第49話 鑑定士 1

 カッシミウにも冷たい冬の風が吹き、雲は厚く空はいつも不機嫌な季節になり、日の出ている時間も随分と短くなっていた。


 ウレイア達がハルムスタッドから戻ってから4カ月あまり、意外に思っていたのはエルシーと出会っていないことだ。


 カッシミウは大きな街だが、人が集まる場所は限られている。あえて探すようなこともしないが、お互いにたまたま出会ってしまう方が自然だし、彼女がこの街にいることは間違いないはずなのだが……


 などと本を読みながらウレイアが考えていると、出かけていたトリィアが帰って来た。


「ただ今戻りました、お姉様」


「おかえり、トリィア」


「少し雨が降ってきましたよ……?」


 いつも通りの日常に和んでいると、トリィアの背後から非日常が飛び込んでくる。


「あらぁ?私には声をかけてくれないの?」


 大きなコートを羽織り深々とフードをかぶった怪しい人物もトリィアと共に入って来た。


「…ようこそ、エルセー」


 ところで、この国では土地を購入することは出来ない。あくまで土地の使用権を毎年買い続ける仕組みになっている。


 ただし上物には基本的に国は感知しない、家を建てるも改築するのも借主の負担となる。住み始めるには易く、住み続けるには定収入が必要となり、住人の管理もしやすくなる。国としては上手い仕組みだ。


 ウレイアはハルムスタッドから戻った直後、エルセーから頼まれていた家探しをすぐに手配した。


 警備兵詰所のあるウッドランズ通りを横切り、自宅からは5分ほど歩いた向こうに、古い商家の屋敷がしばらく放置してあったのを知っていたのだ。


 条件を全て満たしていたわけでも無かったが、すぐに手付けを打ってエルセーに連絡したところ、まもなく改装の手配をする為に執事であるリードがやって来た。


 彼は宿に泊まり込み、2カ月あまりを経て最低限住むに支障が無い程度まで進んだところでハルムスタッドにとって返し、なんとエルセーを連れて来たのである。


 エルセーは工事中の屋敷と宿に交互に泊まる形で、改装工事の仕上げをあれやこれやと指示しているという話だ。当然身の置きどころが無い時間は常にウレイアの家で過ごしていた。既にウレイア邸はエルセーに占領されつつある。


「工事の進捗はどうですか?」


「大体はカタチになったのかしら?あとは実際に住んでみないとねえ?ちょっと手狭な感じだけど……」


「マリエスタのお屋敷と比べないで下さい。それでも我が家の5倍は広いのですから」


「最大6人くらいが泊まりますからねぇ。私1人なら気楽なのだけど……」


 多分泊まるのはエルセーとリードが殆どだと思うのだが。


「ああ、お姉様…お手紙が届いていました」


「そう、ありがとう」


 バートン通り32。そこにはもう一軒、ウレイアが借りている小さな家がある。ここから見えるほどの距離だが、対外的にはその家を現住所としていて、こうした郵便物の多くもそちらの家に届くようになっていた。


「お仕事なの?」


 エルセーが興味を示す。


「そのようです。街の反対に住むウイットン商会の主人からですね」


「同じ街に居るのにお手紙なの?」


「あちらの家には誰も居ませんから。会えなかったからメッセージを置いていったのでしょう、明日にでも訪ねてみます」


 ウレイアの顧客の多くは商人などの富裕層が多く、他の客も彼等の紹会がほとんどである。


 彼等は値踏みに困るような商品を扱う場合、鑑定と意見を聞く為に彼女を呼ぶというわけだ。ウイットンはそんな顧客の1人である。


「あなたのお仕事も面白そうねえ?」


「そうですね、それに商人は情報源としても優秀ですから…そちらの方が重要ですね」


「お姉様は美術品にもお詳しいですよね?」


「人より長く生きられるのだもの、普段意識して見ているだけで自然と身につくわよ。それに、私達には最高の『道具』があるでしょう?」


「道具……ですか?」


 美術品などの場合には、対象の真贋と取引の相場などの相談に応えるだけで芸術性を評価しているわけではない。それはデータの蓄積で身につくことなので、自分達にとっては比較的簡単なことだと思っていた。

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