第137話 bound 境界 生きる意味、生きてきた価値 2
「…レイっ、ウレイアっ!」
「あ……エル…セー?」
ウレイアをそんな過去から引き戻したのはエルセーだった。
いつの間にかエルセーが目の前にいる、ウレイアはそのことに全く気づかなかった。
「あなたひとりしか感じないと思ったら…なんてことなの…?あなたまでそんな…ぼろぼろになって…」
エルセーはウレイアの意識をこの場につなぎ止めようとして、肩を強く握った。
ウレイアは、はっとエルセーの手首を握り返してすがると
「ああっ、エルセーっ、あなたならトリィアを救う方法を知っているんじゃないですか?おねがいしますっ…!」
「……」
しかし何も言わずウレイアを見つめると、小さく首を振る。
「そんな…」
ウレイアの手から力が抜け落ちていった。
「一体、何があったの?テーミスは?」
「テーミス?ああ、テーミスなら…間違いなく死にました…」
「それなら、なぜこんな…」
エルセーはトリィアの顔を優しく撫でた。
「トリィアは…トリィアは私が受けた…致命傷を肩代わりして…死……」
エルセーはウレイアの言っている意味を理解できない様子で問い詰めた。
「かたがわり?何?どういう…」
「何を教えたんですか…?」
「え…?」
ウレイアはエルセーに当たるように言葉を強めた。
「トリィアに何を教えたのっ?……この子が私に半分のルビーを贈りたいと言ったでしょう?その時に何を込めさせたんですかっ?」
少ない問いかけにエルセーは考える。これだけ言えばエルセーは全てを理解できる、それを分かった上でウレイアは問いかけた。
「………まさかっ!そ、そんなことが出来るわけが無いわ!誰かの傷を…ましてや致命傷を治すなんてことが……」
エルセーはトリィアのお腹に手を当てる。
「たしかにそれは…あなたの致命傷を引き金に後追い自殺の仕掛けは作れる…だとすれば、トリィアは自分のお腹に爆弾を埋めていたことになるけど…」
「っ!」
「この子はレイに危険が迫った時に知る方法を知りたがった。でもそんな方法は思いつかなかったし……私はトリィアにマテリアルのつなぎ方を指南しただけ。間違いの無いよう、かつ、確実に連携できる仕組みをねえ………私があげた、このコインをヒントにしたのかしら…?でも…だからといって、レイの致命傷を帳消しになんて出来ない…はずなのに…」
トリィアの首から垂れたペンダントには、エルセーが2人にプレゼントしたコインが下がっていた。
「レイへの想いと…自らの命を賭けた故の奇跡なの?トリィア…」
「奇跡…?そんな奇跡なんて…いらないのに……っ」
ウレイアは自分の脚に爪を立てた。
「とにかくっ、私の屋敷に戻るわよ、レイ?ここから早く離れた方がいいでしょう」
エルセーにそう言われても、ウレイアには動く気力も逃げる気持ちも湧いてこない。
「ほらっ」
腕を強く引かれ持ち上げられても、ウレイアは糸の切れた人形のようにだらりと体を傾けるだけしかできない。
そしてウレイアはぼそりと呟いた。
「くだらない…」
「え…?」
「正体を隠して暮らし、居もしない敵に常に怯えて、自分は強者だと自分を騙して人間を蔑んで……結局は殺されて終わるのなら、私達は一体何をやり直させられているのですか…っ?」
「レイ…」
「誰かを愛することも許されない呪われた人生の意味は何ですか?私はもう……疲れはてました……」
エルセーは腕を放り投げるように放すとウレイアを一喝した。
「200年も生きていない小娘が知ったように人生を語るんじゃありませんっ!人生の意味?そんなものは初めからあるわけがないでしょうっ!」
「?」
「意味の無いものに意味を持たせるのが人の価値というものです、尊い意味をねっ。分かっているはずよ、レイ?…トリィアは自分の命を使ってその意味を示したでしょう?それともトリィアは死に際に恨み言のひとつでもあなたに言ったのっ?」
「!……トリィアは…わたしにっ…『ありがとう』とっ……っ!」
「そのトリィアの亡骸をっおまえは彼らにくれてやると言うのですかっ?」
「!!……………っ」
そんなことを許せるはずがないっ!ウレイアは慌ててトリィアを抱き上げて、抱きしめた。
「トリィア……っ」
「裏から出て真っ直ぐに街を出なさい、そこに馬車を止めてあります。さあ、先に行ってっ、私もすぐに追いつくから…」
エルセーは心もとないウレイアを送り出すと、残った荷物を見回した。
万が一調べられても自分達に辿り着くような手掛かりを残さないように。
「馬も連れて行かないと…」
馬にも所有者が分かるように目印がきざまれている。宿の者が記録していないか確認する必要があるが、多分エルセーは従業員を直接問いただすだろう、強制的に……
たとえ教会の騒ぎが原因で街の警備が厳しくなっても、街を抜け出すくらい彼女達にとっては造作も無いことだった。
ウレイアは馬車の揺れから守るようにトリィアを抱きかかえ、馬車がマリエスタ邸に到着するのを待ち続ける。
リードはランタンを灯すことも無く、慣れた様子で暗い夜の平原の中で馬車を操った。
今のウレイアは酷くぼんやりとしていて、器である身体から離れてどこかの狭間を彷徨っているのか……自分の心の在処が分からない…
いつも頭の片隅には冷静な自分が全てを見守ってはいるが、ウレイアの心は遠くて、その声が届くことは無かった。
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