第24話 7月24日(土)

 いや、男ならそういうもの持っていてもおかしくないじゃないですか。思春期の男子高校生なら特にそうだと思うんです。興味はあるけど、やっぱ人前では開け出せない部分なんです。だから本棚の奥とかに隠しちゃうんですって。

 俺の部屋にあったものだって、同じだよ? 別に本屋のあの暖簾をくぐって買った商品じゃないんだ。クラスの友達から回ってきただけなんだ。受け取っただけなんだ。いや、まあ読んだけどさ。

 完成したカレーをテーブルの上に置いた後、二人で同時に頬張る。思っていた以上に腹が減っていたようで、俺はお茶も飲まずに食べ続けた。それは唯も同じだったようで、食器とスプーンがぶつかるカチャカチャという音以外には何も鳴らなかった。米がなくなって皿のそこが見え始めた時に、ぽつりと独り言のように唯が口を開いた。


「それで、さっきの本はどこで買ったの?」

「ぶっっ‼ げほっげほっ!」


 唐突な攻めに思いっきりむせてしまう。「きたなーい」と文句を言いつつも、ティッシュを渡してくれる唯。気道でも入ってしまったのか、涙目になりながら俺はしばらく咳き込んだ。お茶を飲んで少し落ち着く。ふう。気を取り直して食事を再開しようとすると、


「それでどこで買ったの?」

「げほっ! いや、だから……」

「どこで? いつ? 一人で買いに行ったの? あたしに内緒で? この前部屋に入った時にはもう持ってたの?」

「お、お落ち着け。一気に質問するな!」

「じゃあゆっくり聞くね。今日はお泊りだから夜遅くまで話ができるから問題ないね」


 なんという策士。完全に墓穴を掘った形になってしまった。


「い、今はとりあえずご飯を食べ終えようか。な?」

「あたしはもう終わってるよ。ユウ待ちなんだよ」

「お、おう……」


 さっきまで腹が減ってガツガツ食べていたはずなのに、急に腹がいっぱいになった気がする。全然喉が通りそうにない。目の前でじぃーっと食べ終わるのを待たれると、こうも食べづらいとは。しばらく固まっていたものの、唯が手洗いに立った隙を見て、俺はかき込んだ。

 戻って来る前に片づけを済ませておこうとする。何かいい言い訳を脳内で考えながら、皿を洗っていると、ふうっと後ろから頬を撫でられる感覚がした。ヒヤッとした手だった。


「へあ⁉」

「逃げちゃだめだからね」

「あ、あい」


 いつの間にトイレから出たのか、全然音がしないうちに背後に回り込まれていた。覗き込んでくる可愛い顔とばっちり目が合う。ニコッと笑ったかと思うと、唯は静かに部屋に戻って行く。心臓がばくばく鳴り響く音だけが俺の脳内を支配していた。

 これはきっと恋とかじゃないよ。絶対恐怖心だよ。


               **


 部屋に戻った俺を戻った俺を待っていたのは、ベッドの上に腰かけた唯だった。腕を組んだポーズのまま、その横には件の一冊が置かれている。もはやなんだこれ状態だ。いや、察しは着くんだけども。


「はい、座って」

「え、いや」

「とにかくまずはそこに正座して。それからお話しよっか」

「あの、正座っすか……」

「そう、正座です」


 たぶん逆らうと余計に罪が重くなりそうな気がしたので、俺は静かに足を畳んだ。何か言われる前に、額をカーペットに付けておく。わかりやすく言うなら土下座の姿勢だ。これなら早く許してくれるかもしれないと思ったのだが、返ってきたのはなぜかふんわりとした疑問だった。


「何してるの?」

「その、謝罪のつもりで……」

「別にあたしは怒ってないんだけど?」

「え、あ、そうな――ふぐっ」


 エロ本に関して怒っていなかったのか、と思わず顔を上げようとした瞬間、思いっきり頭を上から押さえつけられた。重力に従って、鼻から地面に衝突する。おかげで潰れた帰るの悲鳴みたいな声が出た。


「この本をどうして買ったのか、あたしや七海がいるのに他の女に手を出すのか、この本を燃やして、あわよくばユウも八つ裂きにしてやりたいなーって」

「それは怒ってるって言うんだよ⁉」


 思った以上に怒り心頭なご様子だった。まさか俺の命が狙われていたとは。後頭部が何かで踏まれているせいで、唯の様子がわからないのだが、ぱさっぱさっという嫌な音がする。もっと言えば紙をめくるような音に近い。


「お、おい。いったい何を……」

「んー? ユウがどんな女の子がタイプなのかを調査中」

「やめて! 俺のプライバシーと自尊心を奪うのはやめて!」

「ふーん、こんなのが好きなんだぁ」

「意味ありげに呟くのもやめて!」


 そこから数分間、地獄のような詰問が続くのだった。しばらく土下座するただの動物になっていた俺だったが、その状態から解放してくれたのは小高い機械音だった。反射的にズボンのポケットに入っていたスマホに手を伸ばし、頭の上に乗っていた唯の足を振り上げるようにして俺は体を起こした。いきなりの俺の行動にびっくりしたのか、唯は「うわあ⁉」という思いっきり驚いた声を出しながら、ベッドへ倒れ込んだ。手に持っていた開いたまま顔に被さって、呼吸が妨げられたせいか「むー」という不満げな声を漏らす。

 申し訳ないけど、このタイミングを逃すつもりはないな。俺は意気揚々とコールし続ける相手に飛びついた。


「も、もしもし?」

「お、やっと出たか。電話には早く出る癖をつけろ。大事な商談を逃したらどうするんだ」

「開口一番説教するために電話してるのかよ……」


 表示された名前を見ないまま電話に出たが、第一声を聞いてすぐに相手がわかった。というか、俺はまだ学生だっての。大事な商談って自分の話じゃねえか。

 どこかふざけた調子での切り出しだったので、俺はわかっていながらも敢えて返した。


「それで何か用事でもあったのか? この前みたいな大事な用件ならギリギリじゃなくて前もって教えてほしいって言ったろ、父さん」

「いやまあ、あそこまでのビッグニュースはそうねえから安心しろって。つーか、今回は雅勇じゃなくて唯ちゃんなんだが」

「は? 唯に?」


 思わず倒れ込んでいる唯の方を見やる。俺の声が聞こえていたのか、ちょうど本からのぞき込むようにして目だけを出した格好の唯を視線がぶつかった。仕草としては普通に可愛いとは思うのだが、持っている本が本だけにちょっとなんか……あれだな。


「そうだ、今そこにいるんだろ?」

「え、いや、いるけど……なんで知ってるんだよ」

「え、ほんとにいるの⁉ 勘で言ったら当たっちまったよ」

「テキトーかよ、怖えよ!」

「おいおい、てことはアレか? この時間まで二人なんてアレだな?」

「言い方がおっさんくせえな、おい⁉」

「いいか? 別に一線を超えるなとは言わん。だが、避妊はしておけ。二人が進学の道を捨てずに済むよう、避妊はしておけ。わかったか?」

「確かに避妊は大事だけど、自分の父親からの助言ってのが一番複雑なんだよ!」


 真面目なトーンと内容とのギャップに思わず激しくツッコんでしまった。


「おいおい、今から体力消費して大丈夫か?」

「誰のせいだ誰の! ……というか、唯の話は何だったんだよ」

「ああ、そうだわ。それなんだが……品川さん家が少し急用で遠出するとかで、唯ちゃんのことよろしく~みたいな電話があってな? ほら、今家には三間さんとこいるじゃん。だから、唯ちゃんにはしばらくお前の所で預かる的な流れを考えたわけよ」

「は? 俺が? 唯を? 預かる?」

「そーゆーこと。んじゃ、またなんかあったらな」

「あ、っちょ!」


 言いたいことは全て終わったと言わんばかりに、俺の返事も待たずに電話を切ってしまった。残されたのは困惑と静寂。俺はベッドに横たわる唯の方へゆっくり振り返るのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神様に呪われたので三人の女の子と付き合うことにしました 吉城カイト @identity1228

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ