第9話 銘を刻む


 翌日昼—————


 ポスナーゼン公爵とブリューナス王国の内乱は未だに最初の長距離攻撃だけで膠着状態となっている。というのも、両軍ともに、予定していた開始時期よりもシュテファーニエの策略により早まってしまい準備ができていないことが大きい。

 シュテファーニエの予測ではあと一日ほどは余裕があるらしいが、問題なのは時間ではなく、誰がこれを収めるのか、という内乱の畳み方である。

 あまり消耗し過ぎれば、同時に宣戦布告をされたエルドライヒ帝国軍が到着し、泥沼に陥りかねない。だから、迅速かつ丁寧に決着させる必要があるのだが、皆がポスナーゼン公爵の軍事力を知っているため、手を挙げかねている状況だった。手を挙げるのならば、王国軍の援助込みで、という狙いもあったのかもしれないが、ここでもまた、シュテファーニエが場をかき乱すことになる。


 シュテファーニエは三日という猶予を持って、ポスナーゼン公爵領を墜とす、と大々的に宣言したのである。議会では当然のことながら嘲笑されたが、王族派の力を削ぎたい貴族派はこれを指示し、国王陛下も承認したため、今に至る。

 これには、以前からの相当な根回しがあったのだろうが、ほとんどの議員は知る由もない。



 そんなこんなで、政治的なゴタゴタを避けるためにシュテファーニエとの専属契約を結んだ『月のゆりかご』の面々……。ユリアとパラドインは別の事情……アリッサ曰く、いつもの裏工作を行っているため、現在いるのは復活したアリッサ、そしてキサラ、フローラの三人である。フローラに関しては先日の大怪我でしばしの戦線離脱を余儀なくされている。

 なお、治療は既に済み、車いすで動けるようになっているのだが、医者から一週間の安静を通告されたため、今回は待機をしている。


 今現在、そう言った事情もあり、アリッサとキサラはシュテファーニエに呼び出される形で追加の任務の説明を受けていたところである。

 場所は王城内で、シュテファーニエが所有している別邸であり、以前、キサラが寝泊まりしたこともある簡素な家であった。その一室を締めきり、黒板に石灰を用いて一番幼いはずのシュテファーニエが2人に作戦を説明していた。

 シュテファーニエは足元の台座の上で軽くステップを踏みながら黒板を数回叩く。


 「ポスナーゼン公爵の今現在持つ戦力は3師団だ。このうち、1師団は我が国西側で動けなくしているから、残り2師団というわけだな。このうち1師団は広大なポスナーゼン公爵の各地に散らばっている」

 「少数民族たちを見張るため……でしょうか」

 「その通りだ、キサラ。やつは最初から少数民族と協力する気などない。表面上そう取り繕っていただけだ」

 「でも、少数民族だけじゃなくて、ポスナーゼン公爵軍にも彼に賛同しない人たちはいるんじゃない?」

 「いい判断だ、アリッサ。だから、この散らばった師団の7割は既に買収済みだ。今回の作戦に口を挟まない。それに、約9割の少数民族もこちらの行動に賛同してくれている。どうやら皆、厄介事に巻き込まれるのがいやらしい」

 「愛国心の欠片もないですね」

 「そりゃあ、ポスナーゼン公爵領は我が国の領地だからな。だからまぁ、笑顔で、街道爆破に協力してくれたよ。そのおかげで、今現在、ポスナーゼン公爵軍の備蓄は最悪な状況だ」

 「元々、軍を抱えすぎだから、消費も激しいんですね」

 「はっはっは! ちなみに、軍を減らした分の税収を減らして、領地に還元するといったら、いろんな少数民族は一瞬で交渉のテーブルに着いたぞ。急な軍拡をやり過ぎたようだな、ポスナーゼン公爵は」

 「では、残りの一師団はどこに行ったのでしょうか?」


 キサラの質問に対し、シュテファーニエは下卑た笑みを浮かべながら、黒板に張り付けられた地図に印をつけながら指差す。


 「元々エルドライヒ帝国側にあった砦から、その大多数を王国側に移動させた。もちろん、戻れず、補給もできないように街道をぶっ壊してやったがね……。私はやられたらやり返す主義なんだ」

 「まさか、健康被害も?」

 「流石にそこまではやらん。占領した後、エルドライヒ帝国に喰われるからな」

 「街道を壊しても同じなのでは?」

 「馬車や自動車、鉄道は通れないが、人は通れる。だから、急いで戻せば十二分に間に合うさ……。それに、解雇させた一師団分の一時的な雇用先を作ってやらねば冬に苦しむことになる」

 「それは……マッチポンプなのでは?」

 「細かいことはいいのだよ、アリッサくん。重要なのは民が不満を抱かないことだ」


 机を叩きながら自身気な表情を浮かべるシュテファーニエは、やはり、狂気が人の形をしているようにアリッサは思えたが、あえて口には出さないことにした。


 「じゃあ、この1師団は倒すんですか?」

 「いいや、彼らにはあくまで、正義の味方を演じてもらう。“魔笛”というアーティファクトをポスナーゼン公爵は切り札として所有していてな。面白いことに、コイツの存在を、彼の軍隊は周知していない」

 「“魔笛”はモンスターを呼び寄せる魔道具ですし、世間体が悪いのでしょうか」

 「その通りだ、キサラ。だから、奴も、使わざる負えない状況に追い込まれなければ使わない」

 「なるほど、その魔笛で生み出したモンスターと、最後の1師団を会敵させるのか……どうやって追い込むんですか? 兵糧攻めではしばらくかかりますよ?」

 「おいおい、私の本職は魔道具師だぞ。我が国の最新鋭の通信機器の構造を熟知している。暗号パターンは同系統のものを使っているから、情報戦はタイに見えて、こっちが圧倒的に有利だ」

 「職権乱用も甚だしいですね……」


 アリッサは笑いながら、シュテファーニエの作戦を理解した。つまり、意図的に誤った情報を伝達させ、本拠地にいるポスナーゼン公爵を誤認させる。後は、彼が“魔笛”を使用した段階で、チェックメイトとなる。

 おそらく、この作戦が成功しても、失敗しても、ポスナーゼン公爵軍は大打撃を受け、継戦不可能に追い込まれる。それらを成したシュテファーニエはここまでの準備を入念に進めていたはずである。

 それこそ、慎重に事を進めているポスナーゼン公爵をいつの間にか蜘蛛の糸で絡めとるように水面下で———————


 パラドやユリアがこの場にいないのは、それらに協力するために、動いていたからであることはアリッサにはすぐに分かったが、何故彼らがここまでしたのかをアリッサはわからなかった。



 ある程度作戦を伝え終えたところで、シュテファーニエは話の流れを切るように、軽く二回、拍手を鳴らす。すると、部屋の中にシュテファーニエの小間使いと思わしき女性が台車を押しながら入室してきた。シュテファーニエは乗っていた台座から飛び降り、台車の前に立つと、小間使いの女性を下がらせた。


 「さて、この作戦においてキミたちにしてほしいことを説明する前に、まずはこれを見てほしい」


 そう言いながらシュテファーニエは台車の上にかけられていた布を引張り、その中身を露わにさせる。

 それは、アリッサの知識で言うような襟が紫色の小袖という着物の類に見えるが、肩口から下の袖部分はない。薄紫色の袴から下に関しても、足元は足袋ではなくプロテクターのような厚手の黒い靴下だった。靴はパーツを取り付ける形を取り、キサラが履いているハイカットブーツをそのまま流用できるように見える。

 帯のようなものもあるが、両腕は脚と同じようなプロテクターであり、黒をベースに金色のラインを入れられた籠手やチェストプレートはどちらかと言えば西洋寄りの金属製のものに近かった。

 和装とも言い切れないが、西洋の装備とも言い切れない、どっちつかずのオーダーメイド品。その造形に、アリッサは思わず息を飲んでしまった。まさに、両方の利点を総取りした、キサラの勝負服と言っても過言ではない防具。


 アリッサが言葉を失っていると、隣にいたキサラもまた、その奇抜な和と洋の融合服に目を見開いていた。すると、シュテファーニエが一通の手紙を手に、キサラの元に歩み寄り、開いて読み始める。


 「母上……つまりはハイデマリー王妃陛下からの言伝だ。『ステフに、貴女に合う最高の品を用意させました。負けて帰ってくることは許しません』だそうだ。まったく、キミは良縁に恵まれているな」

 「まさか……こんなものを頂けるなんて……」

 「試着してみると言い。キミの戦闘スタイルに合わせてカスタマイズさせてもらったが、万が一、不具合など出ても困るからな」

 「姫様……自信がないのですか?」

 「誰が設計したと思っている。様々なテストはクリア済みだ。魔力切れの状態でアクロバット飛行なんかをしなければ壊れない」

 「それは、ここにいないフローラがやったことです。アリッサではありませんし、そんなことしません」

 「言い返したいのに……言い返せない!」

 「何はともあれ、試着は必要だ。ベルトの締め付け具合を確認したい」


 シュテファーニエに促されるまま、キサラは防具の方へ歩み寄り、一度ゆっくりと眺めてから微笑み、装着を始める。その動作は最初こそぎこちなかったが、徐々に解消され、取り付け終わるころには、不自然さはなくなっていた。


 キサラは全ての部位を装着し終えると、姿見の前に立ち、もう一度背中から全てを観察する。顔色が変化していないように見えるのだが、アリッサにはキサラの口角がほんの少しだけ上がっているように見えた。


 「違和感はないかい?」

 「ありません。不思議なぐらいにフィットしています」

 「それはよかった。似合っているぞ、キサラ……」

 「ありがとうございます……」

 「あーキサラさんが照れてるー」

 「照れていません。いつも通りです」

 「あまり彼女をからかうのはやめたまえ、武器が飛んでくるぞ」

 「大丈夫ですよ、キサラさんはそんなことしませんって」

 「当然です。わたしはそんな野蛮人ではありません」

 「うーん。まぁ……そうだね」

 「どうしてそこに悩む要素があるのでしょうか……」

 「いやまぁ……その……」

 「アリッサ?」

 「あー、そう言えば、私からもプレゼントがあるんだったー」


 アリッサはキサラの追求から逃れるように、話題を逸らし、キサラはそんなアリッサを見てため息を吐く。だが、その表情は、アリッサがマジックポーチから取り出したものを見た瞬間に消え失せ、瞳孔が開いたような驚愕の表情になった。


 そこにあったのは、70センチ前後の太刀……。鞘に納められた状態で見てみれば、腰元に反り集中し、剣先の方には反りがほとんど見られない。


 アリッサがキサラの胸元に突き出したのを見て、キサラは恐る恐る鞘を掴み、抜き放つ。

 金属光沢は確かにあり、刃紋などがくっきり表れている。ただ、鉄でできたモノよりもわずかに重いように思えた。

 ただ、一番印象的なのは、太刀であるはずなのに、棟に当たる刃先とは逆の面にも刀身の半分ほどまで刃先が作られていた点であった。それらの点を鑑みても、この一品は、キサラが見てきた刀剣類の中の一級品に負けず劣らない品であった。

 言うなれば鋒両刃造の太刀であり、故郷とこの地方の両方で長い時を過ごしたキサラが最も扱いやすいものであった。

 

 「アリッサ……これは……」

 「随分前から、おやっさんにお願いしてたんだけど……色々あって渡すのが遅くなっちゃったんだ……」

 「いえ、そうではなく……これは……」

 「ふっふっふっ……奇しくも姫様と同じ答えにたどり着いちゃったけど……やっぱりキサラさんはそうだよね」

 「いえ、そうではなく!」

 「え? どっちもの経験が今のキサラさんを作っているとかじゃなくて……」

 「違うんます……。でも……」


 キサラは太刀を鞘へと戻し、大切そうに胸元で抱き留めた。そして、恍惚とした表情を浮かべ、言葉を続けた。


 「ありがとう……ございます……」

 「どういたしまして……資金提供はフローラもいるからね。あぁ、あと、銘は切ってないから、キサラさんがつけてあげて」

 「わたしが……ですか……。そうですね……ならば、注文銘、受領銘をとり、『華烏』としましょう……」

 「なるほどね。『華の同盟』からキサラさんに……ってなんで『烏』?」

 「キサラの髪色じゃないのか? ほれ、黒いし……」

 「あぁ、成る程……」

 「二人とも、恥ずかしいので解説しないでください……」


 キサラは耳元を真っ赤にしながら必死に抗議する。そんないつもと違う彼女を見てアリッサとシュテファーニエはお腹を抱えて笑ってしまい、さらに猛抗議されるのであった。


 一通り、笑いつかれて落ち着いた頃、一人でポージングを決めているキサラを横目に、シュテファーニエはアリッサに古ぼけた木箱を手渡した。

 何の脈絡もないその動作にアリッサは少しだけ戸惑ったが、自分にも贈り物があるのかと勘違いし、ひとまずは両手にもって現物を確認した。

 すると、シュテファーニエは、寂しそうにしながらもそれがなんであるかを告げた。


 「つい先日、崩御なされたクライム・ブリューナス殿下からの贈り物だ。キミが戻ってきたら渡してほしいと頼まれていたもの……たしかに渡したぞ」

 「クライムが?」

 「随分と親し気だな……」

 「まぁ……その……いろいろあってね……」

 「どういうことがあったのかわからんが、人前で呼び捨てはやめた方がいいぞ。かの剣王は—————」

 「そっか……亡くなったってことは、ちゃんと果たせたんだね……」


 語り始めるシュテファーニエを無視して、アリッサが木箱を撫で始めたため、シュテファーニエは言葉を止め、ため息を吐いた。

 そんな彼女とは対象的に、アリッサは気づいてしまった事実に頭を掻きむしる。


 「あー、くそ! まーた、約束を守れなかったじゃん」

 「本当にキミは何者なんだ……」

 「さぁ、どうなんだろうね……。言伝は?」

 「『守護者の旅立ちに送る』だそうだ……。どういう意味だ?」

 「さぁ、どういう意味だろうねぇ」


 アリッサはどのような意味であるのかを理解したが、口には出さない。ただ、一人で静かに微笑んだまま木箱を開け、中の金属のブレスレットを観察する。銀色の輝くそのブレスレットの裏面には、製作者銘として古エルドラ文字で『グリーゼ』と刻まれていた。


 「どんなものなんだ?」

 「わかんない。『賢者の腕輪』ってことだけはわかる」

 「随分と、曖昧な名前だな……役に立つのか、その骨董品が……」

 「うーん……。まぁ、建国の賢者のお墨付きだし、それなりの品だと————————」

 「“賢者グリーゼ”のアーティファクトだと!? なんでそんなものを!?」


 唐突に大声を張り上げたシュテファーニエの声に反応し、こちらにキサラが様子を見に歩み寄ってきた。シュテファーニエは明らかに動揺し、簡単に腕に通したアリッサを狂気の目で見ていた。


 「彼女って、そんなにすごいの?」

 「アリッサ……この国では、聖女に並ぶほど、歴史上で名の知られた人ですよ」

 「マジか、キサラさん……」

 「本当です—————。流浪の民であるわたしが知っているのだから確かです」

 「あぁあぁ……本当にキミは……なんなんだ……」

 「なんなんだろ、本当に……」

 「自分のことでしょうに……アリッサ……」


 笑ってごまかすしかないアリッサをキサラは微笑ましく見る。そんな二人に対し、シュテファーニエは何かをブツブツとつぶやきながら部屋の中を歩き回りだし、やがて黒板の前で止まったかと思うと、強く、その黒板を叩いた。


 「あぁもう! 考えても仕方ない。キミたちにしてほしい作戦を告げるぞ!」


 シュテファーニエは小悪魔のような笑みが半分、どこか清々しいような表情が半分といった複雑な表情をしながらも、アリッサたちにとある作戦を告げるのだった。



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