第13話 映り込んだ感情
パラドの視界に奇妙なものが映り込む————————
同時に、相手の思考が自身の思考を侵蝕し、望んでもいないのに読み取りを始めてしまう。パラドはその原因である右眼に熱を感じながらも、勇者の槍杖マルミアドワーズを構える。
使い方は、普通の槍と変わらない。そこに杖としての機能が追加されているだけのアーティファクト……
ただ、その代償として、相手の悪意や思考が無理やり流し込まれることだ。だからこそ、今、目の前でナイフを構えてこちらに向かってくるルイスの感情が嫌というほどわかってしまう。
繰り出される連撃に対し、ピンポイントの魔術障壁を駆使しながら防ぎつつ、相手を一度薙ぎ払う。攻撃を防げているのは、相手が次にどこを攻撃しようかという思考が丸見えであるからである。
「そうか……お前……後悔しているのか……」
「違う————————ッ!!」
「その理由はとても単純な事……。合点がいったぜ……どうしてお前があそこまで俺を目の敵にしていたのか……」
「それ以上言うな————————ッ!!」
「お前……ヒルダのことが好きだったんだな」
ルイスはパラドの声をかき消すように背後に野戦高射砲を数門生み出し、全てこちらに向け、連続発射する。
だがそれを、パラドは風の鎧で全て逸らし、左右の木々を破壊させるだけでとどめてしまう。
「違う!! それはお前の妄想だ——————ッ!!」
「じゃあ、どうして……彼女を蘇らせることに必死になっているんだ?」
「それは————————」
パラドは杖を一振りして、ルイスの足元に土の牙を生み出し、足元から喰らおうとする。だが、ルイスはそれを大きく跳躍することで回避し、パラドとの距離を取り直した。
「お前はすげぇやつだよ。自分の感情を切り離して、引き金を引ける……」
「それが何だと言うんだ!! そんなことができたとしても何の意味はない!! ほんの少しの幸せと、平凡な衣食住さえあれば人間は生きていける!! こんな力、何の意味もない!!」
「懺悔か……。勘違いをしていたことに対する……」
「————————ッ!!」
「でもなぁ……。それを壊したのは誰でもないお前自身じゃねぇか、ルイス……」
断続的に乾いた発砲音が鳴り響き、雨のような銃弾が降り注ぐ。パラドはそれを走って回避しつつ、接触しそうなものは魔術で叩き落としていく。
「勇者を殺せば、安寧を得られるはずだったんだ! だから、おれは————————ッ!!」
「それこそ、上でふんぞり返っている自称“神”とやらの思うつぼじゃねぇか!! そいつをした時点で、お前からその願いは遠ざかるってことぐらいわかるだろ!!」
「神は絶対だ!!」
「————————んなわけんぇだろッ!!」
パラドは軽くマルミアドワーズを振るう。その瞬間、自身の背後に無数の影の槍が生み出され、それは一拍の間を置いて、全てルイスに向けて放たれた。
ルイスは瞬間移動を駆使して、それらを避け続け、パラドの隙を伺うように雪原を走り抜けた。
「どうしてそんなにも否定する。キミをこの世界に呼び寄せたのも神だろう」
「神様が誰だろうと構わねぇさ。だが、“絶対”ってことはありえねぇ……。それが本当にそうなら、誰もが幸福な世界が生まれているはずだ」
「理解できないな。まったく……」
「こっちもテメェの思考回路が理解できねぇよ。言葉で否定して取り繕ってこそいるが、本質的なところでテメェが信じているのはテメェだけじゃねぇか」
「そうだ。おれは誰も信じない。すべては理想のための道すがらにいるだけだ」
「じゃあ、ヒルダもその一人だったっていうのか?」
木々の間から姿を現したルイスの拳をパラドはクロスした腕で受け止める。衝撃で体が後方に弾き飛ばされるが、手放したはずのマルミアドワーズは即座にパラドの後ろに現れ、いつでも使える態勢を整えてくれる。
「そうだ……。だからおれは———————」
「だから、ヒルダを殺したら安寧を得られると確信し、犯行に及んだってのか? まったくもって哀れだな」
「何が言いたい————————」
「お前を信じてくれる誰かがいたはずだ。お前を慕ってくれる誰かがいたはずなんだ。それをお前は、全て道具として切り捨ててきた」
「それの何が悪い。それは些末なことじゃないか。所詮は、手持ちの人的資源の消費に過ぎない」
「————————ッ!! やっぱり……お前とは永遠に分かりあえねぇよ……」
幾度にも及ぶ魔術攻防の中で、パラドはルイスの感情が流れ込むことを止められない。それは言葉とは裏腹の彼自身の懺悔……
自らの勘違いにより生みだしてしまった犠牲への贖罪————————
それを契約したマルミアドワーズを通して理解してしまったからこそ、パラドは葛藤する。なぜなら、第一王女ヒルデガルド、そして自らの両親を殺し、挙句の果てには後輩の笑顔を奪った人物は、目の前にいるルイス・ネセラウスだからである。
通常の思考ならば、ルイスを殺すのが適当なのだろう……
しかし、パラドイン・オータムという人物は臆病だった————————
誰かに嫌われるのも、誰かに好かれるのも、どちらも怖くて仕方のない人物である。自らが選んだ先で、更なる絶望が待ち受けていると考えたとき、足が竦んで動けなくなってしまう。
だからこそ、自分を奮い立たせるように、口先だけは吠える。
「たった一人で……どうするつもりだ。ルイス————————」
「これは、おれが引き起こしたことだ……。だったら、その仇もおれ一人で受けるのが筋だ」
因果応報にして自業自得。だれかの策略にはめられたという事実があるのかもしれないが、それを行う選択をしたのは、間違いなくルイス・ネセラウスという人物である。
訪れたのかもしれない平穏を捨て、多くの犠牲を払う戦乱へと足を踏み入れたのは、他の誰でもない、彼自身だ。
今の彼は、もう、本来の目的を失いかけていた————————
過去に戻れる“かもしれない”という手段に縋るしか方法がない彼は、もう……戻ることすらできない。一番大切だったものを切り捨てた結果、曖昧なものに縋るしかないほど、自己矛盾に陥っている。
そのすべてを、マルミアドワーズと契約したことで理解したパラドは攻撃の手を緩めない。なぜなら、その感情の最中に、『パラドの手で終わりたい』という酷く身勝手な願いも込められていたからである。
「だからテメェは……ここで終わることを望んでいるってのか?」
「終わる? 何を言っている……おれは成し遂げるためにここにいる……」
「じゃあなんでテメェは……さっきから、近接戦闘に持ち込もうとしないんだ? 確実に有利になる戦い方を捨て、わざと不利になる方に動いているのはなんでだ?」
「攻撃が酷くて、近づけないだけだ」
「あぁ、そうかい……それなら——————ッ!!」
パラドはマルミアドワーズを手から離し、自立浮遊させる。同時に魔術攻撃を止め、ただ静かに、ルイスが来ることを待つ。
ルイスはそれを見て、一度ライフルを構えるが、引き金に指をかけた段階で、手を止め、それ以上を行わなかった。
「どういうつもりだ……」
「だからよぉ……テメェの有利なフィールドで戦ってやるって言ってんだ」
「それに何に意味がある……」
「お前を完膚なきまでにぶちのめせる」
「そんな気遣いは必要ない。次やったら、躊躇いなくお前の頭を撃ち抜く」
ルイスは一発だけ威嚇射撃をして、パラドの足元に着弾させる。地面が抉れるほどの威力はない。ただ、足元の雪に埋もれていた花が、欠片も残さず光の粒子となって消え失せた。
それを一瞬だけ見て、パラドはため息交じりにもう一度マルミアドワーズに手を伸ばす。そして、たった一言、一度視界から消えようとするルイスに言い放った。
「なぁ……やっぱり、お前は……後悔しているだろ……」
「————————違うッ!!」
背中を向けたままルイスが立ち止まり、声を荒らげた。
パラドが見えている感情とルイスの言葉は一致しない。それは……ルイスが普通の人間であるが故の当然の現象……。
人間の感情は、複雑怪奇であり、感情と言動が一致することはほとんどない。それは、パラドも、アリッサも、その他の誰でも当然のこと。誰もが、この世界で生きている“主人公”であるから……
「それは……ヒルダのことだけじゃないな……。そうか……お前は……」
「おれの感情を読むなッ!!」
「お前は結局……大ウソつきじゃねぇかぁ……」
ルイスは静かにライフルを握り直し、振り向かないままパラドに寂しそうな声を届かせる。
「もし……おれが消えたら……アイツらのこと頼む。お前なら問題ないだろ……」
ルイスは一度仕切り直すために姿が掻き消える。逃げたわけではない。未だにこちらに向けられている刺すような殺意がマルミアドワーズを通じて流れ込んでくる。
そんな環境下で、パラドは逡巡し続ける葛藤に決着をつけるべく、一度目を瞑った。
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