第30話 同族 1

 何故20年以上もの時をあのマイペースなエルセーが静かに見守っていてくれたのか?


「馬鹿言っているんじゃありません!そろそろ怒鳴り込んであなたの顔をこね回してやろうと思っていましたよっ!」


 と、危うく顔に『たるんたるん』の呪いをかけられるところだったようだが、そんなことを言っていたエルセーには分かっていた。


 たとえこの20年が200年だったとしても、どれほど遠く隔たれていようとも、あらゆるものが不確実で頼りない可変な世界に有って彼女が不変であると疑わないもののひとつ……


「それはねえレイ……この世界に有るモノ全てには運命があるの。そして望む望まざるは別にして、人は関わったモノと絡みあいながら生きているし、その『もつれ』は簡単に解けるものでも無いの。たとえその時は離ればなれになっていても『もつれ』がある限り運命の糸が張りつめた時、振り子と同じで必ずまた未来で絡みあうものなの。もしもそれが許せないのならきっぱりとその糸を切ってしまうしかない、もう二度と絡むことの無いようにねえ、そして……もしもその糸を切りたくないと思うなら、自ら望んで何度も何度も絡み合いその糸を紡ぎなさい。そうやってお互いに強く強く紡いだ運命の糸はたとえ死んでも切れるものではないのよ?」


 それはまだ、ウレイアがエルセーと共に暮らしていた頃の記憶である。エルセーとの茶会の後、ウレイアにしては珍しくベッドに身体を横たえて随分と昔の思い出を見ていた。


 幼くして理性偏重の理論派を自負していたこともあって、その時はエルセーらしいロマンティシズムだと少し遠まきに聞いていたものだ。今さらそんな思考指針が変わることも無いが、その頃の自分を思い出すと何故か妙に可笑しく感じるのだ。


 エルセーがすぐそばにいるせいなのかそんな記憶と自分の感情に遊ばれながら心地良く意識はうつろな闇の中へ沈んでいく。しかし、ゆったりと息をはく度に深さが増していっても、彼女はわずかな意識を現実に留まらせる。


 留まれる深さ以上に眠ることは普段のウレイアには無い。それでもここまで深く眠ったのは久しぶりのことだった。


 ところが、本当に久しぶりに眠りを楽しんでいた彼女の邪魔をしたのは、まったくもって不快な訪問者だった。昨夜、のぞきの視線を撒き散らしていった何者かがまたしても、雑でやる気を感じない技を披露していった。


「不愉快ね……」


 目を開けるよりも先に怒りが口を突いて出た、どうやら前回よりは意識して視ていったようだが。


 誰かの『監視』に晒された時には気づかないフリをするのが鉄則ではあるが、ウレイアが目を閉じたまま体を起こすのも腹立たしく感じていると、慌ただしくドアがノックと同時に開かれた。それは当然…っ


「お姉様っ」


 トリーである。仕方なくウレイアも体を起こすが、ベッドから出るつもりはなかった。


「また来ましたね!お姉様っ?て、あれ?お姉様が寝てらっしゃるなんて……なんか久しぶりに見たような気が………」


「そう?まあ…それはどうでも良いけど……『のぞき魔』のことは気にせずにお眠りなさい」


「え?そう…ですか?では…」


 トリーは真顔でウレイアに歩み寄って来るとなぜか隣に潜り込んで来た。


「トリー……私は自室に戻ってお休みなさいと言ったつもりなのだけど?」


「いえいえ、もしもですよ?もしも何かの万が一が大変な事になった時、何かに備えて一緒に居た方が…」


「万がいちが大変……?はあ……」


 少し首をかしげただけで、もう言い聞かせるのも面倒そうにウレイアもそのまま横になった。


「いいわ…今日はもう好きになさいな……」


「うふふ…」


 トリーは満足そうに眼を一度閉じたが、少し間を置いてぱっと目を開けた。


「ねぇ、お姉様?」


「なに?」


「きょう…大お姉様はまるで力が衰えたような言い方をされてましたけど、私達は歳を取ると力が弱くなるのですか?」


 そう聞かれるとウレイアはううむと少し考え込んだ。


 これは忌み事のような、腫れ物に触れるような、そんな気持ちの良くない印象を抱いていた。少し答えの整理が必要である。


「そう、ね……考える力が衰えれば、それはそのまま力に影響するわね。けれど、エルセーの場合は違うのかしら……ところで、あなたは彼女のことを大分年長者だと思っているかもしれないけれど、20年前は私と変わらない見た目だったのよ。この20年、あなたは成長期だから少し大人になったけれど、私は全くと言えるほど変わらないでしょう?」


 彼女達の寿命は普通の人間の10倍とも20倍とも言われている。個人差もあるようなので何とも言えないが、エルセーの身に起こっている事は彼女達にとってみれば尋常なことではないようだ。


「実は…昔からね、私達にまことしやかに語り継がれている言い伝えの中に、こんな話しがあるの……『男を受け入れると、力と寿命を削られる』と言う話がね……」


「はい?」


「『はい?』……もっと露骨な説明がお好みかしら?なら、私達は男と性…」


「いえいえっもう言わずもがなです、お姉様がおっしゃる意味はよおく分かりますっ」


「そう」


 トリーは息を整え直す。


「はあ……でも、なるほど、そうだったのですね…?」


「あら?あなた随分簡単に飲み込んだけど、『まことしやか』と言ったでしょう?特に私はこの話には懐疑的なのよねぇ?」


 寝返りをしてトリーはウレイアを見た。


「そうでしょうか?腑に落ちるお話ですけれど、どこか疑わしいですか?」


「んー、疑えるほど同じような例が身近には無いし、他で聞いた材料も無いけれど、納得がいかないのは確かね」


「納得…ですか?」


「そう、でも今日はもういいでしょう?休みますよ」


「えーー?んーわかりましたあ。おやすみなさいませ、お姉様…」


 ウレイアの頰にキスをすると、トリーは毛布をかぶった。ウレイアも寝直してやろうと試みたものの、結局は一晩中トリーの寝息を聞かされただけだった。

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