第237話「油断から生まれる失敗と代償」


「伯爵より秘薬が入った箱を奪い取れ!それさえあれば皇帝陛下よりの褒美は想いのままだぞ!」



 ヤクタ男爵は大きな声で騎士団に対して褒美を餌に、巧みに誘導する……


 今まさに伯爵の隊列へ襲い掛かろうとする騎士団の団員達は、考え方が二分されている。


 主人に問題がある為に、彼等は名誉と言う物に心を捧げてはいない。


 金のために忠誠を使う者に、家族の為に腐敗している騎士団に籍を置く者だ……




 伯爵達が岩場に足を踏み入れ暫く進むと事が起きた。


 この強襲事件は伯爵の想定内に事が運んでいる。


 しかし、襲撃者側であるヤクタ男爵の想定とは大きく狂う事になるだろう。


 ヤクタ男爵は、プラム魔導士を脅して手に入れた火矢の杖を翳し、一番近くに居たラバルとドーイに撃ち込む。


 岩場に入った際に事前に全員にかけていたシャインの支援魔法で、魔法威力こそ軽減できたが熱量のダメージはそうはいかない。


 ラバルとドーイは、火矢から鎧に燃え移っている火を転げ回り消化する。




「今だ!護衛隊2人分の穴ができたぞ!突撃だー!騎士団は冒険者共の相手をしろ〜!」


 有利に見えたせいか、そう言ってヤクタ男爵が前線に出る。


 僕は咄嗟にラバルさんとドーイさんの側に駆け寄って、二人の頭から身体にかけて傷薬をぶっかける。


「大丈夫ですか?少しは良くなるといいんですが……」



 僕の言葉にドーイは笑いながら答える。



「大丈夫だぜー!まぁいきなりの火矢にゃ驚いたが。シャインの支援魔法は最高だダメージは軽い火傷だけだった。それも今傷薬ぶっかけて貰ったから痛みもほぼ無いな!」



 自分の火傷具合をみてラバルが酷い事を口にする……



「これって、あのタバサって子の一見気色悪い色の傷薬だよな?すげぇ効果だな……これなら昨日遠慮せずに貰っておけばよかったぜ。まぁコイツらシバいたら後で貰おう」


 2人は戦闘中なのにかなり余裕がある感じに話している。


 既に数十メートル程にはヤクタ男爵の騎士団が迫っているのに……そう思っているとラバルが……


「お前さんは後ろに下がってな!念の為な!それにしたって……コイツ等訓練怠けてんだろうな……知っている騎士団の中じゃ多分『最弱』だ動きがなっちゃいねぇ」


 ラバルがぼやくとドーイも合わせる。



「確かにな……あの火矢早すぎだしな撃ち込むのが……転がって消化したらすぐ対応出来ちまう……どうやって時間稼ぐかなアイツ達ぶった斬っていいとは聞いてるが、弱い者虐めは嫌いなんだがな!」


 ラバルとドーイはそう言って腰に下げていたメイスを振り被る。


 飛び込んできた騎士団の一番装甲が厚い胸の部分目掛けてフルスイングすると騎士の2人が後ろに叩き飛ばされる。



「雑魚だな……足腰鍛えろよ!すこしは」



 ラバルは他の騎士の振り下ろす剣を軽くかわしながら文句を垂れる……銀級冒険者ともなれば群れで襲うオークウォリアーともダンジョン内部でそこそこ戦うので、オークに比べて筋力や瞬発力で劣る人間の相手では囲まれなければ何とかなる。


 それに同調するドーイ。


「まぁ仕方ないさ!まともに魔物さえ戦ってないんだ。身内とチャンバラして強いって言っている奴らはこんなもんだ。ダンジョンでレベル上げる騎士団の奴等とはわけが違うさ」


 その言葉で僕は伯爵騎士団の事が気になり背後に下がりつつ様子を伺う。


 戦い振りは『凄まじい』の一言だった。


 大盾で相手の攻撃を防いだあと、持っている剣で応戦するが切り結んだ僅かな隙を見て前蹴りで相手の騎士を蹴り飛ばすと、容赦なく剣を鎧の継ぎ目に振り下ろす。


 伯爵騎士団と冒険者との違いは『徹底』している事だ。


 相手が悪漢であれば、たとえ相手が同じ人間であってもラバルやドーイの様にお情けはしない。


 『伯爵』に剣を向ける輩は『忠誠を捧げた彼等』からすれば敵でしかない。


 彼等にとって敵が『人間』だろうが『魔物』だろうが大差ないのだ。


 しかし、それでも『手を抜いている』のだろう……わざと引かなくても良い『優勢時』に伯爵を護りに後退して護りに向かう。


 ちなみに、男爵の護衛はテイラー達だ。


 ヤクタ男爵は優勢だと勘違いしている為にどんどん伯爵の馬車目掛けて向かってくる。



「男爵様!此方に目当ての箱が御座います!」


 僕の側に来た騎士が男爵へそう伝える。


 因みに僕達は、騎士団員の攻撃に『防戦』で手一杯の状況を装っている。


 実際人数がそこそこ多いだけの烏合の衆の様な騎士団だった。


 満足な戦闘訓練や実戦もこなして無いのだろう……これならばトレンチのダンジョンに生息している熊の様な『食用オーク』の方が遥かに脅威だ。


 攻撃力も攻撃スピードもブチかましも全部向こうが上だった。


 ブチかましなど既に選択肢が『避ける』しか無かったのだから……あの食用オークは。


 切り結んでは後ろに離れるを繰り返しているうちに、馬車まで辿り着いた騎士団員が群れてその場を占拠する。


 近くまで来たらゲオルさんの魔法で全員を一発KOさせた方が早いが……以前の話し合いで話していた男爵はそれでは面白くない様だ……エクシアに至っては悔しがる顔を想像した様で特にそう思ったのだろう『絶対奪って貰おう!』の一点張りだった。



「ふははははは!皆の者良くやった!これで我が家名は帝国に名を残すだろう!」



 ヤクタ男爵は馬車の上でこれ見よがしに黒箱を皆に見せる様に前に腕を突き出す。


 その腕には例のユニークアイテム『底無しのグローブ』があった。



 僕は今のヤクタ男爵の言葉で気がついた事がある……


 今、ヤクタ男爵から何とか回収しなければ、底無しのグローブは魔導士学院に戻ることはないだろう。


 自分の口で『帝国に名を残す』と言ったのだ。


 行き先は間違いなく『帝国』だ。



 このマジックアイテムは底無しのグローブと言うが見かけは籠手等に着ける装飾品の様な形だった。


 男爵は戦場で実用性が全く無い、『とても手が込んだ貴族用の手袋』を嵌めていた。


 そして、その上からこのアイテムを装備した様で、とても『不恰好』で目立ったので『簡易鑑定』をした結果わかった事だ。



 僕は騎士が居る横をすり抜けてクロークにフェムトのショートソードしまい、代わりに刀身の長いアナベルのロングソードを引き抜くと同時に斬りあげる。


 鮮血と共に黒箱が地面に転がり、僕の方へはヤクタ男爵の左肘下から切り離された腕が転がってくる。


 僕は咄嗟にその腕を踏みつけ、真横の騎士が黒箱に気がつく様に目線を送る。


 突然左肘から下を失った男爵は何が起こったか分からない顔をしている。


 そして当然、伯爵も男爵も僕の行動にビックリしている様だ。



 咄嗟の事で痛みが感じなかったのだろう……しかし夥しい出血を目の当たりにした男爵は叫び声をあげる。


「う!?腕ぇぇぇぇ!?私の腕がぁぁ!!」


 その言葉でターズ騎士団長が咄嗟に指示を出す。


「そこの騎士!早く黒箱を持たんか!そしてすぐにその場所から引くのだ!それが無ければ我々の苦労は何の意味もなさん!我らが名誉も得られんぞ!」



 その言葉で我に帰った男爵は『黒箱は何処だ!秘薬を秘薬を持っていかねば!』と声に出して慌てていた。


 すぐにことの重要さを理解した、僕の横の騎士は僕の目線の先にある『黒箱』を咄嗟に抱え込み……僕を見て『ニヤッ』っとする。



「我が!我が黒箱を得ました!今両手が塞がり剣が振るえぬので皆で我の護衛を!」


 そう言って僕から離れて行く。


 当然、男爵は落とした黒箱が気になり『腕どころでは無い』、騎士団長も自分の地位がかかっている『男爵の腕』なんかどうでも良い。


 騎士に至ってはマジックアイテムであることも知らないだろう。


 そもそも黒箱を抱えた事で自分の命がかかっていると誤解しているので、周りに守ってもらうので忙しく『腕』の事など気も止めない。


 周りの騎士達も『偽の黒箱』を守ろうと一緒に下がって行く。


 僕は『ワザとヘタリ込む振り』をして部位になってしまった『ヤクタ男爵の左腕』をクロークにコッソリ回収する。



 この瞬間、僕達の予定とは違う方へ動き始める。



 当初の行動と異なる動きを僕がしてしまったせいで、パーティーメンバーは若干慌てていて僕の側に駆け寄る。


 それに合わせてスゥが僕の側に移動してくると、突然『ハァァ!!』とキレの良い声をあげて剣を振るう。


 その剣で斬り落としたのは一本の矢だった………

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