第932話「盛大フラグ?少女の正体は帝国第二皇女だった件」


「すいません……飲み物までせがんでしまって……」



「構いませんよ!支配人が持っていかなかったら、俺が持っていきましたから……。それで……ヒロ殿……どんな理由でこんな現状に?」



「僕が説明をする前に、支配人に聞きたい事が……」



 僕はあの女性が何処の誰か分からない。



 しかし支配人ホランドロップの先程の様子から察するに、彼ならば保護している女性が何処の貴族のご令嬢か知っている筈だ。


 そう思い、まどろっこしい事を全て放り投げて率直に質問をする。



「実は事件に巻き込まれて彼女の保護を頼まれたんです。護衛していた男性は、恐ろしく腕が立つ人でした……」



 僕はそう前置きの説明をした後、その執事の様な男性が麻痺針で動けない事を説明した。



「わ……私はてっきり……ヒ……ヒロ殿が、このお方の護衛で同行しているのとばかり……」



 そう言った支配人は僕の顔を見ると『本当に知らないのですか?』と尋ねて来る。



 しかし先に痺れを切らしたのは僕ではなく、料理長のチビートの方だった。



「おい支配人……いい加減勿体ぶらずに話せよ。本人が居ない此処だから、ヒロ殿が聞いてるんだろうが……察しろよ!」



 シェフにそう言われた支配人の口からは、とんでもない人物の名前が飛び出してきた。



「確固たる確証はないのですが……。恐らくディスターブド皇帝陛下の第二皇女様……エクサルファ殿下かと……」



 その言葉を聞いて料理長は眉を吊り上げる……



「エクサルファ殿下だと?そんな訳ないだろう!!何故姫君が街になど……」



 そう言った料理長のチビートは『エクサルファ殿下が、万が一にもお供の騎士団を連れずに、宮殿から出歩く事などある筈も無い!!』と言い切る。



 しかし王都では、その無いであろう問題が実際に起きた実績がある……完全に無いとは言い切れない。



「成程……だとすれば勘ぐれば藪蛇ですね……」



「「か……かか………勘ぐれば藪蛇!?」」



 二人はそう声を揃えて僕に聞く。


 僕は彼女が連れていたお付きが、とんでもない手練れである事を知っている。



 相手が並のアサシン程度で姫が側に居ない状態であれば、彼は全て撃退出来ていただろう。


 麻痺針を受けたのではなく、姫を庇った時に刺さったのであれば納得がいく。



 だからこそ今の違和感を説明する……



「そうです。お供の執事が一人だった事が、それを意味してると思いませんか?」



 僕はそう言った後に『それに貴族の娘であれば、執事だけでなく護衛の一人もつけている筈だ』と言う……



 娘の一人歩きを許す、貴族の父親はいない筈だ……


 体裁を気にする貴族なのだから、普段からそれなりに気を配っているだろう。



 そもそもこの街は安全では無い……例え街の中であっても、此処は武器の所持が許されている『異世界』だ。


 元の世界でさえ、場所によっては強盗に注意しなければならない……スラムなどが良い例だ。



 深夜に財布片手で裏路地を通り、コンビニへ行ける治安の良い日本では無い。



「た‥‥確かに……。言われてみれば、執事一人で護衛が居ないのはおかしいですね……」



 料理長がそう言うと、支配人は『実は私がそう思ったのにも、理由がありまして……』と言って、何かを思い出しながら話を始めた……



「皇帝陛下が病で伏せられてから、とてもエクサルファ殿下に似た女性が、寺院付近で頻繁に目撃されているのです」



「ホランドロップそれは単なる噂だろう?……それがエクサルファ姫だとすれば尚更騎士団を連れているだろう?単独で歩く意味もない……」



 そう言ってチビートは、支配人のホランドロップを笑い飛ばす。



 しかしホランドロップは『そんな事は俺にだって分かってる!』と怒った口調で言うと『今日だって騎士団が寺院に来てるんだよ!!でも騎士団が来てる時に限って、外でエクサルファ様に似た人を見かけているんだ。それも何人もだ!!』と状況の説明をした。


 どうやらホランドロップ支配人の言う事は、間違いではないだろう。



 寺院に来た時は『爺やの目を盗み脱走……それからあのカフェで息抜き』それが一連の流れなのだろう……



 姫の命を狙った相手は、それを噂ととらえず調べて後を追って来た……そう考えるのが自然だ。



 今やその姫が寺院には戻らず此処に居て、それを知らない騎士団が探している可能性がある。


 そして当然、姫の命を狙う敵も街中に潜伏している筈だ。



 姫を助ける事で、逆に問題が山積みになってしまった。


 ラムセスがどれだけ早く彼を此処に連れてくるか……それにかかっているだろう。



 ◆◇



「はぐはぐ………もぐもぐ………なんか……ふいまふぇん……たふへていたらいへ……ひょふひまへ……」



「えっと……話なら……食べてからで良いですよ?サルファさん………」



 僕は食べることに専念する様に、彼女にそう言う……



 どう言うことか説明からすると……



 料理長のチビートは僕達が来る直前まで、店の開店用に肉を仕込んでいたのだ。


 だが今日は、店に客など到底呼ぶ事が出来ない理由がある。



 そうなれば当然だが店を開けるわけにはいかない……


 だからと言って冷蔵庫などこの世界にはある訳もない。


 肉の鮮度は待ってはくれず、次元収納に入れられない肉は時間を置けば悪くなる一方だ。



 生鮮食品であるホーンラビットの肉は、放置すれば痛みがはやい……そもそも魔物の肉なのだから腐敗が早いのだ。



 仕方なく弁当で販売する発案をしたのだが、エクサルファ姫は焼きあがる肉の匂いを嗅ぎつけて厨房まで覗きに来てしまった……



 『とんだ姫様も居たもんだ……』と思ったが、本人がしらばっくれれば、当然追求などは出来ない……後々困るのは自分達だ。



 仕方なく姫だと気がついてないふりをして、放置をかましていたのだが……



 味見をしたそうに、焼き場を覗き込む事数十回……料理長もどうしたものかと困り果てる有り様だった。


 仕方無く僕が肉を数枚エクサルファの口に放り込んだら、そこから姫様の大絶賛が始まった。



 それを聞いた支配人のホランドロップはチビートに沢山調理させたが、困った事に姫は痩せの大食いだったのだ。



 食うわ食うわ……既に1キロ肉をペロリと平らげていた……



「この良質の脂身は何枚でも食べれてしまします!噛み切りやすく入れられた隠し包丁も素晴らしいですし、何より魔物肉なのにこんなに美味しい味付けなんて……はぐはぐ……」



「一流の調理師ならばこれくらい当たり前さ!このホーンラビット亭帝国店は、ビラッツ総支配人が経営する店にも負けないと自負してますからな!わっはっはっはっは!もっと食うか?なんなら300gくらい焼いてやるぞ?」



「是非焼いてください!私もっと食べれます!はぁ……良い匂い……今すっごく幸せです!宮殿にいると大抵食事は冷えてて、食べれたものではないんですよね……はぐはぐ………」



 姫はそう言うと『わ……私は宮殿付きのメイドで……食べる頃には冷めているって言う意味です!!』と聞いてもないのに、無理な言い訳をする。



 聞いてもないのにそう言えば、逆に怪しむとは思わないのだろうか……


 しかし支配人やシェフにしてみれば『間違いない……エクサルファ殿下だ!』と確信に至ったのは言うまでも無い。



「ま……まぁ宮殿ですと諸市民とは違うから大変だと思う。だから今はゆっくり食べていってください。お飲み物は如何ですか?店の中にある物なら開店前だから出せるぞ?」



 支配人は相手が相手だけに、敬語と常用語が入り混じる怪しい口調になっている。


 支配人本人も気が付いているだろうが、どうしたら良いか既に混乱している様だ。

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