第120話 慟哭 4

 トリィアに襲われ、苦し紛れに木の影に身を潜めたが、それでも少しは時間を稼げたようだ。


「トリィアっ!〝私がウレイアよっ〟私の声まで忘れたの?」


 トリィアに叫ぶと僅かに足を止めるが、怒りの炎に油を注いだようで、すぐにまた距離を詰めて来る。


「このうえ、お姉様の名を騙るなんて…お前の顔を間違えるわけがないでしょうっ?」


「なぜっあなたがテーミスの顔を知っているの?考えてみなさい!」


「え…?それ、は………ええいっうるさい!私を操ろうとしても無駄よっ」


(トリィアを刺客にするなんて…気が変わったのか、気でも違ったのか?辺りにテーミスの姿は無いけど……)


 取り込んでいる同族の数も能力も分からない今、全ての可能性を捨てることが出来ない。そんな中でもトリィアが怒りにまかせて迫って来る。


 テーミスに対しての怒りは一旦置きざりにしてトリィアを止めることに集中し始めるウレイア。


 すると殺意を向けられているのにも関わらず、全力で自分に向かってくるトリィアの本気を感じて、何故か口元が緩むのだった。


 彼女の武器も攻め手も知り尽くしているが、さっきの攻め方は中々良かった。さて、次はどんな手を使って攻めてくるのか?もっと…もっと本気のトリィアを見せて欲しいっ。私に全てをぶつけてみなさい……


 そんなことを考えていると、トリィアは石を幾つかウレイアの両の真横に落ちるように放った。


 ウレイアは石が地に着く前に左側に投げられた石を鋼糸で弾き飛ばすと、木の影から飛び出して右の石から遠ざかろうとする。しかし当然、飛び出した先にはトリィアの鋼糸が待ち構えていたっ。


(やはり真っ先に首を狙ってくるのね?急ぎすぎよ……?)


 すぐに根元に近い方に自分の鋼糸を叩きつけると、くの字に曲がって軌道を変えるっ。そして軌道が浅くなった分だけ体を傾けて鋼糸からすり抜ける、その先端の数ミリ先を表情ひとつ変えることも無く。


(もう一手欲しいわね、トリィア?)


 そのまま林の奥へ向かいながら、すぐにまた木の影に潜り込む。


(今のは今ひとつ……もっとも、逃げる相手に石を使うのは難しいわよね?)


 トリィアはウレイアの動きを見て、使えなかった石を素早く回収しながら迫っていた。


(ふう…とんだハンデ戦ね?追って来るトリィアに罠を仕掛けるのは簡単だけど、多少の傷を負ってもあの子は絶対に止まらない。意識を断つほどの攻撃をすれば殺してしまうかもしれない…今のこの子を無傷で無力化するなんて…無理難題ね?)


「!」


(テーミスは私にトリィアを殺させたいのねっ?!)


 と、その時っ、突然息を吹きかけられたような風に首を撫でられた。


「っ?!」


 異常事態を感じ取ったウレイアの体は反射的に身を沈めてその脅威を回避するっ。


 すぐにもたれていた木を見上げると、幹に斬りつけたような傷がっ……!?


(この技はっ!トリィア、あなたっ)


 ケールの置き土産、トリィアが懸命に練習していたあの技だ。


(でもまだ不安定で時間がかかるようね?前兆を感じることができなければ今のは危なかった……)


 それなのにウレイアの顔は喜びで緩んだ。脅威である程嬉しくなってしまう、トリィアが正気に戻っても今の感覚を忘れないでいてくれることを祈りながら。


(ふふ、これは怖いわねっ、完全に安全地帯が無くなった。でも……)


 これで余裕が無くなった。次は前兆も無く首を落とされるかもしれない……


(トリィアを無傷で止められないなら……私が死ぬしかない…か)


 ウレイアはまた飛び出してトリィアからなるべく離れると、わざと細めの木を選んで身を隠した。


(この距離なら鋼糸は届かないわよ、トリィア?)


「トリィアっ、ボーデヨールに向かっていた時の…野宿したあの夜を思い出してっ!」


 トリィアがはっとして、こころに迷いが生じる。


「な?なんでそんなことをあなたが……?もうっだっ、だまれっ!」


 淡い期待と挑発を兼ねて叫び、ウレイアは神経を集中する……息を静かに吐き、自分の時間を最大限に『延ばし』ていく……


 隠し切れていない体からは首の高さを想像するのも容易だろう。


(でも大きさを見誤ったら…)


 確信は無いが、まず首に触れる風で位置と大きさを想像できそうだ、けれど次、もしその前兆さえ無くなっていたら…


 !


(きたっ!)


 前兆は来たっ!それでも猶予は一瞬っ、その一瞬に必死の領域から活路の幅だけ首を逃すっ。


 っ!!!


(首の…中にまで風が通り抜けていった?)


 しかしその妙な感触はすぐに激痛にすり変わった。


「ぐうっ!」


(しくじっ…かし…ら?)


 避けた勢いのまま、ウレイアは血しぶきを散らせながらその場に倒れ込んだ。

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