第836話「モルダーに起きた異変」


 僕達は下層階へ降りる階段前に居る……



「モルダーさん……顔色が最悪ですけど……平気ですか?」



「ヒロの旦那……だ……大丈夫です!」



 階層を降りようとした時、あからさまに情緒不安定になったモルダーは、呼吸が荒くなり突然過呼吸気味になっていたのだ。



 それを見たガルムがモルダーに……『4階層は任せとけ……お前は転移陣で5階層に直接向かって安全部屋で待機してろ』と言う……


 そしてラームも同じ様にモルダーを心配している。



「モルダーさんの様子がおかしくなったのには何か理由があるんですね?それもこの下の階層に……」



 僕はそう言うと、ガルムは……



「この下の4階層の主な魔物はゴブリンにホブゴブリンじゃ……。じゃがな……初心者殺しと言う魔物が稀に出る……初心者は回復師か魔導師以外太刀打ち出来ない魔物……ゴーストじゃ!!モルダーはこのダンジョンで何人も仲間を失っておる。その彼等がヘタをすると階層に出るかもしれん。じゃから彼は此処を避けて遠っちょるんじゃよ」



 僕は『成程……武器商人にも苦しい過去があり、誰にも話せない苦悩があるのだな……』と思った……


 ダンジョンで死んで放置された場合、その魂も肉体も不滅になり延々と最下層から上がってくる。


 ゾンビやスケルトン、ゴーストなど様々な形態に姿を変える……



 仲間を何度も殺す事ができる冒険者は、そうはいないはずだ。


 だからといって放置するわけにもいかない……だからその階層では『他の人間が対処する』のだろう……


 冒険者はお互い助け合いだから……



「モルダーさん……此処はガルムさんの言う通り、5層に行ってて下さい、これは憐れみではありません。ダンジョンは気を抜けば皆が悪い影響を受けます……リーダーとして命令です」



「ヒロの旦那!大丈夫だ!!……俺はいずれこの階層を大掃除する運命にあると常々仲間に言って来た……多分今日がその日なんだと思う。アンタに会えて叔父貴も立て直した……今度は俺の番なんだ……そうなんだ……もう避けててはダメなんだ!!面と向かって叩き斬る!それが奴等の供養になるなら……」



「おいヒロ、モルダーは儂等が面倒を見る。じゃからお前がラームを前衛として上手く使え!そして3人を守り抜くんじゃ……。……まぁ、お前の方がゴーストの100倍は怖いがな!?ガハハハハハ!!」



 ガルムは騎士団で戦友を沢山失ってガルムと同じくらい辛い過去があるのだろう。


 そして冒険家業も長く、その仲間も数人は失っているはずだ。


 そんな経験が豊富なだけあって、空気を変える方法も熟知している様だ。



「………そうですね……モルダーさんの言葉にも一理あります。乗り越えるのは他人任せでは駄目です。自分しか頼れない事もありますから!……ガルムさん……この下の階層ではモルダーさんをお願いしますね?まぁ……ゴーストが僕を見たら逃げていくのは、目に見えてますけど?」



 僕はそう言ってから、下層へ向けて階段を降りた……



 ◆◇



 僕は階段を降りてすぐに魔法の地図を出す………



『うん……下階段はだいぶ先だな。手前にある安全部屋と転移陣の位置を確認して、から行こう……』



 そう決めてから地図全体をよく見る……すると地下3階と同じ様に階層中央に大きな部屋があることに気がついた……



「ガルムさん質問があるんですが……この大部屋……3階と同じ大きさに見えるんですけど?」



「うん?どれどれ……ああ、此処は同じ形がずっと続いておるぞ?1階から15層までは間違いなく同じじゃ……16からは詳しく見てないから何とも言えんが……16層はまだ半分しかマッピングが出来ておらん。まぁお前さんにはそれも必要ないがな……」



「って事は……階層別にあの試練がある可能性さえあるって事ですかね?」



 僕はガルムに思った事をそのまま言ったが、『そんな怖い事を言うもんじゃない!お主は余裕かもしれんが、一般の冒険者はたまったもんじゃないぞ?早々あんなことがあってたまるか……』と言われた……



 僕はひとまず苦笑いで誤魔化しつつ、安全部屋の場所確保と転移陣の階層記録に行く事を伝える。


 するとモルダーが、僕の提案が気になったのか意見をする……



「ヒロの旦那……俺だったら大丈夫ですから!何とか精神的なやつは克服して見せます。だからこの階層の用事をしっかり済ませて、5階へ降りやしょう……」



 モルダーがそう言うと、ガルムは僕より早く話を始めた……



「モルダー基本的な事を忘れるでないぞ?ヒロはリーダーとして言っとるんじゃ!緊急時に備え、どんな時でも対処できる様に、搬送先である安全部屋の確保と、転移陣までの逃走経路の下見の事を言っとるんじゃ!」



 するとそれを聞いたモルダーは、『すいやせん……確かにその通りです。どんな状態でも対処できる様に考えるのが、リーダーの役目でした』とガルムに頭を下げる。



 モルダーは自分が原因で、僕に気を遣わせていると思っている様だ。


 確かにそれは一理あるが、3階で既に一度地獄を見た……マナカが死んだと思ったし、現に4人も冒険者から被害が出た。


 あんな思いは二度とゴメンだ……



 だから生きている冒険者に対して回復措置ができる様、すぐに搬送できる場所を探すのが第一優先だ。


 そして皆を逃すための逃走経路の確保……これも必須だ。



 僕がそれをどう濁して言うか悩んでいたら、ガルムが……『こちとら長い間このダンジョンで、他人の為にあくせく働くヒロの様な奴は一度も見たことがないわ!モルダー、お前の勘違いも仕方あるまい!』と言って笑い飛ばした。



「まぁそう言う事ですよ!モルダーさん。苦手な物は苦手で良いと思います。その時の為の仲間でもあるんですから……さぁ!モルダーさんの言う事にも一理あります。先を急ぐことが僕達には最優先ですから!じゃ無いと皆が自分の冒険をできないですからね?」



 そう言ってラームに指示をする……



「ここから真っ直ぐです………マナカさんはこの階層の地図をモルダーさんから預かって下さい。行き先は中央エリアを通過して、安全部屋を確保、そのあと転移陣で階層チェックして使用できる様にしましょう。階下に降りるのはその後です……」



「「「「はい!」」」」



 マナカがモルダーから地図を受け取り、ラームと一緒に先頭を歩く……



 暫く進むと、僕の感知に敵影が現れる……



「ストップ!」



「ふ……ふえぇぇ?……ど……どうしたんですか?」


「アユニ……シッー!!………」



 僕は人差し指を口に当てて、喋らない様に言う。



「いいかアユニ、この先に見えているトの字の曲がり角……あそこを曲がった先に敵が居る。僕が石を投げて注意を引きつけるから、敵が来たら水魔法で射撃して……」



「は………ハイ!」



 僕はトの字の曲がり角に向けて石を放り投げる……



『カツーン………コロコロ……』



「ギィ!?………グゲグゲゲ………」


「ゲ!ゲッゲッゲ………」



 ゴブリンが二匹徘徊していた様で、石の音に反応して確認しに寄ってくる……



 『ウォーターアロー!』



 先に現れたゴブリンは石を見に向かったが、二匹目は通路を確認するためにこっちを見た……


 アユニはその二匹目のゴブリンに向けて水の矢を撃つ。



『ブシュゥゥ………』



「グヒィ!?………」


 アユニの水矢はピンポイントに額を撃ち抜き、絶叫をあげてゴブリンが倒れる。


 それを見た二匹目は武器を構えて、僕達に向けて突っ込んできた……



「ラーム行くよ!アタイ達の出番だ!」


「おう!!」



『ガギィン』



 ラームは巨大なパヴィースを構えて攻撃を受け流す。


 盾の自重でそう遠くまで動けないのは、マナカも把握済みだ。


 マナカはラームを囮にクルリとゴブリンの後ろの回り込むと、剣の横凪でゴブリンの首を斬り払う………



「ふぅ………ラーム!ナイスカバー!」



「ああ!この程度何でもない!幾らでも任せておけ」



 どうやら3階層で、足腰立たなくなるまで戦った訓練が身を結んだ様だ。


 ラームは周囲に遠慮などせず、自分から敵の前に動く様になっていた。

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