第792話「力と代償」


 僕はモノリスプレートを見てモヤモヤした気分になる。


 しかし確認しないとスッキリしないのも、言わずともお見通しなのだから彼女達を信じるしかない。



「じゃあ……続きを話しながらお茶も楽しみましょう。時間がかかるんですよね?それら全ての質問には……最終的にどれだけ時間を浪費するかは、自分次第って言いたいんですよね?」



「ええ、ご名答!」



「凄いわね……リツちゃん……この子割と時間の使い方がザルじゃないわ!……じゃあ……お茶を飲みながら私たちの仕事をさせて貰うわね?」



 そう言ってグレナディアは口にチョコレートを放り込んで、ココアを楽しむ。



「大丈夫よ?コレでもちゃんと仕事はする人だから……グレナディアは……」



 インガリツの言葉に続くようにグレナディアが説明を始める……



「此処は『原理の間』と言う事は伝えたわよね?実際どんな場所かと言うと、『力』を与えて『記憶の一部を奪う』場所よ」



 僕は突然、突拍子のない事を言うグレナディアの言葉に驚きの声をあげる。



「心配なのも無理はないわ……でも力は望むものにしか渡さないから。望まなくても良いの。その場合は記憶を失わないわ。そしてその記憶も『全て奪い消す』訳ではないの。文字通り、消すのではなく一時的に記憶を奪うの。それもごく一部で失う内容はバラバラ……。あとね、キッカケがあると奪われた記憶は思い出すわ。ちなみに思い出す事、それが試練よ」



 僕はその言葉に不安を覚える。


 先程インガリツが言った事だが、『それが本当である証拠が何処にもない』からだ。



 記憶を失い力も貰えない可能性もある。


 その上、覚えていないのではリスク以外のなにものでもない。



 しかしそれを知ってか、グレナディは微笑を浮かべながら話を続ける。



「力を与えて記憶を奪う。そして此処に再度戻った時に力を返却してもらう。その時には当然奪っている記憶を返すけど、既に自力で記憶を取り戻していたら、得た力は返さずに済むって事。色々な意味で試練でしょう?そもそも自分が何を忘れているか……覚えてないんだから。試練としてはかなり難しい部類に入るわ」



「バラバラで記憶を失うって言いましたけど……それはどのくらいですか?力を得ても、それが記憶の失った分と比例しなければ………あ!!」



 僕は問題点と思った事を言っていて、自分で気がついてしまった……



「分かったかしら?『求めた力の大きさ』によって『奪われる記憶の量』は違うのよ?小さい力だったら記憶の失う量は小さい。でも世界を破壊出来るほどの力だったらどうかしら?そんな不釣り合いな試練はないでしょう?後者の場合は全ての記憶を失うわ。でも……力は与える。それが私との契よ?良い例を言うと、エルフ族の長命は私たちが由来よ?」



「でも今の話では『世界を破壊出来る力』を持っていたら……記憶などなくてもどうにでも………」



 僕は不思議に思った事を口にする。



「そうよね?でも……世界を破壊する力を持っている記憶さえないのであれば……どうやってその力を使うのかしら?そもそも何の為に世界を破壊するつもりだったのか……自分が何者だったのか……何も記憶がなければその者は何を最初に探すかしら?さっき言ったけど、全ての記憶を失う程の力でしょう?」



 それは既に詐欺じゃないか!と言いたいが……試練の重さを伝えた後の契約だ……


 文句を言えず、自業自得だろう。



 あと、グレナディアが言った質問的な答えは『自分』だろう……


 力を持っていても自分の名前さえ分からなければ、一番最初は身の回りから調べるはずだ。



 そして周りとの繋がりができた場合、世界を破壊する力を使うだろうか?


 どうするかなどは非常に謎だ……その時が来なければ誰も答えなんか出せないだろう。



 愛する人ができていたら、その力を封印するかもしれない。


 子供がいたら、その子を守るためだけに全力で敵を排除するだろう……



 失った記憶と新たに得た力は、試練として歩んだ道で必要性が変わる……



「分かったかしら?色々難癖を付ける人がいるけど……其れ等は大概自分の意見を押し付けたい人だけであって、本来此方が言いたいことを理解していない人が多いわ。此方は試練を与えているの……欲しいものだけ貰える世の中なんて普通はあり得ないでしょう?貴方の知っている世界と、此処の世界を一緒にするのは滑稽よ?」



「ですが……僕の常識は前の世界が基準です………それをこの世界に準じて直すなど……正直難しいですよ……」



 するとインガリツが口を挟む……



「言いたい事は分かるわ。でもこれは『決定事項』なのよ……貴方の知っている常識は、あくまでも貴方たちの常識でしょう?でもそれは貴方の世界でも、刻一刻と変化し続けるものよ?1秒前の情報は既に常識ではないと理解しているかしら?誰かお偉いさんやら民衆の強い意思で常識は書き換えられる……」



 インガリツは、僕が聞いて辛い部分を中心に攻めている。


 この世界の常識と、元の世界の常識それを同一で考えたい僕の弱い部分だ。



「今までの常識は貴方の世界でしか通用しない。以前の記憶からしても此処は、貴方のいた『地球』でも『東京』でも『常識が通じる場所』でも無いわ……。帰るための力を得るには、ここの常識で力を得る以外は無い。そして自分の常識を使いたいなら自分の世界へ早くお帰りなさい。1秒でも早くね?」



 インガリツの言葉は僕に重くのしかかる……帰れるものなら帰ってると言いたいくらいだ……



「何を考えてるの……全く何度も言っているじゃ無い……帰れるわよ?帰る為の力は渡せるもの……ねぇグレナディア?」



「ええ、そうね?何をそんなに卑屈になっているのかよくわからないけど……。世界を破壊する力を渡せるんだから、当然世界を渡る力だって同様に渡せるわよ?まぁ試練は乗り越えて貰わないとだけど……」



 愕然とする言葉が返ってきた……


 確かに彼女たちは記憶を読むことも、考えを読むこともできる。


 僕に言わせれば、いわば『超越者』的存在の様な者だ。



「そ……それって力を使って帰っても問題はないって事ですか?」


「ええ問題ないわよ?まぁ記憶を取り戻すには、この世界にいないとダメだけど。記憶を諦めて、仲間も見捨てるならば何時でも帰れるわよ?」



 僕はその返事にビックリする……記憶の諦めについては仕方ないと割り切れるが、仲間の事はそうはいかない……


 そう思い詳細を聞こうとすると、聞きたい事はインガリツが答えてくれた。



「仲間を見捨てる件について聞きたいのよね?まず簡単に説明すれば、力の影響範囲は基本は自分よ?例えば何かを破壊する力であれば、それは人であれ王国であれ大陸であれ……対象を選ぶ必要があるわ……」



 インガリツはそう言って説明をしてくれた。



 そもそもの話だが、行使する力と自分の肉体改造は別だ。


 例えば世界を破壊する力を得ても、それを使うだけのMPは力には含まれない。


 MPはあくまで自分の肉体レベルに関連するので、力の意味合いが異なる。



 なので身体能力の向上を願えば、超人の様な力を得られるそうだ。


 例えるならば、勇者や英雄などがその部類に入ると言う事だ。



 破壊系であれば、例えば建物を対象にしてそこに人が沢山いれば巻き込むことはできる……


 それが人間であろうが城だろうが大陸であろうが……あくまでも『対象』に行使する力だ。



 回復系であれば対象を個体から群体まで、消費MP単位で大きく出来る。



 蘇生であれば個体か複数かを選べるが、消費する力によってその効果が変わる。


 複数人の蘇生の力を行使しても自分という土台ができてなければ、複数は個体に結果的に変わるだろうという……回復も同様だ。



 なので、僕が得たい『移送系』の力は個体か複数か、更に移動方法で大きく変わってくるという。


 取得方法が簡単な方法になればなるほど逆に移動時の条件が厳しく、普通の肉体では間違いなく移動中に死亡するそうだ。


 その理由は、物理的な肉体の移動が関与するからしい。


 光の速度で移動しなければならない方法であれば、移動はできるが肉体は間違いなく維持出来ないからだ。


 なので手段によっては『移動はできるが、生きているかは別』になると言う……


 僕はその複数の手段を片っ端から聞く事になった……

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