第24話 祝福 2
クリエスには4時前に到着して、2人は気晴らしの散歩で気分をほぐしてから宿に落ち着いた。
「明日は…午前中にはエルセー様にお会いできますね?」
「おそらく昼頃に着くと思うのだけど……手紙には、ハルムスタッドに入って最初の町のクルグスに迎えを送ると書いてあったわね……」
「ほうほう…では、そのお迎えは何色の旗を持ってらっしゃるのでしょうね?」
「そうねえ…アオムラサキ色かしらね?」
「ええっ?まさか、本当に旗を?」
「冗談よ、ブルーベルの花をかたどった紋章が入った馬車らしいわよ?」
ブルーベルとはアオムラサキ色の小さな可愛い花を咲かせる植物のことだ。
「もうっ、お姉様ったら…」
トリーが何かを言おうとしたその時っ、一瞬鋭い光が横切った様な感覚を二人は身体の内で感じた!
トリーは固まり、ウレイアは放たれたと思われる方向に身構える。
「お姉様っ、今のは!」
「何もしてはだめよっトリー!誰かが見ようとしていた……」
「でもっ大丈夫なのですか?……えっ?見ようとしていた?」
「屋内だし、おそらく認識もされていないと思うわ」
その印象はあまりにも乱暴で雑だが、反面かなり強い力と予想も出来ない程の距離をウレイアは感じていた。未熟や稚拙と言った方が良いのかもしれない。
何にせよエルセーの住むハルムスタッドの方向と思われる。しかしウレイアには分かる、明らかに別の誰かによる『監視』だ。
「異常な程に遠かったわね…!たしかに幅を絞れば遠くまで見通せるとは思うけれど、感じとしてはせいぜいこの建物が視界の端に入ったくらいかしら………おまけに俯瞰による『監視』では屋根があるだけで遮られてしまうだろうし」
もしくはその程度で十分な理由と目的があったのかもしれない。何しろ『力』そのものはかなりのものを感じたからだ。
「お姉様のは全方から触れられているようでぞくぞくっとしますけど、今のは何か見下されているように感じて何だか気分が悪いですっ」
トリーは辛いものでも口に含んだように舌を出した。
「確かにそうね、神の目線にでも立っているつもりかしら?でもあれよ…今ではあなたも私の事は言えないけど?」
「それはまあ、そうですよー、だってお姉様に教えて頂いたのですから…」
「とにかく…何者かがいる、ということが分かっただけで闇雲に正体を探るのはうかつなことよ。警戒は強めるとして、今後は情報を見逃さないように気をつけましょう」
おそらくハルムスタッドからの怪光、エルセーはそう遠くない場所にそこそこ長く住んでいるはずなので、聞けば何か情報を得られる可能性は高い。
次いで昨日老夫婦からトリーが聞き出したハルムスタッドの教会騒動が引っかかってくるが………どこの教会でも魔女やそれと疑わしい事件などには目を光らせているもので、権威が強まっているというハルムスタッドではより監視が強まっているはずだ。つまりは同族にとっては居心地の悪い場所と思われるのでその近辺を縄張りにしようとは思わない筈なのだが………
まあ例外としてはエルセーやウレイアのような経験を積んだ熟達者か、何も知らない、考えの至らない未熟者のどちらか……
しかしウレイアが受けた印象からは、とても熟達者とは思えないものだった。とにかく相手を想像するにはもっと情報が必要だ。
「何にせよ今は気にしなくていいわ」
「分かりました、お姉様がおっしゃるなら間違いないです」
その夜は流石のトリーも眠ることもなく、ぽつりぽつりと話をしながら時間を過ごした。このような折をみては、トリーの興味を推し測りながら、ウレイアはよく自身の経験を語って聞かせた。
自分達の生活や仕事の選び方、生き残る術や時としては戦い方と心構えをゆっくりと説明する。いつかトリーが1人になった時に足りない経験から自らを追い込む事が無いように。
「大分明るくなってきましたけど、結局…あの後は何事も無かったですね?」
「そうね」
そうね、としか言いようがない。言ってみれば通り過ぎたカミナリの様なものだろうか。いつも通りに周りをよく観察し、耳をそばだて情報を集めるしかやれる事はない。まあ謎の敵を想定して行動することはトリーにとっても良い経験になるだろう。
ところで、今朝は馬車の乗客に変化があった。カッシミウから乗車していた、バマー公爵の夫人と娘が下車したらしい。
どう考えたところで昨晩の一件とは結び付かないだろうが例によってトリーがモーリーに聞いたところ、どうやら馬車を乗り換えて早朝に出発したという話だ。
これは予定されていた行動だったようで初めから国境を越える気は無かったのだろう。
あの2人にはウレイアも興味を持って観察していたが、夜の一件から優先度が書き換わってしまったので今は心に留めておくことにした。
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