第798話「悪辣貴族イコセーゼ」


 このフルーツラビットは足が速く天井も重力を無視しているのか普通に走る、極めて滅茶苦茶な移動をする生き物だった。


 その為、気配を完全に消せる僕の様なスキルがないと狩れない様だ。



 その所為で結構繁殖していて、右を見ても左を見てもウサギが見える状態だった。


 当然弱肉強食なので、ラビットが魔物を避けた際に冒険者に捕まる事もある様だ。


 それを丸一匹あげると、彼は色々この街の情報を教えてくれた。



「………って事はあの階層の魔法陣を見るために来たって事っすか?まぁそれじゃぁ俺たちを知らないのも無理はないっすね……。でもさっき言った通り、この帝国では冒険者ギルドには登録した方がいいっすよ?いやぁ兄さんみたいな人は割と居ますからね?冒険者ではなく魔法剣士っていうパターン……。童顔だけど強いって意外性がありますからね……ちなみに歳はいくつなんですかい?」



 かなり饒舌になっているので、彼が貴族との予定を忘れていないか心配にさえなる。



「貴族との約束は大丈夫なんですか?」



「平気ですよ!20刻に待ち合わせなんですわ。そんでまだ木の20刻には半刻以上ありますからね?この街ではダンジョン前の火の位置で時刻がわかるんですわ……だから入る時も出る時もすぐに今がなんどきなのかわかるって寸法ですぜ!がははは……」


 そう笑っていると、どう見ても貴族と思われる男が近づいてくる……


「遅い!!遅いでは無いか!!どれだけ待たせるのだ……ラッド!!それで収穫はあったのだろうな?まったく。最近弛んでおるぞ?」



「いい!?……イコセーゼ坊っちゃま!!も……申し訳ございません……約束は木の20刻ですが……何故こんなむさ苦しい場所へ早くおいでに?」



「早いだと?受け取ったあと飯屋に行くんだよ!20刻に受け取っていたら、店に着くのは20刻半になるでは無いか!馬鹿め……」



 そう言った貴族は手を出す……



「こ……これが納品です。お眼鏡に会えばいいのですが……素晴らしい逸品です……多分貴族の誰も持っていないかと……お母上様にも良いと思われる物も手に入れましたので……見ていただければ……」



 イコセーゼと呼ばれた貴族はマジックバッグ小を開けて中を見る。



「お………おおおおおおお!!これは……これ程の見事な宝剣今までには無かったぞ?……宝石箱に宝石のティアラか!!母上が大喜びするのは間違いないな……明後日帝国首都でパーティーと言ってたからな……間違い無くお前は明日の朝、母上に呼び出されるだろう……」



 そう言って大喜びする。



「あ……あのぉ………貴族様……お願いがあるのですが………」



 喜んでいる真横から突然小さな子供が、イコセーゼに話しかけてきた……



「僕のお父さんがダンジョンで行方不明なんです……お母さんの薬代を稼ぎに入って、もう10日も帰って来ません。貴族様のお力で探していただけないですか?あとお母さんが病気なんです!もし万能薬があったら分けていただけませんか?ちゃんと働いてお金は返します!!」



 突然貴族に願い事をした子供に、ニコニコして話しかけるイコセーゼ……



「無能な冒険者だから帰ってこないんだろう?薬代を稼げないのでは、俺の宝を得る仕事などできないのは間違いないな。だから探す労力が惜しい。まぁ既に死んでるさ、諦めてお前が働くんだな?あと……万能薬?お前が何回生まれ変わっても、払える金額ではないぞ?小僧……」


 酷い言葉に胸糞が悪くなる……


 しかしイコセーゼの悪態は続いた。



 小さい子が邪魔になったのか、事もあろうに蹴り飛ばしたのだ。



「わぁ………いたーい………うぅ……すいませんでした貴族様………」



 そう言って少年は立ち上がるが、膝と肘を擦りむいていた。


 僕はその子のところに行き、ベルトポーチから傷薬を出して怪我にかける……



「傷薬なんて勿体ない!!こんなガキの怪我なんか唾つけておけばいいんだよ!!これだから偽善者は……」


 僕を見てそう言うイコセーゼ……



 ムカッとしたから僕も王国貴族である事実を言ってやろうか……と思ったが辞めておいた。


 何故ならば、イコセーゼは先程帝国のパーティーがあると言ったのだ。



 それを思い出したから、これ以上事を荒立てないことにした。


 もし王国貴族が此処にいると帝国側の者が知れば、それはそれで問題になるからだ。



「なんだその反抗的な目は………お前……俺が帝国伯爵コセ家の長男と知ってて、そんな顔をしてんのか?お前なんか不敬罪で縛り首に出来んだぞ?父上に言いつければ今すぐにでもな!!」



 イコセーゼがそう言い始めると、周りの冒険者が面倒を避けるために僕達から距離を取る。



「貴族様申し訳ありません。僕が余計な事を言ったのでご迷惑をかけてしまいました!!」



 少年が頭を下げて謝罪をする……


 僕は謝る必要なんかない……と思ったが、こんな小さな子が知らない周りの大人のために頭を下げるのだ……


 僕が短気を起こしてはいかけない……と怒りを飲み込む。



 しかしイコセーゼは僕の目が気になったのか、謝罪を求めてきた……


 流石に面倒になったので、魔法で足の一本でも吹き飛ばそうか考えていると、ラッドが仲裁に入る……



「イコセーゼ様駄目です!!その宝石のついている短剣を手に入れたのはこのお方なんです!それもティアラも宝石箱も全て買い取らせてくれたお方なんですよ!それもイコセーゼ様の為にですよ?そんな方を怒らせちゃ駄目ですよ!この子供を庇ったのも、遠くで会えない自分の子供と被った所為でしょうし……」


 ラッドは本当と嘘を交えて話をする。


「むむ!?そうなのか!?…………これは失敬した!!私は思い違いをしていた様だ……てっきりまたこの私のお抱え冒険者と知って絡んでいる無知な輩とばかり思ったのだ……。そうか子供に会えないのでは致し方ないな……うむ!ではこうしよう」



 イコセーゼは『坊主こっちへ来なさい!』と少年を側に呼んで、謝る代わりに金貨を渡す。



「私は貴族だ、面目もあるから謝る事はできん!!だからお前には金貨をやる。これで母の薬を買え!だからこの件は水に流すのだ。そうすればこの冒険者との問題も自ずと解決する!どうだ?」


 金に物を言わせる嫌なやり方だが、少年の方が弁えているらしく『貴族様、有難う御座います!これで当分の間の薬代になります!』と健気に受け取っていく。



「冒険者これで解決した!貧民に謝罪はできんが、代わりに必要な物はやったぞ?文句はあるまい?……では我々も仲直りしようではないか!もし仕事に困ったらラッドを頼って私に元へ来るが良い!悪い様にはせんからな!!がはははは……」


 そう言ってイコセーゼは笑い続けた。


 若干腑に落ちないが、此処が落とし所だろうと思い僕もそれで済ませることにした。



「イコセーゼ坊ちゃん!お食事に向かわないでいいのですか?先程お話ししていましたよね?」



 いいタイミングでラッドの仲間がそう話をすると……



「おお!!そうであった……予約に遅れてしまう……ホーンラビット亭と言う店の帝国領土の出店調査なのだよ!!これが飯屋として絶品だと言う話でな……」



 それを聞いた僕は驚いて声を上げる……



「お主も知っておるのか?そうだ。そのホーンラビット亭だ!既に帝国王都では大成功を収めているんだとか……。この町での出店においての立地調査は今日だけらしくて、明日は食えないと言う話なんでな……」



「その噂はこのラッドも聞いてます。お早く向かわれた方がいいのでは?今日はその宝剣も有りますから、酒は2倍いや3倍は美味くなりましょう!」



「ああ!そうだな!!その通りだ。ラッドよすまんが、ティアラと宝石箱はお前から母上に届けてくれるか?私は予約の店に向かうとするよ!」



 そう言ってイコセーゼは、慌てて目の前から去っていった。



 しかしホーンラビット亭の帝国領土の出店の地域調査とは?……と頭を傾げたが一つの可能性が思い付いた……


 狭間での時間経過を確認していないことだ。



 スマホを取り出して確認をしたいが、万が一それをイコセーゼに見られて、それが欲しいと言われたら奪われかねない。



 気にはなるが、仕方ないので後回しにするしかない……



 これも一時的に我慢して、飲み込むことにした。



「ヒロ、スマンな今日はもうお開きにさせてくれ。ギルドへ帰還報告とイコセーゼ様の屋敷に納品含めて明日の資金調達に行ってくるぜ!!すまねぇな!」



 そう言って去っていこうとしたラッドだったが、目前の出店で串肉を数本買って戻ってきた。


 そして僕の両手に串肉を山盛り握らせてから『エールはまた今度な!』と言ってから猛ダッシュして去っていった。

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