第18話 雲上の襲撃者


 今現在は雲の上……

 ならばどうしてこの艦……『菊花大和』の位置を補足し、襲撃できたのかとアリッサは焦りを覚えながら甲板に躍り出る。甲板は相変わらず黒い煙に覆われてよく見えないが、艦橋にいるユリならば何かを知っているのではないかと考え、アリッサは内線を繋ぐ受話器を手に取った。


 「こっちは煙だらけ……状況は?」

 『敵影なし。今消火作業中……いやちょっとまって、甲板の上に何か見える』

 「それは私?」

 『違う! でも人影……えっと……いやいやいや嘘でしょ!?』

 「何がどうしたっていうのさ!」

 『女の子の武士がいる! 黒くて長い髪の女! 刀一本でここまで来たっていうの!? ありえないんですけど!?』

 「あー……いや……ありえるわ……ごめん……ユリ……先に都に向かってて……後で追いつく」

 『ちょっと、それどういう————————』


 アリッサはユリからの言葉を聞かずに、通信機を元の位置に戻し、静かに腰のマジックバックから武器である神楽鈴を取り出す。服装に関しても、出航時の襲撃を警戒して魔術防具として役割を持つ振袖を着用していてよかったと今更ながらに安堵した。


 煙が晴れていく————————



 すると、そのアリッサの嫌な予感は的中し、アリッサは次第に冷や汗と共に、恐怖を飲み込むしかなくなっていく……。


 「あぁ……やっぱり、そっち側なんだね……キサラさん……」


 アリッサがそう呟くと、煙の中から草履の擦れる音を僅かに鳴らし、濡羽色の髪を後ろで束ねた女武士が姿を現す。アリッサの知る限り、空歩でここまで上がってくる執念と実力をもつ人物など一人しか心当たりがない。


 「返答がなかった時点でなんとなーくは察してたんだけどね……」

 「アリッサ……あなたは今、何をしているのかわかっているのですか?」


 キサラは片刃の太刀を静かに甲板へと突き刺し、こちらを見据える。アリッサにとってしてみれば、これ以上なく、会いたくなかった強敵……。弱体化している今のアリッサにとって勝ち目の薄い相手……それが、旅仲間であったはずのキサラ・ヒトトセだった。

 唯一の救いと言えば、キサラの専用の武器と防具が今現在修理中で、未だに王都リンデルにあることだけだろう。代わりに身に着けている皮鎧はおそらく、それほどまでに高品質な魔術的強化はされていないはずである。本当にそれだけ……それだけであるが故に、アリッサは一歩も動けずにいた。


 「『助けに来たよ』とか心配はしてくれないんだね」

 「聡明なあなたのことです。何か理由があってそちらについているのでしょう? だからこそ、『何をしているのかわかっているのか』と尋ねたのですが」

 「過分な評価をどーも……。じゃあ、逆に尋ねるけどさぁ……キサラさんはこんな空の上まで何しに来たのさ」

 「戯言を……。アリッサならば察しがついているでしょうに……」

 「まーねー。大方、征夷大将軍の首でもとりに来たんでしょ?」

 「そういうアリッサは情にでも絆されましたか? ならば教えてあげましょう。あなたが護ろうとしているのは、各地に怪物を作り出すカラクリをばらまいた悪鬼です」

 「な————————ッ」


 アリッサはキサラの問いかけに対して、驚いたような素振りを見せる。だが、即座に口元を無理矢理指先で歪めて笑顔を作って見せた。


 「なーんて、知ってるよ……そんなことぐらい」

 「ならばなぜ?」

 「うーん……まぁ……いつもの気まぐれかなぁ……。それよりどうしたの? 前の城攻めの時はいなかったのに」

 「簡単なことですよ。家名を失ったただの足軽が後続部隊に配されただけのこと……」

 「うわ、よりにもよって結果的にこのタイミングになるとか……」

 「何か不都合でも?」

 「あーいや……そうわけじゃないけどさー」


 アリッサは面倒そうに頭を掻きむしる。すると、キサラはこちらの様子など意に返さないという風に、黙って剣先を天に向ける様な八相の構えを取り、こちらにじりじりと近づいているように見えた。


 「ねぇ……ここは私の顔に免じて退いてはくれないかな」

 「そういうわけにはいきません。アリッサも存じているでしょう。わたしは————————ッ!!」


 キサラの視線が艦橋へと向けられる。その瞬間、アリッサは何となくだがキサラの立場を理解した。だからこそ、ため息交じりに魔術杖としての役割を持つ神楽鈴をキサラへと向けた。


 「そっか……彼女がキサラさんの家族を殺したんだね」

 「理解していただけたのなら、あなたの方こそ退いてください。あなたは殺したくはありません」

 「はぁ……最悪な展開だ……先輩ならもうちょっと上手くやれたのかなぁ……」

 「アリッサ……お願いです……」


 懇願するようなキサラに対し、アリッサは杖先から問答無用で『ショット』の魔術を放ち、キサラの顔の横をすり抜けさせた。キサラの髪がその風圧になびき、消火された煙が完全に打ち払われていく。


 「いやだね————————ッ」

 「な————————ッ!!」

 「キサラさんの復讐に巻き込まれるなんて死んでもごめんだけどさ……その提案は断らせてもらうよ」

 「何故です! わたしよりも悪鬼を取るというんですかっ!!」

 「そうじゃないよ……そうじゃないけどさ……。私にだって譲れない信念ぐらいはある」

 「後悔はないですね————————」

 「無論ある————————ッ!!」


 アリッサは甲板の床を蹴り飛ばし、綺麗なフォームでキサラの眼前に飛び込んでいく。しかし、それはアリッサにとってのデッドゾーンであり、弱体化したアリッサには自覚できないままキサラに切り裂かれて終わる……


 ————————そのはずだった。


 キサラは奥歯を噛みしめながらアリッサの胴体を引き裂くために真剣を振るった。だが、アリッサはそのコンマにも満たない直前にサイドステップをこなし、キサラの剣戟を見事に避けてみせる。そして、キサラが見せた僅かな隙を生かし、キサラに次なる追撃をさせないように左腕を掴み、そのまま甲板の床を再び蹴り飛ばす。


 次の瞬間、水面のようなエフェクトが甲板に広がり二人の体は瞬く間に空中に投げ出される。それは当然の如く、アリッサもキサラも重力に従うことと同義であるため、即座に慣性に従った自由落下が始まった。


 「これが狙いですかっ!!」


 空中であるはずなのに、キサラは自由の利く残った右腕でアリッサの体を切り裂くために剣を振るった。だがこれも、アリッサに読まれていたのか、武器を叩きつけた瞬間に水面のようなエフェクトが走り抜け、キサラの剣戟は見事に莫大な衝撃波を伴って全てはじき返された。


 それはアリッサの掴んでいた握力など簡単に上回り、キサラの体は一直線に地面へと落ちていく。アリッサはそれを安堵の息と共に冷や汗混じりに見ながら静かに自身も地面へと降りたって行った。





 土煙が未だに舞い上がる地面に、アリッサはベクトル操作を駆使して静かに着地する。すると、それと同時に土煙が振り払われるように風が巻き起こり、地面に叩きつけたはずのキサラがほとんど無傷で顔を出した。

 ここまではアリッサの想定内である。この程度で倒せるのならば、アリッサはキサラのことを『会いたくなかった』と評価はしていない。

 だからこそ、少しだけ戦闘の高揚感に笑いながら、神楽鈴の杖先を遠く離れたキサラへと向け直す。その瞬間、神楽鈴は心地よい涼音と共に光輝き、形状が移ろい変わっていった。


 気が付いたときには、アリッサの手に握られていたのは神楽鈴などではなかった。

 そこにあったのは木製の柄とう刃のつなぎ目がない不思議なねじれ槍だった。しかし、柄の途中に輝く複数の勾玉と紙垂はむしろ、その神秘さを強調しているようにすら思えた。

 これは、アリッサが姫巫女として皇室より譲り受けた武器の本当の姿……神楽鈴はそのねじれ槍を隠すためのただの外装……それをここに来てアリッサはようやく解放した。


 そして、アリッサは槍先をキサラの喉元から逸らさないまま、静かにそして凛とした態度のまま堂々と宣言した。


 「ねぇ、キサラさん……今から、最初で最後の本気の喧嘩……しよっか……」


 アリッサは大真面目にそして、真っ直ぐキサラの濡羽色の瞳と、自身の薄桃色の瞳を重ね、逸らすことをしなかった。それは今の今まで互いに避けてきた歪みに対して真摯に向き合うようであり、その淀みに火を放つ開戦の狼煙でもあるように思えた。


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