第14話 掃除屋は憂いを残さない


 市街地での戦闘……いや、これは戦闘と言うにはあまりにも一方的すぎた。


 あえて表すのならば、“蹂躙”という言葉が適当であるように思える。相手がいかに特異な能力を持っていようとも、そもそもの基本スペックであるレベルが違い過ぎる。レムナントが言うには80から100にほど近いあたしたちに比べ、最大でも40というダブルスコアが付いている現状……。

 モンスターを倒さずに鍛え上げている一般市民がレベル15ぐらいだと言うので、こちらはもはや戦略級の兵器か何かなのだろう。なんせ、あたしが体中に魔力を巡らせて思いっきり蹴り飛ばしたら本当に壁が壊れるし、ジャンプすれば、余裕で2階分を飛び越えられた……。

 今までできなかった魔力制御の賜物であるのだが、相変わらず魔術の方は暴走気味であるため、扱えていない。だからこそ、ショットガンを使うわけなのだが……。下手したら、これでも威嚇射撃というだけではなく、本当に銃殺してしまう。だが、今回にしてみれば、むしろそれが目的であるため問題にならない。


 「これで、何か所目? あと何人?」

 「情報によれば、あと2か所。あと8人デス。飽きマシたか?」

 「いいや全然————————」


あたしは瞳をまったく動かさないまま、振り向くと同時に、腰元に構えたショットガンを撃ち放つ。その瞬間、相手が放ってきた光の剣が腕に命中するが、柔らかい風船が当たったような感覚しかなかった。衣服は避けてしまうが、返り血まみれになっているため、今更気にすることはない。


 「むしろ、慣れてきたぐらいだよ、レムちゃん」

 「それは何よりデス————————ッ!!」


 レムナントはこちらと背中合わせで反対方向に歩きながらドアの一つを漆黒の大鎌でバターのように引き裂いた。その瞬間、室内から怯えるような声とともに、何かを落とすような音が聞こえてきた。

 あたしは数歩後ろ向きで戻りながら、何が起きたのかと廊下から確認した。逃亡を試みようとしていたのか宝石類が床に散らばっている。そして、その散らばった宝石を必死でかき集めていたのは似合わないドレスを身に纏う日本人らしき女性だった。


 「『なんで————————ッ!! わたしの結界は最強のはずなのに!! そう、わたしは脅されていただけなの。だから助けて!!』」

 「すみマセんが、あなた方のしゃべる言語はさっぱりわからないデス」


 不用意に近づいてくる女性に対して、レムナントは踊るように、そしてこちらに踵を返すように華麗なターンを決める。それをみて女性は見逃されたのだと安心したのだが、その直後に、女性の首は時を動かしたかのようにゆっくりと地面に落ちた。


 「ここはあと何人だっけ?」

 「今ので終わりデス。幸せな結婚をしていたようなので、指も切り落とせば良かったデスかね」

 「元々、盗品でしょ。神様の祝福なんてありえないって」

 「それもそうデスね」


 冗談交じりに会話をレムナントは漆黒の大鎌を一時的に消滅させ、先に歩き始めたこちらに歩調を合わせるように小走りした。あたしはそれを目で追いつつ、ショットガンに弾を込めなおし、静かに肩に担いだ。

 外に出ると、そこは二階のベランダであり、500メートルほど先に領主の館が見えた。


 「レムちゃん、あそこまでジャンプできる?」

 「やったことはありマセんね。それに、街を壊すのはどうかと思いマス」

 「あー、それは同感かも……。無関係な人は巻き込みたくないしね」

 「それと、一か所を脳内から抜かないでくだサイ」

 「あはは、ごめんごめん。早とちりし過ぎたね。右側の施設の3人を任せられる?」

 「イツキ……真顔のまま笑う動作をしないでくだサイ。不気味デス」


 レムナントに言われて、初めて自分の頬に触れてみる。手の平についた血液が頬にこびりついてしまうのだが、それ以前に、本当に表情筋が一切動いていないことがわかって思わず戦慄してしまう。

 殺しに慣れてしまったわけでないはずだ。そうだとすると、壊れてしまったのは単純に、あたし自身に認識……


 「大丈夫だよ、レムちゃん……。任せておいて」

 「イツキがそういうのなら信じマス。しかし、油断しないでくだサイ」


 そう言いながらレムナントは手すりに手をかけ、勢いよく身を乗り出して飛び降りる。落下と同時に弾丸のようなモノが右の館の方に向けて吹き飛んでいくが、あたしはそれを見送る。自身は、慣れない手つきでベランダの手すりの上に立ち、ゆっくりとした動作で飛び降りた。

 着地に痛みはない。2階から飛び降りた程度であるため、膝を曲げればどうということはなく、両手にショットガンを持った状態でも無事に着地を済ませられる。着地を済ませたら、今度は地面を蹴り飛ばして街道を走り抜けていく……

 石畳の舗装された道路はとても走りやすく、小気味よい音を奏でてくれる。時折、誰かの視線を感じるが、悪意のあるものではないため無視して走り続ける。大方、この周辺に住む裕福な家庭やその召使いたちの視線だろう。あまり気にするものではない。


 そうやって、走り続ければ数分としないうちに目的の館にたどり着く。閉ざされている館の金属製の門はこちらが全力で蹴り飛ばせば開くのだが、普通に飛び越えられるため、今回は気にしない。むしろ閉じていた方が相手の逃亡を止められる。

 そんな予測を立てて、大きく跳躍して門を飛び越えたのだが、魔術によるセキュリティなのか、普通にけたたましい警報が鳴り響いてしまう。


 まぁ、蹴破っていても同じ結果だったのかもしれないが……


 悔やんでいても仕方ないため、ゆっくりと歩きながら長い長いバージンロードの庭を抜け、入り口の大扉の前にたどり着く。館の規模はかなり大きく、大豪邸と呼ぶにふさわしいだろう。

 しかし、その割には、庭の手入れがされていないし、ゴミが散乱しているように思えた。まるで、夜盗が奪ったかのような酷い荒れっぷり……こんな感じならば少しぐらいは壊しても問題ないのではなかろうか……。


 渇いた銃声が一発———————


 撃ったのはあたしで、いわゆる開錠に使っただけのことだ。大丈夫、これはマスターキーなので、ちゃんとしたカギを使ったに過ぎない。


 「さーて……お掃除タイムと行きますか……」


 一人でつぶやきながら、中に押し入る。中は調度品などが置かれており、綺麗な絨毯が惹かれているが、所々に埃が積もり始めている。やはり、中には誰もいないのか、やけに静かである……。


 刹那———————



 誰かがこちらに向けて短剣や槍などを構えて突撃をしてくる。ただ、少しばかりゆっくりに見えたため、身を捻りながら回避して状況を確認してみると、それらは、日本人ではなく、動物の耳や尻尾を持つ亜人であった。ただ、首元に金属製の首輪がある他、一部の肌に殴られた痕が見受けられた。


 「あなたたちは対象じゃないんだけど、それでもやるつもり?」

 「黙れ侵入者! クロト様の敵ならば殺すまで————————」


 最後まで聞き届ければよかったのだろうか……。気が付いたら、片手でショットガンを構えて、相手の眼前で引き金を引き絞っていた。次いで、流れるような動作でポンプアクションのショットガンをリロードする。

 それと同時に、残ったもう一人の亜人が槍を持って突撃してくるが、それをサイドステップで避けた後、顔面に向けて肘で一発。相手が転倒したところに銃口を向けて、とどめに乾いた音を響かせる。


 硝煙と血液の匂いが漂う中、空薬莢を排出して、もう一度弾を込め直す。動きにキレがあるのは、あたしの反射神経のおかげではない。この体に蓄積されている戦闘の記憶が意識とは別に体を動かしてくれているおかげである。


 「死ね————————ッ!!」


 リロードし終わると同時に、今度は吹き抜けの上から、何やら叫び声と共に魔術の発動兆候である魔方陣の光が見えた。

 美しく着飾った日本人の女……。いや、派手さを重視し過ぎて、全体的なバランスが崩れている。あれはダメだ……。


 あたしは適当なことを考えつつ、降り注ぐ光の鞭の中を駆け抜ける。階段の手すりを蹴り飛ばし、壁を伝い、跳ねるようにして動くその動作は、洞窟の中で逃げるだけだったあたしの動きではない。

 考えるよりも先に、この体が動いてくれるおかげで、相手の魔術に掠りさえしない。そうして、ものの数秒もしないうちに吹き抜けの上にいる女の元にたどり着く。そこでようやく気付くのだが、下からは死角の位置に、もう一人、こちらをまき構えて立っていた。


 「弾け飛べ————————ッ!!」


 待ち伏せしていたもう一人の女性が何かを唱えると、一発の指弾がこちらに飛来する。もちろん命中するルートにいて、回避が難しい。だが、あたしはあえて、その場に踏みとどまり、肉薄していた女の腕を掴み、一気にこちらに手繰り寄せた。


 この間はコンマ数秒にも満たないのだろう。しかし、その動作によって指弾はこちらに命中することなく、最初に魔術を撃ってきた女の胸元に命中することになった。命中した瞬間は何もなかったが、直後に、命中個所から全身にかけてまるで肉が破裂するように全身が肥大化していき、そして臨界に達した肉塊は当然のことながら弾け飛んだ。

 血しぶきと肉片をまき散らし、床や窓、壁を真っ赤に染め、肉を叩きつけるようなビチャビチャとした奇怪な音を響かせる。


 「————————ちゃん!」


 その最中、指弾を放った女の声が誰かの名前を呼んだ気がしたが、肝心の名前の部分は肉の爆発によりかき消されて聞こえなかった。

 現状で、相手は動揺しているため、こちらはその隙を逃さずに、体勢を低くしながら一気に床を蹴り上げ、相手に肉薄する。当然、硬直から覚めた相手はこちらに二発目を放とうとするが、それよりも早く、至近距離でショットガンを一発撃ち、相手をのけ反らせる。

 次いで、よろめいた相手の頭部に向けてショットガンの銃底を振り下ろし、地面に叩きつける。その衝撃波凄まじく、骨と肉が飛び散る音とともに、持っていたショットガンが拉げてしまう。銃を叩きつけた衝撃と、床に叩きつけられた衝撃で、顔面はおろか、頭部すらまとも残っていない。

 しかしその状況でも、執念と呼ぶべきなのか、反射と呼ぶべきなのか、体だけで二発目を放とうとしてきた。だが、それをあたしが許すはずもなく、胴体に向けて、勢いよく足を踏み下ろし、体を床へと縫い付けた。踏み込んだ衝撃で、あばらや心臓が砕け散る音が聞こえ、あらぬ方向に指弾が飛んでいき、調度品がガラスの砕けるような音と共に破裂する。

 その結果、訪れるのは、ほんの少しの静寂————————


 あたしはその静寂の中で一呼吸置いた後、先ほど破裂した女性がいたところに戻り、壊れてしまったショットガンの代わりに、床に落ちている槍を手にする。肉片で滑るため、既に血まみれの衣服で柄の部分だけを拭きとり、ついでに、頬の汗も拭う。


 「あと、一人……」


 小さく自分に言い聞かせるようにしながら、もう一度深呼吸をして、歩き出し、元凶となった人物の元へと向かう。先ほどから、二階の一室で物音がしているため、場所を間違えることはない。

 そして、たどり着いた扉の前で、自分の心に『大丈夫だ』と言い聞かせ、ゆっくりと扉を開いた。











 「むうほおぉぉぉぉぉぉぉぉお!! クロト様、いぐぅぅぅぅぅぅぅう!!」


 扉を開けた瞬間に聞こえてくる嬌声。ちょうど催している最中だったのか、それともわざと見せつけているのかはわからないが、そこに諸悪の根源はいた。加えて、天蓋のついたベッドの上に全裸で痙攣しながら伸びているのは、見たことのある女性……カスミだった。


 クロトと呼ばれた男は、恍惚とした表情のまま、汗で濡れた黒い髪をかき上げ、細く笑う。そして、ベッドの近くに置かれた黄金杯に注がれた葡萄酒を一気に飲み干し、こちらの方を品定めするように、嘗め回す視線を向ける。

 顔と身長は普通の日本人男性と同じぐらいだろうか……。体格は筋肉質であり、顔立ちはそこそこに整っている部類であるように思える。性格は、おそらく最悪の部類であるのだろうが……


 「やぁ、お前がイツキっていうエルフ女か……。へぇ……いい体じゃねーか。抱き心地がよさそうだぜ」

 「悪趣味なお前と寝る趣味はない」

 「そう邪険にするなよ。悲しくなっちまうぜ……」


 流暢な共通エルドラ語でしゃべり始めたクロトは、服を着ることなく、ゆっくりと立ち上がり、ベッドの上で痙攣しながら伸びているカスミを僅かに見る。


 「随分と派手に暴れてくれたみたいじゃねーか。ひっでぇなぁ、おい……何人殺してきたんだ?」

 「目の前で飛び回るハエを落とした数なんて、普通数える?」

 「そりゃそうだ。数えねぇよなぁ……。オレも抱いた女の数とか数えねぇもん」

 「下衆が……」

 「おいおい、下衆はどっちだよ……。あ、もしかして、お仲間を犯されて怒ってるぅぅぅ?」


 煽るようなクロトの口調にあたしは額に青筋を立てつつ、槍の柄を強く握る。やはりこいつは……生かしてはおけない。


 「いいこと教えてやるぜ、イツキちゃん。テメェらがお仲間だと思ってたコイツ……はじめからオレのモノだ。この意味わかるぅ? コイツは最初から最後までオレに情報を流し続けてきた裏切り者なんだぜぇ、ギャハハハハハハハハハハハハ」

 「至極どうでもいい」

 「おいおい、つまんねぇなぁ! ちっとは笑えよ、面白いとこだぞ、今のは————————。あ、これはどうだ? お前がここに来るまでぶっ殺してきた連中……ぜーんぶ、オレのモノだがなぁ……中には、平和を訴えていたやつもいたんだぜ?」

 「————————だから?」

 「ま、綺麗ごとを並べていても、『好きにしていい』と言った結果、あぁなったんだから、はじめから偽善だったってわけだがなぁ」

 「————————それで?」

 「おい、さっきから、ノリわりぃぞ……」


 お前のつまらない話に付き合っているだけ偉いと思えよ……。ベラベラと理由を垂れ流して、なんだコイツは……。平和を訴えていようが、アイツらがやったことは結局同じ……さらに言えば、あたしが手を下さずとも、遅かれ早かれ、住民に吊るされていただろう。

 これは、ゲームや漫画なんかじゃない……一人一人が生きている現実なのだから……


 「まぁ、いいや、そろそろ時間だし……。じゃ、とっととおっぱじめようぜ……」

 「はじめからそうすれば手っ取り早いのに……」

 「しゃーねーだろ。物事には段取りっつーもんがあんだからよぉ。じゃ、まずはそのきったねぇ服脱げ」


















 「はい……クロト様……」


 あれ……なんで、あたしは自分から衣服のボタンに手をかけているのだろうか……。どうして、あの汚らわしいゴミの言うことを素直に受諾しているのだろうか……。

 いや、おかしなことなんて何もないはずだ……。だって私は……






 クロト様に救われてここにいるのだから————————


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