第18話 三人の集会 5

「翌日からケールは姿を消したと聞いたわ」


「聖女を殺しに行ったのですよね?」


 長い物語をトリーは飽きる様子もなく聞いていた。


「ええ、しばらくしてから聖女が死んだと言う話が伝わってきたの。でも、それきりケールが戻る事はなかったらしい」


「まさか相討ちになってしまったのでしょうか?」


「それは無いと思うわ。なにしろカタストレの最期の姿は、その自宅の正面の壁に張り付けにされていたらしいから。首だけ足下に置かれてね」


「すっ、凄まじいですね」


「姿を消したのはその後を考えてのことでしょう。おそらくカタストレを直に見たケールは、本人よりも周りの人々や教会を恐れたのでしょうね?……さらにはケールのやり方もよくなかった。もう手遅れだと考えたのかも知れない、我慢が出来なかったのかも知れないけれど、そんな殺し方をすれば恐れよりも憎しみが勝ってしまうもの。もしも手を下したのがオネイロであったなら、もっと上手く処理をしたでしょうね?」


「私たちを恐れなくなったのですね?」


「我慢しなくなった…かしら。おそらくカタストレの教えの中には私達との戦い方も、含まれていたでしょうしね」


「彼女は死後に教会によって神格化され、その教えは今に至るまで長く残る事になったのよ。なにより神の敵にされてしまったのが私達の立場を決定付けてしまったの。復讐の聖女によって……」


「最大の敵は常に内側にひそんで居る、ですね?」


「あら…」


「お姉様……今意外そうな顔をされましたね?」


「まあ、とにかく手を下した自分が2人の元に戻る事は出来ないと考えたでしょう。現場は別でしょうけど、町で目撃されていなかったとは考えられないから」


「そうでしょうか?お姉様なら容易いと思いますが」


「ありがとう、トリー」


「そ、それで残ったお2人はどうされたのですか?」


「同様に姿を消したわ。以来オイジュは行方知れず、オネイロもマイヤを伴って居を移した」


「と言う事は、このお話はオネイロ様、もしくはマイヤ様から伝えられたのですね」


「まあ…」


「またそんな顔をされて、もうっ」


「くす、そうね、マイヤでは無いわ。マイヤはその後しばらくすると、オネイロの元から離れたそうよ。その理由は独立心からでは無くて、カタストレを生み出してしまった例の実験を研究したの。1人でも多く自分のように救いを得られるように、けっして呪いでは無く………でもね、大概の成功は多くの失敗の積み重ねで得られるもの。マイヤの欲望もまた、多くの救いと呪いを産み出したの」


「欲望、なんですか?」


「欲する想いの全ては欲望と言えるでしょう?欲望はけして悪いものでは無いし、生きる理由にもなるものよ」


「産み出した呪いというのは何だったのですか?」


「イウラは覚えてるかしら?」


「はい、以前教えていただきました。魔女を崇拝している者たちの集まりですよね?」


「正しくはイウラ・マギサスと言うの。その中には魔女に生まれ変わることを目的にしている者がいるの。マイヤは確かに何人かを生まれ変わらせた。造られた魔女は自分を信奉する者ができると、救ってくれたマイヤを造物主のように語って聞かせたのでしょう。その話が広まって、ただの憧れや希望、あらゆる欲望のために魔女の力を求める人間が出てきたのよ。中には自らに苦痛を強いてまでね」


「自らって、そんな事をしても…」


「そうよ。目的があっての自虐なんて苦痛でも何でもないわ。むしろ希望と言ったほうが良いし、ただのマゾヒズムよね?」


「確かに呪いですね。強い欲望を抱くほど自らを傷付けていくなんて…あわれです」


「イウラは無くならないでしょうね。たとえ私達が滅んでも…」






 語り終えた気分でウレイアはひと息ついた。


「ふう……昔の話はこんなものかしら」


「まだです、オネイロ様の話が終わってません」


「ああ…オネイロは、他の地に移るともう1人、同属を拾い…育てた……」


 話しの途中でウレイアは少し考えてから語り直した。


「私はねトリー、エルセーという人に生きる術を教わったのよ……」


「エルセー、さま?」


「エルセーは思慮深く洞察力に富んだ方で、オネイロに選ばれるのは当然だと思える人よ」


 初めて聞いたウレイアの師の名前、そのエルセーはオネイロと繋がっている。


「あ、ああっ!お姉様はその高名な3人と繋がっていたんですね?!だからこれ程詳しくご存知だったんですね?」


「高名、とまでは言っていないけれど、エルセーはマザー・ゲーと別名で呼ばれる程度には有名ですよ?」


「『ゲー』?」


「『ゲー』とは、この世界そのものを指す古い言葉ね。人につかう場合は『庇護者』や『母』…といった意味かしら……」


 まるで物語りの英雄が目の前に現れたようにトリーは興奮した。


「おお…スゴイ方なのですね?お姉様のお姉様はっ!!」


「そういう数え方なの?」


「あーん…お姉様のお姉様にお会いしたかったですーっ」


「……それに、勘違いしてるわね、エルセーはご健在よ?」


「えっっ!!」


 トリーは目をみるみる見張ってキラキラと輝やかせた。


「ご健在なら是非お会いしたいですっ!」


「やっぱり……そう言うと思ったわ。そうね…良いわよ。ずいぶんとお会いしていないし、そろそろあなたを紹介しないとね?」


「はい?、お姉様っ是非!!」


 その夜は一晩中、せがむトリーに昔話しを語って聞かせた。

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