第一章 醒(めざめ) 前編
わたしは目を疑った。
そこには有り得ない存在がいたのだ。
――――まず、さかのぼること数時間前。わたしは別の場所にいた。
その場所とは、公立琲摂(はいどり)中高一貫校『中等部』。そう呼ばれる塀に囲まれた、いわゆる学校と呼ばれる場所。
その敷地内に存在するある建物(つまり校舎)3階にある教室と呼ばれる空間に、
わたしはいた。
解散の合図とともにわたしは『3-9』という文字が書かれた札が、
かかっている引き戸から廊下に飛び出し、そのまま駆け出した。
すばやく人と人との間をすり抜け、出口にある靴箱で履物を換える。
靴箱からいつも愛用しているスニーカーを取り出した。それと同時にひらひら、何か白いものが複数宙を舞ったのが見えた。わたしはその白いものを無視し、愛用のスニーカーに履き替え、早足で校舎を出た。そして、校門を出て、ライナー乗り場に続く通路を進んだ。
ライナー乗り場についたとたん、アナウンスの声が響いた。
「はいどりがくえんちゅうとうぶまえ~~!はいどりがくえんちゅうとうぶまえ~~!」
ーーーー間に合った!わたしが乗りたいと思ったやつだ!!
わたしは乗り場に来たライナーの行く方向を確認するとそのまま乗り込んだ。
5分ほど経過すると目的地についたアナウンスが流れた。
「らいようちょう~~!らいようちょう~~!」
わたしは降りるべき乗り場かどうかを確認するとライナーを降りて、そのまま乗り場を出た。
出るとほぼ同じタイミングで友人用に設定してあるコール音がした。
ーーーークラスメイトのイノリンからだ。
わたしは制服の胸ポケットに入れていた封筒サイズの機械を取りだし、操作した。
ピンク色のかわいいしゃれた飾りがついている機械を顔にあて、コールしたイノリンと会話を始めた。
『くなちゃん、今どこ?』
「ごめん、さっきライナー降りたとこなんだ」
『そうなんだ。あれ??もうついたの??』
「うん!」
『ところでくなちゃん、今日の身体能力検査の結果はどうだっけ?』
「いつもどおり、BとCのあいだくらいだよ」
『にしては速くない?』
「いわゆる火事場の馬鹿力ってやつ!偶然に決まってるじゃん」
『・・・だよね。じゃね』
イノリンはわたしの行動の早さに不信感を抱いたかもしれないが
強い主張に納得したのかわたしを解放した。
家にたどり着いたわたしは何食わぬ顔で我が家の門を開いた。
ーーーーさぁ、説明するとしよう。ここは來殀町(らいようちょう) と呼ばれるやや静かな住宅街。わたしが今住んでいる家がある場所である。
時期は、世界を大きく震撼させた大きな戦争が、
終わってから幾世紀か過ぎた夏の日の頃と言えばいいだろうか 。
わたしはさきほど学校から家に帰りついたところだ。今日は大急ぎで帰ったのだ。
何故急いでいたかと言うと長くなる。
とにもかくにもわたしは昨日の夜から干しっぱなしにしてた洗濯物を入れないといけないのだ。
わたしの家は一人で住むにはやや大きな一戸建てで、庭は洗濯物を多少干せるくらいの広さしかない。
仮に両親込みで三人で住むにしてもちょっと広いかもしれない。
そもそもなんでそんなこと(洗濯物を取り込む) をしないといけない事態になったのは理由がある。
まず1つ目、わたしが朝少し寝坊してしまい、洗濯物をとりこむ時間がなくなった。
2つ目、わたしが普段つけている下着のデザインがちょっと難ありらしいが、それは問題ない。
そして、3つ目の理由。これが大問題だ。
下着そのものはわたし個人は結構可愛いと思っているが、
見る人によっては派手だとかはしたないとかいろいろ文句言われることがあるので
さっさと仕舞わないといけないのだ。
特にうちの学校に永いこと生息していらっしゃるご年配の女性先生がそんなことを言ってくるのだ(ここでオバタリアンとか言わなかったわたしはエラい!)。
わたしは玄関の鍵を開けて扉を開けてカバンを投げ入れ、玄関から庭の方に急いで回った。
庭はリビングから出られる。指紋認証で鍵を開けてそこから急いで洗濯物を突っ込む。
一息ついて改めて庭を見たのだ。
ーーーー人?人だよね?
胸ポケットに入っているデバイスを握りしめ、 見慣れないそれに近く。
デバイスとは封筒位の大きさの機械で、これ一つで身分証明、外部通信、買い物の支払いなどができる機械だ。
近くのレスキューにすぐコールできるように操作しておく。
周りに注意を払い、ゆっくり近いた。
「・・・・腹、減った」
微かだが聞こえた。
他にも何か言っていたようだが
わたしにはそれしか聞こえなかった。
「え??」
わたしは驚きの声を上げた。
わたしはそのまま行き倒れの人物を家に上げ、食事を用意した。
着替えてくるから食べて待つように言うと二階にある自分の部屋に 入った。
着替える服を用意しながら部屋に置いてある姿見を見る。
姿見に写った姿の人物はやや低めの身長、
長く伸びた焦げ茶色の髪の毛は腰近くまである。
ヘアゴムは学校にいる間しかつけないからあまり癖はついてない。
最近困ったことに胸元の成長がやや早いのでひたすらブラで抑えて いる。
顔つきは割りとどこにいる感じで決して可愛いと思うことはない。
ただ肌の色は他の友人より白い。
まぁどっかの誰かさんみたいに目付きが悪いとかそんなのは特徴はない。
ただなんとなくそこら辺いるような気がする女の子の顔である。
制服である水色のスカートと紺の棒タイがついた半袖の白いカッターシャツを脱ぎ、
ポケットに入っているものを大型端末を置いてある机の上に並べた。
灰色のスラックス系のズボンを履き、
紺色のインナーを着て
七分袖のパステルイエローの薄手のカーディガンを羽織る。
そもそもわたし自体が何故一人暮らしをしているのかと言うと
ノースユーロで仕事が忙しくてなかなか来れない両親を待っているためである。
ーーーーまぁここ最近は連絡を取れてないけど。
と言うことはわたしはいわゆる生粋の日本人ではなく、
日本に住んでいるノースユーロ人ってことになる。
だからどうした?というわけではないが、
多少の肌の色の違い、 文化の違いは気にしないのだ。
ーーーーまだ国籍が日本じゃないからいろいろと嫌な想いをすることはあるけど。
わたしの制服のポケットに入っている自分のデバイスを手に取った。
実はさっき庭でもう一台デバイスを拾ったのだ。
黒い革製のケースに入ったデバイスで、 型はわたしのより古いので、大きいし少し重たい。
拾った方を操作をしてみるが指紋認証式の動作制限がかかっており、どうしようもない。
ついでにいうとハウリングも出来そうにない。
ハウリングというのはデバイスを二台並べて特定を操作を行うと
できるデータのやり取りのことだ。
ケースをちょっと触っていろいろ見てみる。
隠れてはいたがsinと言う銀色の文字を見つけた。
これが何かの手がかりになると有り難いが、今はわからない。
下のリビングで待っているどっかの誰かさんが大人しくしているか
気になって来たのでわたしはそっちに行くことにした。
「ーーーーあぁ、食った食った」
彼は満足した顔でわたしの方を見た。
「あなたね、それ、わたしのお昼御飯と晩御飯だったんだけど」
あの後レスキューを呼ぼうとしたが
そこまでする必要はないと言われた。
しかし、余りにも空腹だったようなので、
彼を家に上げて食事を与えたをところである。
とはいえ見ず知らずの行き倒れなら
問答無用でレスキューと警察をセットで呼ぶところ。
しかし困ったことに彼はわたしのクラスメイト、
舞月真人(まいつきしんと)である。
今は笑っているから問題ないだろう(あと空腹が満たされたのもある)が、
いつもは機嫌が悪そうにしている。
彼の場合、目付きが悪いからそうみえているかもしれないけど。
「わりぃ、この詫びは今度するよ」
「まぁ、いいわよ。このところテストで間食多かったから問題ないよ」
事実だが、ただの強がりでもある。
わたしは二個目の栄養食ゼリーを啜りながら応えた。
一応わたしもお腹空いている事実を主張している。
言わば無言で後でなんかいろいろ聞くつもりだから
今は不問にすると言っているようなものだ。
ーーーー彼がその事に気付いているかどうかは別として。
学校の方はと言うと、今日は身体能力検査で早々と終わった。
解散!遊びに行こうぜ~!といきたい気分だが、
どっかの誰かさんが来なかったものだから
現在進行形で大変な問題が起きている。
そのどっかの誰かさんと言うのが
今わたしの目の前に座っている男、真人(シント)である。
「それで、聞きたいんだけど、
なんであんなところに倒れていたの?」
わたしは真っ先に聞きたいことを口にした。
----そもそも、何故そうなった事実をわたしは聞きたいのだ。
と言うのも現在独り暮らしの身分。
年齢も今年の誕生日で15歳を迎える年頃の女の子である(言っておくけどわたし、まだ14歳なのよ)。
当然の事ながら、防犯の都合上穴があったら困るのである。
「・・・・さぁな」
「・・・さぁなじゃないでしょう。教えなさいよ」
彼の言葉をオウムのように返したところで求めている答えは返ってこないのはわかってると
「んじゃ、例外だ。今回の事はオレからしても事故のようなものだ」
ーーーー言わんこっちゃない。
「・・・・例外ね。流石、古典文学オーバースコアで
身体能力検査オールDの男は言うことが違うわね」
当然、畳み掛けるかが巧みにかわされる。
目の前の彼に対する怒りの感情が沸々と湧く。
・・・・ほかの教科の成績では負けることはないのに。
この男の場合、古典以外の教科については
成績は芳しくない。
「・・・んじゃ、これなんなのかしら?」
さっき庭で拾ったデバイスを見せつける。
「げっ!?おれの!?聖羅!まさか!?」
彼は青ざめた声を出した
ちなみに聖羅とはわたしの名前。
正確に言えばわたしの名前は聖羅くなせ。聖羅は名字である。
「いやーね。まだ、何もしてないわよ」
「何もしていないってなんだ!?
天下の優等生サマが、
何サラッと怖いことを言っているんだよ。
オレのデバイスを返せ」
「ほい」
ありのままの事実を述べているものが、
それに対する声は怒りより呆れの方が濃い。
彼の差し出した手に黒いケースに入ったデバイスを差し出す。
「・・・ったく、通りで見ないと思ったら
んなところにあったのかよ」
彼はそれを受けとると
自分のデバイスをポケットにしまった。
「・・・・ところでこの後どうするの?」
「あ?家に帰るのに決まってるだろう」
「まぁ、いいけど。今日、何の日か知っていた?」
「・・・あぁ、身体能力検査だろ?
例のめんどくさい先公が来る」
彼の言葉に苛立ちが走る。
そのめんどくさいという言葉に同意しかない。
「そうそう。今日あなたが来なかったから
あの先生、大変な事になっていたわよ」
「どうせ、いつものことだろ?」
苛立っている彼に対して冷静に事実を突きつけた。
「いやいや。今日は最悪な事にいつもより酷かったわよ。
学校の他の先生はあなたの家族に連絡取っていたし、
担任の先生は例のプロフェッサーに絡まれてゾンビ状態」
彼がめんどくさいなぁと言いたい顔だったが、
だんだん引きつってくる。
身体能力検査には毎回近くの大学の偉い教授が、やってくる。
わたしたちはこの偉い教授のことをプロフェッサーと呼んでいる(そのままなんだけど)。
んで、このプロフェッサーのお気に入りが
彼っていうわけである。
わたしはそれに構わず続ける。
「まるで何年もあってない恋人に会いたいみたいな状態に
なっていたわ。まぁ、お陰様で
今この辺り一帯にプロフェッサーのカメラボールが
たくさん巡回して凄く気持ち悪いことになっているんだけど」
「う・・・」
何か嫌な事を聞いたぞと言いたい顔になっていた。
ーーーーまぁ、事実だけど。
というか言っている方も嫌気しかしない。
「だから今ね。下手に外に出るとあのプロフェッサーに地の果てまで
追いかけられることになるけどそれでいいの?」
脅しでも何でもない事実である。
わたしは起こり得る事を冷静に口にした。
「・・・クソ・・・シャレにならねぇ・・・」
真人(シント)はひきつった顔だ。
「更にお陰様でこの後遊びに行くって予定だったのが、
パーになった子がたくさんいるのよ。
言うまでもなくわたしもその1人。
だってこんな状況だよ?
気持ち悪くて出掛けたくないわよ」
「・・・うっ・・・それは悪いことした・・・」
「別にそれについて謝る必要ないよ。
そもそも担任の先生から言われてるし、
あのプロフェッサー、気持ち悪いから
あまり協力したくないもん」
そもそもそのせいでその担任の先生も
大変なことになりかけているし、
もしかしたら人体実験のサンプルに
されるかもしれないと言う危惧の上で
クラスメイトたちは動いていたりする。
ーーーーまぁ、当の本人は知らないけど。
「そいつは有難い」
「まぁね。これがもし、この対象が女の子なら犯罪だわ。
即刻警察に通報よ。
それは置いといて。いくらなんでもあなたの結果は異常じゃない?」
確かに彼の身体能力検査の結果はオールDだ。
しかし、このDはデキが悪いと言う意味のDではない。
異常に優秀・・・・つまりドーピングのDだ。
そりゃ、こんな逸材がいたら
研究大好きな人間は胸をときめかすだろう。
件のプロフェッサーがこの男を気に入っているのもわかる。
彼はわたしの言葉に対してサラッと返す。
「常日頃の鍛練の賜物ってやつだ。気にするな」
「どこをどういう風に鍛練したらそうなるわけ?」
「さぁな」
彼は巧みにかわす。妙にいたずらな笑みを浮かべている。
ーーーーこんなことされた日にはわたしの
探究心が満たされるまで付き合ってもらうわよ!と言いたくなる
「さぁな・・・じゃないよね?」
「おいおい、そこまで言うと思うか?」
その言葉に対し、つい昂った感情に任せてわたしは自分のデバイスを取り出した。
「じゃ、不本意だけど今この場で学校に連絡しようかしら?
先生、ここにいまーすって」
「・・・わ、わかった。それだけはやめてくれ」
・・・通報は余程嫌なのだろう。
彼は青ざめた顔でわたしを見つめた。
「ごめん、今のは冗談。そもそもあのプロフェッサーに
あなたを引き渡す気はないから」
わたしが取り出したデバイスを仕舞うと
彼はホッとしたようだ。
「だけど、しばらくおしゃべりには付き合って貰うわよ。
わたし、今日は暇だから」
「おい」
彼は疲れた顔でわたしを見つめる。
「当たり前よ。わたしも出掛ける予定がポシャった1人だから」
そう言い放った後、デバイスから機械な音が奏でられた。
ーーーー誰かがわたしにコンタクトをとろうとしているんだろう。
デバイスの表示をみる。
ーーーー担任の先生だ。なんだろうか?
人差し指を立てた状態で唇に当てて、
彼を見つめた後、わたしはデバイスを操作した。
「聖羅です。先生、どうされたんですか?」
『聖羅、舞月がどこにいるのか、知らないか?』
先生の声は明らかに疲弊していた。
何かあったのだろう。
というか100%プロフェッサーのせいだろうけど
「いいえ、知りません」
冷やかに応える。
わたしの目の前にその探し物はあるが。
「そうそう、先生、こないだの近代史のテストの問題で
ちょっと気になるところが・・・」
続けて別の話題を口走る。
内容については事実だが、先生の気を反らす意図も兼ねている。
『聖羅、すまないが、今日は質問に答えられない。
後でいいからパブリックボードにある連絡事項を見るように』
ガチャッ。
先生は搾るように話をすると
力尽きたようにコンタクトを切った。
ーーーーなるほど、パブリックボードに情報を載せたわけか。
「どうだった?」
真人(シント)はマジマジとわたしを見つめる。
「やっぱり、先生、声が死んでた。それとパブリックボード見ろって」
わたしはデバイスを操作し、
ネットワーク上にあるパブリックボードを開く。
パブリックボードとは学校が各クラスに与えたクラスメイトと
担任の先生しか見えない連絡掲示板である。
どうやらなんとかして
例のプロフェッサーに内緒でわたし達に連絡したかったのだろう。
担任の先生も生徒を守るため大変である。
パブリックボードを開いてみたら
文章の内容が暗号になっている投稿をみつけた。
もしも見られた時の対策だろう。
しかも投稿者が謎解きが好きなクラスメイトの男の子になっている。
まぁ、これなら少なくとも怪しまれることはないだろう。
多分帰りがけに捕まえてお願いしたのだろう。
つまり、先生はわたしにこの暗号を解いて連絡事項として
改めて投稿しろと言いたいらしい。
「まぁ、やるしかないわね」
わたしは棚の上に転がしているメモ用紙とペンを手に取り、
パブリックボードの暗号を解き始める。
まぁ、暗号といっても大したものではなく割りとあっさり解けた。
とりあえず、先生からの連絡事項と称して
パブリックボードに投稿した。
「・・・・なぁ、連絡事項ってなんだった?」
恐る恐る彼は口を開いた。
ちなみに彼は数少ないパブリックボードを見ない人間だ。
ましてや投稿することまずない。
「連絡事項?大したはないわ。あのプロフェッサー、
さっき帰ったからカメラボールは撤収されているって」
厳密に言うと帰る予定時間と撤収予定の時間だが、
その時間から半時間過ぎているから
そういった方がいいだろう。
さすがにあまりにも長時間カメラボールを飛ばしたり
学校にいることに対して咎められたのだろう。
「・・・・はぁぁ、安心した」
彼は肩で大きく息を吐く。
「安心するのはいいけどさ、
結局身体能力検査、別途で受けないといけないから、
そこら辺は先生と相談しなさいよ」
当然だが、一応釘は刺しておいた。
「・・・・あのめんどくさい先公が
来なければなんでもいい。近いうちに相談するよ」
彼の場合、ここまでくると嫌悪と言うか
むしろ拒否のレベルである。
同意しかできない。
「とりあえずあのプロフェッサーが帰ったことだし、
お祝い兼ねてプリン買ってくるわ」
「オレが行こうか?」
真人(シント)は嬉しそうに声をあげた。
ーーーーしかし、わたしはその手には乗らない。
「真人、申し出は有難いけど、あなたはこの近所のことわかってないと思う。
それにとんずらするだろうから、ダメ。
大人しく待ってなさい。すぐに帰ってくるから」
わたしは、デバイスと家の鍵をポケットにしまい、
そのまま玄関に向かった。
底の厚いサンダルを履くと玄関の扉に手をかけた。
少し出掛けるには遅い時間帯だが、
今は夏場で日入りが遅い。
その上、行くのは歩いて10分もかからないちょっとした商店。
買うものはわたしと彼が食べるプリンとちょっとした飲み物だけ。
これくらいならわたし1人で上等だ。
玄関の扉を開けると、それはいた。
全身真っ黒な影のような生き物。
大きさとわたしと同じくらいか少し大きい位だろう。
その姿は例えるなら鳥人間が
大型トラックに轢かれてそのままの状態に立っている。
まともな生物であれば明らかにおかしいと言える歪んだ骨格をしている。
顔には嘴、背中には羽根のようなものが生えているように見える。
それは不気味に笑いかけた。
「オマエ、ケサ、ミツケタオンナ、
イイオンナ、キョウノニエ、スバラシイチソウニナル」
ーーーー何を言っているの?
素晴らしい?チソウ?ニエ?
あまりにも状況が理解できてなさ過ぎて、足が動かない。
それは嗤ったまま続ける。
「イマナラ、カタナノオトコノジャマガハイラナイ。
キョウシュリョウサマニササゲルサイコウノクモツ」
ますます何を言っているのか理解できなかった。
ーーーーこれはヤバい。
わたしの勘が囁いている。
次の瞬間、わたしは渾身の力で叫んだ。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
「どうした!?」
リビングから響く彼の声。
叫び声を合図に目の前の化け物がすり寄って来る。
咄嗟に身体を倒し、少しでも距離を取るべく恐怖で動かない身体を
無理やりに動かし後ろに下がる。
声を聞いて飛び出してきたのだろう。真人の姿が目に入った。
「ーーー!?」
化け物の動きが止まった。
そして、次の瞬間それが言ったカタナノオトコの意味をわたしは理解する。
ーーーーバンと言う鈍い音。
わたしに襲いかかろうとしたそれは真っ二つに斬られ、
黒い霧になって消えた。
彼は得物を鞘に納め、なにも言わず玄関の扉を閉め、鍵をかけた。
彼は振り向き、わたしの様子を確認すると
「今はここにいない方がいい。リビングに行こう」
わたしは頷くと促されるまま、リビングに戻り
奥に置かれているソファーに座った。
彼はリビングの扉の前に立ってわたしを見ている。
と言うより見守っていると言った方がいいであろう。
わたしは頭の中を整理した。
まず、プリンと飲み物を買いに行こうとした。
そこは問題ない。ごく普通の当たり前のできことだ。
そして、玄関の扉開けたら鳥人間の化け物がいて、襲われかけた。
その時、できた唯一の抵抗手段は叫ぶことだけだった。
幸いにもたまたまリビングでわたしを待っていたクラスメイトの男の子が
飛び込んでそいつをやっつけた。
ーーーーこれが一連の流れだ。
・・・・もしもだ、この場に真人(シント)がいなければ、
わたしはどうなっていたのだろうか?
仮に彼がいてもさっき化け物を真っ二つに斬った刀のような対抗手段を
持っていなければ・・・・・・
わたしは認識してしまった。
さっきの化け物がわたしに与えようとした何か。
心のそこから沸き上がる恐怖。
わたしはさっきの化け物を見た瞬間から
何も理解できなくなっていたのだ。
ーーーーそして、今やっとそれを理解してしまった。
身体の奥底から沸き上がる恐怖の余り、
涙が零れ出す。声が震え、泣き叫ぶしかなかった。
「うああぁ!!こ、怖かったよぉ!なんなの?あの鳥人間!
大型トラックに轢かれたみたいな気持ち悪い骨格でさ!
キョウノニエとかチソウとか変なことを言ってきてさ・・・」
溢れ出す感情。
上手く紡げない言葉も一緒にあふれ出し、
なかなか止まらない。
「わたし、あなたがここにいなかったら、死んでいたんだよね?
ねぇ、なんなの?あれ?ねぇ、教えてよ!あれは一体なんなの?
わたしは悪いことしたの?わたしは
クラスメイトと一緒にプリンを食べることすら
許されないと言うの?教えてよ?ねぇ!!」
問いただすような言葉に対して彼は黙っていた。
わたしはしばらく彼の目の前でひたすら泣きじゃくっていた。
しばらく泣きじゃくるとわたしは我に帰り、彼を見つめる。
「・・・ごめん。恥ずかしいところを見せちゃった」
「いや、謝るのはオレの方だ。こんなことになってすまない」
真人(シント)は謝った。
何を言っているのだろう?真人は悪くない。
わたしは真人のお陰で助かったのだ。
何故、悔やむ必要があるのだろう?
わたしは恐る恐る口を開いた。
「・・・明日、学校休みなんだよね」
「あぁ、曜日的にな」
真人は少し冷やかに応える。
多分、いろいろ1人で考える事があるのであろう。
「こんなことに言うのはなんだけど・・・今日泊まって」
「・・・・はぁ?」
真人はこう言いたいのだろう。
ーーーーこいつ、何言ってるんだ?
「ほら、またああいうのが襲ってこないとは限らないよね?」
「それはわかる。しかし少なくとも明日の朝まで外に出るか
窓を開けることをしなければ大丈夫だ」
「・・・・わたし、独り暮らしなの知っているよね?」
「噂で聞いてたが本当だとはな・・・何が言いたい?」
「だって、1人は怖いもん」
あまりにも直球な回答に真人は顔をしかめた。
「・・・わかってて言っているよな?
オレ、こないだの誕生日で15才になったケダモノだぜ?」
「そのくらいわかっているわよ。
言っておくけど、わたしに何かあったらあなたも困るのよ?」
彼はしばらく黙ると口を開いた。
「・・・確かにそうだ・・・」
もう一押しだ。
わたしはリビングの棚に手を伸ばし、探し物を始める。
「・・・何を探している?」
「こないだ買った新作のゲームを探しているの。わたしも嗜む程度にやるから」
「・・・まさか・・・」
「えーと、これがこないだ出たフロンティアハンターズの新作で、こっちが・・・・」
わたしは知っている。
この男、実はかなりのゲーム好きで今は何らかの事情でしないらしい。
かなりやりたい気持ちが抑えられないときがあるらしく、
たまに公共端末で情報を見ていたりする。
因みにわたしはその現場を幾度なく目撃している。
テーブルの上に数本程度並べて懇切丁寧に、説明しながら見せつける。
どれも新作で好きそうな作品ばかりだ。
彼はそっぽを向きながら話を聞いているが明らかに身体が震えている。
「・・・・いいの?今、この機会逃すと出来ないかもよ?」
「だぁぁぁ!!!もう泊まっていってやるよ!」
自棄になった真人(シント)の声が響いた。
「やった!」
わたしは小さくガッツポーズをした。
「そうと決まれば早速準備しなきゃ」
わたしははしゃぐ気持ちを隠しきれないまま、立ち上がった。
「準備って言っても、外には出掛けるわけにはいかないだろ。
大体どーすんだ?」
真人(シント)は顔をしかめながら口を走らせた。
わたしはキッチンにあるディスプレイにスイッチを入れ、起動させる。
「ウェイバーツールがあるから大丈夫ー!」
わたしは笑顔で答える。
「あ???うぇいばーつーる??」
「これはわたしみたいな独り暮らしの女の子の味方。
配送料はちょっとかかるけど
特定の近所のお店から欲しいものが送られるツールよ」
「家にいながら買い物ができるってやつか?」
「そうそう。わたしの場合はボックス対応だから
使えるお店の種類は限られているけどね」
「その手合いはそもそも玄関開けないと
商品を受け取れないじゃないのか?」
「大丈夫ー。キッチンにボックスの受け取り口があって
そこから受け取るから玄関は開けなくても大丈夫」
「・・・言っている意味がわからん」
「つまり、好きなものを頼んでしばらくしたら
キッチンにボックス受け取り口に
それが届く秘密兵器があるのよ。理屈は深く考えない」
「はぁ・・・」
わたしは不服そうにしている彼を無視して話を進める。
「この時間帯で頼めるものは・・・・マックスバーガーでいい?」
この近所にある大手のハンバーガーショップだ。
わたしもときどきお世話になる割とお手頃価格なところだ。
「あぁ、いいぜ」
ディスプレイを操作してマックスバーガーで
注文する画面を出した。
「わたしが欲しいのを頼んだあとで呼ぶから
自分で欲しいのを頼んで。わからない事があったら言ってね。説明するから」
「わかった」
わたしは自分の頼みたい物を頼んだあと、
彼を呼び、操作の仕方を教えた。
「なるほど、タッチしていろいろ選べるようにできているわけか」
「そー言うこと」
彼はひたすらパネルを操作している。
「ところで金はどうなってるんだ?」
「わたしのデバイスに入っているので払うから、気にしなくていいよ」
・・・・こないだ、あれこれ買いすぎたから実はちょっと厳しいけど。
「・・・ふーん」
彼は画面を端から端まで観察すると思い付いたように操作をし始めた。
「・・・なるほど」
彼が夢中になって操作をしているので、離れて片付けやら準備をすることにした。
しばらくして聞き慣れない電子音が聞こえたのでわたしは彼の方に駆け寄った。
「終わった?」
「あぁ、混んでいるらしいから時間かかるってさ」
彼は手に持っていたデバイスをポケットに入れた。
「・・・・えーと、なんか聞き慣れない音が聞こえたんだけど」
「さっきのことがあるからな。それでも足りないからな」
「・・・・・まぁいいけど」
わたしは目を丸くした。
どうやら設定いじって払ってくれたらしい。
わたしは出すつもりだったけどなぁ。
「あ、そーだ。わたしの家にはあなたが好きそうなジュースとか
ないからそれも買っておくね」
なんか恥をかかされた気分になったので、
とりあえず別のところで買い物をすることにした。
「どこで買い物するんだ?」
「ファインファインってとこ。あの店、わりといろいろ置いてあるから」
「あぁ、あそこか」
彼は続けた。
「すまないけどオレもそこで買い物させてくれないか?」
「いいわよ」
わたしは了承した。
ーーーー別に気を使わなくていいのになぁ。
彼はわたしの気も知らないで
どんどん画面を変えていく。
「へぇ、いろいろ置いてあるんだ。薬とかも買えるんだ」
「わたしもいろいろお世話になっているんだ。
この時間帯だとスペシャリストさんがいるから
いざとなったら相談もできるし・・・」
彼はパネルをいろいろ操作して眺める。
「そーいや、お嬢さん、プランBはご入り用かい?」
「いりません」
わたしは冷たく返した。
「おいおい、冗談だ。本気になるなよ」
彼の声を尻目にわたしはこの後の準備をした。
リビングにゲーム用のデバイスをセットし、ヘルメットのような機械を二つ用意する。
ギアデバイスと呼んでいる機械で一時的にゲームの世界に入り込める機械だ。
ただし、脳の負担が大きい為長時間使用は出来ない。
対戦ゲームのパッケージとさっき見せたゲームのパッケージを並べておく。
「おーい、後ニ時間半くらいかかるって」
またもや聞き慣れない電子音がしたような気がしたが、敢えて聞かない。
彼はキッチンからリビングに移動し、ギアデバイスを手に取りながら座った。
彼にとって物珍しいのか興味津々のようだ。
「せっかくなので、対戦をしようかなって?」
「なるほど。オレも腕に覚えがあるぜ」
真人(シント)は笑う。
「まぁ、それは使ったことはないだろうから慣らした方がいいかも」
「へぇー、それは面白そうだ・・・」
彼に簡単に使い方を説明した後、わたしはシャワーを浴びることにした。
ーーーー嫌なことがあったんだ、気分転換しよう。
シャワーを浴びる準備をしていると電子音がした。
ーーーーなんだろう?ファインファインから??
デバイスに届いたお知らせを開きながら、物思いに耽る。
お知らせを読んだ瞬間、驚きの声を漏らしかけた。
ーーーーさっき、すごい買い物をしている!?
金額もスゴいけど、内容もすごい。なんか、メチャクチャ買っている・・・
えーと・・・・リサイクルボトルのジュースに、絆創膏の類に痛み止め?
ファインファインからのお知らせを隅から隅まで目を通した。
・・・・流石にプランBはなかったので安心した。
なんか、プリンとか抹茶ラテとか
明らかにわたしが好きなものが入っている。
ーーーー何故に?
いろいろ頭に過ったが待たせるのは良くないので
デバイスを着替えの上に置いてシャワーを浴びた。
シャワーを浴び終わり、比較的ラフな服装で
リビングに行くと、彼は慣らし作業を楽しんでいた。
「さっき、考えていたんだけど、あなた、あの鳥人間を追ってたのね?」
「あぁ。昨日の夜、仕留め損ねたからずっと探していたんだ」
「んで、朝方、疲れて人の家の庭で倒れたと」
「そういうことだ・・・・って何を言わせるんだ!?」
真人(シント)はやっとわたしの存在に気づき、怒りを露にした。
「いやぁ、ゲームのナレーションかなんかだと
思って話してくれるかなと思ってさ」
「まさかオレを騙すとは・・・」
「騙したつもりはないけど」
「よし!このオレと勝負だ!!泣いて謝っても許してやらないからな」
どうやら慣らし作業で手ごたえを感じたらしく
相当自信があるらしい。
わたしはもう一つのギアデバイスを
手に取り、彼に勝負を挑んだ。
一時間後。
「・・・・なんだと?オレが負けるなんて・・・・」
彼にとっては想定外の出来事だったのだろう。
彼の身体は悔しさで震えていた。
ーーーーまぁ、わたしにとっては当然の結果だが。
「もう一回勝負だぁぁ!!!」
ーーーー子供か!!?
思わず心の中で突っ込んでしまった。
まぁ、自信があったゲームで大負けしたんだ。
悔しかったんだろう。
敢えて何も言うまい。
わたしは大人の対応した。
「はいはい、脳に負担かかるから今日はこれでおしまい!」
わたしはギアデバイスを外した。
「勝ち逃げじゃないか!?・・・・なぁ、もう1セットだけ」
「ダメなものはダメ!
それに言ったら、いつでも相手してあげるわよ」
「え?マジ??」
彼の目がキラキラ光る。
あきれながらわたしは続けた。
「少なくとも今度は長期休みの課題が終わってからね」
「・・・やっぱり」
彼はうなだれた。
キッチンから電子音が響いた。
「届いたみたいよ。食べよっか」
届いたボックス中身を互いに回しながら、
わたしたちは、食事を始めた。
その後、始めたのは他愛もない話だ。
クラスメイトと言うのもあって、お互いに話題するのは
担当の先生たちやクラスの子達の話がメインだった。
わたしも彼もクラスで多少浮いていたところもあったので
そういうところで気があったのだろう。
「・・・あぁ、久しぶりに人前ですごく笑った」
「まぁ、優等生サマもどこにでもいる女の子だったってことか」
「意外だった?」
「当たり前だ。あのお澄まし顔の下にある素顔を
知れたんだから悪い気はしねぇ」
「・・・・このまま、時間が止まればいいのに」
ーーー気の緩みからポロっと出てしまった・・・・
わかっている。自分が何を言っているのかも。
「どうしてだ?」
聞き捨てならないと言いたいがばかり、彼は返す。
「思い出したくはないんだけど、
あの鳥人間がさ、変なことを言ってたんだ」
「なんだ?話してみろ」
わたしは搾るように心の中にあった恐怖を口に紡いだ。
「・・・しゅうりょうさまにささげるくもつ・・・
わたしのことをそう言ってた」
はっきり聞こえた。今でも耳に残っている。
「そいつは、オレが叩き斬った。
それははっきり覚えてるだろ?」
「確かに斬られて黒い靄になって消えた。
それははっきり覚えている。
でも!あいつには仲間がいて、その仲間がこの後来るかもと思うと・・・」
心に刻まれた恐怖に支配されるがまま、
言葉を発するしかわたしにはできなかった。
「心配症だな、優等生サマは」
真人(シント)は遮るように言った。そしてそのまま続けた。
「言われてみれば後何時間かすれば、草木も眠る丑三つ時だ。
まぁ、そいつらが活発になる時間だ。というものの、仮に来るとしてもいいところ4、5体程度だ」
彼はさらりと言い放った。
「そのくらいならオレがやっつけてやる。安心しろ」
「・・・・・」
わたしは何も言えなくなった。
ーーーもし、そいつらが大群で来たらどうするのよ?
と言いたかったが飲み込んだ。
「明日の朝には今日あったことは全部悪い夢になってる。
そいつが何を言ってたか、もう気にするな」
確かに真人(シント)の言う通りだ。
仮に何事もなく時間が過ぎ、朝になれば悪い夢となる。
わたしは、言葉が出ないあまり思わず
リビングのディスプレイのリモートコンソールを手に取った。
「・・・わたし、変なことを言っちゃったからなんか気晴らししようか?コンテンツムービーでも見る?」
「そういうのは悪くないな・・・って」
彼は画面の方に目をやったのだろう。
「・・・一昔の恋愛ロマンスものチョイスするとかどんたけ動揺してるんだ?大丈夫か?」
大丈夫じゃないことは自覚している。
どうしようもない感情が渦巻いていて、それをひたすら抑えるだけ。
今のわたしはそれだけでいっぱいいっぱいである。
「ほら、選んでやるよ」
わたしは彼の手にコンソールをそっと乗せた。
「こういうときは・・・・あぁ、イチオシは投稿心霊シリーズ?空気読めよ?」
彼は悪態をつきながら、コンソールを操作している。
「気分爽快ヒーローアクションものとかな」
ぼんやりしている中、ムービーが始まった。
互いに終わるまで言葉は交わさなかった。
内容としては悪くはなかった。
正義の味方が悪い奴等をやっつけていく。そんな感じのものだ。
ムービーが終わる頃、わたしは強烈な眠気に襲われていた。
「・・・ごめん。そろそろ寝る・・・」
わたしはあくびをしながら立ち上がり二階続く階段から自分の部屋に向かう。
「言い忘れてたけど、寝ている間は部屋に入らないで」
一番大事なことを言うと彼の返答を待たずにそのまま部屋に向かった。
わたしは、自分の部屋に入ると、
真っ先にドアに鍵をかけてからベッドに入った。
そして、そのまま夢の世界に旅立った。
真っ暗の中、声が頭の中に響く。
ーーーー起きろ。起きろ。目覚めろ。今、その力を使うときだ!さぁ、目覚めろ
よくわからない声が響いている。感じるのは恐怖と吐き気だけ。
ーーーーダメだ。戦うな。戦ってはいけない!
また別の声が響く。相反する二つの声。
二つ以上も聞こえるから余計に頭に響く。ますます吐き気がする。
ーーーーしかし、時は来た。来てしまった。
その声と同時にわたしの身体の周りから眩しい光が放たれた。
しばらくしてその光は消えた。改めて周りの景色を認識した。
さっきまで周りが暗い空間にいた。
しかし、周りに見えるのは星空、月、流れる黒い雲。
ーーーー夜空?
下の方に目をやると家の屋根が見える。
ーーーーこの景色、なんとなく知っている。
周りを見回し、思考を巡らす。
ーーーーあの家、わたしの家だ!
開いているカーテンの色と模様、窓際に置いてあるぬいぐるみ。
間違いなくわたしの部屋だ!!
『キミは今宵行われるショーの唯一の観客。
何もしてはいけない。ただ見守ってなければならない』
頭の中に声が響く。
ーーーー誰だ?聞いたことあるような気がするが何も思い出せない。
今、わたしは自分の家の上空に浮かんでいるわけだ。
ーーーーまぁ、夢の中だから気にしないでおこう。
それに昔からよく見る変な夢ではないからいいや。
次の瞬間、空気が震えた。屋根の上の辺りの空間だけ空気が違う。
おそらくそこに結界が貼られたのだろう。
なんか何を言っているのかわたし、よくわかってないけど
ーーーあれ?わたしの家の屋根に黒い人影??
誰かいる。
刀を持った一人の男。体躯はいいが、まだ少年のあどけなさが残る。
ーーー今日、わたしの家に泊まっている真人(シント)だ。
何故、屋根の上に上がっている?
彼は空を見上げ、顔を少ししかめた。
彼の視線の先の空を見てみると、
わたしを襲ってきた鳥人間の集団。
しかも軽く百体はいるであろう、大群だ。
彼が倒したやつより強そうなのが何体か目につく。
しかも格別に一体だけ、見た目が凄いのがいる。
そいつだけ王冠やら首飾りやら装飾品を身に付けている。
ーーーー恐らくこいつがシュリョウサマであろう。
そいつは椅子に座った状態で担がれている。
その大群はわたしの家に向かってきている。
ーーーー言わんこっちゃない。
多分、彼の横にいたらわたしは文句を言っているところだろう。
しかし、それを知っているのか知らないのかよくわからないが、
彼は笑った。ハハッではなく唇の端を上げ、ニヤリと。
真人(シント)はわたしの家の屋根から別の家の屋根に移り、
更に自身を高い位置に移し、そこから貼られた結界に跳ぶ。
腰に差した得物を抜いて構えた。
そして、しばらく彼は目を瞑り、全神経を研ぎ澄ました。
ーーーーさぁ、ショーの始まりだ!
頭に響いたその声を皮切りにそれは始まった。
わたしは例え何かが出来たとしても、
その光景を見つめるしかできなかっただろう。
ほぼ完璧しか言えない計算され尽くされた動き。
舞台の主役は真人(シント)とその得物である刀。彼の動きの支点は廻る廻る変わる。
彼自身の身体のあらゆる部位、刀の切っ先、鍔、柄。
身体の動きもさながら鳥人間達の攻撃を
紙一重に交わしながら太刀筋を走らせていく。
一体ずつ、完璧に確実に黒い靄に変えていく。
時に二体、三体一度靄に変えるが基本的には一体ずつ。
それを彼は無表情で淡々とこなす。
笑ってすらない。その様子は異様とも見える。
あまりにも想像絶する光景を目の当たりして、
わたしは言葉を失ってしまった。
思わずため息がこぼれてしまいそうだ。
ーーーーなんて美しいのだろう。
彼の計算され尽くされた動き、
まるで神に捧げられる踊りだ。
そして丁寧にきれいに片付けられていく鳥人間たち。
鳥人間の数がどんどん減っていく。
彼の動きの鋭さは変わらない、寧ろどんどん鋭くなっていく。
まず、数が一番多かったわたしを襲ってきたやつと同じタイプのが、
すべて靄となった。
ーーーーあれだけいた鳥人間が、もう10体切っている。
なんとなくだが、先ほどより彼の周りがぼやけて見える。
ここからは強そうなのが中心になって襲い掛かってくる。
さすがに一撃では倒せないのか、
刀で一薙ぎではなく、何回か斬り付けて靄に変えていく。
攻防も激しくなって来ている。
化け物の攻撃の大半はかわしているが、刀で防御するときもある。
それを顔色変えずにこなしている。
最初に見せた彼の笑いはオレの敵ではないと言う意味だろう。
そして、とうとうこのショーはクライマックスを迎える。
ーーーー真人(シント)とシュリョウの一騎討ちだ。
真人はそれ以外のすべても靄に変えた後、
シュリョウと一定の距離をとった。
彼の顔色こそは変わっていないが、
汗はかいており、息も少し乱れていた。
息を整えると、彼の得物がぼんやり黄色く光った。
ーーーその光るのはなんらかの能力なんだろうか?
さっきより彼の周りがぼやけて見える気がする。
シュリョウはニタニタと笑いながら自分の首飾りを天に掲げた。
首飾りが光った瞬間、先程彼が倒した鳥人間が
三体程復活していた。しかも、強そうな奴だ。
真っ先に彼はその一突きで首飾りを破壊した。
シュリョウは驚きの声を上げているように見える。
その隙に言わんばかりに復活した(?)鳥人間を
瞬く間に靄に返す。
やはり、先程より一撃が重くなってきている。
なんとなくだが、彼の身体が少ししっとりしてきているように見える。
ーーーーもしかしたら酷く汗をかいた?
しかし、彼は涼しい顔をしている。
疲れは出ていないのだろう。
彼が得物を構え直した瞬間、
観念したようにシュリョウが襲いかかってきた。
シュリョウが繰り出す攻撃を刀で防ぐ。
火花を散らしながら彼は隙を伺う。
らちが明かないと思ったのか、
シュリョウは彼から少し離れ、空中に飛び上がる。
そして、更に距離を取り凄い勢いで頭から彼に突撃しようとした。
彼は刀を構えシュリョウを一薙ぎで真っ二つにした。
ショーがフィナーレを迎えた瞬間、
わたしは深い眠りの底に落ちた。
目覚めてみると自分の部屋。外がひどく明るい。
ふと、時計を見てみると、
ーーーーあっ!!!!寝坊した!!!!
わたしは急いでリビングに向かった。
そこにいた残骸は見られるが実質はもぬけの殻。
かなり散らかっている。
ふとテーブルの上に見ると置き手紙。
「ありがとな」
の五文字だけ。
わたしは明日、学校で会えるだろうと思いながら
リビングの片付けを始めた。
その期待が絶望に帰すとも知らずに・・・・
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