第748話「燕尾服の謎の男と、実力行使される禁呪」


『土の眷属たる精霊の核を捧げ!この世界にて実態を持つ土の精霊種族たるノームの血肉を生贄に!穢れよ……精霊核とノームを穢し、新たなる破滅種としてこの世界に化現せよ!』



 男の左手には、かなりの数の精霊核と思われるものが浮いていて、右手には首を掴まれたノームがいた。



「なんて事だ!あの男は『禁呪』を使う気だぞ!!」



 アシュラムは男がしようとしている事が『何か分かっている』ようだ……


 しかしそれが何か聞いている余裕がないのは、男が手に持っている精霊核とノームを見て一目瞭然だった。



 精霊核がドス黒く変質していく……



 そして変質したと思われる精霊核を、燕尾服の男はノームの口へ詰め込んでいく……



 すると身体から黒い煙が立ち登り、それはあっという間に焼け焦げた赤黒い触手へと形を変る。


 触手が何本も生え始めると、ノームは非常に苦しそうな様子を見せる……



 その苦しみの最中、とうとうノームは意識を手放したようでグッタリとする。



『ウォーター・バレット!』



 僕は燕尾服の男を殺すつもりで、魔力を最大まで込めて一度に撃てる最大数の弾を撃ち出す。


 この男をこのままにしておけば間違いなく被害は大きくなり、犠牲者が増えると考えたからだ。



「くっくっく!!無駄だ小僧。この世界の冒険者程度の腕前では私に傷など与えられん!!」



 その言葉に驚いたのは僕だけでは無い……カナミとミサも非常に驚いた顔をしている。


 男は『この世界の』と言ったからだ。



 燕尾服の男はニヤけた顔で手に残っていた精霊核を宙に浮かせて、手を前に突き出して障壁を作る。



『ドパン!!』



 破裂する水弾は男が作った障壁に当たると、ものの見事にその障壁を破壊する。



 10発の水の弾丸だったが、数発は障壁破壊で消費した……


 だが『残り全部』が突き出した掌や腕そして肩の付け根にまともにヒットすると、多く当たった腕から先を破壊した。



 危険人物だけに同情など出来ないが、相手を傷つけて心が痛まないわけでは無い。



 燕尾服の男はニヤけた顔が急変する……



「ぐがぁぁ!?な!?なんだと?……なんだコレは……俺の手が!?腕も………」



 腕が吹き飛ぶも、何故かその男から血飛沫などはあがらない。


 それどころか血が一滴も出ていない。



 出ているのはドス黒く変色した液体で、遥か昔に『血であった』のでは無いか?と思える程度だ。



「お……お前!何をし…………その顔………お!お前見覚えがあるぞ!『あの時のクソガキ!!』生きてやがったのか!!」



 男はそういうと、失った腕の事など既にどうでもいいとばかりに話を始める……



「お前……水魔法で俺の腕を吹き飛ばしやがったお前だよ!……『何時』からここの王国に居る?」



「何の事ですか?まさか貴方は僕の事を知っているんですか?……ですが多分その様子だと他人の空似でしか無いですよ」



「くっくっく……あの時もそんな風に生意気な口調で話していたな……ならコレは覚えているか?『相手を見かけで判断すると痛いだけじゃ済まないって事は身体で覚えな!』って言葉だ!此処に居る今なら、お前も俺も理解できる筈だろう?『高校生』のクソガキ!!の片割れ!!」



 その言葉に僕は唖然とする……


 しかしエクシアは勿論、同じ道を通ってないカナミやミサはその言葉など知る由もない。



「他の仲間は死んだのか?それとも俺とあのババアみたいに道を分けたのか?まぁそんな事はどうでも良い……俺はこの世界が嫌いだ!出世する為に毎日頭を下げて、漸く『地位』を手に入れられそうな所まで来たってのに!このクソッタレの世界のせいで……」



「おい、燕尾服野郎!このアタイを無視すんじゃ無いよ!今すぐその土精霊とノームを元に戻しな!さもなきゃ今度は腕だけじゃ済まなよ!!」



 エクシアは、僕と燕尾服の男の話の間に割り込んで話を始める……



「腕だけじゃ……だと?まだ分からないのか?お前……既に遅いんだよ。もう完結しちまったんだ。説明が欲しいなら気分が良いから特別に教えてやろう。もう土精霊は自分を守る精霊力を使い果たし、穢れから精霊核を守る力も無い。だからこうして変異を始めたんだろう?」



 そう言って無い方の腕を掲げると、黒ずんだ精霊核がフワフワと千切れた腕の周りを漂い始める……



「だから精霊になりたがっている、この世界の準聖霊枠のノーム共を探してたんだよ。御誂向きに群れてやがったから、穢れた精霊核をくれてやってるんだろうが……。残念ながら上手く変異できないから精霊もノームも魔物に変わり果てたがな!」



「だからその状態を元に戻せ!と、アタイは言ってるんだろうが……いいか?アタイはヒロみたいに甘ちゃんじゃ無いよ……。治せないもしくは、治す気がないならばお前には用はない、即刻首を刎ねて終わりだ」



 エクシアは半分脅しでそういう……半分は間違いなく殺すつもりで言っているのだろう。


 ビリビリとエクシアの身体から覇気が伝わってくる。



 チャンティコになり、すぐにでも燕尾服の男との決着をつけるつもりなのだろう。



 しかし僕には、目の前の男に聞かなければならないことが山程ある。



 エクシアの言葉をよそに、燕尾服の男と会話を続ける事を選んだ……



 何故ならばサラリーマンの格好では無い上に『あからさまに別人』なのだ。



 その上、目の前の燕尾服の男には『鑑定』の効果が一切無い。



 目の前の燕尾服の男は『無』なのだ……文字通り名前も無く、存在としてこの世界には居ない扱いなのだ。


 『鑑定阻害』のような物であれば、その表記が必ず出る。


 木も石も水も物として見れない光も『鑑定』には情報として表示されるが、その一切が無いのであればその『原因』がある筈だ。



 そしてそれは、絶対にあの『サラリーマン』が関与している。


 僕の考えは『目の前の男』と僕の知る『サラリーマン』は別人だが、サラリーマンはどうやってか目の前の男の中にいるという答えになった。



 だからまず大切な事を聴くことにした……


「こんな力を手に入れたなら、何故皆を見つけたり元の場所へ帰ろうとしなかったんですか?」



「見つける?……どうやってさ?お前も薄々は感じているだろう?お前を送り込んだあの女は、此処へ飛ばすことが出来ても『時間』やら『年号』の指定は出来ない。言うなれば『紀元前』に飛ぶか『現代』に飛ぶか『未来』に飛ぶか分からないのさ!あいつ自身がな」



「アナベルさんを怒らせたのは貴方でしょう!!貴方がもっと礼節を守っていればもっと違う道があったんじゃ無いですか?」



「アナベルさん?あの女は『アナベル』と言うのか……そうか……『お前は俺の知らない事を見つけた』それが分かっただけで充分だ」



 名前も知らない『ホーム下の線路へ僕を突き落としたサラリーマン』の男はそう言って、ノームを僕達に向けて放り投げる。



「な!?……なんて事をするの?話を聞いた感じだと、貴方達は知り合いなんでしょう?なのに貴方は何でこんな酷い事を続けられるの?」



 カナミがそう言って放り投げられた駆け寄ろうとすると、ミサも同じく駆け寄ろうとする。


 だが僕はすぐに彼女達二人に腰タックルをして押し倒す……彼女達が駆け寄った際に燕尾服の男はニヤリと笑ったからだ。



 するとその直後『ザシュ!!』と空を斬りながら触手数本が僕達の真上を薙ぎ払う……



 触手の中の一本は、舞い上がったカナミとミサの長い髪の一部を切り裂いた。


 しかし被害は髪の一部だけで済んで本当によかった。



 間一髪タックルが間に合ったので、カナミもミサも首と胴体は繋がっているようだ。



 しかしながら、庇った際に偶然触手に掠った僕の腕には無数の切り傷ができていた。


 どうやら眼で見る限りは触手の様だが、その表面には細かい刃が無数についている様だ。



 上手く二人を庇えたのはデスアサシンのクラススキルのお陰で、今回も大いに役に立った……


 長谷川くんの人を守ろうとする意思は、しっかりとスキルに受け継がれているようだ。

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