第50話 鑑定士 2
ウイットン商会の会長はデアズと言い、中央広場を過ぎた海側に屋敷を構えている。
カッシミウの発展と共に財を成した家で、大商人のマリエスタ家とは比べるまでもないが、この街ではそこそこ大きな商会と言えるだろう。
ウレイアは屋敷に直接ウイットンを訪ねて来た。幸いにも彼は在宅であったらしく、ウレイアは取り次いでもらうために受け取った手紙を使用人に渡す。
そして、いつもの様に周辺と屋敷の中を監視すると…思ってもみなかった人物がいた。
(エルシー!こんな所にいたのね?)
「どうぞベオリア様、ウイットン様がお会いになるそうです」
「ええ、ありがとう」
エルシーは気付いていない。どうやら使用人としてここで働いていたようだ。メイド服を与えられいるようだがあまり似合ってはいないのが残念だ。
ここへは何度も訪れているが、今日は珍しく応接室に通された。いつもは書斎に案内されることが多いのだが。
(あ、気付いたわね?)
ウレイアが近づいたことでエルシーに気付かれた。キョロキョロとウレイアの方向を確認している。
「いやぁ、ベオリアさん、さっそく足を運んでもらって申し訳ない」
「いえ、いつも不在で申し訳ないわ」
2階で掃除をしていたエルシーが階段を降りて来る。
「今回は絵が2枚と宝石をひとつ、見ていただきたいのですが…確かビッケンにお詳しかったですよね?」
「ええ」
ビッケンは60年ほど前に亡くなった画家だ。特に宗教画では有名で数多くの作品が残されているが、肖像画や風景画、油絵や水彩など多才で数が多い反面鑑定が厄介になっている。当然、贋作も多く出回っていた。
「今、持って来ると思いますので」
「失礼いたします」
すると、執事が額に収まった絵画を2枚持ってきた。それと同時にメイドがお茶を運んでくる。
執事が絵を壁に立て掛けるのを見て、ウレイアはテーブルをひとつ窓際に置くよう頼んだ。
「鑑定依頼…ということでよろしいですね?」
「ええ、頼みます。どちらも引き取って欲しいと言われたが判断できんのです」
ウレイアはさっそく絵の1枚をテーブルの上に置くと、まずは全体を見回した。そしてそのまま視線を部屋の入り口に移すと……エルシーが仔犬の様な目でこちらをじっと覗き込んでいる。
ウレイアの視線に気が付いたデアズはその先にエルシーを見つけると声をあげた。
「こらっ、お客様に失礼な事をするんじゃない」
デアズに言われると、エルシーはスイッと顔を引っ込める。
「新しい子ですか?」
「お恥ずかしいところを……エルシーと言うのですが中々に無愛想で。まあ、仕事は真面目ですし不思議と憎めないところがありましてな」
「そうですか……」
話を聞きながら2枚目の絵と入れ替える。どうやらウレイアに言われた事を守って真面目にやっているようだ。ただ実名を名乗っているとはウレイアも思わなかった。そういえば、偽名を使えとも言わなかったが……
「どちらもビッケンに間違いはないですね。まずは1枚目、こちらの油絵は分かりやすいですね。売り値は金貨25枚、欲を出して30枚と言ったところでしょう。2枚目の水彩は…15枚、いえ、13枚ですね。あくまで相場ですが……」
本来、ウレイアの専門は宝石なのだが、宝石同様に美術品を見る時に役に立っているのは、彼女の使う『監視』の技で対象を走査する方法だ。力の精度を上げていくと、非常に僅かな絵の具の段差や時にはその下の下書きまで見えてくる。
彼女は一度どこまで見えるのか研磨された石の表面を限界まで見てみたことがあった。映り込むほど綺麗に磨かれた石でも表面はざらざらしているし凹凸があることが分かった。もっともそれが限界だったが。
美術品の場合はそこまで精度を上げずとも、筆の使い方や力のかけ具合など、作者の特徴が露わになるのだ。
「そうですか……では金貨40枚ですね?」
ウィットンは高めに見積もった。
「かまいませんが…良いのですか?」
そしてこの仕事の報酬は、基本料と経費、プラス市場相場の5%をウレイアはいただいている。したがって、ウィットンが高く見積もったこの2枚の鑑定料は金貨で2枚ということになる。
この金額は決して法外な額ではない。鑑定には膨大な知識と確かな眼が必要となるし、取引において信用を得る為やギリギリの駆け引きをする為には正確な査定は非常に重要なことだからだ。
まあ、贅沢をしなければ金貨2枚はひと月食べていける金額なのだが。
「貴女の査定で損したことは一度もありませんから」
「どうも。それで、もうひとつの宝石というのは?」
デアズが内ポケットから紙の封筒を取り出すと中からひとつの指輪を取り出した。
「この、古い指輪なのですが……」
石に触れぬよう指輪の部分を摘み上げる。
「なんでも持ち主いわく幸運の指輪だそうです」
ウレイアは眉をひそめた。
この仕事をしていると、たまにこのような宝石に出会うことがある。ほかの同族によって何かが書き込まれた物だ。何かの理由で他人の手に渡ったマテリアルが世を巡っていく、結局これが幸運や呪われた石と呼ばれるようになるのだ。
幸運の石と呼ばれる以上、おそらくは身を守るために作られた物だろう。
「サファイアですね。大きい物ですが、曇りがありますね」
おそらくこの曇りは使われる度に部分崩壊が積み重なったもの。初めは綺麗な石だったのだろう。
彼女達が書き込むときにマテリアルとなる物は、ガラス、金属、木、石ころなど、要は何でも良いのだが条件がある。
ウレイアは目で見えない小さな世界を視ることが出来る。もちろん限界はあるが、多分…物は非常に小さな粒が固まって形作られていると考えていた。
『書き込む』とは、その粒の隙間に言葉を閉じ込めているイメージなのだが、粒がバラバラでは上手く言葉を繋げることができず、簡単な言葉しか収まらない。色々な物で試した結果、鉱物の結晶が最も粒の配列が綺麗なのだろう、という結論になった。
さらに言葉を詰めるほどマテリアルには強度が求められるようだ。その結果、複雑なイメージを閉じ込める時は鉱物の結晶を好んで使うようになったのだ。
「残念ですがこれだけくすみがあると、大きさの割には、そうですね……金貨2枚で売れれば良いと思います。ただ…幸運の付加価値は計れませんが」
「そうですか、ではこの指輪の引き取り額は納得していただけないかも知れませんね?」
そして、このような石を見つける度に、もしかしたらこの指輪は狩られた同族から剥ぎ取られた物かも知れないとウレイアは考えずにはいられない。
「どう、しました?」
「ああ、いえ」
「えー、では鑑定料は金貨2枚と銀貨8枚でいかがですか?」
「ええ、十分、ですが…」
「いえかまいません、これからもよろしくお願いします」
(べつに経費はいらなかったけれど……)
ウイットンは商人然というお辞儀をする。この程度の仕事はかなり小さなもので、それでも月に2本もあれば暮らしていくには十分な金額になる。
「では私からもサービスを……その壁に掛かっているメドーが贋作なのはご存知ですか?」
ウィットンは目を見張って振り返った。
「えーっ?」
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