第12話 その少女は流星の如くⅡ


 闇夜を駆けるアリッサは数分としないうちに、目的である魔女ブロスティを発見する。場所は一時撤退した場所からあまり変わっていないため、思いのほか発見しやすかったのである。

 だが、こちらが相手を視認した瞬間、相手もこちらの存在に気づき、体を向けたため、アリッサは不意打ちをすることを諦め、静かに抜刀しながら地面を踏みしめて、ゆっくりと距離を詰めていくことに移行した。


 「昨晩はどうも……」

 「少々驚きました……。まさか、単独で“空転の夢路”から目覚める者がいるなんて……」

 「こっちとしては、お礼を言いたいぐらいだけどね。おかげさまで、思い出したくないことまで全部思い出せた……」

 「それは良き兆候ですね。あなたが、歩むべき未来を指し示すことができたのなら“愛の鞭”を振るった甲斐があったというモノです」

 「ごめんねー。私は痛いのが大嫌いなんだー。だから、滅茶滅茶不愉快だった」


 アリッサは腰を低くしながら、顔に手を当て、イラつく自分の顔を半分だけ覆い隠す。何かが変わるわけではないが、それでも、アリッサは目の前の魔女を嫌悪せずにはいられなかった。


 「成る程……憎しみをぶつけるというのですね。いいでしょう、聖女はそのすべてを受け入れます」


 その言葉を聞いた瞬間に、アリッサは地面を蹴り飛ばし、魔女に向けて片刃の剣を振り下ろしていた。当然のことながら当たる直前に光の壁に阻まれてしまい届くことはない。


 「黙れよ、偽物————————。私はお前とは違う、本物を知ってるんだ」

 「あら……それは、綺麗ごとを並べ立てる為政者ではないのですか?」

 

 アリッサは一度剣を構え直し、地面を強く踏みしめ、今度は水平に振るうように振り上げる。そしてそれと同時に、清々しい表情のまま、堂々と宣言した。


 「いいや……。意地っ張りで、暴力的で、だけど、人一倍優しい、私の友達だ————ッ!!」


 振りぬいた片刃の剣は、再び光の障壁に激突すると同時に、水面のようなエフェクトが発生し、切り裂くというよりは打ち砕くように、2人を隔てる邪魔な壁を粉々に打ち砕いた。


 次いで、もう一度地面を踏みしめ直し、今度は胴体を切り裂くために前に進む。だが、それよりも速く、魔女が詠唱を終え、四方八方から打ち下ろすように光の槍をアリッサに向けて放った。

 アリッサはそれらを全て叩き落し、魔女はその場から逃れるように空中を一回転ながら少し離れた地面に着地した。


 攻撃による土煙が晴れたとき、再び両者の瞳が重なるが、その闘気はどちらも衰えておらず、また、どちらも目立った外傷があるようには見えなかった。


 「成る程……友を神聖視してしまったのでしょう。しかし、それは一時の感情に流された過ち————————」

 「うるせぇんだよ、ばーか」


 軽く自分の動きを確認しているアリッサの言い放った粗暴な言葉に魔女の眉がわずかに動いたような気がした。対し、アリッサは僅かに震える自分の手をどうにか抑え込んでいた。実のことを言えば、完全に恐怖を克服したわけではないからである。だが、何度か踏み込んでいるうちに、徐々にではあるが、そう言った感覚が消えているような気がした。


 「なーにが間違いだ、すかんぴん。あなたにあいつの何がわかるっていうのかな。わかるわけないよねぇ。だってあなたは、記録だけを写し取っている魔女なんだからさ」

 「何を言うかと思えば愚かな……」

 「愚かかどうかは、自分で考えてみればいいさ……。私は戯言を信じない。お前の言うことを信じない……。信じるのは、この目で見聞きしたもの真実だけだ!」


 アリッサは地面を蹴り上げ疾駆する。砲弾のような遠距離魔術を放って牽制したいところだが、今現在、魔力消費を抑えられる杖がないため、ここぞというとき以外は消費を避けなければならないため、不用意に使用はできない。

 だからこそ、己の持つ片刃の剣のみで対処する。


 地面から刺し穿つような赤黒い槍を、左右に動きながら回避し、同時に距離を詰める。その瞬間に左右両端から、光の大剣が振り下ろされるが、地面をもう一度蹴り上げて再加速し、それよりも速く相手の懐に入り込んでいく。


 それに対処するかのように、魔女ブロスティは自らの手に持った杖を棍棒のように扱い、アリッサの一撃を受け止めた。遅れて、光の大剣が頭上に来るが、アリッサはそれを飛び退きながら踵で蹴り上げて弾き飛ばす。

 相手の魔術に触れた瞬間に、その大剣は角度を変え、魔女ブロスティを切り裂くように迫る。魔女はこれも自分の杖で受け止めるが、質量に押されるように後方へわずかに弾き飛ばされた。


 アリッサはその隙を逃さずに、地面を踏みしめながら前進し、剣を振るう。そして、相手の攻撃を捌きながら、連撃を繰り返していった。魔女は冷静を装ってこそいるが、明らかに行動が後手に回り、徐々に対処が遅れていく。


 “アーツチェインリボルバー”


 アリッサの友人が名付けたその技は、体にしみ込ませた幾千万というパターンを思考し、相手の不利になるような動きを繰り返す技術。その一つ一つは繋がりがないように見えて、徐々に相手を追い込んでいく。

 魔術戦や白兵戦で言えば、魔女ブロスティの方が上であるのだが、追い込まれて手数が少なくなっていけば、自然とその優位は覆り、接近している限り、アリッサの方が有利に傾いていく。


 「その魔力、その力、その肉体……人ならざる者というべきでしょうか」

 「誰が何と言おうと、私は私だ。他の誰でもない」

 「何故あなたは————————」

 「ごちゃごちゃしゃべるな、鬱陶しい」


 会話は成立しない。それは、アリッサが一方的に拒否しているからである。魔女ブロスティが何を言おうと、耳を傾けない……。これが、彼女の呪詛を無効化する、一番シンプルな方法であり、準備なしでもアリッサに行えるものだった。


 「そうですか。そちらが対話に応じないというのであれば、こちらは相応の対処をするまでです」


 雨のように降り注ぐ光の矢を最小限の動きで避けつつ、再び剣を振るおうとする。しかし、その瞬間、アリッサの背中に嫌な汗が伝った。それは、アリッサが持つ『虫の知らせ』という天性の起源。

 アリッサはそれを感じ取った瞬間に、即座に後ろに大きく飛びのいた。


 それとほぼ同時に魔女ブロスティの背後の空間が裂け、そこから巨大な光の腕が伸びてくる。そしてそれはアリッサが先ほどまで位置を握りつぶし、さらに裂け目から這い出ようとしていた。

 もしも、あとコンマ数秒判断が送れていれば、光の腕に押しつぶされて消滅していたのかもしれないと、アリッサは頬の汗を拭いつつ、呼吸を整える。


 その瞬間、大地が揺れ、爆風が正面からアリッサを襲った。アリッサは腕をクロスして体を庇いつつ、後方に弾き飛ばされたが、空中で身を翻し、少し離れた位置に地面を靴底で抉りながら着地した。


 顔を上げてみれば、そこは先ほどまでの世界ではないように見える。なぜなら、目の前には50メートルは越えようかという光の巨人が顕現していたからである。その頭部につけられた赤い光は、間違いなくアリッサの方を凝視しており、同時に、その肩に乗っている魔女ブロスティもまた、アリッサを敵視ししているように見えた。


 「ははは……まさか、最後の最後で超巨大エネミーとは……」


 アリッサは自嘲気味に笑いつつ、片刃の剣の柄を握り締める。目の前に見上げるほど大きな光の巨人がいるからと言って、逃げるわけにはいかない。ここでアイツを引きつけることがアリッサの役目であるからである。


 「愚かなる少女よ。ここで朽ち果てるがいい」

 「いやなこったね。私、これでも意地汚いんでね」


 アリッサの返答を待たず、光の巨人はその体格を十二分に生かし、右の拳をアリッサのいる地面へ向けて叩きつけた。

 アリッサは大地を駆けるようにしてそれを回避するが、強風にあおられ、再び体は弾き飛ばされる。幸いにしてすぐに体勢を整えることができたが、拳が命中した地面は、枯れ木はおろか地面すらも綺麗に空間ごと切り取ったかのように、文字通り“消滅”していたため、覆わず生唾を飲み込んだ。


 「うーん。腕に乗って移動したら足元から消えちゃいそうだな。飛行装置とかほしいよ、まったく……」


 アリッサは自分の装備に悪態を付けながらも、武器を握り直し、次の攻撃に備える。すると、それにこたえるかのように、光の巨人はアリッサへ向けて、今度は左の拳を突き出してきた。


 だか、アリッサはそれを避けることすらせず、剣を上から下に切り下ろすように一閃した。膝を使い、一歩前へ踏み込むと同時に離れたその斬撃は、拳を切り裂かない。

 刀身に乗せられた魔力は魔方陣を経て魔術となり、一筋の流星を作り出す。


 アリッサの高密度に圧縮された魔力は、ただの魔力の塊である光の巨人の拳に打ち負けるはずもなく、その拳はおろか、腕や肩を弾き飛ばすかのように刺し貫き、夜空に消えていった。


 本来であれば、光の巨人の体に触れた瞬間に消し飛ばされる。だが、消し去るよりも早く貫いてしまえば、問題にはならない。それは、燃える炎の壁に弾丸を撃ったところで、弾丸が溶けるよりも早く目標にたどり着くのと同じことである。


 「巨大兵器破壊の心得その1。相手の攻撃を利用すべし……」


 アリッサは自身気に剣先を巨人の喉元に突きつけるが、当然のことながら巨人は答えるはずもなく、弾け飛んだ左腕を即座に再生させ、こちらに向き直ってくる。

 アリッサはその再生速度に苦笑いしつつ、地面を疾駆した。


 「巨大兵器破壊の心得その2。弱点を狙うべし!」


 相手が緩慢な動きで再び攻撃を仕掛けるよりも早く、アリッサは巨人の懐に入り込み、大きく跳躍する。そして、相手の右ひざに向けて先ほどと同じように剣を振るいながら魔術を発動させた。


 まるでそれは、龍の咆哮のようであり、轟音を伴いながら一直線に突き進んだ熱線は多少狙いが逸れながらも巨人の右ひざを打ち貫いた。

 その瞬間、当然のことながら、巨人の膝がなくなり、右足が切断されたため、バランスを崩した巨人は前のめりで巨体を揺らし始める。


 「巨大兵器破壊の心得その3! 相手の核を狙うべし!!」


 アリッサはまるで大地を丸ごと救い上げるように剣を下から上に切り上げる。それとほぼ同時に、柄につけられた魔石に過剰なまでの魔力を注ぎ込む。魔石は即座に真っ青な光を放ち、ひびが入る。その瞬間、刀身が過剰に輝きだし、元の質量の数百倍はあろうかという巨大な剣が作り上げられた。


 だが、それはアリッサが地面ごと切り上げたため、まるで竜巻を起こしているかのように、ありとあらゆるものを巻き込みながら、巨人を切り裂くことなった。それは切り裂くというよりはむしろ大地が噴火したに等しく、白色の魔力光が渦巻くような旋風と共に大空に巻き上げられ、大地に一本の光の柱を打ち立てることなった。


 それは否応なく光の巨人を巻き込み、その巨大な質量丸ごとを喰らい尽くし、再生する箇所を微塵も残さずに飲み込んだ。相手の核を狙ったというよりは、場所がわからないので丸ごと消滅させたという屁理屈にも見える。


 だが、その屁理屈により、光の巨人は再生することができず、その場で消滅し、光の柱が上空に溶けるように消えていく。同時に、攻撃により弾き飛ばされ、空中で無防備な魔女ブロスティが視認できた。全身に焼け焦げたような跡があるが、致命傷には至っておらず、同時にそれらも徐々に癒えているように見える。

 対し、アリッサは先ほどの一撃で、持っていた最後の武器である片刃の剣を消失させ、丸腰になっていた。


 だが、これで終わる程アリッサは甘くない————————



 一度しゃがみ込むと、大地を力強く蹴り上げて、大きく跳躍する。そして、ベクトル操作を利用しながら、何度も空中を蹴り上げ徐々に加速していき、落下中の魔女ブロスティの元へ向かっていく。


 魔女ブロスティもこのまま終わるはずもなく、空中で魔術を発動し、アリッサを打ち抜くために光の槍を連続で射出し、足止めを試みた。だが、アリッサはそれらを空中ながら魔術を行使してジグザグに回避しながら、薄桃色の光の道筋を描き、勢いを緩めることなく一気に距離を詰めた。


 アリッサと魔女ブロスティが肉薄し、一時的に時間が止まったかのように視界がスローモーションに変わっていく。


 魔女ブロスティはアリッサを阻むために光の障壁を展開するが、アリッサはそれを意に返さず、むしろその障壁に向けてベクトル操作の魔術を発動させ、障壁ごと相手を押しつぶすように相手を巻き込みながら蹴り飛ばす。


 その瞬間、まるで流れ星のように体が加速し、一気に落下が開始する。


 「終わりだァァァァァァァァアアアアア————————ッ!!!」


 落下途中で光の障壁が砕け散り、アリッサの右脚が魔女ブロスティに突き刺さる。アリッサはそれを気にすることなく、ありったけの魔力を込めて再加速。

 そして一筋の光となって、大地に降り注いだ。




 まず初めに、衝突の際の光の明滅—————


 遅れて、荒れ狂うような暴風と、轟音。そして大地が悲鳴を上げるかのような地揺れが起きた。

 そして、その後には、今までのことが嘘のような静寂が訪れた。



 その中心地、アリッサは地面を穿っている自分の右足を引き抜き、両の脚で再び地面に立つ。見下ろせば、上半身と下半身が切断され、血肉と内臓を地面にしみ込ませている魔女ブロスティがいる。

 アリッサは自分のブーツが血で汚れていることにため息を吐きつつ、相手の動きが完全に停止していることに安堵した。

 そして、それと同時に、夜空に光の明滅する閃光が打ち上げられたため、アリッサはその場から離れるために、魔女に背を向けて歩き出す。


 しかし、数歩ほど進んだところで、背中から聞こえるはずのない声が聞こえてきた。



 「どこへ行くというのですか。まだ……」

 「いいや、終わりだよ。ブロスティ・リーゼルフォンド————————」


 アリッサは振り向くことなく、その名を告げる。アリッサの背中には切断されたはずの胴体を影のようなもので繋ぎ合わせつつ、再び立ち上がろうとしている化け物じみた存在がいる。だが、それが最後の姿————————



 刹那の時を経て、荒野のありとあらゆる場所から、光の筋が上空に向けて放たれ、同時に魔女ブロスティの足元に一つの魔方陣が現れた。そして、それと同時に、彼女の体を拘束するかのように、地面から輝く鎖が無数に表れ、その場から動かないように彼女にまとわりついた。

 それを見た魔女ブロスティはまるで、あざ笑うかのようにアリッサに微笑んだ。


 「愚かですね。これは消滅させる魔術ではなく、封じ込めるためのもの」

 「そうだね……でも、これがあなたにはチェックメイトになる」

 「いいえ、そうはなりません。いずれ、このことを忘れた者がいつの日か、世界の平和を願い、聖女ブロスティ・リーゼルフォンドを蘇らせるのです」

 「その時はその時だよ。でも、そうなったら、今日のようにはいかないだろうね」

 「根拠のない推論を述べるとは、やはり、人は管理しなければ————————」

 「地獄で一生言ってろ、ばーか」


 アリッサの言葉とほぼ同時に、挟み込むかのように空間が閉じ、魔女ブロスティが魔方陣ごと、この場から消え去った。遅れて、彼女を封印したであろう石碑が地面に投げ出され、地面に突き刺さった。



 アリッサは自分の手足を見て、戦闘前よりも薄くなっていることを自覚する。半透明に透けているその姿から、ブリューナス国に帰還することは叶わなそうである。それでもアリッサは、夜空に煌々と浮かぶ月を見て、にこやかに笑って見せた。


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