第4話 賢者グリーゼⅢ



 それから3年という長い月日が流れた————————



 グリーゼの予告通り、新生ブリューナス国は奇跡的な復興を遂げていた。街の敷地面積は以前の10倍強に拡大しており、人口も増えていた。また、街の周辺の安全に関しても連日のようなモンスター討伐の甲斐があり、平和を取り戻している。

 各国に繋がる街道に関しても整備が進められており、それらの迎賓を招くために近々、王城をたてる計画があった。王城を建設する場所は、シェンロンタートルの死骸の上……つまるところ、ほぼ山と化している山頂付近に建設予定らしい。そのために流入や出産で増えた人口を総動員し、国の象徴たる白亜の城の建設計画を進めている。


 周辺諸国も、ブリューナス国の軍事力を認め、外交のテーブルを開き始め、最初にテーブルについていた北方ノルディア帝国は、良い協力者となってくれていた。



 そんな功労者であるリタやクライム、そして賢者クリーゼの元にとある知らせが届いた。それは伝書鳩に括りつけられ唐突に訪れ、再び地図が書き換え直される一因となる知らせそのものだった。


 手紙の内容を要約するに、『ブロスティ・リーゼルフォンド』が危機に瀕しているということらしい。だが、ブリューナス国唯一の街リンデルから彼女のいるリーゼルフォンド皇国までの距離は1000キロメートル以上離れており、馬で急いだとしても3日はかかる距離にある。


 そして、聖女たるブロスティ・リーゼルフォンドが危機ということは、それ相応の敵である可能性が高く、リタやクライムのどちらかだけでは明らかに不安要素が拭えないことが確かであった。


 その知らせを聞き、事実を重く見た一同は、村の統括者たち代表格を一堂に返し、新たに設けられた議事堂に集められることとなった。


 「————————以上が、手紙に書いてあった内容だ」

 「ブロスティ・リーゼルフォンド……」

 「まさか聖女様が、そんなことありえないだろ」


 クライムが説明を終えると、誰もが困惑の表情を浮かべだす。それはリタも同じであり、今まで目を背けてきた手がかりが現れたと同時に、消えようとしている事実に焦りを憶えていた。

 この国を投げ出していれば、もっと早くたどり着けていたのだろうが、それは彼女が行わなかった別の可能性に過ぎない……。


 「かの国の紋章が刻まれていた。これは間違いなく事実だろう……。相手が何者であるのかはわからないが、ここで見捨てることは我々にできない」

 「それは偽善ではないか……」

 「王と聖女はかつての仲間、それも致し方なかろう……」

 「見捨てたところであの辺境の地など……」


 様々な声が議事堂の中を包み込む。それは、命の天秤を傾け、暴走トロッコのレバーを握らされていると同じように、自身の心が試されているようだった。もしも、助けに行くのであれば、この国の警備は手薄になり、ブリューナス国は滅びの危機を迎えることになる。だが、皇国を切り捨てるのならば、知りもしない赤の他人が大勢死ぬだけで、この国に影響はない。


 だから、取りうる選択肢など、決まっているように見えた————————


 「私は助けに行くよ————————」


 唯一、この国の国民性と、無茶無謀が常であるリタという存在を考えなければ……。思えば、リタの服装はこの国馴染むかのように、薄手のレースのような着物を着ている。普通とは少し違うのだが、逆にそれは街の人々たちにも浸透し、リタの服装を真似る人も出ている。どちらも影響を与え、彼女はこの国に酷く馴染んでいた。


 「何を無茶な————————」「リタ様はいつもそうだ……」「けれど、彼女ならば……」「王は……どうするおつもりか……」


 再び、怒号に入り混じるような困惑の声が聞こえる。それを聞き、この国の統率者であるクライムは選択しあぐねているように見えた。小さな村であれば、考えをまとめるのは容易であったのだろうが、今や彼は一国の主である。

 それ故に、国民を護るという使命を裏切るわけにはいかず、同時に親友を助けたいという思いを捨てきれていない……。


 そんな時、誰かが、議事堂の中央に設けられた大きなラウンドテーブルを叩いた。


 「狼狽えるな————————ッ!!」


 誰もがそちらの方を見る。それはこげ茶色の髪をした丸メガネの賢者。その左手薬指には小さな指輪がはめられており、彼女がさするお腹は以前よりも膨らんでいる。


 「お前らはこの地で何を学んできた。この不毛な土地で何を身に着けた!」

 「それは……詭弁では……」「賢者様は何を……」「きっと、身籠られて少し体調を……」


 グリーゼの言葉に誰もが目線を逸らす。しかし、リタはむしろおちょくるようにグリーゼの問いに答えた。


 「それは、『不可能を可能にする』ということじゃないですかね、賢者様」


 そんなリタのふざけ半分の回答に対し、グリーゼは頷き、再び為政者たちを見渡す。


 「その通りだ諸君。我々は、かの帝国より見捨てられたこの地で生きてきた。モンスターが蔓延り、飲み水すらも……明日すらもわからないこの地を此処まで育て上げた。それは、賢者たるワタシの力だけではない」

 「もちろん、私の力だけじゃ無理だよ」

 「それは、王たる俺だけでも無理だ」


 グリーゼの演説を後押しするかのように、左手の指輪を輝かせたクライムと、それを見守ったリタはサクラを演じた。


 「一人一人が、己の役割を全うし、迷ったものを受け入れ、困ったものに手をさし伸ばすような誇りを持ったが故ではないのか? キサマたちはモンスターに襲われかけた旅団を見捨てるのか? 病に倒れかけた家族を見捨てるのか?」

 「それ……は……」

 「我々はいくつもの不可能を可能にしてきた。水がないなら地下水を掘り当て、緑がないなら、育て上げた。周辺を襲う魔物がいるのならば蹴散らしてきた。そうやって、たくましくも生きて来たではないか。それは、元よりあるものに縋り、他者を切り捨ててたどり着いたものでは決してないはずだ」


 グリーゼは右手でもう一度ラウンドテーブルを叩き、訴えかけるようにそして吠えるようにかつ凛とし、堂々した態度で叫ぶ。そこには三年前、愚者と罵られ、追放された幼き魔術師の面影など、欠片すら残っていなかった。


 「再度問う。我々がすべきことは、かつてかの帝国が我々にしたように“見捨てること”か? それとも、誇りを掲げて“救うこと”か?」


 誰もが俯く。それはサクラとして、彼女の演説に咄嗟に協力したリタやクライムも同じである。彼らが最初に答えないのは、その行為に意味がないから……。

 意味があるのだとすれば、彼ら以外が進んで手を挙げる始めることである。だからこそ、初めて若い青年が手を挙げた瞬間に、旗色は一気に翻ることになる。


 「聖女様を救うには陛下と、リタ様の両者が赴く必要があるはずです。具体的にはどれぐらいの日数が必要でしょうか」

 「そうだなぁ。馬を使ったとして、往復で4日、戦闘に3日以上をかけるとして、最低でも10日間は見積もってほしい」

 「ならば我々、傭兵団その留守を引き受けよう。なーに、10日間など、雨風を凌ぐことを同じである」

 「工業組合も協力するよ! 素材は有り余っている。最高の武器たちを兵士たちに届けよう」

 「農業組合だって、備蓄倉庫を解放するぞ。広大な土地を一時的にでも放棄して、まとまったほうが護りやすいだろう?」

 「お前ら……流石、ここで生き延びてきただけのことはあるな。ワタシが育てただけのことはある」

 「あ、言っておきますけど、賢者様は安静にしてくださいよ。お腹の子供がいるんですから」

 「おい。ワタシだって————————ッ」


 何かを言いかけたグリーゼの手を両端からリタとクライムが触れる。その瞬間、演説で少しだけ熱くなってしまったグリーゼの頭がクールダウンされ、こちらを見つめている様々な場所の代表たちの自身気な表情に気づくことができた。


 「グリーゼ……あなたが見捨てなかったこの土地で育ってきた人は、弱くないよ」

 「それは……でも、ワタシは……」

 「我々は少し、彼らの厚意に甘えてみるのもいいかもしれないな」

 「しかし……それでは……」

 「何言ってるんですか賢者様」「任せてくださいよ」「賢者様は我々の大切な人ですから」


 グリーゼは思わず耳を覆い隠して彼らに背中を向けてしまう。赤く染まった耳は恥ずかしさせいなのか、それとも、彼女が一瞬だけ流した涙のせいだったのかはわからない。

 ただ一つ言えることは、数秒後には、元のように向き直り、堂々とした態度で、集った者たちに宣言していた、という事実だけである。


 「お前ら……本当に愚か者ばかりだ! だが、ありがとう。その言葉だけで、私は救われた」

 「なーに、言ってるのさ……。これからだっていうのに……」

 「そうさ、我々はこれから大陸の覇権を握るような大国へと成長する。もちろん、この誇りを見失うことなく————————ッ!!」


 クライムは立ち上がり、そしてみんなを鼓舞するかのように右手を掲げる。すると、それに呼応するかのように、議事堂にいた全員が立ち上がり、同じように右手を掲げた。

 それは剣を天へと掲げるような仕草であり、後に、この国の伝統的な宣誓のスタイルとして身についていくのであった……。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る