第879話「危険な魅了と通じない攻撃」


 僕達は声を顰めて、攻撃手順を話し合う……



『あの腕は『口』が付いています。『眼玉』が無くなった以上、あの階層主は視力を失いました。ですが近付くには危険です……そこで……三方向からの同時射撃をしようと思うのですが……どうでしょう?』



『うむ!賛成じゃ。攻撃はヒロにアユニ、後は申し訳ないがペム……お前に頼む事になるな……』



『儂は構わんよ。とんだヘマをしたが、その挽回を今のうちにしたいからな!』



『では……アユニに護衛には騎士団を、ペムさんの護衛にはガルムさん達が……ギルマスとモルダーさんはあのファントム・アームの注意を引いてください!』



『ってオイ!?……お前の護衛はどうするんじゃ?』



『鈍いねぇ……ガルム……用意するだけ無駄って事だよ!足手纏いにはなっても、助けにはならないって事!!そうだろう?』



 ガルムは天井を見上げて、抉り取られた場所をマジマジと見る……



『じゃな……逆に人質に取られたら、ヒロからの攻撃が滞るな……』



 ガルムはそういうと、モルダーとテカロンに盾を渡す。



『よく聞け二人とも。ペムの話じゃと、階層主の攻撃方法は見えない糸で雁字搦めにするそうじゃ。今渡した盾は必ず正面に構えろ!内側に両方の腕をしまい、念の為にダガーを持っておけ!万が一の時に糸を切る用じゃ!』



『ああ、わかった。なるべく捕まる前に仕留めてくれよ?』


『俺は……親父様がずっと世話になっているヒロの旦那を信じますよ!スカリーに事もありますしね!』



 ガルムから盾を受け取ったテカロンとモルダーは手持ちの武器をダガーに替える。


 そして短くギルマスが『行ってくる!』と言うと、二人は飛び出していく……



 既に感知方法を失ったと思った。


 だがファントム・アームは、走り出したテカロンとモルダーの二人の位置を明確に見分けた……



「………ソコカ!!………メガナイカラ、モウタタカエナイ………ソウモッタカ?………ナカマドウシデ、ジメツシロ!!……『マリオネット・ファントム・プリンセス!』」



「く……何だこれは!?………全員注意しろ!見えない糸が張り巡らせてあるぞ!」



「モルダー、焦るな。ガルムにヒロよく聞け!コレは非常に細い糸だ……触っただけで切れちまう!だが階層主はその糸を使う事で周囲を感知している様だ!」



「テカロン……何処へ行った!?……変だ……急にゴブリン共が増えたぞ!!気をつけろ!」


「何を言ってるんだ?モルダー?………うお!?………」



 モルダーは注意を促しているテカロンに、突然シールドバッシュを繰り出した。


 だが、テカロンはその攻撃を盾で受け流す……



「な!?モルダー?………何をするんだ!?」



「ゴブリンが……俺の攻撃を避けるだと?テカロン気をつけろ!ランクの高いゴブリンが群れに混ざってやがる!!舐めて掛かると怪我するぞ!!」



 僕は突然変な事を言い出すモルダーの背後に、半透明の女性を見つけた……



「な!?いつに間に?……サイズはほぼ人間?………それも女性?………」



「い……いかん!……ヒロそいつから離れろ!!ファントム・プリンセスじゃ……お前が魅了されたら全滅じゃ!!」



「ガルムにヒロ、幻影姫の注意を引くな!魅了されるぞ……そいつの魅了は確定の精神異常攻撃だ!!」



 僕はペムの注意に従い距離を持つと、すぐに幻影姫と呼ばれた魔物を鑑定する……



『ファントム・プリンセス<別名・幻影姫> 個体数が非常に少ない、特殊なゴースト。直接攻撃持たない代わりに、特定種の個体を1体魅了できる。(魅了効果が無い<出来ない>個体を除く)魅了距離は幻影姫から50メートル。完全魅了まで300秒が必要であり、完了した場合、それ以降は幻影姫の指示でしか動かなくなり、ディスペル以外では解除不能。HP1/1 MP9989/9999 幽体特殊<物理攻撃無効>』



 僕は鑑定をしてその結果に、驚きが隠せない……そうして同時に安堵する。



 出会い頭に幻影姫を使用されて僕を魅了、若しくはアユニを魅了されたら確実に全滅だった。



 僕が操られていたら、幻影姫に操られるままに全員を攻撃していただろう。


 アユニが操られていたら、全員に『ウォーター・ジャイアントバリスタ』をお見舞いしていただろう……



「幻影妃は物理無効です!だからその個体から遠く離れて、ファントム・アームに射撃を集中!」



 僕はモルダーの魅了が完了する前に、その拘束を解くための行動に出る……階層主の駆逐だ。


 僕達は遠距離が扱える、アユニと僕そして回復したペムの3組に分かれて、同時射撃をする作戦をそのまま実行に移す……



 僕とペムそしてアユニが三方向に散らばり、階層主をロックオンする……


 周囲の反応を待っている余裕が無いのは、幻影姫の忠告を一番最初にしたペムがよくわかっていた。



 もはや周囲に見えない糸が張り巡らされている以上、コソコソとしている意味もない。



 そう判断したペムは大きな声で、ガルムに指示を出す……



「ガルム!やれ!!」



「おう!うりぁぁ!」



 ガルムは武器をスローイング・アックスに持ち替えて、ファントム・アームへ投擲する。


 その攻撃に合わせる様に、レイラとレックも遠距離攻撃を放つ。



 そしてレイラはお得意の弓を使い、レックはスローイング・ダガーを投擲した。



 それを確認したペムは、杖を構えると『アユニにヒロ!!今じゃ!』と大声で言う……



 ペムの発した言葉を合図に、一斉射撃が始まった。



『ウォーター・ジャイアントバリスタ!』



『業火を纏う紅の精霊よ、我に力を!ファイアー・ランス!』



『ウォーターバレット!!』



 発動させた魔法は僕達とアユニは弾数勝負で、ペムは破壊力を込めた魔法だ。



 一見アユニの射撃した水魔法でケリがつくと思われたが、その魔法はファントムアームに当たることはなかった……


 それどころかペムのファイアー・ランスも、僕のウォーターバレットも階層主には当たることは無かった。



 ファントム・アームは詠唱を始めたかと思うと……僕の良く知る魔法を使ったからだ。



 何と絶対防御である『水障壁』を唱え、全ての魔法を防ぎ切ったのだ……



「あ……あの魔法は!?何故階層主のアイツが………」



「グゲゲゲゲ………オレニハ『クチ』ガアルンダ……ナゼアルノカ………カンガエナカッタノカ?」



 階層主は僕を嘲笑うかの様にそう言う……


 もはやモルダーを救うには、ファントム・プリンセスを倒さなければならない。


 何故なら僕の魔法は、マジックアイテム由来で覚えたので使用制限があるが、階層主の魔法は『使用制限がない可能性』があるからだ……


 そう判断した僕は、咄嗟にモルダーと対峙しているテカロンへ叫ぶ……



「テカロンさん!僕の魔法の射線に入らない様に、モルダーさんを抑え込んでください!」



「な!?……なんだと?魔法の射線にだと?………ええぃ!!わかった。何とかする!………くそ………大人しくしろ!モルダー!!」



 突然テカロンは突然だったが指示を受けたので、ダメージ覚悟でモルダーに飛びかかる。



「このゴブリンめ!急にやる気出しやがって………」



 テカロンに襲い掛かられたモルダーは、咄嗟にそう文句を言う。


 だがテカロンとモルダーの実力には、大きな実力差があった様だ……モルダーは、テカロンにあっという間に制圧されて、地面に押し倒される。



「くそ!放しやがれ!……皆は何処行ったんだ!?……くっそ!」



 必死にもがくモルダーだったが、相手はゴブリンでは無い……


 遥かに格上の冒険者で、ギルマスのテカロンだ……戦闘経験で差がある彼には、敵うはずもない。



 体格差があるにも関わらず、どうしてテカロンがゴブリンに見えたのか……それが幻覚作用であるのは間違いがない。


 よく見るとモルダーのステータスには、状態異常の『幻覚』が表示されていた……

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