抗するつもりはないと言う意思表示だ。見えているかどうかわからないが。



「ーーーそのまま、じっとしていろ」



しばらく鈍い音が響く。

後ろからカメラのフラッシュのような光が

幾度なく放たれるがほとほと一瞬で、なにも見えない。



情けないポーズを維持したまま、その音が止むのを待った。



ーーーーこの声、どこかで聞いたことがある。



わたしは、自分の勘を信じることにした。



再度後頭部に刃が突きつけられた。

そして、声の主に言われるがままに明るい空間に入った。

その空間には仕掛けがあるのだろう。

ガタッと言う音が響いた。



ーーーー多分何かした?出入り口を塞いだとか。




「さて、お嬢さん、こちらを向いていただこうか?

 なにもしなければ悪いようにしない」




ーーーーあぁ、どうしようかな・・・・



「・・・・はぁい、真人。元気?」



わたしは顔をひきつったまま後ろに振り向いた。

予想通り、そこには見慣れた顔。



「・・・・聖羅じゃねぇか!?何故、こんなところに!!?」



彼は、意外な人物の到来に驚きと困惑を隠せなかった。



ーーーーそりゃ、そうでしょ。



もともと肝試しみたいなことが嫌いな上にこないだの大泣きした一件。

わたしがこんなところに来るわけがない。来ること自体有り得ない。



「なんで、こんなところにいるんでしょう?わたし、わかんない・・・」



彼が抜き身の刃を納めないため、安心と恐怖を入り雑じりながら言葉を発した。



とにもかくにも言っている内容は事実だから仕方ない。



と言うものの、彼も抜き身の刃をしまう気配がない。

警戒しているのだろう。

わたしは未だにその情けないポーズを維持している。

わたしの方を頭の先から足の先までじろじろと見つめる。



ーーーーなんか気のせいか知らないが胸元に刺さる視線が痛い。






彼はしばらく考えからこう言った。



「オレから3つの質問をさせてもらう。

 だが、それだとフェアじゃない。その前にそちらの質問を3つ聞こう」



口は優しく言っているつもりだろうが、刃はこちらに向けたままだ。

彼に疑われている事実には変わりない。



「まず、一つ目」



「・・・ここはどこかしら??」



慌て言葉に出す。



「地下の大空洞だ。廃神社の真下にあるやつだ」



彼は冷静に返す。



「二つ目」



彼の言葉に圧力を感じる。

このままだと泣き出しそうだ。わたしはひたすらその泣き出しそうな気持ちを堪えた。



「なんで、他のところは真っ暗なのにここだけ明るいのかしら?」



我ながらに頭を冷せるような質問ができたつもりになってた。


「この辺りはホタル草が植えてある。熱を与えれば光を発する」



なんか気になる言葉が出てきたが今は聞く気にもなれない。



「三つ目」



このときの言葉は決まっていた。



「・・・・わたしはどうなるのかしら?」



彼はわたしを睨み付けながら応えた。



「・・・・それはお前次第だ」



これで泣き出そうとしたら刺されるかもしれない。

まずは大人しく従おう、それしか生きる道はない、多分。



「さぁ、こちらの番だ。まず、一つ目、一人か?」



誰かと一緒にきたかと聞きたいらしい。



「・・・・一人。学校からここに来るまで・・・・でも、弟さんに会った」



ーーーー本当のことだから仕方ない。




「・・・・麻人はノーカンだ。まぁ、いい。二つ目、課題か?」



これはわたしが学校の課題でここにいるとでも聞きたいのだろう。

落ち着いて本当のことを言おう、多分伝わるハズだ。



「課題?わたしがこんなところに行くようなのを選ぶと思う?んなわけないじゃん。まさか、こないだ大泣きしたのを忘れたとは言わせないわよ」



わたしは一息ついて本音を吐き出す。



「もし、こういう事態になったらわたしはあなたをジュース3本くらいで雇うわよ。

 わたしはあなたをやーとーいーまーすー!」



ーーーーあぁ、スッキリした。



「・・・・・そこはデートじゃねぇのかよ」



彼は悪態を付きながら刃を収めた。

またもや聞き捨てならない言葉が聞こえたが気にしない。




「あれ??三つ目の質問は??」



わたしはいきなりの態度の変化に戸惑いを覚えた。



「間違いない。オレの知っている優等生サマだ。

 オレとお前しか知らないことを言ってくるとはな。

 後、強いて言えばオレの記憶よりグラマラスなんだが・・・・」



・・・・グラマラス??

そう言えば胸元を凄くジロジロ見られた気が・・・・・



そう言えば胸元の感覚がおかしいような気がしていたが、

気が動転してそれどころじゃなかったし。



ゆっくり自分の胸元に視線を落とした。

さっき引きずり込まれた時に擦りつけられたのかシャツに泥が付いている。

悲しい事にブラのホックが外れていた



・・・・今日、フロントホックのブラをしていたんだよね、わたし。



「ごめん。後ろを向いて。何も言わず、後ろを向いて」



彼は後ろを向いて問いかけた。



「これでいいか?」



「いいって言うまでこっち向かないでよ」



わたしはいそいそと着衣の乱れを直した。

もちろんブラのホックもきちんと止め直した。



「・・・・いいわよ」



彼はこっちを向いた。



「あぁ、オレの記憶通りのいつもの優等生サマだ」






とりあえずお互いの中にあった緊張感は解けた。



「オレには何も聞かなくていいのか?」



「聞くも何もここから出ない限りどうしようもないもん」



彼は少し考え込むと違和感に気付いた。



「・・・・ところでそのなりはなんだ?」



「学校。長期休み前の連絡事項だけだったけど」



「・・・・え?今日学校だった?」



「うん、長期休みは明日からだけど」



彼はあちゃー、やっちまったよと言いたいばかりに頭を押さえる。

まぁ、自分が普段着対し、わたしが制服を着ている時点で

怪しいと思うべきだったかもしれないが、今になってはどうでもいいことだ。




ーーーー多分勘違いしてなければ行くつもりだったな、この様子だと。



わたしは息をゆっくり吐き出すと座り込みたくなる衝動に駆られた。

さすがにパンツが見えるかもしれないから踏みとどまった。



ーーーーよかった。ただの勘違いで。



安心はしているが自分の中で振り上げた拳の行き場を失い、全身に疲れが巡る。



「疲れたー。家帰って寝たい」



「流石に優等生サマもお疲れのようだな・・・・」




・・・・ぐりゅるるる・・・



獣の唸り声みたいな音が聞こえた。



「・・・・今の音、何?」



「気が抜けたら腹が減った」



彼はばつ悪そうに言った。

わたしは疲れのあまり何も言う気力はない。



ーーーーそう言えば・・・



「さっきここに来るときに買ったのがあるから、よかったらたべる?」



「いいのか?」



「・・・・うん」



わたしは座り込んでカバンの中を取り出すと

自分が今食べたいものと飲みたいものだけを手元に置いてすべて彼に渡した。

一緒に買った飲み物も作ったお菓子もだ。



疲れのせいだろうか、今はあまり食欲はないのだ。

その様子を見て彼は心配したのか、お菓子の方をいくつかわたしに渡す。

何かいろいろ聞かれたが構わないとしか答える気力はなかった。




「・・・・さて、腹も満たされたことだし、本題に入ろう」



わたしは貰っていた抹茶ラテを啜りながら頷いた。

なんやかんやで飲んでいたので残っているのが後、一本になった。



ーーーー残りの一本は帰りに飲もう。




「ここまでどうやってきた?理由は必要ない。

 大事なのは経緯だ。まずはバスを降りた。ここからがスタートだ」


今啜っていた抹茶ラテを飲み干すと記憶を呼びお越し、口にした。



「・・・・まず、弟さんに会った。話もした」



「次だ」



「目的地に向かおうとしたよ。向かおうとしたのは間違いない。

そして廃神社を通らないようにしていた。なのに、気がついたら廃神社の前にいて」



彼の顔がだんだん青ざめていくのがわかるが、こればかりは続けるしかない。



「戻ったけどやっぱり廃神社の辺りに出て。

 何回か試してみたけど廃神社のところに出て。

 デバイスもおかしくなって・・・

 怖くなって駆け出そうとしたら何者かに足を捕まれて、

 気がついたら真っ暗なところにいて・・・」



「もういい。捕まれたところはどこだ!?見せろ!!」



彼も感情を抑えるので一杯一杯であろう。声を荒げた。


「待って。自分で見て確認する・・・・」



わたしは恐る恐る自分の右足のふくらはぎを確認した。

今は靴下を履いているからなんともないが、靴下を捲ると黒い手のような痣。

明らかに人間のての形ではない。



全身に恐怖が巡る。



「・・・どうしよう・・・」



わたしは真人(シント)にその痣を見せた。



「・・・・くっ。オレならまだしも、何も出来ない聖羅に・・・・」



どうしょうもない感情を抑えきれないのだろう。

真人は右手を血が滲むまで強く握り締めた。



わたしは本能的に悟った。


----ヤバい!!

これはヤバいぞ!

頭に血が昇っている。しかも、我を間違いなく見失いかけている・・・!?



さっき痣を見せてから真人は自分の右手から血を滲ませてからずっと後悔の念やら怨み言やら口走っている。




こないだの鳥人間の時とか自分を責めまくっていたし、

この勢いだとどうにもできない領域になりかねないと言うか確定。



わたしは心を押し潰している恐怖を全て飲み込み勢いで声を発した。



「・・・・待った!」



真人(シント)はそっぽ向いて怨み言を言うのをやめてわたしの方を向いた。



「ぐだぐだ言ったところで仕方がないよ。

 さっきのこと、もちろん覚えているよね?

 渡した分のうち、一つや二つはわたしが食べるべきだったかもしれない」


わたしは息を大きく吸い込んだ


「それをしなかったのは舞月真人(シント)、わたしはあなたを信じてるからよ。だから・・・・」



----しまった!?言ったのはいいけどまとまらない。



「・・・・わかってる。だが、オレの腹の虫が治まらない」



「そんなの、飲み込んで目の前の事に集中しなさい」


思わず子供に言い聞かせるように言う。


----悲しいことにこんな時の反射神経はいい




「・・・これだけは言わせてもらうぞ。

 聖羅、お前はオレの帰ってくる日常だ。・・・・ちゃんとここから脱出させてやる」



「わたしも言っちゃうけどわたしの日常はあなたがいる日常なの。ちゃんと帰ってこないと怒るわよ」



彼に向かってにんまり笑う。



「・・・・ったく面倒なやつだ」




個人的には言い返したいが限界だ。



「・・・・ごめん。そろそろ限界」



「おい!!しっかりしろ」



「そんだけ冷静なら大丈夫。

 ・・・・約束、守ってくんないと怒るから。

 まぁ、後は煮るなり焼くなりでお好きに」



実を言えば体力の消耗もそうだが、このところ寝不足もあって眠気が限界なのだ。

緊急事態と言えども

全力で命の危険がおよんでいるものでなければ寝てしまうほど

わたしは悲しいことに体力がないのだ。


----真人には悪いが、少しだけ休ませていただこう。



わたしは目を閉じると瞬く間に夢の世界に旅立った。






真っ暗の中、意識は沈んでいく。

背中の辺りに春の日だまりに包まれているような暖かさを感じる。心の奥から感じる安心感。

なんて心地いい気分だろう。




・・・・・



冷たい空気。殺意に溢れた空間。

恐怖と悲しみがそこに内包されている。



「やめろ!やめてくれ!!

 このまま、オレと一緒にこいつを斬れ!!!

 斬ってくれ!!頼む・・・・頼むからよう・・・・」



幼い少年が骸骨でできた棺桶を立たせたような空間に閉じ込められており、

少年は叫びながら懇願している。

泣きそうにはなっているが涙は流していない。



わたしはこの微妙に明るい空間をふよふよ浮いている。



----誰かの記憶?



今何故こんな夢を見ているのかは考えるのはやめよう。

問題はこの夢の状況だ。



まず少年が骸骨の化け物に捕まっている。

骸骨の化け物の前には一人の男が立っていた。



男の方は20代後半から30代くらいだろうか?

少なくともわたしより10才以上は年上だ。



そして、なんとなくだがこの二人似ている。



----親子?



男の回りには3体ほどの骸骨。男の子を捕らえている骸骨の化け物よりは弱そうだ。

男はじっと睨み付けている。



「息子がかわいくないのか?刀の男よ」



骸骨の化け物が笑いながら手を叩く。

それを合図として骸骨達が男に襲いかかる。

反撃することなく刀で防御しているが防御しきれず、骸骨の攻撃を受けてしまう。

身体が突き飛ばされ、フラフラしながら立ち上がる。



「ハハハハ!!そうでないと楽しめないぞ!もっとやれ!殺してしまえ!!」



骸骨の化け物は笑い声をあげながら骸骨達に命令を下す。



「卑怯もの!!もういい!!やれよ!!オレごとやってくれ!!!」



囚われた少年が叫ぶ。

聞こえているかどうかはわからないが男は反応しない。



「黙れ!往生際が悪いやつだ!!」



少年のいる空間の中に紐のようなものが伸びて少年の首を絞める。


化け物が少年に夢中になっている間に

骸骨達の足元に植物の根のようなものが生え、そして根は骸骨達の動きを封じる。

そして、音も立てることもなく骸骨達は砂になって消えた。



一方少年の方は首を絞められそうになってひたすら紐を両手で握り、

足をじたばたさせて暴れている。

しかし、骸骨達が砂になる様を見届けると、ニッと笑った。

そして、彼の首に巻き付いてきた紐に火が着いた。



「真人(シント)!!徒(いたづら)に力を使うな!!」



紐は切れると同時に火は消えた。

少年は息苦しそうにしている。

彼の閉じ込められている空間の空気がかなり少なくなってきたのだろう。

多分、幾度となく叫んできたせいだろう。



----あの子供が真人ってことは男の方は真人のお父さんってことね・・・・




「愚かものが。わざわざ自分の首を絞めることをするとはな」



男は骸骨の化け物を睨み付け、黙ったまま刀を構えた。

その身体は傷だらけでフラフラしている。

おそらくあの骸骨達にやられたせいだろう。



一方少年の方は空間の空気がかなり少ないため、もう息絶え絶えだ。



このままだと二人とも死んでしまう。

そう思った刹那、奇跡が起こった。




突然、骸骨の化け物に光が襲いかかった。

光と言うより複数の狐だった、それも10匹はいた。

骸骨の化け物が身体の中に作っていた空間が破壊された。その隙に少年は急いで逃げ出した。

少年は直ぐに父親の近くの物陰に隠れた。彼はそこで息を整えていた。

骸骨に襲いかかった狐達のうちの何匹かは少年を守るように彼を囲っている。




「・・・狐どもめ!!!」



骸骨の怒りの声が響く。頭がキーンとする。少年とその父親は急いで耳を塞ぐ。



----カラカラ。



軽い音。骸骨の頭の中に何か石のようなものが見える。



----石にしては規則正しい形をしている宝石の類だろうか?



何かわからないけど頭の中にそれが浮いているのが見えるのだ。




----まさか、この石みたいなのが弱点だったりして。




事実の確認は取れないまま、この戦いは刀の男の一撃で終わりを告げることになる。



少年が物陰に隠れると同じタイミングで骸骨の化け物の足元には植物の根が生えた。



「---!?

 馬鹿な!!ぐわぁぁぁぁぁ!!!!」



そして強烈な光が現れ化け物は悲鳴をあげる。



----斬ッ




化け物は男(真人の父親)の一撃で真っ二つになった。

そして化け物は砂になって消えた。

しかし、その足元だった場所にはさっきわたしが見つけた奇妙な何かがあった。



----なんか嫌な予感がする。



「・・・・・・」



「・・・・・・」



二人は顔は合わせるが会話をする様子がない。

仲は然程良くないようだ。



男の方が先に去り子供の方が残される、いや、自分で残ったのだろう。



しばらく経つと彼は声を荒げた。その内容は父親に対する不満だった。

一頻り父親に対する不満を吐き出した後、彼は大声で泣き出した。



彼には怖いとかそういう感情より自分の弱さや考えの甘さ、後悔の気持ちの方が強かった。



しばらく経つと少年は涙を拭い、走り去っていった。



----立ち直ったみたいでよかった。




・・・・・ククク・・・・・



なんか不気味な笑い声がする。はっきり響いている。



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