第250話「ヤクタの癇癪で崩壊する騎士団」
「うわぁぁっ!エ!エルフだ〜………殺されるーー!!」
騎士団員達が馬に乗ったままウルフを引き付けながら『追跡中の冒険者』と思っていた周辺まで下がると、松明の明かりで浮かび上がったのは『人間』ではなく『エルフ』の一行だった。
松明の光を普段使わないエルフ達も、伯爵達の野営地で用意した松明を今だけは手に持ち後を追跡していた……明かりで少しでも平原ウルフを引きつけるためだ。
当然今まで冒険者とばかり思っていたので騎士達は『勘違い』をする……例の瞳が紅い攻撃的で危険なエルフの新手だと思ったのだ。
ターズ騎士団長と団員全員が先程の戦闘を見ている……その上ターズ騎士団長は変異前のエルフと一戦交えてるのだ。
当然変異についてなど今まで聞いた事もなく、見た目以外は見分けも付かないので光のエルフだろうが変異後のエルフだろうが彼等的に大差がない。
そもそも疲弊しきった今の彼等には集中力など既になく、その上そんな危険なエルフと戦う余力はなかった。
目の前に居る平原ウルフをなんとか冒険者に押し付けて、男爵の野営地へ帰ろうとしただけだったが……命運が尽きたとしか思えなかった。
そんなターズ団長を相手にする事もなく、エルフ達は存在さえも無視してウルフを仕留めに掛かる。
エルオリアスが抜刀して、逃げ惑う騎士達を押し退けてウルフに接敵しようと試みる。
逆にその行動が『恐怖心』を煽る結果となった。
彼等騎士団員はそれぞれ必死に逃げ道を探る……うまく馬を走らせ『ウルフ』からも『エルフ』からも離れられる様に我武者羅に逃げた。
「プフ、ガリア!お前達は狩りに邪魔な人間どもをこの場から放り出せ。非常に邪魔だ!キーナは弓でウルフに牽制……決して当てるなよ。肉の質が落ちる!カイラーとピコーは私と共に接敵。狙う場所は首のみだ必ず一刀で切り落とせ!」
そう言いつつ、目前に迫る平原ウルフの首を一太刀で落とす。
「カイラー人間など放っておけ。そこの2頭目を対処急げ!プフ戦闘圏内から放り出せばそれで良い。人間への援護など今は要らん。もう彼等は何故か逃げ腰だ!ウルフが人間を追わないように対処だけ忘れるな。追うのが面倒だ!確実にこのウルフだけは野営地へ持ち帰るのだ!」
カイラーと呼ばれたエルフは人間を威嚇するウルフに素早く近づくと、噛みつき攻撃を交わしてからそのまま上から一刀両断で首を刎ねる。
「はい隊長!今2匹目完了です。ピコー俺と前進だ左右に広がっている個体を叩くぞ!」
抜刀して向かってくるエルフに、恐怖を覚えた騎士団長は思考が回らず皆に撤退の指示を出す……
「全員!直ちにこの場から離脱!目指す場所は男爵野営地だ!早く行け!」
エルフ達は流れる様な手際でウルフを仕留めていくが、パニックになった人間の騎士達は馬で男爵が野営をしている方へ個別に逃げていく。
人間が逃げ去った後は、掻き乱す者が居なくなったおかげでスムーズに戦うことが出来た。
無事に全ての『平原ウルフ』を狩り終えた月と大地のエルフ達は互いに顔を合わせて……
「何故あの人間達は逃げていったのだ?伯爵野営地で会った筈だがな?伯爵達と違って覚えの悪い人間もおるのだな!まぁだが彼等のおかげで目的のウルフ肉は手に入ったしな。良かった!良かった!」
とウルフの血抜きをしながら話していた。
彼等は穴を掘りその中でウルフの血抜きを全個体分すると、魔物がこれ以上寄り付かないようにしっかりと埋めておく。
エルフの国から持ってきた特大のマジックバッグに、全て放り込んでから意気揚々と、追跡して来た道を帰っていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ぜーー!ぜーー!み……水を!誰か水を!皆は無事帰って来たか?」
そう言ったのはターズ騎士団長だ。
一応団長は皆が逃げているのを後ろから確認しながら逃げていたが、途中で半分意識が飛んでしまい逃げるのに必死だった。
そのせいで、団員全員が無事逃げて来れたか分からなくなっていた。
「ターズ!『我が左腕』は見つかったのか!マジックグローブは何処だ!早く出さぬか!」
ターズは命からがら逃げて来たので、流石に男爵の物言いに怒り浸透だった。
「男爵様!既に腕はウルフどもに咥えられ何処ぞに持っていかれました!考えればわかる事だったでは無いですか!」
「それに部下達は戻って来たのですか!?途中で化け物みたいな『エルフ』と出くわしなんとか逃げ帰って来たのです!」
珍しく強い口調で物を言ったターズにたじろぎながらも『使えない!』ともらす男爵に、既に野営に逃げ込んでいた騎士達が嫌な顔をする。
しかし、騎士団長にはちゃんと帰って来ている報告をしに来ていた。
「団長殿……無事5名野営地まで到着しています。あの後はどうなったのですか!?」
その言葉に団長は応えることができなかった……『怖くて周りが見れなかった』などこんな場所で言えるはずもない。
「今は休め!充分お前達は頑張った……」
ターズにそう言われて休もうとした時、予想外の命令が下る……
ヤクタ男爵は、アイテムが回収できずに行方不明になった事で癇癪を起こした。
しかしターズに八つ当たりできない分、他の者に八つ当たりをする事にした……
虫のいどころが悪い男爵は、今帰ったばかりの5人の騎士に見張りをする様に命じた。
彼等は命懸けで夜の平原と岩場を探索して来たのに、マジックグローブを回収できなかった事のお咎めを受けたのだ。
アイテムの存在を忘れていたのは男爵であり、非難など受ける謂れも無い彼等がとばっちりを受けた。
しかしこの行動が、騎士団の崩壊に繋がるとは男爵は想像もしていなかった……
この状況を見た騎士達は、自分たちが変わりを務めると言ったが、男爵は無視してターズ騎士団長を伴い自分のテントに向かって行く。
そして5人の我慢に限界が来てしまう。
彼等は同期で仲のいい騎士仲間に、今日伯爵に言われた事をぶちまけて行く。
既にヤクタ男爵には爵位など無いに等しい事を皆に話した。
「今言ったことが全てだ……俺達は一度伯爵様に捕まったが放免された。だがやはり戻ってくるんじゃなかった……悪いな!皆が目を覚ます前に俺は出ていくよ!家族を見捨てては行けないからな……此処の男爵は俺に家族も鉱山行きにしようとした屑野郎だから」
「こんな騎士団で死ぬくらいなら、伯爵の所へ降って知ってる全てを自供して家族だけでも助けて貰うつもりだ……お前もどうするか本気で考えたほうがいいぞ!?騎士団たる者命をかけるのは領民にためって奴だ!」
「半分は金目当てで男爵に寄り添っているが、帝国領に行って確実に待っているのは『家族の死』だからな……俺はそんな事のために騎士団を目指したんじゃない……家族だって祝ってくれたんだ……こんな男爵だが騎士団に入れてくれたからな!」
「ちょっと待ってくれ……マジかよ!じゃあこのまま帝国へ行けば数日後には家族全員縛り首って事か!?俺かみさんがやっと子供産んだばかりなんだよ!子供くらいはどうにかならないかな!」
「此処にいれば絶対無理だって今言っただろう?『お前の家族も、お前も王国の敵』になるんだ!死ぬ他に何がある!?奴隷落ちなんて事ですら生易しいんだよ!今の俺たちは……それにな……男爵はもう『男爵』じゃないんだ!国王へ持っていく『秘薬』を盗んだんだ」
「反逆罪のヤクタが『男爵』でいられるわけがないだろう!向こうの野営陣で聞くまで考えても見なかった……『もう反逆者』なんだよ……あいつは欲望でこの計画を立てた時点で既に!」
「なんてこったっ………頑張って帝都まで辿り着けばって思ってたのによぉ……俺も抜けるぜ!お前について行く!今なら皆寝てるから問題は無い。向こうから馬を連れてくるから待っとけ少しでも体力回復させろ!いいな!」
縦社会の騎士団には完全に盲点だった……基本騎士達は主人に忠誠を誓い、国の為と盲信している為である。
こんな会話があちこちで行われて、朝日が登る直前の遠くの空がうっすら光を帯びた時音を立てずに野営陣から抜けて行く。
結果的にこの日だけで12人もの騎士が抜けていた。
ヤクタ男爵に近しい者は、いいテントを充てがわれて既に眠りについていたので、雑務でこき使われる真っ当な騎士達がほぼ全員抜けていた。
唯一抜けていないのは、騎士団の名誉を重んじる者だけだ……この騎士団には名誉など既に無いのだが、すがりたい気持ちだけで残っていた。
しかし抜けたい気持ちが無いわけではなかったので最後まで悩んでいたし、密告する様な真似はしない為にテントに入って知らぬフリをする事にした……仲間の為に最後にできる事だったからだ。
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