第15話 ワガママを刺し貫く


 もう一度、目を開ける————————


 目の前には誰もいない。けれども、こちらに向いている殺意は感じ取れる。それと同時に流れ込んでくるルイス・ネセラウスの複雑な感情……。


 「決めたよ……。俺はやっぱり……お前を救う……」


 パラドはマルミアドワーズを軽く振るい、緑色の魔方陣を複数生み出す。そこから生み出されるのはありとあらゆる物質を切り裂く空気の刃。

 四方八方に放たれたそれは、ルイスの隠れる場所すら奪い木々をなぎ倒していく。だが、肝心のルイスには命中せず、全て回避されてしまう。

 遮蔽物が取り除かれたことで姿が露わになったルイスにマルミアドワーズの槍先を向け、パラドは堂々とそして挑みかかるように宣言する。


 「悪いな……俺はハッピーエンドが大好きなんだ。だから、俺の“ワガママ”を通させてもらうぞ」

 「今更、何のつもりだ。おれたちは絶対に分かり合えない、そうだろう?」

 「あぁ、永遠に分かり合えねぇよ……。だがなぁ……『分かり合えない』という点で俺たちは『分かり合える』とは思えないか?」

 「詭弁だな。それは単なる理想論だ」

 「理想論で結構! もとより、そういうのがお仕事なんでね————————ッ!!」


 パラドは上空に向けて水属性の魔術を放ち、大きな魔方陣を生み出す。それらは幾重もの鋭い氷の刃となって地上に降り注ぎ、先ほどの攻撃で平原となった大地を穿つ。

 ルイスはそれらを踊るように回避しつつ、自らに命中するものは生み出した拳銃で全て撃ち落とす。

 パラドの攻撃は確かに相手を制圧できる。しかし、決定打には欠けるため、ルイスに当てることが叶わない。対し、ルイスは僅かな隙を見て、こちらにライフル銃を向け、撃ち込んでくる。


 だが、避けられない速度ではないため、パラドがそれをしゃがんで回避すると、背後の倒れた木々に命中した。だが、ここで奇妙なことが起こる。まるで空間が歪むかのように、命中した倒木がビー玉のようなサイズに収束を始めたからである。

 パラドは即座にルイスの思考をマルミアドワーズで読み取り、その場から瞬間移動で回避する。すると、先ほどパラドがいた位置でまるで空間そのものを抉りとるような無機質な爆発が起き、失われた空気が引き寄せられるように荒れ狂う。


 「厄介な魔術を使うじゃねぇか……」

 「“錬金術”の応用だ。物質をエネルギーに変換した。まだロスが多い分、改善の余地はありそうだな」

 「本当……そういう起源魔術が羨ましい限りだ」


 これで、遠距離戦でもイーブン。至近距離ではパラドに勝ち目はない。それを理解して、パラドは頬に冷や汗をにじませる。けれども、その表情はどこか楽し気に笑っていた。

 ルイスはそんなパラドにライフル銃の銃口を向け、冷ややかに勝利を宣言する。


 「お前の負けだ————————」

 「俺の負け? そういうのは、殺してから言うもんだぜ。ずいぶんと甘くなったもんだな」

 「一度見逃したお前への返礼だ。今逃げれば追わない」

 「————————はッ! 嫌だね。まだ勝負が決まってないのに、諦めるわけないだろ」

 「愚かだな————————」


 ルイスは静かに引き金を引く。今度は弾丸そのものを爆弾に変換する。パラドが回避しようとも、その横を通り過ぎる瞬間に爆発し、パラドの体は粉々に砕け散る。


 そのはずだった————————




 「————————来い、アリッサ!!」



 パラドが虚空に向かって何かを叫ぶ。

 直後、撃ち込んだ弾丸を弾き飛ばす……否、弾丸そのものを上から叩き落して消滅させるような衝撃が二人の間に放たれた。

 土煙が舞い、一度姿が掻き消える。だがそれはほんの一瞬のことであり、すぐにその砂のカーテンは打ち払われ、中にいる人物が姿を現す。


 透き通るような白髪に過剰なほど発光した薄桃色の瞳。凛とした顔立ちとは裏腹に、相手を押しつぶすようなバカげた魔力の波を生み出し続けている化け物……それが、目の前に現れる。

 その人物は金属バットらしきもの肩に乗せ、二人を交互に見て確認する。


 「負けたんだな、パステルが……」

 「そのようだな……。アリッサ、わりぃが力を貸してくれ!」

 「————————作戦は?」

 「アイツを一発ぶん殴る。そんでもって、この戦いを終わらせる」

 「りょーかい!」


 アリッサは陽気に返事をして姿勢が整っていない敬礼を返す。それとほぼ同時に、パラドは大規模術式の構築に掛かる。今までの単発で素早く発動できるものではなく、相手に決定打を与える詠唱時間が長い魔術。

 しかし、そんな隙をルイスが許すはずもなく、パラドを止めるべくライフル銃から何発も断続的に射撃を行った。


 放たれた弾丸はホーミングしながら全てパラドに向けて飛んでいく。だが、それらの軌道は途中ですべて折れ曲がり、全て狙ったところとは違う場所を削り取る。パラドの目の前に立っているのは、先ほどと同じように割り込んで来たアリッサである。


 パラドもパラドで、アリッサが防ぐことを理解しているかのようにその場から一歩も動くことはなかった。本来ならば、動きながら詠唱をして攻撃を行うのがセオリーであるにもかかわらず……。


 次なる攻撃をするために、ルイスは再びライフル銃を構える。だが、その暇をアリッサは与えない。ルイスが構えるよりも先に接近し、近接戦闘にもつれ込む。


 アリッサはルイスから視界を逸らすことなく、水平に武器を振るう。ルイスは体を逸らして回避し、同時に守り手がいなくなったパラドに向けて再び銃口を向けた。だが、それをアリッサが許すことはなく、水平に放たれた蹴りがルイスの手首に命中し、手首の骨を折ると共に持っていたライフル銃を弾き飛ばした。


 しかしながら、与えた傷はルイスの起源魔術である“錬金術”を使用すれば即座に元通りになり、ダメージが蓄積しない。対し、アリッサの方は打ち合えば打ち合うほど、体の限界が近づいていく。


 ————————にも関わらず、ルイスは手数を失っていく


 まるで、動きそのものを演算処理され、コンピューターAIで予測されているかのように……。当然のことながら、ルイスは知りえない。今のアリッサが、ルイスの動きを何千、何万というパターンに当てはめ、ルイスを追い込んでいることも……

 ルイスは格闘術を心得ている。それ故に、その型にはまった動きは、アリッサを優位に立たせる。


 ルイスは、アリッサの幾重にも及ぶ攻撃を、ライフル銃を生み出してはそのたびに砕けさせて、何度も防ぎながら、アリッサの術式を読み取り、破壊しようと試みる。



 だが、それも叶わない————————



 銃を構える速度よりも、ルイスが術式を発動する速度よりも、圧倒的と言っていいほど、アリッサの魔術構築が早いからである。『気が付いたら既に発動している』という言葉が適当であるほど、一瞬で終わる。


 ならば、他の魔術で対処すればどうにかなる————————

 そう思い、ルイスは相手をマナに分解する魔術を撃ち込む。しかしこれは、アリッサに命中する直前で見えない何かにはじき返され、虚空へと消えて関係ないモノを破壊する。

 直接魔術を撃ち込もうとしても、当然の如く相手のレベルや精神性、そして魔力が高いせいか、“レジスト”されて行えない。

 死角から撃ち込んでも、まるで第三の目があるかのように、容易に回避し、命中しない。ルイスの天敵と言っていいほどの人物……


 非常識に対する破壊者————————


 それが、今のアリッサを言い表すときに適当な言葉である。そして、そんなアリッサの遥か後方。一人、パラドは勇者の槍杖マルミアドワーズを構え、術式を構築する。



 全身を駆け巡るほどの魔力……眼球が、鼓膜が、内臓が……すべてが破裂しそうなほどに悲鳴を上げる。


 「マルミアドワーズ、抜錨シーケンスを起動————————。アンカーボルトセット————————」


 水平に構えたマルミアドワーズから黒い楔が現出し、地面に突き刺さる。まるでそれは、これから起こりうる衝撃を受け止める支柱であるかのように、地面とアーティファクトを繋ぎとめた。


 「魔術式の装填を開始————————。周囲からのマナをリチャージ。————ッ、やっぱり足りねぇか……。回路接続、魔力リソースから記憶リソースへ変更」


 引き裂かれるような頭痛が走り抜ける。右腕の聖骸布で、ある程度の侵蝕を抑えているとはいえ、周囲の雑多な感情の波が押し寄せてやまない。

 こんな環境下でヒルデガルドが生きていたと知り、パラドは戦慄した。


 だが、そんな恐怖は、リソースとして消えていく。それだけではない……

 パラドがこの戦いに込めていた思いが魔力の代わりに込められていく。それは一時的な喪失であり、すぐに元には戻る。しかし、何か大切なものを引き抜かれているようでいい感触はしない。


 それでも、パラドは魔力充填が完了するまで、笑いながら待ち続けた。


 「なぁ、ルイス……お前がしている勘違いの三つ目……それは、ヒルダの異常性なんだぜ……」


 苦痛に耐えながら、パラドは静かに愚痴を漏らす。

 それは、容易に想像できること——————


 マルミアドワーズと契約したものは“妖精眼”と呼ばれるような特異な体質を手にする。それは、相手の感情や考え、悪意を無差別に読み取ってしまう能力……。このせいで、ヒルデガルドは一度閉じこもった。そして、このおかげで、パラドは救われた。


 読み取れる感情や考えはパラドだけではない。当然、ルイスも含まれる。

 ヒルデガルドの異常性は、ありとあらゆることに首を突っ込むことではない。それよりも、もっとおかしな事実が目の前に鎮座している。




 第一王女ヒルデガルドは、ルイスの殺意を読み取っていた————————




 至極単純にして、一番異常な事実である。

 勇者として選ばれたヒルデガルドは、ルイスと出会ったその時から、ルイスが“勇者”を殺すために動いていることを知りながら友人となり、任務をこなし、そして最後の最後まで彼を信じて殺されたことになる。


 残されているのは事実としての情報であるため、その最中で、ヒルデガルドがどういった思いで動いていたのかはわからない。もしかしたら、ルイスの別の感情が表に出ることを願って動いていたのかもしれないし、見てみぬふりをしていたのかもしれない。


 ただ、純然たる事実として、ヒルデガルドがそれらを全て許容してルイスを“仲間”だと認めていた。


 それらを理解して、パラドは不敵な笑みを浮かべつつ、充填の完了したマルミアドワーズを強く握る。

 そして、未だにアリッサと戦闘を繰り広げているルイスに狙いを定めた。アリッサが巻き込まれてしまうが、パラドはそれでも止めようとはしない。アリッサならば避けてみせると信じ切っているからである。いやむしろ————————


 「装填完了————————。聖剣……抜錨————————」


 焼けるような痛みの最中でパラドは相棒を信じて笑みを絶やさない。発動するのは、かつて自分たちを苦しめた厄災すら屠って見せた古代の魔術式。

 過去を知りえ、今を学んだ来たパラドやヒルデガルドだからこそ発動できた必勝の一撃。運命を捻じ曲げるその魔術をパラドは咆哮と共に解き放った。


 「“死を超える英雄の栄光マルミアドワーズ”————————ッ!!」



 光が全てを埋め尽くし、空間内のありとあらゆる音が爆ぜ消えた。

 まるで一筋の流星の如く、放たれた熱線は大地を抉りとり、もつれるように戦闘を繰り広げているルイスとアリッサの元に向かっていく。命中すれば、起源魔術で即時再生できるルイスもただでは済まない。

 かつて、同じように復活を遂げる厄災を目の前で打ち滅ぼしたのを、パラドはその眼で目撃している。だからこそ、命中すれば、再生を阻害し、傷は癒えない。もしも、それらを振り払えるのだとしたら、それはその厄災以上の怪物に他ならない。



 だからこそ、光が瞬いたのを見た瞬間にルイスは、その場を離脱するかのように命中しない角度と距離へ瞬間移動を行う。パラドがその魔術を発動することなど、ルイスには読めていた。だからこそ、最後の最後まで粘っていたのである。

 これを避ければパラドに反撃の手立てはない。故に、転移が完了した今、勝負は決した。


 ————————そのはずだった。





 ルイスの目の前で信じられないことが起こった。


 それは、先ほどまでルイスがいた位置に取り残されたアリッサが起こしたものである。

 アリッサは飛んでくる光の槍に対し、空中で体全体を捻ると同時に、手にもっている金属バットをぶつけたのである。当然、激しい魔力の衝突が起こり、空間そのものを一時的に歪ませていく。


 ————————信じられないのはそれだけではない


 アリッサは、飛んできた神話級魔術に対してまるでバッターボックスに立った選手のように、空中で、足から膝へ、膝から腰へ、体から肩、肘、そして手首へ力を伝達し、アッパースイング気味に地上に向かってバットを振り回したのである。

 バットと放たれた光の槍が衝突した瞬間に水面のようなエフェクトが走り抜け、アリッサのベクトル操作の魔術が発動した。



 それは、アリッサの残存魔力を全て奪い去り、同時に、“ありえない”ことが起こした。



 アリッサの過剰に発光した薄桃色の瞳が光を失い、白色に染まった髪が内側から砕け散るように弾け飛んだその瞬間、全てを破壊する光の槍は方向を変え、ルイスの方へと向き直る。


 それは一度地上に向かって激突する勢いで再射出され、大地にぶつかる直前で空気抵抗を受けるボールのように地上スレスレを通る軌道へと変化する。

 その衝撃波で大地を抉りとり、切り倒された倒木を一直線に弾き飛ばしていく。


 ルイスに避ける時間も、再び瞬間移動をする余裕もない。


 だからこそ、ルイスは魔力をありったけ込めて、光の槍そのものを分解する魔術を撃ち放った。だが、その弾丸は光の槍に衝突すると同時に、僅かに威力を弱めるだけですぐに消滅し、事象の変化を許容しなかった。



 そして、光がルイス・ネセラウスを飲み込んだ————————


 巨大な光の槍に飲み込まれたルイスは効くかもどう変わらない起源魔術を発動し続け、自身に再生を付与し続ける。その度に魔術式を貫かれ、腕が折れ、脚が崩壊する。だが、再生をし続けているおかげで、致命傷には至らない。

 想定外の起源魔術を使用し続けているせいで、魔術回路や体はボロボロになっていくだけで、それ以上は進行しない。


 やがて、光の波が過ぎ去った————————


 両腕をクロスして耐え凌いだルイスは、全てが消え去った大地の上で立っていた。魔力が尽きただけではなく、起源魔術の過剰使用により、体一つ動かせないが、勝負はついていなかった。


 だからこそ、男は走っていた————————


 拳を握り締め、大地を蹴り上げ、咆哮する。ほんの少し残った魔力では、もう、魔術は発動できない。動かすのがやっとの億劫な体に鞭を打ち、パラドイン・オータムは腕を振りかぶる。


 「この大馬鹿野郎がぁぁああああああああああああああああああ!!!」


 指一つ動かせないルイスの頬にパラドの右こぶしが吸い込まれるように消えていく。体重を乗せた全力の拳は、素人であろうとも脅威となり、再生ができないルイスの体を大きく跳ね飛ばす。

 ルイスの体は、光の槍によって抉りとられた地面何度も転がり、泥と土の中でようやく停止する。仰向けになったその状態で、ルイスは一人、空を見上げる……。

 指一本動かせない状態であり、魔力も気力も何もかもが存在しない。


 この瞬間、ルイス・ネセラウスの敗北が決した————————



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