第297話「アレックスの訪問と思わぬ報酬」
「コンロ貸してもらえますか?」
宿の大ホール担当者に調理場の利用許可を取ってから、一口火口を借りる。
僕は焼きおにぎりも食べたいので、使用許可を得たのだ。
すぐに担当者が火をつけてくれるので、網にかけてオニギリを焼こうとするが、既に網がひとつもなかった。
「今すぐ開けますので!ちょっと待ってくださいね!」
使っていたのは、当然3商団の調理担当者だ。
「ああ良いですよ……魔法網作って代用しますから!」
僕はせっかくなので、魔力の操作訓練として薄く網様に伸ばした魔力の網を火にかける。
単純に火の上に置ければオニギリは焼くことができるのだ……魔法でも金網でもなんでも良い。
魔法網を使って焼いていると、そこにエルフ達が起床して大ホールに降りてきた。
オニギリを見てエルフの国の食文化が根付いた事に感心しつつ、すぐに僕を見つけ行動が気になった様で近づいてくる。
「あ!エルフレア、エルレディア、エルデリアの御三方さんとお仲間さん。おはよう御座います。」
さんを省略したが、もう僕の話し方に馴染んだ様で、笑いながら挨拶を返してきた。
王国騎士団長なのにフレンドリーにしてくれるのは助かる。
「ヒロ殿は何をしているのですか?それは『魔力の網?』ですか?やる事が私達の想定の一歩先を行くので凄く勉強になります」
エルフレアさんと出会ったのは僅か一日前だが、もう既に僕とは馴染んでいる。
僕のやる事に興味津々のエルフ達も、マッコリーニからオニギリを買うと自分たちで味噌を塗って焼き始める。
因みに僕は『エルフ醤油の焼きおにぎり』で、既に周りの見る目が痛いのだが……エルフの作る『焼き味噌オニギリ』は強烈な印象で尚更人を呼ぶ。
当然この男は黙っているはずはない。
「皆様!今なら特別『エルフ味噌』を使った『焼き味噌オニギリ』を数量限定で販売させて頂きます!」
マッコリーニがそう言ったところで、フラッペさんの側にいた客がマッコリーニに流れ込む。
チャンスとばかりに、エルフ達がフラッペさんに『完熟レモップル』がないか聞いた事で、フラッペさんまで追加の商売を始める。
完熟をマジックバッグ内に溜めていたフラッペは、エルフに必要数のレモップルを売った後、代金の代わりにエルフ味噌と物々交換をする。
そしてまさかのフラッペの盛り返しだ……
「皆様!フルーツは如何ですか?フラッペの氷菓屋では、『レモップル』のデザートに『焼き味噌オニギリ』も販売中ですよ!此方も数量限定です!」
……朝から氷菓屋とマッコリーニ商会の熾烈な物売り合戦が始まっていた。
残念だが武器商人のハリスコは指を咥えて残念がっていた。
「ハリスコ殿……そう言えば矢の調達なのですが……我々エルフ達が使う矢の素材は………」
「御座いますとも!是非ご覧に!!」
どうやらハリスコも朝飯販売勝負には無事参戦できる様だ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
朝食を取った僕は足早に部屋に戻って準備を……と考えるが、土の9刻の訪問予定だった騎士団長アレックスが宿の受付に来ていたので僕は宿の受付嬢に呼び止められる事になる。
「ヒロ様!今丁度及びに行こうと思ったのです。騎士団長アレックス様が待合室でお待ちです。何でも予定よりかなり早い時間との事で食事が終わり落ち着くまで待つと仰ってたのですが……如何いたしましょう?」
「え?アレックスさんがもう来ているのですか?土の9刻の予定だったのですが……随分と早いですね。何かあったのかもしれないので、念のため今から会って来ます。待合室と言いましたよね?」
僕はそう言ってから、受付嬢の案内で待合室へ行く。
「おお!ヒロ殿申し訳ないな……王との謁見が土の10刻になったのでな……礼をしていたら多分時間が間に合わないので先に例をな。昨日既に王家の使いが来ていると思うが、改めて礼を言う!本当にありがとう」
「君達がいなければ姫はどうなっていたか分からなかった。王にはただでさえ後継がいないからな……唯一血筋を残せる者の一人が居なくなるなどあってはならん事だ」
「君への礼は、この『罠外しの捻れた鍵(金) 』でどうだ?稀に宝箱から出るがオークションで買えば高値は間違い無い。我々騎士団は余り必要としていないが、冒険者であれば必要であろう?」
「他にもいろいろ考えたのだが……武器などは既に良い物を持っていたし、防具は君の動きを妨げる様な重鎧しか無いのでな……魔導書を考えたのだが、生憎所蔵している魔導書など無くてな。消去法で一番役に立つものを選んだのだ」
簡易鑑定したところ『罠外しの捻れた鍵(金) 』はAランク箱まで開封出来て罠解除が可能だった。
「これは!本当にもらって良いのですか?助けたのはエクシアさんとアリン子であって、僕じゃ無いんですけど?」
流石に何も言わずに貰うわけにはいかないので、僕は形だけでも遠慮する。
「構わんのだ!アリン子のお陰で姪のカノープスと思い出が出来た事は、忘れることの出来ないよき日になったからな!それにエクシアには別の物を用意してある」
姪と言えども王の娘である……自由気ままに仲良くなど出来ないのだろう。
今回の一件は特例にあたるだろう事であり、カノープスの身を守る為に仕方ない……と言えば罷り通ったのだろう。
だからこそ此処までの礼に至ったのだ。
「有難う御座います!あんな事を言いましたが、実は喉から手が出るほど欲しかったので取り下げられたら泣くところでした」
「ははははは!そうか!喜んでくれるか!そう思ってくれるだけで有り難いぞ!」
「それは騎士団の持ち物でなく、個人の持ち物だ遠慮なく貰ってやってくれ。そしてまた何かあったら是非力になってくれ!」
無事アレックスのお礼も終わり、僕としては棚ぼたで珍しい鍵まで手に入れられて嬉しい事この上ない。
今持っている鍵の上位版だ嬉しく無いはずがない。
シーフやレンジャーが居ないパーティーでは尚更必要な物で、マジックバッグが無い場合は宝箱さえ諦めなければならない。
その可能性をかなり減らすことのできるアイテムは、市場に出回る数が少ない以上は手に入れられる手段に限りがある。
この手のアイテムは安全に罠を外せる鍵である以上、冒険者であればダンジョン攻略の必需品だ……欲しく無い冒険者などいるはずも無い。
「これからエクシアに礼品を渡して、ザムド伯爵とウィンディア男爵に挨拶したら王宮に急ぎ戻る予定だ。ちゃんと礼ができて良かった」
「そうそう……言い忘れるところだった!あの襲撃犯のことだが、依頼を出した黒いフードのガタイの良い男は既に死亡していた。死因は刺殺だ……場所は売春宿の裏路地で死んでいたそうだ。」
「ただ一つ情報があってな……その男も結局は雇われていたらしく、店の女の話だと数日前にかなりの大金が入ったと言っていたらしい。」
「相手は大物貴族だから、これからも羽振りが良くなると言ってたらしいのだ。現に大金を叩いて、その店のお気に入りだった女を一人身受けしているらしい」
「念の為、その女の身柄は保護したが……依頼主の情報は他には聞き出せなかった」
「だからあのマジックアイテムは、まだ犯人を捕らえていないので返却できないのだ……申し訳ないな……」
アレックスはそう言った後、話を切り上げザムド伯爵に元へ向かっていった。
しかし僕はアレックスのお礼より気になる事があった。
カノープス皇女を狙った犯人は、侍女を平原へ放置しろと指示されたと言った。
しかし纏めると『依頼主に配達』と言う言葉をエクシアが聞いていた。
『引受人』がそこに居ると思われたが、その周辺には人がいる気配は『感知』でも見つかってない。
感知範囲内であれば理由は判らずとも僕は不自然に思うはずで、何より同行者のエルフが『人間』を感知も目視もしていない。
であれば言い訳の『平原に放置』と『依頼主に配達』のどちらかが嘘となる。
それを白状しないと言う事は、それも含めて『何か理由』があるのだろう……僕はそう思った……
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