第15話 三人の集会 2

「あなたはまだ、自分の過去なんて語りたくもないでしょう?トリー」


「は、はい……思い出すと、気分が悪くなりますし、眠れなくなったりします」


「そう、でも安心なさい。あなたには二度と、そんな事は降り掛からないわ」


「はい、お姉様」





 まず3人は自分達の第一の人生を確認し合った。


 何処でどの様な家に生まれたのか?家族や信仰、訪れた幸福や不幸、その時の感情まで、可能な限り詳細に。誰も嘘を口にする事もなく、それはまるで他人の人生を語っているようだった。


 意外だったのは、3人の思い出話が思った以上に短い時間で幕を引いた事だった。


 それは3人の人生があまりにも短く、凄惨なものだったから。許容を超えた酷い有り様に同情も出来ず眼を背けて逃げ出してしまう……そう言っても足りないほどに。


 互いに全ての過去をさらけ出した末にあぶり出された共通点、それは全員がやはりと頷くもの、正気を失うほどの『苦痛』だったの。


 痛み、ならば怨念なのか。誰かを怨めば生き返るのか。オイジュは違うと言った。


 私は自分の運命を呪うことはあっても、人に復讐したいとはあまり思わなかった、と。


 あまりにも漠然として、この容疑者の正体も証拠もなかなか掴めなかった。


 それでも彼女達は会う度に自分が思い付いた事を話して聞かせた。


 私達は尋常ではない『痛み』を経験した。ならば人間の次の段階として、つもり溜まった痛みが器から溢れ出すと、長い寿命と新たな『力』を得るのではないのか?


 そう言ったのは、オネイロだったの。


 ただ新たな力と言った事はすぐに訂正した。思えば誰もが感が良い時や、言葉に強い力を感じた事があるはず……説明に困るほどに。


 だからこう言い直した。私達は蘇ったと言うよりは人の生の一線を越えた感覚がある。そしてこの『寿命』と『力』はその一線を越えたことで届くようになった元々持っていた権能なのだと。


 これで濃い霧で手探りが続いていた中で、迷宮入りかと思われたテーマに一応の仮説が付いた。


 ではどうするのか?ここで終わるのか?これで納得したのか?


「確かめてみたいわね?」


 そう言ってケールはオネイロを見た。


「でもどうやって?似た境遇の子供でも探すのかしら?」


「探しましょう。そしてさらいましょう。放っておいても虐遇の果てに死ぬのならば、私達が育てましょう。同じ力を得られるよう、苦痛を与えましょう」


 オイジュの言葉にざらざらとした欲望が蘇るのを感じた2人はその提案に乗った。


 3人はそれぞれに子供をさらい、思いおもいに育てた、生き地獄の中で。


 さらった幾人かはまさしく捨て駒だった。苛烈な痛苦に肉体的なショック死から始まり、精神が耐えられずに正気を失う者。第一に適度な痛苦など個人によって異なるであろうから、まさしく運と手探りな実験にしかならない。


「上手くいかないものねぇ」


 オイジュはシブい顔をしていた。25年を費やして6人目も死んだままだ。しかし前に進む意欲は衰えない。探究心や知識に対する欲求は3人のなかでは異常なほどに強い。


 ケールなどは一度に2、3人を集めては試しているようだが、さまざまな条件を検証する目的を考えればむしろ効率が良かった。


「あなたの4人目はどうだったの?」


 いつものテーブルに集まるとオイジュはオネイロに確認する。他の2人と比べるとオネイロのやり方は穏やかで時間をかけているようだ。


「まだ育てているわよ。なるべく長く育てた方が確率も上がるのではなくて?」


「でも殺さないように手ごころを加えては意味があるの?」


 ケールが異論をはさむ。


「やはり私は耐えきれなくなったら悶死させた方が自然に近いと思うんだけど」


「あなたは今迄何人殺したのですか?ケール」


 オネイロは呆れたように言った。


「しようがないんじゃない?蘇らせるのが目的ではなくて、なぜ蘇るのかを知りたいんでしょう。なら必要なのは育てるよりも観察よ」


「まあ2人とも。同じやり方を試すよりはサンプルが増えるのだから、効率的でいいのじゃないの?」 


 そのままオイジュが問いかける。


「まだ気が早いでしょうけれど、もし、この試みが成功した場合に、その子をどうするのかを考えておいた方が良いでしょうね?」


「決まってるわ。自分を怨んでいる人間を生かしておくわけがないでしょ?!」


「怨んでいなかったらどうするの?」


「殺すわ。危険を放置しておけないもの」


 考えていたオネイロがそこに参加する。


「確かにケールの意見はリスクを考えれば当然ですね。育てていても思う程には情も湧きませんし。でも成功した時には、達成感から作品を壊すことに躊躇することも考えられますね。まあ…いつ実るとも知れない研究です、まだ様子を見ては?」


「でも、成功する時も突然だと思いますよ?オネイロ」


「殺す、で良いのよっ」


 ケールのシンプルな考え方に異論はない。使える犬を飼うのも魅力的だが、飼い犬に噛まれるという事は人間の歴史の中で繰り返されてきた事実なのだから。


 ましてや彼女らに仲間意識などは無く、これほど長く集まり続ける3人であっても、誰かが危機に瀕した際に救いの手を差し伸べるかと聞かれれば、3人ともに否定することは全員が理解している。


「とにかく、まだ時間が必要です。互いに何か発見があればまた声をかけると言うことで良いでしょう」


 何度もこのような集会が繰り返され、このテーマに割かれる時間も徐々に減ってきていたある日に、集まって早々、上機嫌のケールが得意満面に自慢した。


「どうやら成功したみたいよ…」


 意表を突かれて2人は黙ってしまったが、すぐにオイジュは立ち上がって


「本当にっ?どうやって?」


「今まで通りよ、特別なことなんて何も……」


 そして


「あら偶然ですね、私の方でも成功しましたよ」


 なんとオネイロが続いた。オイジュは力が抜けた様に腰を下とす。


「オネイロまで…」


「じゃあ、一応仮説は正しかったということかしら?」


「断言は出来ませんが、間違ってはいなかった程度には思っても良いと思いますよ。それとケールと私では少し扱い方に違いがありましたし、必要な条件が多少は絞りやすくなるかも知れませんね?」


 オネイロの話に2人がうなずく。


 そしてオイジュがぽつりと呟いた。


「『痛み』とは一体なんなのでしょう?」


 2人はオイジュの貪欲さに目が丸くなった。しかもそんな曖昧な御題目など彼女達が一生かけても答えに辿り着けそうにない。


「ちょっとオイジュ、もう次の疑問なの?ましてや『痛み』なんてそんなものっ、実験のテーマにもならないわよ」


「ケールの言う通りですよ。これから結果を精査していくのではなくて?それに生き返った2人をどうしたものか…」


 さすがにオイジュもすぐにこの課題は引っ込めた。


「そ、そうね、それでどのように始まったの?」


 オネイロとケールは目を見合わせると、長年待ちわびていた発表会を始めた。先ずはケールが先に話し始める。


「まずは死んでいるのを確かめたわ。呼吸無し、鼓動も無し、その状態がまる1日。間違いなく死んでいたわ。ただし…死体は固くなることもなく、目の白濁も無かったのよ」


「良く観察していましたね。私も同じ疑問を持ちました。まるで眠っているようにも見えました」


「そうそう、肌は真っ白だったけど」


 たしかに、とオネイロが頷く。


「そのまま観察を続けていると、2日目の朝、いえ日が昇ると同時と言った方がいいのかしら。肌に血の気がさしたかと思うと、浅い呼吸から始まって徐々に強くしっかりしてくると、やがてゆっくりと目を開けたの…少し感動的でしたよ」


「私はいつ目を覚ましたのかは見てはいなかったけど、確かに朝見に行った時には起き上がってぼーっとしていたわ」


 この後も検証は続いたが、死亡した時間はまちまちでも2日目の朝に生き返る事以外、例えばどの程度の苦痛や与える期間という話になると共通する点はないように思えた。


 結局は、何を苦痛に感じるのか、どれほどの精神的負荷になるのかは個人によって違うだろうと言うことになった。


 ましてや、なぜ?ということに関しては何の情報も得られなかった。


「そう言えば2人とも、その子たちはどうしたのかしら?まさかもう殺してしまったの?」


「いえ、動き回りはするけれどもう3日間も茫然自失という感じだから、そのまま放ってあるわ。あと面白いのはね、初めから左手が上手く動かなかったのだけど、生き返ったからとはいえ、死ぬ前からの欠陥は治らないみたいよ?」


「ケールらしいわね。私はとりあえず身体を洗って、飲むものから与えています。どうするかは、まだ考えていません」


 するとオイジュの本音が口からこぼれる。


「羨ましいわ………」


「なんなら見に来てもいいわよ、この後でも」


 ケールとしては珍しくオイジュを誘った。誰かの縄張りに入ることは軽率な行為になってしまうが、付き合いの長さと長年の疑問の答えがそこにあるのかと思うと、好奇心には勝てなかったようだ。


「そ、そうね、それじゃあ伺おうかしら」


 オネイロは少し心配になったが、何も言うことは出来なかった。

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