第28話 祝福 6

 のぼせる程風呂に時間をかけた後は部屋に戻り、ウレイアは数日ぶりの静かな時間を過ごすつもりでいたが、慣れない家のせいかトリーは当てがわれた自分の部屋で1人になる事を嫌がった。


 旅の間は不測の事態を考えていつも部屋を分けることはしなかったが、わざわざ説明した事も無いのに彼女なりにちゃんと理解していたのだろう。


 トリーはウレイアのベッドでくつろぎ、ウレイアはバルコニーでゆっくり過ごしていたのだが、それも束の間、しばらくするとメイドが夕食のお誘いに来た。


 ため息の後にウレイアが身なりを整えるためにクローゼットを開けると、そこにはフォーマル、パーティー、カジュアル、ガウン、コートにナイトウェアと、それぞれが何種類と掛けられている。


 それを見たトリーは何も言わずにウレイアの部屋を飛び出すと、隣りの自室に駆け込んだ。おそらくはクローゼットを覗いて黄色い声を上げているに違いない。


(まったく…)


 ウレイアは呆れてふっと笑うと、濃紺の落ち着いた雰囲気のドレスを選んで手早く身にまとい、白の薄絹を肩に巻いてあしらった。しかしトリーが目移りして目を回していなければよいのだが……


「お姉様っ、いかがですかっ?」


 そんなウレイアの心配は杞憂だったようで、思いのほか早くトリーが部屋に戻ってきた。シンプルなごく淡い赤紫色のドレスは堅苦しくも無くトリーのイメージと良く合っていた。


「良く似合っているわよ」


 クローゼットにはいくつかのアクセサリーも用意されていたが、2人は技を封じた特別な石…ウレイアは『マテリアル』と呼んで区別しているが、それらをアクセサリーとして常に服の下に身に付けている。そのためこれ以上飾り立てるのは過分な事だろう。


「用意が出来たのなら行きましょうか?」


「はい、お姉様」


 2人が部屋を出ると執事のリードが少し離れた廊下で待ち構えていた。


「食堂は初めてでいらっしゃいますので、お迎えにあがりました」


「わざわざありがとう」


「私などが僭越でございますが、お2人とも良くお似合いでございます」


「そう…トリーはともかく、私はサイズから好みまで全てを知られているでしょうしね?」


 にっこりと笑みを浮かべると2人を促すようにリードは歩き出した。エルセーが信頼を置いている時点でウレイアは詮索するつもりはないのだが、なぜこの男…人間がエルセーに仕えているのだろうか?まあ、語るべき事ならばエルセーが話してくれるだろう。


 案内されたダイニングのテーブルは8人か10人ほどが座れる大きさで、屋敷の大きさを考えるとまた随分と小さめの部屋に通された。


「このダイニングはね、家族だけが使う部屋なのよ」


 窓側の席のひとつ、上座の隣には先に席に付いていたエルセーの姿があった。部屋の中にはメイドが2人、1人が支度をし、1人が全体を見守っている。


「2人とも、とても綺麗ですよ」


「ありがとうございます、大お姉様」


 トリーの礼に合わせて、ウレイアも会釈をした。


「さあ、お座りなさい。食事を楽しみましょう?」


 しかし、気になっていたのは上座に座るべき主人の姿がないことだ。と言うよりこの屋敷に着いてからその姿をまだ見ていない。


「オリビエ様、ご主人はお待ちしなくてもよろしいのですか?」


「ああ…あの人が戻るのは明後日あたりかしらねえ?」


 エルセーは呆れたように溜め息をついた。


「仕事の多くは他の国との交易でしょう…一仕事に何日もかかるのよねぇ、家にはいないことが多くて……あなた達のことは話してあったから、2人に会うのをとても喜んでいたのですよ?だから主人に会ったら優しくしてあげてねえ?」


「もちろんです。それに育ての親であるオリビエ様をめとっていただいたのですから、私からもお礼を申し上げなければ」


 くすっとエルセーが口に手を当てた。


「まぁ…そうね、そうしてちょうだい」


「はい」


 メイドがいる以上、本当の名前で呼び合うことは出来ないが、久しぶりのエルセーとの食事をウレイアは懐かしくも楽しんだ。


「そうそう、食事が終わったら私の部屋に来て頂戴。もう少し、お話しを楽しみましょう、トリーちゃんもね」


 気を遣ってトリーがウレイアを見た。


「わかりました、2人で伺います」


「ではリード、この後は私の部屋にお茶とお酒の用意をお願いね。ああ、甘い物も少しね」


「かしこまりました」


 確かに、一番近い使用人が自分の正体を知っているというのは都合が良さそうだ。うっかり聞かれたり、見られたりする心配も大分減るだろう。


 ウレイアを気遣ってか、メニューは味も繊細な贅沢な物だったが量は抑えられていた。美味しい物を少しだけ、ウレイア達にはこれが一番ありがたい。いや、トリーは物足りない顔をしていたかもしれない……きっとこの後のお茶と『甘いもの』で満たそうと思っている。


「このまま私の部屋に行くということで良いのかしら。それとも一度あなた達の部屋に戻りますか?」


「このままで構わないわよね、トリー?」


「はい、お姉様」


「では、行きましょうっ」


 エルセーは上機嫌だった。

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