第747話「エルオリアスの変貌……乗っ取られた意識」
「エクシアさん僕のウォーター・バレットは5発同時発射ができるんです。両手で撃って倒せば当然10匹になるんですよ」
言い訳を考えそう言ったものの、カナミは白い目で僕をみる……
「エクシアさん……ヒロさんの言葉を聞いてても何の足しにもなりませんよ?私達にはとてもでは無いですが不可能ですから!」
カナミは辛辣な言葉を言いつつ、魔物を次々と狩っている。
一体どっちが凄いのか……と言いたくなるが、口では女の子には敵わない。
それは間違いなく決定事項だ。
「そんな事より……アシュラムさんが既にマザー種と戦闘に入ってます………。もう既にマザー種は両腕が斬り落とされてますが……」
アシュラムは戦闘をする前に、周囲の雑魚と背中の新しい卵と外骨格内部の新手の存在を危惧していた。
それなのに、何故今は一人で挑んでいるのか……と思って周囲を見てみると……
エルオリアスがマザーロックビートルの背中一面を凍結させ、エルデリアが足元を動けない様に蔦で雁字搦めにしていた。
相手に攻撃の隙を与えず、さらに手段の全てを潰してその場を制圧する……
そして手も足も出ないその間に、アシュラムが相手の攻撃手段を奪っている……という訳だった。
まさに素晴らしい連携だ。
それもエルオリアスとエルデリアは戦闘をしつつも、アシュラム補助を入れていたのだから驚きだ。
しかし、エクシアの表情はあまり宜しくない……
「エルオリアスの奴!絶対あいつ無茶してやがる………アイツここで死ぬ気じゃないだろうね………」
エクシアにそう言われて、既にアシュラムと共闘状態にあるエルオリアスを見てみる。
たしかにエクシアの言う通り、彼の身体を覆う氷の毛皮は全身に及び、もはやイエティよ言われてもおかしくない程だった。
そしてエルオリアスは……『グルルルル』と唸り声をあげて、あからさまに様子がおかしい。
それを見たエルデリアの身体に化現していたクヌムが、僕を名指しで呼び始めた。
「ヒロよ……いいか?よく聞け。今から私は、あのフロスティの動きを止め化現を終わらせる。見ての通り既にあの者には意識混濁が見られるのでな……」
そう言われエルオリアスを見ると、唸り声をあげたまま前傾姿勢になり、その様はまるで獣のようだ……
今のエルオリアスにはエルフの頃の面影は全くなかった。
「このままではあの者がフロスティになってしまうから助けてくれと……この身体の持ち主の願いでな。だから残りの雑魚の始末はお前達に任せるぞ?良いな?」
「古き神よご安心を……。ここのマザー種と雑魚に関しては既に私だけで何とかなります。もはや攻撃方法などないマザー種であれば私だけでも十分ですので」
アシュラムは、手を休める事なくアーマー・マザーロックビートルに攻撃しながらクヌムにそう言う。
「ならば任せよう。お主……アンデッドにしてはなかなか面白かったぞ?名前を覚えておくとしよう。アシュラムとやら」
そうクヌムは言うと、目にも止まらぬ速さであっという間にエルオリアスに接近する。
そして素早く動き逃げようとするフロスティに操られているエルオリアスを、蔦を使い雁字搦めにして捕縛する。
クヌムの実力は、精霊であるフロスティと格の違いを感じる。
動きから察するに、クヌムにとってアーマー・マザーロックビートルなど、初めから敵でも何でもなかったのだ。
「ヴォォォォォ!!」
エルオリアスはクヌムを化現させているエルデリアに威嚇をする……
既に意識の深い部分までフロスティと同化したようで、自分がエルフであるということも思い出せないようだ。
それを見たクヌムは呪文を唱えた。
『#¥%…*#%¥…』
詠唱らしきものが終わると、エルオリアスは糸の切れた人形のように動かなくなる。
クヌムの発した言葉を僕は確かに聴いているはずなのに、その全てが言葉として全く理解できなかった。
倒れて動かなくなったエルオリアスに近づこうとしたが、クヌムに手で静止される。
みるみるうちにエルオリアスの周囲の地面が凍り始め、次第にその氷に身体が飲まれていく……
最終的には巨大な獣の形をした氷塊になった。
「この者はあのエルフレアと言うエルフと同じように、暫くの間『超速再生』に入る。フロスティへの契約として、エルフの若者が何を与えたのかは我にはわからん。だが代償はかなり大きいだろう……。では我も帰るとしよう……化現できる精霊力が尽きてしまったからな。」
クヌムはまだ敵がいるど真ん中で、蔦を地面から出して球状にする。
そして『さらばだ。若き戦士達よ』……といって、蔦で出来た球体の中に入っていく。
僕はその去り際から目が離せずにいた……
神が居る世界……前にはお目にかかる事など出来ないからだ。
しかし今の状況で余裕があるわけでは無い。
当然エクシアは、クヌムが居なくなった事ですぐさま次の危険に備えて行動に移す。
「アンタ達、ぼさっとしてんじゃ無いよ。新手が来る前に魔物を始末しないなら無いんだ!ここがダンジョンの主が居るフロアなのか分からない上に、どう見たってこのマザー種がこのダンジョンの主じゃ無いのは一目瞭然だ!」
エクシアの言葉は的確だった。
水精霊の洞窟にいた化け物と同格なモノが、この『穢れノームの迷宮』に居ると仮定すれば、間違いなくエクシアの言う通りだ。
急いで僕はアシュラムの方へ向き直る……
「アシュラム、貴方はその手負いのアーマー・マザーロックビートルをすぐに始末してください。僕達は片っ端から雑魚を減らす。エクシアさんの言う通り多分これは通過点でしか無い筈です」
僕はアシュラムにすぐにマザー種のトドメを刺すように言う……
アシュラムはその言葉通りにトドメを刺す剣技を放とうする……
しかしアシュラムは何故か剣をしまう……
「主人よ……既にこの魔物は死んでいます……」
アシュラムの言われて鑑定でステータスを見ると『死亡』の表記があった………
「クヌムが帰る前にトドメを?……でもアシュラムさんにお願いをしてましたよね?…………」
「漸く終わったか……なかなか時間がかかったが、これで漸く素材が揃ったぞ」
僕は言葉を続けようとした……
しかしその言葉は、異様な出立ちの男の言葉を前にして意味をなさなくなった。
エルカーヤの父親が水晶球で見せてくれた燕尾服の男が、いつの間にかマザー種の間近に居たのだ。
今のいままで誰もその存在を認識できず、居たことさえわからなかった。
エクシアをはじめ、アシュラムでさえ驚いている。
しかし問題はそれだけでは終わらない……言葉は非常に小さかったが、間違いなく『素材が揃った』と聞こえた。
その言葉が正しいとわかる行動を男は取る……
『グジュ……グジュ………』
その男はアーマー・マザーロックビートルの身体を最も簡単に引き裂いて、中から何かを取り出す。
「いかに強固なマザー種の筋力と再生能力だとしても……死んでしまえば見る影もないな……。お陰で簡単に手に入った……。さぁお前達の役目はここ迄だ……」
そう男が言うと、何かの儀式を始める……
『土の母たるマザー種の大地の魔石を4つ、穢れの力にて破壊する!』
その怪しげな儀式の言葉を聞いた僕とエクシアは、同時に顔を見合わせる……
エクシアの顔には『絶対にヤバイ』と言う焦りが見える……エクシアも僕の顔を見た時、多分同じ事を感じただろう。
「その男はヤバい!!全員ソイツを人間だと思うな。今すぐ全員で攻撃するよ……。間に合わなくなる前にね!アシュラムアンタが一番近い。すぐにソイツを始末しな!カナミとミサはその男を決して逃さないように、アシュラムの補助に回りな!!ヒロは感知で何が何でもソイツを追うんだ!!」
エクシアの言葉はその燕尾服の男にも聞こえている筈だ。
しかし男は、エクシアの言葉に慌てる素振りなど全く見せずに『何かの儀式』を続けていく……
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