第283話「王都到着早々に、悪辣貴族と急接近」

僕はレザー製のソードハンガーを腰のベルトにしていたが、そこに男爵家のエンブレム入り短剣を差し込む。


 相手から見れば丁度エンブレムが見える正面位置に持ってくる。


 本来であれば屈んだり体を動かす際に戦闘の邪魔になる位置だが、今はこれ見よがしに人に見せたいので問題がない。


「マッコリーニ商団か……ふむ!通って良いぞ!引き続き商材のチェックをして貰うがいい」



「では次の者!名前を……うん?………!!………」



「……すまんな。見覚えの有る剣に見えたからな……ふむ……おい!先程のお前!マッコリーニ!お前は団長と言ったな?」



「お前は貴族様と深い繋がりがあったりするか?特に個人名を言えば、ジェムズマイン領主のザムド伯爵やクリスタルレイク家のウィンディア男爵……などはどうだ?」



 あからさまに、剣のエンブレムを見た瞬間顔色が変わった。


 彼がマッコリーニを呼ぶ際に荷馬車の担当が頷くのが見えて、彼は持ち場を離れて行く……代わりに他の者がその場に立つが、多分皆は何も不思議ではないはず。


 何かしらお互いわかる合図をしたのだろう……


 僕だけが気が付いた『エンブレム入りの短剣』のおかげだ。


 僕は何食わぬ顔でマッコリーニと話す衛兵に冒険者証を提示する。



「これ僕の冒険者証です。何かおかしい所はありますか?」



 担当官はマッコリーニと話の途中だが、出されれば見ない訳にはいかない。


 彼は冒険者証をまじまじと見て、僕の顔を見つつ目を下にやった時に確実に短剣のエンブレムを目視確認していた。


 眉毛が不自然に何度も動いたので、何か意味があるのは隠せない。



「……ふむ……問題は無いな……そちらでマッコリーニの手伝いをするが良い……『少しでも早く』街に入りたいなら手伝えばすぐ終わるだろうからな!」



 意味深にそう担当官は言い、次に列で待っていたチャックに変わる。


 僕はその間にわざと伯爵が持たせたトロールトランクの側に行き、手伝うふりをして黒箱が入ったトランクを開けると、遠くからでも貴族とわかる身なりの者とそのお付きが近づいてくる。



「おい!さっき言われた場所に行ったが、担当官が来ないぞ!どうなっているんだ!」



 その男達は僕達をやり過ごし、急にキレながら衛兵に食って掛かる。


 しかし、僕は既に先程の男が入って行った部屋に彼等が居たことは『空間感知』で把握済みだ。



「『既に来た』ので間違いなく居ます!待っててください!それに私は今この商団の検査中なのです、貴族といえども職務の邪魔は控えてください」



 わざとらしい言い回しだが、僕の方からは担当官は貴族を見ずにトランクを見ている様にしか見えない。


 目線で合図を送っているのだろう。



「すまんな!商団と冒険者よ!衛兵どもに予定と違う事をされた為にちょっと怒りがな……お前達はそのまま荷物のチェックをするが良い。お前達の邪魔はしないから安心せい」


 その貴族は僕達と話しながらも、荷物を見回しトロールトランクの黒箱に目がとまる。


 完全に目線はその黒箱のエンブレムの形を確認している。


 しかしマッコリーニは、その貴族へにじり寄りながら名前を聞き始める。



 彼の場合は商人だからチャンスは掴む様に今までしてきたのだ……目の前に貴族がいてお近付きになる絶好のチャンスだ。


 しかし事情を知らないマッコリーニは自然な態度で接した為に、貴族の男は『コイツは理由を知らずに使われている』と思ってしまい完全に疑わなかった。


 それは半分合ってて半分間違えだ。


「私はジェムズマインの商団長をしているマッコリーニと申します。最近色々な商売を始めまして、是非とも貴族様と面識が……こんなつまらない物ですが、良ければお納めください!」



 そう言って、エルフから買い取ったウルフの毛皮を荷台から引っ掴んで貴族に渡す。


 首を綺麗に斬り落とされた個体と違って、飛びついた時に致命打を与えたのだろう。


 傷が心臓の辺り以外は無く、その傷も目立たない様に既に処置がしてる。


 マッコリーニ達が買い取った時に、既に高値になる様に傷口を目立たない様に綺麗にしたのだ。


 その毛皮の状態の良さにビックリした貴族とそのお付きは、毛皮を取ると見事な尻尾が地面に引き摺らない様にした為に、黒箱から目を逸らした。


 僕は『チャンス』とばかりに荷台によじ登ると、作業をするふりをしてしゃがみクロークの中の『偽物』の黒箱と入れ替える。



「マッコリーニと言ったな!こんな良いものを貰ってすまないな!此処で文句を言っていても仕方ないな!おい衛兵!早く担当を呼ぶ様に指示しろ!わかったか!」



 そう言って、荷台の横を通る時に立ち止まり荷台の上の僕と顔を合わせる。


 今まで下にいた僕が荷台に乗っていたのだが、手伝いだから問題は無いはずだ。


 しかし逆の立場からすれば絶好のチャンスだ。


 マッコリーニの件もあるし僕もその類と思ったのか、目前で立ち止まり直接黒箱をに目をやり確認しているのが見て取れる。


 そして不自然にならない様に適当な会話を織り交ぜてきた。



 僕はそうすると思ったからこそ、この位置に陣取って『向く様に』仕向けたのだ。



「お前にも悪い事をしたな!急に怒鳴ったからビックリしただろう?お前に怒鳴ったわけでは無いのだ」


「それにしても商団はいつも荷物が凄いな!本当に荷物の山だな……むむ!?……『黒い箱』か荷物箱にしては色が珍しいな……何を入れとるんだ?」



 入れ替えたことは僕が盾になって見えなかったし、クロークの裾を箱に被せたために目隠しになっている。


 反対側はタワーの様に積まれたトランクケースが目隠しになっているので目につく事はいない。


 なので、『秘薬』と知って狙うのであれば『腐敗貴族』で間違いがない。



「実は私も初めて中身を見ます。此処でのみ中身が見れるのが『商団』依頼ですからな!オット!今のは聞かなかったことに!わはははは!妻がいなくて良かった怒られる所でした!」



 マッコリーニが天然さを爆発させつつ相手に伝えると、『思った通りだ』と言う顔をしながら



「何が入っているのか『知っている』のか!?君達は?」



 と今度は僕達に質問してきた。



「いや…僕は『護衛隊』で雇われただけなんで……マッコリーニさんは駆け出し時代に偶然知り合ったんですよ。その伝手で運良くありついた仕事だから『気前がいい依頼』って事だけであとは詳しくは知りません。」


「まぁぶっちゃけ護衛が仕事だから『それ以外』は正直どうでも良いんです。羽振りが良くていっぱい貰えて、次いでに臨時のお金が出れば」



 冒険者らしい回答か?と言われると点数は付けづらいが、まぁ疑われないくらいにはなると思う。


 そしてマッコリーニも言葉を返す。



「実は私共も中身は知らんのです。『頼まれた仕事の中身は見るな!』それが商団が長生きする道で御座いましょう?」



「誰の仕事かなどは商人は口が裂けても言えませんので想像にお任せします。」


「それにいくら貴族様と言えども仕事の手法はご存知ですよね?我々の信頼が無ければ次回の雇い主になって貰えませんからな!そうで御座いましょう?貴族様」



「口に出して言ったりしないのは信じてくださいまし!もし今後何か仕事がありましたら、是非この『マッコリーニ商団』にお声がけ戴ければ精一杯勤めさせていただきます!」


 ニコニコ返すマッコリーニに、その貴族は警戒心を解いて名前を語り出す。


「毛皮も貰ったことだし、名乗らずに居れば貴族の名折れだな。私はルセア家のコマイ・コーケル男爵と言う。」


「マッコリーニよ!お前から貰った毛皮は我妻テンテのコートにさせて貰う。今は王宮で行われる舞踏会で『毛皮』が目を引くのだ!覚えておくが良いぞ!」



 そう言って気分上々にその場を去るコマイ男爵。


 既に此処にいた理由は何処かへ行ってしまったようだ……当初の予定では『誰か』を待たなければならないのに、今は毛皮をコートに仕立てに『帰って』しまった。

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